102 一撃必殺
親睦会早々、俺は原作でも最強に近いと言われたモチーフサムライことトゥーラ・エニツィと戦うことになった。
デュラン剣術魔法学校の生徒たちは大騒ぎで、大勢が集まってくる。
場所は中庭、俺も色々変わったのだ。
さすがに狼藉者と言われて黙ってるわけにはいかない。
「絶対に負けるなよ、ヴァイス」
「余裕に決まってるわよねえ」
「あんなやつぶった切りなさい」
それにおそらくだが敗北=俺の死。
なんじゃなかろうか。
魔王の前にその危機が訪れるとは思わなかった。
シエラはともかく、ミルク先生はおそろしい。
エヴァも気分によっては「ノブレスの面を汚したわねえ」っていいながら粛清してくるかもしれない。
いや……そんなことは今は頭から捨てろ。
トゥーラはまだ一年生だが、類まれな剣術の使い手だ。
原作でミハエルたちはあくまでも立ちふさがるだけで、本筋とは関係ない。。
だがトゥーラは違う。もしかすると、俺が知っているよりも強い可能性も高い。
そして俺はノブレス代表としてここへ来ている。
正式な試合ではないとはいえ、情けない姿は見せられない。
つまり俺がすべきことは――圧倒的に勝つことだ。
「絶対に勝ちますよ」
俺は、ミルク先生たちにそう言って前に出る。
デュランの奴らは、エヴァやシエラのことはもちろん知っている。
だが厄災で活躍していたとはいえ、ミルク先生のことはほとんどが知らないはずだ。
なら俺は、師匠の為にも強さを見せつける必要がある。
トゥーラ・エニツィは、頭に巻いていた白いハチマキを解くと、服の袖を慣れた手つきで縛る。
精神を統一した後、俺を睨んだ。
はっ、やる気満々じゃねえか。
「トゥーラがあのヴァイスと!?」
「マジかよ、どっちが勝つかな?」
「トゥーラが負けるわけないよ。負けるとしたら……あの、エヴァくらいだろ」
確か三学年、エヴァと同じ学年だ。
エヴァが出ていないとはいえ、優勝したのはこいつのおかげだろう。
「ヴァイス・ファンセント、お前の噂は両極端だが、漲るその魔力が、闇が、狼藉者だと謡っている。剣で、その正しさを証明してみろ」
なんで怒られているのかはよくわからないが、俺の悪名がまだ払拭できていないのだろう。
だが両極端ってことは、徐々に変わってきているのだろう。
ならもっと、俺の名を広める必要がある。
「正しさなんて関係ない。俺が負けるわけがないからな」
試合は木剣。有効打を与えたほうが勝利だ。
といっても、お互いに剣術を使うもの同士、勝負はそう長くはかからないだろう。
「ヴァイス、使え」
そのとき、ミハエルが俺に木剣を投げてきた。
意味深な目をしている。俺が勝つと思っているのか、それとも負けると思ってるのかはわからない。
デュランではノブレスのような訓練服はない。
お互いに距離を取る。俺は剣を構えるが、トゥーラは刀身を抜く準備を整えているのか、柄に手を当てていた。
漲る魔力で、準備が出来たことに気づく。
試合開始の鐘は必要ない。
しかし周りは誰も言葉を発しない。静寂な時間が続く。
次の瞬間、トゥーラは魔力を完全に――閉じた。
俺は思い出す。セシルのことを。
その瞬間、圧倒的な殺意が全身を襲う。
俺はすぐさま閃光を発動させた。いつもと違って、全魔力の半分以上を注いだ。
コンマ数秒、トゥーラが動き出す。
今俺から見た世界は、かなりゆっくりに視えている。それでも、トゥーラは驚きべき速度で動いていた。
帯刀していた刀を右手で抜く。
鞘と刀がこすれるときだけ、とんでもない魔力を感じた。
おそらくシエラの高速移動魔法のような術式が、鞘に付与されているのだろう。
もしくは、今詠唱したか。
原作で、彼女の攻撃方法は単純明快だった。
――居合。
コンセプトは、刹那の攻撃。
居合術・抜刀術を使って、一撃必殺で敵を倒すのが、彼女の得意技だ。
その秘密は原作で明かされていなかったが、ようやく謎が解けた。
だが異次元の速さだ。
剣と魔法のハイブリッドから生み出される人間の限界をはるかに超えた速度。
――おもしろい。
俺はこの世界に転生してきてから毎日剣を振っている。
だからこそわかる。こいつが一体、どれだけの研鑽を積んでいるのか。
この一瞬で、俺は彼女を尊敬した。
だが、勝利まで譲るつもりはない。
トゥーラは動かず、その場で真横に薙ぎ払おうとしていた。
俺との距離は数十メートル。普通に考えて当たるわけがない。
しかしこれは、ミルク先生が得意とする衝撃波剣術だ。
空気を切り裂き、剣激を属性に付与して飛ばす。
「――ハァッァッ!」
鈍色に光る剣先が、空気を切り裂くと同時に、魔法術式のエフェクトが微かに光る。
その音、その魔力、胴体を真っ二つにできるほどの力を兼ね備えているだろう。
手加減をしないタイプなのか、それとも俺の魔力を感じ取ってこれでは死なないと思っているのか。
どちらにせよ覚悟は感じた。
見えない剣激が、風のごとき速さで前から迫りくる。
だが俺は視えている。
回避は容易い。しかしあえて真正面から駆ける。
手にした木剣を上段から振りかぶり――術式を破壊した。
周囲のほとんどは、何が起きてるかすらわからないだろう。
そして俺は前進、そのままトゥーラを一刀両断――。
と、まではいかねえが。
俺を狼藉者とバカにしたのだ。
――それなりに痛みは覚悟しろ。
その瞬間、魔力の半分以上を注ぎ込んだ閃光を解除し、無防備なトゥーラの頭に一撃を加える。
同時に時間が、戻っていく――。
「またつまらぬもの――ぇえ!?」
「――じゃあな」
ゴチンと、防御魔力で覆われた頭の骨音が鈍く響く。
トゥーラは頭を押さえてしゃがみ込む。袴がはだけて、たゆんが見え隠れする。
こいつ――着けていない。
これも……原作通りか。
だが勝負アリだ。
今のが彼女の奥義。これ以上やっても、勝敗は決している。
ったく、それにしてもとんでもないものみせやがって。
いやそれより、周りが静かだ。
と思っていたら――。
「「「うわああああああああああええええ!?」」」
「トゥーラが負けた!? 一撃で!?」
「てか、あいつどうやって動いたんだよ!?」
「……あれが、ヴァイス!?」
はっ、よくわかってるじゃねえか。
「うぅぅう……ま、まけた……わ、わたしが……」
トゥーラは頭を押さえたまま、よろめきながら必死に立ち上がる。
だが頭に凄まじいタンコブができている。とても乙女の頭部とは思えない。
いや、仕方ないが、なんだか申し訳ないな。
「……どうして私の奥義が……」
「なんだ? まだやる――」
「わたしが悪かった。この通りだ!」
「え?」
突然、トゥーラが思い切り頭を下げる。いや、やめてくれ。
たゆんが見えるだろうが。
「……今の一撃、とても狼藉者が放てる攻撃じゃない。それにあえて私の攻撃を回避することもせず、真正面から攻撃を放ってくれた。まさに武士の心意気、漢の中の漢だった」
「お、おう。わかってるじゃないか」
いきなり褒められると困るが、わかってもらえたみたいだ。
確か原作でも聞き分けは良かったきがする。
そういえば、なんか重要なことも忘れている気がする。
なんだったかな。
まあいいか――。
「ヴァイス・ファンセント、私を嫁にしてくれ」
「……はい?」
「今まで自分より強い漢がいなかった。だがあの洗練された動きと威力、私の伴侶になってほしい」
そうだ、思い出した。
自分より強い漢に惚れるという性質を持っていたのだった。
まるでひよこが生まれて初めて母親を見る気持ちのように、初めて負けた男に、生涯の愛をささげると書かれていた。
今までノブレスで改変は見てきたが、性格そのものが改変しているのは見たことがない。
え、つまりこれって?
「ヴァイス・ファンセント、私と子作りをして、子孫を残そ――」
「ちょ、ちょっと何言ってるのよ! ヴァイが困ってるでしょ!」
「な、なんだ女子、なぜ邪魔をする!?」
そのとき、シエラがなぜか俺を庇うように前に出る。
ありがたい、ありがたいが、目立っている。
それになぜかちょっと怒ってるみたいだ。
「ヴァイは私の大切な後輩なのよ。それに負けたんだから大人しくしてなさい」
「負けたからこそだ。私は、ヴァイス・ファンセントの強さに惚れた。是非、交際したいと思っている」
「残念だけどヴァイは親睦会でここへ来ただけなの。それにノブレスに婚約者――」
「なら私もノブレスへいく」
「……え? む、無理に決まってるじゃない!」
「そんなことはない。私はノブレスからお誘いを受けたこともある」
「そ、そうなの? で、でも……無理よ、無理無理!ヴァイはあなたにはあげられないわ」
「これは私とヴァイス・ファンセント、二人の問題だ」
「な――、だったら私と戦いなさいよ!」
「いいだろう。女子。手加減はしない」
「私に勝てると思ってるの!?」
なんだかややこしいが、責務は果たした。
次は訓練室や教室も見れるとのことなので、見に行こうかな。
そのとき、ミルク先生が俺に声をかけてきた。
「悪くなかったぞヴァイス」
「……え」
「どうした?」
「いや、ちょっと驚いて」
突然褒められるとドキドキする。
数年の特訓が、俺の体に染みついているのだろう。
「あの技は初見で避けられるものじゃない。腕をあげたな」
「といっても遅く視えただけで」
「それもお前の能力の一つだ。それに最後の一撃は、たゆまぬの努力の成果だろう」
「……ありがとうございます」
しかし素直に褒められるのは嬉しい。
エヴァは、目配せだけだったが「お疲れ様」と言ってくれた。
実際、トゥーラの斬撃は凄かった。
鞘と剣の間に魔力を漲らせることで速度を上げているのは、リリスの高速出射と似ている気がする。
つまり、俺にも同じことができるってことだ。
はっ、おもしろい。
思えば、原作でアレンもトゥーラと戦っていたはずだ。
そしてアレンのことが好きになってノブレス学園まで押し掛ける、みたいなのがあった。
といってもそれは随分と先の話だった。
まあ、さすがにそんなことにはならないだろうが。






