141 七禍罪
転移窓から原作で知っている上級魔物が飛び出してきた。
個体はそれほど大きくないが、獰猛で狡猾な魔物ばかりだ。
蜥蜴族は全身を固い鱗で覆われており、右手にデカいサーベルを構えている。
言語は通じないが、風貌が人間に近いとより脅威を感じる。
アンデットは痛覚無効、不死身耐性を持つ。しかし、俺の光の前には無意味だ。
この過酷な状況こそ、ノブレス・オブリージュでもある。
そんな事を思い浮かぶのは、予想が当たっていたこと、アレンの独断とはいえ、頼もしい仲間がいることも関係しているのかもしれない。
しかしソフィア姫は違う。
怯えて肩を震わせている。初めて見る上級魔物に恐怖で身体がすくんでいるのだ。
だからこそ俺は、少しバカにするかのように声をかける。
それが、一番安心すると思ったからだ。
「なんだ、一国の姫でも魔物は怖いのか」
「あ、当たり前でしょ!?」
「――なら安心させてやる」
圧倒的な戦力差を見せつければ、ソフィアも落ち着くだろう。
魔力の温存は大事だが、開幕の鐘ってのは大事だよなァ。
俺は思い切り魔力を漲らせる。
そして――次の瞬間、蜥蜴族の心臓を刺殺し、首を落とした。
そのままアンデットモンスターを切り刻む。もちろん、復活しないように光付与をしている。
それから雑魚をも次々と倒していく。
油断せず、それでいて淡々と。
全てが終わり、その場に死体が残る。
しかし速すぎたかもしれない。
ソフィア姫は、逆に怯えて――。
「凄い……凄い凄い。あなた、凄いわ! 本当に強いのね!」
はっ、さすが姫だ。肝は据わってるということか。
「ああ。だがこれからだ」
そう、この程度の魔物なら、護衛騎士で何とかなるはず。
つまり魔族、もしくは更なる魔物が現れるはずだ。
各門で待機していた面子は魔物の退治をしているだろう。
セシルからの連絡がない所を見ると、戦闘の指揮を取っているに違いない。
空を見上げると、まるで無限増殖しているかように魔物が次々と送られてきている。
恐ろしい光景だが、ここには俺の信頼できる面子と、エヴァ、ミルク先生がいる。
ソフィア姫は、俺と同じく空を見上げていた。
震えている肩にそっと手を乗せる。
「国民たちが……」
「大丈夫だ。あそこには最強がいっぱいいる」
「……あなたより強いの?」
「ま、一部はな」
そのとき、セシルから声が入る。
『ヴァイスくん、そっちはどう?』
『問題ない。それより戦況を教えてくれ』
『魔物は多いけど、今のところ怪我人が少しだけ。エヴァさんとミルク先生が頑張ってくれているけど、やっぱりココ先生のおかげが大きい。結界に魔物の弱体化も含んでいるみたい。とんでもない魔法よ』
『ああ、だろうな』
ココはミルク先生と同じく最終局面に現れるキャラクターだ。
今ここにいるのが不思議なくらいに強い。まあ、彼女の経歴はそもそもノブレス学園の中でもとんでもないが。
まあ、そのすべてをエヴァ一人で凌駕するだろうが。
『シンティアたちは大丈夫か?』
『問題ないわ。全てに対処できてる。今のところ、魔族やもどきは確認されてないけどね。北門からぐるりと回ってアレンさん、シャリーさんと合流を進めたいから、ゆっくりと時計回りに回ってきてほしい。くれぐれも油断しないで』
『了解』
シャリーの魔法付与は俺たちの中でも圧倒的な守護を誇る。
それにムカつくが、アレンの奴の模倣はどんなことにでも対処しやすい。
セシルの判断は間違いないだろう。
「移動する。また飛ぶぞ。しがみついててくれ」
「わかった。――疑ってごめんなさい」
「謝らなくていい。だが、全てが終わったら礼の一言ぐらいはいってもらうか」
「何回でも言うわよ」
「はっ、さっきと態度が違うじゃないか」
俺はソフィアを背中に乗せると、ふたたび空を駆けた。
カルタの姿は確認できないが、地上から空に向けて魔力砲を放っている光が見える。
事前の作戦と予想通りなら、既に友好関係にあるオストラバから騎士や魔法使いも向ってきているだろう。
時間さえかければ勝利確実だ。
そして俺は、大満月に視線を向ける。
なぜこの日が限定なのか。それにはちゃんとした理由がある。
ノブレス・オブリージュの難易度は非常に高く、ランダム要素が多い。
だがゲームだ。攻略方法はユーザーたちの話し合いで解答を得られた。
大満月の日、魔物はいつもより魔力を得ることができる。
それのおかげで大きな国をも狙うことができるのだ。
普通ならいくら魔族でも返り討ちにあうだろう。それだけ人数ってのは戦力に直結する。
もちろん例外はあるかもしれないが、俺は確信を得ている。
ノブレスを何度もクリアしているからだが。
「――いた」
魔物を駆逐しながら外門の近くで戦っている、アレンとシャリーの姿を確認する。
だが相当数が多い。アレンはともかく、シャリーの魔法は動き回るには不利だ。
こっちに向かってきているので、罠の仕掛ける暇がないんだろう。
なら少し手助けしてやるか。
「ソフィア、動くぞ。しっかり掴んどけ」
「は、はい!」
「――一撃必殺」
俺は、空からアレンたちに向かって斬撃を放った。
二人は俺の魔力を感じ取り、斬撃を回避する為に高くジャンプした。
だが遅れた魔物たちの首が消し飛ぶ。
そのまま俺は二人は地面に着地。
俺は駆けよって、声をかける。
「よくやった」
「あ、危ないよヴァイス!? 死んだらどうするのさ!?」
「お前らなら避けれると思ってた。実際そうだっただろ?」
「今ので死んでたら末代まで呪ってたわよ」
少しばかりやりすぎだったらしく、アレンが焦り、シャリーが俺を睨んできた。
ったく、結果良ければすべて良しだろ。
そしてシャリーは片膝をついた。あわてながらもアレンが続く。
「ご無礼をお許しください。ソフィア姫」
「も、申し訳ありません」
貴族の立ち振る舞いが同に入っているシャリーと対照的なアレン、見ていて笑える。
「構いません。それより感謝しています。大罪になりえるとわかっていてもなお突き進んでくれたことは、誇り高きことです。ノブレス学園は、噂に違わぬ素晴らしい心の人たちですね」
その言葉を聞いたシャリーが笑顔で答えた後、ふたたび俺を睨んだ。
なんで全部知ってるのよ、と言わんばかりだ。さすがにここで問い詰められるのはしんどいのでそっぽ向く。
「アレン、詳しい戦況は」
「リリスさんは既にデュークと合流して、城の近くで交戦中。トゥーラとオリンさんは領民たちの避難を手伝ってる」
「そうか。大満月が終わるまで、後一時間もないはずだ。必ず魔族は仕掛けてくるはず。最後まで油断せずいこう」
そのとき、巨大な転移魔法が空に浮かび上がる。
ついに来たかと思えば、そこから現れたのは、懐かしくも腹立たしい魔物だった。
「竜……」
アレンがぼそりと呟く。
過去のことを思い出す。あの時は必死だった。
持てる力の限界を超えてようやく倒せたのだ。
だが今は違う。
俺は、俺たちは、強くなった。
「ヴァイス」
「ああ、わかってる」
「シャリー、僕とヴァイスに付与を」
「もちろん――」
そう言いながら、シャリーは俺とアレンの背中をとんっと叩いて、精霊の加護を付与した。
途端に身体が軽くなる。
腹が立つ、こいつも相当な努力をしてるんだろう。
「ソフィアを頼んだぞ」
そして俺とアレンは、空を駆けあがっていく。
俺は不自然な壁で、アレンは空を飛んだ。
二人で同時に到達、竜は俺たちを見つけた瞬間、喉奥に炎を溜めた。
あの日、あの時、この赤い炎は絶望の色だった。
しかし今は違う。まっすぐに見つめることができる。
――はっ、成長を感じるってのは、ちょっとおもしろいな。
そして身体が覚えている。
どのタイミングで、どのくらいの炎を吐くのか。
「アレン――」
「ああ、わかってる!」
同時に左右に散った俺たちは、まるであの時の戦闘をなぞるかのように攻撃を仕掛けた。
身体が動く。俺の今までの努力は無駄じゃない。
炎を回避し、二人で竜の頭部に剣を突き刺した。
耳をつんざくような悲鳴を響かせ、竜が堕ちていく。
その後に俺たちもだ。アレンと目が合い、ふと笑う。
同じことを考えているのだろう。
あの日、あの時、俺たちは無我夢中だった。
だが今は違う。余裕を持った上で倒したのだ。
「アレン、どうやって説得したんだ?」
俺の一言で、奴もわかったらしい。エヴァやミルク、ココのことだ。
だがいつものように屈託のない笑みを浮かべる。
「大変だったよ」
「はっ、前向き野郎が」
だがノブレス・オブリージュは、そんな安堵を許さない。
そのとき、俺はやはりノブレスの底意地の悪さを知った。
各門から悲鳴が聞こえる。
目を凝らすと、魔族もどきと思わしき高い魔力を保有している奴をみつけた。
――ついにきたか。
だがこれだけじゃ終わらなかった。
空に巨大な転移魔法が五つ、そこから足が見える。
――現れたのは、一度目の厄災で見かけた七禍罪の三人だった。
金髪で端正な顔立ちの男がビーファ。
冷たい目で俺たちを見下す茶髪の女がスルス。
デカい体躯で怒髪天の黒髪がラコム。
いやそれよりもなんだあいつら。あの――二人。
遥かに強い魔力を保有する二人がいた。
そしてその一人の風貌は、俺のよく知る人物と瓜二つだった。
アレンとシャリーも気づいたらしい。
いや、おそらくこの場にいるノブレス学園の全員が気づいているはずだ。
銀髪のストレートヘア、透けるような乳白色の肌、西洋の人形を思わせる端正な顔つき。
「――エヴァ・エイブリーだと?」
だがその頭部には、魔族の証である黒い角が生えていた。
幻覚、幻術、変身、擬態、そのすべてを否定するほど、瓜二つの異形で規格外の魔力を放っている。
原作で見たことがない展開だ。
だがこれこそがノブレス、これこそが俺の好きだったゲームだ。
絶望に次ぐ絶望、だからこそ制覇したときの感動がある。
――かかって来い。たとえ相手が誰だろうが、必ず倒してやる。