転移
昨日の戦いを忘れるような爽やかな目覚めを迎えた。
食料が少ないのはわかっているので、俺は自分の背嚢から携帯食料を出して頬張る。水だけは井戸が有るのでそれを飲んだ。オシショウサマにも少しだが食べてもらい、少ししてからシロウ達と話をした。
シロウは昨日と同じように悲しそうな表情をしていた。ジンベエは相変わらず目をギラギラさせているが、目の周りの隈が酷く、寝ていないのではないだろうか。
「昨日のご活躍、ありがとうございました」
俺に言っているのか、オシショウサマに言っているのかよくわからないが、一応頷いておく。
「おう、確かにあの凄まじき魔術ならば、物の怪どもも恐れるに足りず、逆にこちらから攻め入れるかもしれませんな」
ジンベエも俺達の働きに満足しているようだが、兵隊の数が違いすぎて攻め込むのは無理だろう。オシショウサマは苦笑したが、シロウが咎めるように口をはさんだ。
「父上。それは無理と申すもの」
「何を言われる。神の子四郎様にこのお二人の神通力が加われば鬼に金棒。逆襲の時でござろう」
ジンベエはシロウの父ということだが、シロウを兵の上に担いでいるせいか、随分丁寧な言い方になるようだ。
「確かに昨日のリード様の魔術の凄まじさや玄奘様の神通力は驚くべきものでした。妖怪の類は追い払えましょうし、敵陣の兵を押し返すこともできるかもしれません」
そこでシロウは一息おいて。
「しかし、そこまでです。我らキリシタンの住まう場所がこの日ノ本にはございません。もしかしたら一度はこの火の国を押さえることくらいはできるかもしれませんが、徳川幕府がその気になれば我らなど一潰しでしょう」
「いや、琉球へ逃れる手もあれば、オランダやイスパニアを頼ることもできましょう。まだまだ諦めるのは早うござる」
「オランダもイスパニアも幕府を相手取ってまで我らに助けの手を伸ばしはしますまい。この世に我らの逃れる安息の地はないのです」
「そんなことは・・・」
「我らを受け入れていただけるのはゼス様が用意されたパライソのみ。食料も乏しく、残念ながら陣を抜けるものも増えているのでしょう」
「いや、それは」
「それはそれで仕方のないこと。最後までゼス様を信じ切れる者だけがおそばに行けばよいのです」
ジンベエも押し黙る。確かにみんな飢えている。脱走兵も居るだろうし、飢えて倒れたものもいるのではないか。
「私達は幕府に締め付けられて、やむにやまれずこの戦を始めてしまいましたが、そろそろ潮時でしょう」
ここでシロウはぐるりと周りを見回した。
「ここに残っている方々はまごうことなくゼス様の御子と言えるでしょう。我らはゼス様に選ばれたも同然です」
周りのスケルトンのようにやせ細った者たちが涙ぐんでいる。すすり泣く者もいた。ジンベエも下を向いてしまった。
「まもなく、最後の戦いになるでしょう。玄奘様達を巻き込むわけにはいきません。ここでお二人をお返ししようと思います」
ジンベエも反論しない。他の者たちも、俺の働きと言うよりは、オシショウサマの癒しの歌声を聞いて、思うところがあったんじゃないだろうか。戦い好きの俺でさえ、あの歌声には癒されてしまう。
「ありがとうございます。皆様の苦しみを救うことができずに申し訳ありません」
オシショウサマが頭を下げる。
「とんでもない。頭をお上げください。こちらの勝手で無理やり呼び出しているのです。お詫びしなければいけないのは私たちです」
まあ、そりゃあそうだと俺は一人思う。
「では、こちらへお立ち下さい」
俺たち二人は祭壇のような場所の前に立たされる。
シロウが経だろうか、何か呪文のようなものを唱えだした。目を瞑り、額には脂汗が流れている。少しすると空間が歪みだした。朧げな明かりが立ち上り、眩いばかりの光になっていく。
俺とオシショウサマはその光に包まれていった。