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131 剣士の秘密

 ノブレス学園の一時限目は朝8時頃、寮民が多いこともあって、教室での集合となる。

 中級生から選択制の授業というものが増え、その場合は10時くらいからのんびり、というパターンも。


 だが俺――ヴァイス・ファンセントの朝は早い。


 就寝時間にもよるが、五時には外門周りを走っている。

 それが終わると筋肉トレーニングと魔力総量を増やす鍛錬を繰り返す。


 最後は部屋で座禅だ。


 心体技のバランスを整えることが、強くなる為に必要なのである。


 そのランニングの途中で、俺はトゥーラを見かけた。


 ちなみにまだ袴を着ている。

 学生服は届いたと聞いたが、やっぱり落ち着くとのことで怒られない程度に着替えているみたいだ。


 一度、教室で「ぁあっあぁ!」と言いながら着替え始めたときは、カルタが慌てて止めていた。

 よくわからないが、我慢ができない性質なのだろう。


 そしてトゥーラも走っている。


 デュランから転入しただけあって、彼女は基礎鍛錬の重要さを誰よりも理解しているのだろう。


 魔法が主体の中で戦うのは類まれな技術が必要だ。


 デュークもそうだが、基本的に内に入り込むことが大切で、そこからがようやくスタートとなる。


 彼女の場合は見えない斬撃がそれを支えているが、もちろん俺たちもバカじゃない。

 手をかえ品をかえ攻撃を防ぐのはもちろん、相手の嫌がりそうな魔法だって詠唱する。


 だが強い。


 トゥーラは本当に強い。


 そして俺たちも特に明言はしないが、彼女が来てくれて本当によかったと思っているだろう。


 外の世界に出れば剣を扱う奴は多い。


 その練習ができているのは、彼女のおかげだからだ。


 いや、それよりも何より、彼女の性格に救われているかもしれない。


 どんな時も前向きで明るく、体育祭の時もそうだったが、全力で楽しむことを知っている。


 俺は、彼女を尊敬してる。


「――えへえへへ――はっ!? ふっ!?」


 しかしそんな彼女は、今なぜか周りを警戒していた。

 俺は咄嗟に隠れてしまう。


 いや、なんでそうしたのかわからないが、なんとなくだ。


 そのとき車輪の音が聞こえる。


 ……あれは、物資馬車か。


 ノブレスでは、頼めば外の物を輸入をしてくれる。

 食べ物だったり、香水だったり、お菓子だったり。

 故郷のものを取り寄せる人もいる。


 もちろん相応の値段はかかるが、ほとんどが貴族だ。気にしてるやつはいない。


 しかし普通はまとめて頼むことが多い。


 だがこんな早朝に一人で?


 ……刀か? 特別な何かを?


「お待たせしました。トゥーラさん。――いいのが手に入りましたぜ」

「こ、声がデカいぞ!? それで、いくつだ?」

「十、いや二十はありますぜ」

「ふふふ、ふふふ、やるじゃないか。――どれも良いもの(・・・・)か?」

「最高級ですよ」

「や、やるじゃないか! く、くれぐれも内密にな」

「もちろんです。またご贔屓に(・・・・)


 トゥーラは、大きな木箱を頂いて不敵な笑みを浮かべた。


 瞬間、俺は思い出す。


 彼女がポイントをぐんぐんとあげていたことに。


 最高級? 良い物?


 まさかドーピ……いや、そんなわけがない。トゥーラがそんなことをするわけがないのだ。


 そもそも、そんなものがノブレスにあるわけがない。


 だが――。


「ふふふ、これで、ふふふ」


 木箱を抱えて棟へ戻るトゥーラの笑顔は、とても嬉しそうだった。


「ま、何でもいいか」


 そしてその日、トゥーラは試験で最高点数を叩き出した。


    ◇


 そんな出来事も忘れていたある日、俺は女子棟へ来ていた。

 普段あまり訪れることはないが、シンティアが俺の部屋に忘れ物をしたので返しにいったのだ。


 入棟自体は許可があれば問題ない。


 廊下から窓を眺めると、普段とは少し違う景色に気づく。


「位置が違うだけで、変わるもんだな」


 そしてそのとき、後ろから――何かにぶつかられる。


「――ん? ぬおっ!?」

「え? あ、あああああああああ」


 デカい木箱を抱えていたのか、中が散乱する。

 何かわからないが、それ柔らかいものも顔に当たっている。


「ん……ヴァ、ヴァイス殿!?」

「……その声は……トゥーラか」


 声よりなんか柔らかいもので気づいた気がする。


 こいつ、着けてないな。


 目を開けようとしたが、なぜかトゥーラが俺の目を覆い隠す。


「ま、待て開けるな!?」

「……なんでだ?」

「や、やめろまだダメだ!?」


 すると子の声が聞こえる。

 俺がこの棟にいるのは許可もらっているが、この現状はマズい。


 急いで離れようとするも、トゥーラは本気で俺の手を離さない。


「おいトゥーラ!?」

「ま、まってくれ! と、とりあえず私の部屋に!?」

「はあ!?」

「た、頼む武士の情けだ!」


 ……そ、そこまでのことなのか? というか、武士という概念があるのか?


 だがそこまで言われると俺も一旦避難するしかない。


 そして俺は、「だぁーれだ?」「トゥーラちゃん?」みたいな感じのまま押されて部屋に入る。


 だが次の瞬間、待っててくれ! と叫び、またパタンとドアが開く。


 いや、トゥーラが外のナニカを拾っている音が聞こえる。

 

 俺は、おそるおそる目を開ける。

 なんだか罪悪感マシマシで。


 そこは――とても広い部屋だった。


 既にポイントを得ているのでC級、一人部屋だ。


 いやそれより……これは……もしかしてこれが……。


 そのときドアが勢いよく開く。


「や、やあヴァイス殿、目は開けないでくれ――あああああああああ!?」

「武士の癖に喜怒哀楽が激しいなお前は」

「……せ、切腹する。もうだめだああああ」

「待て待て、別に何も思ってないぞ」

「本当か? 本当に思ってないのか? 武士なのに、とは思わないか?」

「ちなみにお前は武士ではないぞ。ああ、本当に、何も、思ってない」


 少しだけ声がうわづってしまう。

 なぜなら俺の目の前には、壁一面にズラリと――もふもふのぬいぐるみが並んでいた。


 ゴブリン人形によくわからない魔物、更には馬、牛、豚、とにかくデフォルメされた可愛らしいモフモフが並んでいる。

 ……そうか、この前の木箱がそうあったのか。ちらりと地面に視線を向けると、ぬいぐるみがいくつも転がっていた。


 なるほど、これを見られたくなかったのか。


「そんな隠すものじゃないだろ」


 半べそをかくトゥーラに声をかける。

 すると静かに話し始めた。


「……私は幼い頃から男だらけの世界で暮らしていた。だから、いい事なのかよくわからないんだ。でも……好きなんだ」


 そうか、そういえばそうだったな。

 まあでも――。


「俺はいいと思うぞ。この人形のなんて、デビに似てカワイイじゃないか」

「ほ、本当か!? そ、それはライウェ地方の限定品で更に有名な職人が作ったヤツでな!」


 はっ、俺が思っているよりも結構なオタクだな。

 まあでも、意外な一面だ。


 俺が知っているトゥーラ、つまり原作での彼女はアレンにしか興味がなく、男っぽい感じだった。

 人ってのは一面だけじゃわからないもんだ。


 それに、ぬいぐるみを語るトゥーラは、随分と幼く、そして可愛く見えた。

 単身でノブレスに来るのも勇気が必要だっただろう。


 彼女にとって大事な癒しだったんだな。


 これが、彼女にとってのぬいぐるみ(ドーピング)か。


 いや、この言い方はちょっとひどいか。


 親友、というのが正しいだろう。


「ありがとう。色々楽しかった。そろそろ行かなきゃな」

「あ、ああ! すまん。語りすぎてしまった……。良かったら、この人形をヴァイス殿に! デビに似てカワイイだろう!」

「……確かにな。ありがたくもらっておくか」


 いいサプライズだった。それに、いい未公開だ。

 うむ、いい日だった――。


「トゥーラさん、次の授業ですが――」 


 そこにベストタイミングで現れたのは、このゲームの正ヒロイン、シンティア・ビオレッタである。


 そして俺の婚約者だ。


 いや、冷静にいこう。まずは冷静に、冷静に。


 冷製には……されないよな?


 俺は深く深呼吸した後、口を開く。


「落ち着いて聞いてくれ。シンティア」

「はいどうぞ」

「これはまず事故だ」

「なるほど」

「そ、そうだシンティアさん!? これはちょっと色々誤解がな!? 人形を渡そうと!?」


 おいトゥーラ、それは端折りすぎだ!?


「なるほどなるほど」

「とりあえず場所を移さないか? 俺の婚約者、そして愛するシンティアよ」

「なるほどなるほどなるほど」


 俺はこれでもそこそこ腕は立つ。修羅場もいくつかぬけてきた。そういう者にだけ働く勘がある。 その勘が言ってる、オレはここで――氷漬けにされ――。


氷の絶対零度(アイスエントリオス)


 その日、俺は冷蔵庫の氷の気持ちを人類で初めて理解した男になった。



「なるほど、そういうことだったんですか。私もお人形さんが好きですよ、トゥーラさん」

「リリス……湯たんぽあるか?」

「はい、こちらです! ヴァイス様!」

「ありがとう、シンティアさんにそう言ってもらえると嬉しい。色々すまなかったな、ヴァイス殿」

「ああ。リリス、あったかいもお茶あるか?」

「はい、ありますよ、ヴァイス様!」


 それから数時間後、俺はトゥーラの部屋でリリスに身体を温めてもらっていた。


 シンティアも理解してくれたので、みんなで平和に話している。


「私もお人形さんが好きなので、良ければ今度ご一緒に買いにいきませんか? そろそろ夏休み(エスターム)ですし」

「い、いいのか?」

「もちろんですわ。ねえリリス」

「はい! 私も大好きです!」

「そうか。……嬉しいな。――楽しみだ」


 原作でシンティアとトゥーラは恋敵であり、そこまで仲良くならない。

 だからこそこうやって話しているは嬉しかった。


 悪い改変もあれば、良い改変もある。それはそれを強く理解した。


「リリス、重ね着できる服ないか?」

「ありますよ!」


 後、氷の気持ちも理解した。


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