130 過去の自分
ベルクことワクワク小僧は、入学からわずかな期間にもかかわらず、名が知れ渡っていた。
当人が強いことはもちろんだが、俺の後をよく着いてくることも関係しているのかもしれない。
「なんかもう、ベルクの奴、ヴァイス先輩の付き人だな」
「流石にわかりやすいよな」
「強い奴にしか興味ないみたいだし」
下級生たちもそれをわかっているらしく、通りすがりによくベルクの話をしている。
孤立している、とまではいわないが、ノブレスで強者は疎まれやすい。
特に退学者がまだ出ていない序盤ではよくあることだろう。
俺も同じようなことを経験していた。
一方でメリルだが、彼女もまたシンティアの後をよく着いていっている。
女子棟の事は知らないので共通棟でのことしか知らないが、まあ同じような感じだろう。
「ヴァイス先輩、夏休みは何するんですか!?」
「色々だ」
「秘密主義っすよねえ! くぅ、そこもミステリアスでいいっすよねえ!」
悪い奴ではないが、話があまり通じないという難点がある。
まあ、それも可愛げか? いやわからんが。
だがどこか危なっかしい感じがする。
昔の自分をみているというか、なんというか。
「ヴァイス先輩、次の休みどっか出かけません?」
「断る」
いや、そんなことないか。
◇
いつものように食堂へ行くと、人だかりができていた。
新作のメニューでも出たのかと内心ワクワクしたが、どうやら様子がおかしい。
すると、聞きなれた声が聞こえてくる。
「てめえ、ぶち殺すぞ!」
「やめなさい、ベルク!」
「でもメリル、こいつが!」
「いいから、やめなさいって!」
人混みをかき分ける。いや、俺をみたことで人が離れていく。
そこには、ベルクが同じ下級生を殴ったらしく、右拳に血がついていた。
相手は気絶ではないが、頬を押さえて倒れている。
それを庇っているのはメリルだ。
シンティアたちがいたので、俺は急いで訪ねた。
「何があった?」
「……ええと」
言いづらそうにしたシンティアだったが、ベルクがいきり叫ぶ。
「こいつが、ヴァイス先輩をバカにしたんすよ! 偉そうだって!」
そういって、下級生は怯えて俺を見た。
……なるほど。
静寂の空気の中、俺は――。
手を差し伸べて、そいつを立たせる。
「次から気を付けろよ」
「……は、はい」
その後、俺がひとにらみすると、全員が散っていく。
いつかはこうなるかもしれないと懸念していたが、実際に起きてしまった。
ベルクは強者が故に弱者に対して興味がなく、声を掛けられるのすら嫌がる傾向にある。
俺もそれに気づいていた。
メリルが何度も注意していたが、本人は我関せずだった。
俺の悪口を言った奴を粛清しようとする気持ちも、尊敬するがあまりだろうが、やりすぎだ。
「すいません、もう二度とヴァイス先輩の悪口を言わせないので。――雑魚の癖に」
その口調や雰囲気は、昔の俺によく似ていた。
いや、今も俺の気持ちは変わらない。
雑魚は、弱者は、淘汰されてもいいと思っている。
だが俺はこの一年間で気づいたことがあるのだ。
誰しもが成長に秘めているということに。
セシルやカルタ、オリンやアレン、デューク、シャリー、リリス、トゥーラ、シンティア、
そして、アレン。
原作を知っている俺ですら想像できないことがたくさんあった。
だがベルクは――。
「放課後、市街地Bに来い、ベルク」
「マジっすか!? うわ、楽しみだなあ!」
ったく、案外面倒だな先輩ってのは。
◇
夕方過ぎ、授業を終えた後、市街地Bへ向かうと、ベルクが待っていた。
屈伸をしたり、腕を伸ばしたりしている。
そして、俺を見つけるなり嬉しそうに声をあげた。
「ヴァイスせんぱーい! って、あれ? ほかの先輩たちもおそろいで……?」
俺は、セシル、シャリー、カルタ、オリンに声を掛けていた。
女子たちを選んだ、というわけではなく、俺なりの基準を持っている。
「今日の相手は彼女――いや、彼もいるが」
「は、はあ……そうなんすか?」
案の定、ベルクはとぼけた顔だった。
「――シャリー、頼んだぞ」
「助けてくれた借りは、これでチャラね。――さて、ベルクくん手加減なしでいいわよ」
「え? は、はあ……」
すでにお互い訓練服は着ている。
シャリーの魔力はそこまで大したことがない。
だが、俺は知っている。彼女の強さを。
「――全員倒したら、ヴァイス先輩が相手してくれるんすよね?」
「ああ、一人でも倒せたらな」
俺の言葉を聞いて、ベルクは少し不満そうだった。
試合開始、距離を取っていたが、ベルクはとんでもない速度で地を駆けた。
急いで倒して俺と戦いたいのだろう。
「すいません、恨みはねーんすけど!」
軽口を叩きながらシャリーを斬る――。
剣が彼女に当たったかと思えば、水となりはじける。
次の瞬間、ベルクの身体は罠にかかり、無数の糸でがんしがらめにされる。
無理やり解こうとするが、地面が泥となり、力が入らないみたいだ。
その瞬間、静かに歩みよったシャリーが、ベルクの首に剣を添えた。
試合、終了だ。
「はい、終わり」
「……これ、卑怯じゃないっすか?」
「そう?」
ベルクは納得がいかないらしい。
次はカルタだ。
試合開始と共に高く舞うカルタに、ベルクはただ見上げるしかなかった。
飛行魔法を使って空を飛ぶも、カルタには届かない。
そして最後は、追尾魔法が付与された魔力砲を放たれた。
威力を弱くしてもらっていたので漏出による気絶はなかったが、それでも負けだ。
「……くそ」
「次だ」
次はオリンだった。
大した魔力を持たないオリンだが、セシルに飛行魔法を教えてもらってから、低空で杖に乗り、飛行魔法を使いながら攻撃を回避する手段を増やしていた。
しかしベルクは何とか追い詰める。しかし、それは罠だ。
横から現れたリスのピピンの頭突きがベルクの顎にヒット、気絶した。
「――俺なんで」
「最後、セシルだ」
セシルの魔力はひどく少ない。
ベルクほどの使い手なら、それがよくわかるだろう。
だがベルクは――まったく歯が立たなかった。
攻撃を一つも与えられず、属性すらほとんどないセシルに圧倒的に負けた。
「ふう、あんまりこういうの好きじゃないんだけど」
「悪いな、今度バトルユニバース一日中付き合ってやるから」
「ボクも後輩を傷つけるのは気が引けたよ……」
「ああ、悪い……」
「わ、私は構わないよ。ヴァイスくんのお世話になってたし」
「じゃあ、後輩くんは眠ってるみたいだし、女子会しよっか? あ、オリンさん……いや、なんでもない! 甘い物たべにいこ!」
「「「はーい」」」
そして、消えていく。
うーん、オリン溶け込みすぎだろ?
まあ、いいか……。
そして、ベルクは目を覚ます。
「……こんなに負けるなんて。――って、ヴァイス先輩?」
「構えろ。剣を持て、それともベッドにもぐりこみたいか?」
ベルクはよろよろと立ち上がり、ゆっくりと剣を構えた。
こいつは強い。かなりの才能だ。
俺の入学当初と比べ者にならないだろう。
幼い頃から研鑽を積んできた。そして、大勢を叩き潰してきた。
だが、こいつは知らないことがある。
――俺が学んだことだ。
俺は、少し戦った後、ベルクの剣を叩き折る。
「やっぱつええっす……」
「ああ……そうだな。だが強くなったのは、俺一人の力じゃない。お前が戦った先輩たちは、みんな最初は弱かった。いや、ある意味、今もお前より弱いだろう。だが自分なりの強みをわかってる。驕らず、研鑽を積んでいる。ベルク、お前には才能がある。それはいいことだ。だが他人を見下しすぎるな。敵と味方を分けろといってるわけじゃない。自分の成長を妨げることをするなということだ」
俺は原作を知っている。だからこそ今ではなく、その先を視ている、信じていた。
もし俺が何も知らなければ、カルタはただの弱虫だと思っていただろう。オリンのことも舐めていたし、セシルと関わり合いもなく、シャリーは死んでしまっていた。
ベルクは今しかみていない。
それが、たまらなくもったいないと感じた。
ミルク先生が俺の未来を信じてくれたように、こいつにもそれがわかってほしかった。
静かに考えこんだ後、ベルクが話し始める。
「……うっす。すいません、確かにオレ、調子乗ってました。ノブレスに来たのも先輩に勝ちたいってのもそうすっけど、オレ、最強だと思ってたのでそれを確かめたくて」
「お前は強いよ。だがそれに溺れるな。周りを見失うな。比べることが全てだと思うな」
まあ、これは俺にも言えることだがな……。
するとベルクは、立ち上がって頭を下げた。
「わかりました! すいません、オレ、同級生に謝ってきます!」
「いや、今すぐじゃなくても――」
「いってきます!!!」
まさかの俺をおいて速攻消えていくベルク。
まあでも、ああいう意識の切り替えができるのはいい事だ。
俺も見習うべきか――。
「言うようになったじゃないか。さすが先輩だな」
慌てて振り返ると、後ろから声をかけてきたのはミルク先生だった。
「……いつからみてたんですか」
「授業外はやめろといってるだろう。だが訓練服を用意したのは成長したな。それより、お前が立派に成長してることがわかって感慨深いよ」
「俺は元から大人ですよ」
「ま、師匠としては嬉しいかぎりだ。けどまあたまには落ち込むことも必要だろう。訓練服を着ているなら話が早い――剣を持て、今日から魔法ありで戦う」
「……マジすか」
今まで純粋な剣のみでしかミルク先生と戦ったことはない。
ついに認めてくれたということだろうが。
驚きすぎて、思わずベルクが言いそうなことを言ってしまった。
「だがすぐに気絶するなよ。つまらないからな」
「――俺も成長してますから、そんなことなりませんよ」
今日俺は、ベルクを通じて、ミルク先生の気持ちが、少しだけわかった気がした。
そして、誰かに期待するということを。
――ったく、関わり合いが増えると考えることが多くなるが……それも、悪くないな。