96話 ダークエルフ姉弟からの願い
港町ワースの領主の息子・イザクに案内され領主の屋敷へと到着した。屋敷の立つ丘の上からは街はもちろん、眼下に広がる広大な海を見渡す事ができた。
途轍もなく良い景色が広がり、海鳥らしき鳥も飛び交っている。
領主の屋敷の周囲は高い塀で囲まれており、イザクが門の前に立つと門番に開けるように命令をする。
「イザク様、その方たちは?」
「ん、ああ。えっと、俺の友達だよ」
門番は少し訝しげに、こちらを見てきた。そりゃ領主の息子が突然、見たことない連中を六人も連れて来たら怪しむのも当然だろうな。
「いいから早く開けろ! 俺の命令が聞けないのか!」
「は、はい! 只今!」
結局はイザクに押し切られるように、門番が塀の門を開けた。
「ほら、早く行くぞ」
そのままイザクは屋敷の敷地内に入っていき、チビ雪とリーティアが門番に軽くお辞儀をして付いて行く。
ところがイザクは目の前にある大きな屋敷には向かわず、何故か途中から屋敷の玄関とは違う方向へと歩き出す。
「ねえ、何で屋敷とは違う方に向かうの?」
「いいから黙って付いて来い!」
不思議に思いながらも、イザクに言われるがまま付いて行った。すると屋敷の裏側には離れが建っていた。
離れといっても、そこそこの大きさのある家だ。
「ここが俺の家だ。歓迎はしないけどな」
「屋敷には入らないの?」
「スノー様、今はそれはいいじゃないですか。とりあえず入りましょう」
イザクが案内した離れに入ると、あちこちに物が散乱していて思っていた以上に汚れていた。
奥にあるリビングに入ると酒の匂いが充満していて、思わず鼻を抑えるほどだった。
「なかなか荒れた生活をしているのね」
「嫌なら出て行っていいんだぜ。泊まりたいと言ったのは、そっちだからな」
「私は構いませんよ。イザクさん、今日はお世話になります」
「ああ、不本意だが世話になるぜ!」
空いてる場所やゴミを避けて、椅子やソファーに腰掛けた。だけどイシェイルとタケルは、異臭のする部屋に気分が悪くなったのか、少し外にいると言って出て行ってしまった。
その後は二階にある二つの部屋を使っていいという事になり、とりあえず女性陣と男性陣で部屋割りをすることに。カールがかなり不服そうだったけど、そもそも今まで一緒だったのがおかしいのだ。
ダークエルフ姉弟も戻って来て、各々の部屋で過ごす事になった。
「二階の部屋はあんまり使ってないっぽいね。まだ綺麗でよかった」
「ホントですね! あのリビングを見た時はどうなる事かと思いました!」
「一応屋敷のメイド達が掃除をしているのでしょう」
「それでも一階は、あんなに荒れているのか」
多少の不満は出たものの、それでも泊まれる場所が決まったのは有難い。ようやく旅の格好から着替えて楽になれた。
「それにしても名前を聞いて悪魔の契約をしてしまうなんて、本当にリーティアって悪魔よね」
そのおかげで泊まれる事になったとはいえ、やり方はえげつない。領主の息子ならお金は困ってないだろうし、チップを渡して交渉するのも無理だった可能性もあった事を考えれば、致し方ないやり方ではあったけど。
「ん? スノー様は何を言っておられるのですか? あれはハッタリですよ?」
「え? ハッタリ?」
「そうです。悪魔の契約は本人直執でなければいけません。そもそも、あの契約書自体がただの紙ですし」
「マジですか…よくそんな機転を利かせたわね」
「私にだって契約をする相手を選ぶ権利はありますよ。ウフフフ」
「おお! ハッタリで相手をカマかけるとはやるな! ますます勉強になる!」
「イシェイルさん! だからリーティアを見習うのは止めてください!」
イシェイルはリーティアと酒を飲み交わしてから、どうやら仲良くなったのかもしれない。拳一つで戦ってきたイシェイルにとって、力を制限しながらも上手く立ち回るリーティアが興味深いようだ。
それにしても領主の息子イザク、何か訳アリっぽいけど不良仲間と釣るんでいるのも、ここでの環境がそうさせてるのかもしれない。離れに住んでいるし、その中も荒れて汚れてるし。
まあ私には関係のないことだけど。
「スノーお姉さま、この後どうしましょうか?」
「毎度のことながら、特に何も決めてないのよね」
港町ワースに来た目的は海を見ることだったので、すでに目的は果たされてしまった。正直な話し、すぐに出ても構わない。
「特に決まってないのなら、グリテアのいるクランレアドにさっさと行くぞ! 早く奴と決着をつけなければいけない!」
「イシェイル、前にも言ったけど魔王グリテアと事を構える気はないわよ。何より私がそんな事をする訳にはいかない」
今の魔界で魔王同士が戦う訳にはいかない。ましてやガーデン・マノス魔王の私と対立すれば、魔界の微妙なバランスが崩れてしまう可能性すらある。
それだけは絶対避けなければいけないし、それが私が旅に出る絶対条件でもあった。
「スノー様、一度イシェイルさんとタケルさんに、ちゃんと話をした方がいいのではないですか?」
二人に自分の身分を隠して旅をするのは、やっぱり限界があるか。確かにリーティアの言う通りかもしれない。
そういう事で男性陣のいる部屋へと移動し、六人全員が集まってミーティングとなった。
二人でしか使っていない男性陣の部屋は、かなりの広さを十二分に使える。
「二人でこの広さはズルいわ!」
「何言ってんだよ姉御! だったら俺もそっちで泊まるぜ!」
「カール、それこそ何言ってるの! スノーお姉さまも、イチイチそんな事で文句言わないでください!」
「イシェイルさんとタケルさんが呆れてますよ。早く始めましょう」
大事な話しという事で集まったのに、初手から話しが逸れてしまった。
コホンと咳払いをして、場の空気を整えてから話し始める。
「二人に言っておかないといけない事があるんだけど。たぶん、二人とも森から出てないだろうから知らないと思うんだけど。実は私は魔界一の都市国家、魔都市ガーデン・マノスの魔王小雪なの」
正体を明かした後、仮面を外して素顔を明かした。もちろん最近魔王になった私の事は、やはり知らなかったらしく二人はキョトンとしている。
だけど、それは予想通りだ。本題はここから。
「つまり私は立場上、魔界のトップと言っても過言ではない存在なの。だから悪いけど、魔王グリテアに復讐したいと思ってるなら二人の気持ちに応える事はできない。
もしそんな事をしたら、魔界大革命以来の動乱が発生してしまうかもしれない」
全てを打ち明けて、ダークエルフ姉弟の反応を待った。今のところ、二人は特に表情を変えずにこっちを見据えている。
イシェイルはともかく、タケルにずっと見つめられると少し照れてしまうんだけど!
ところが、ダークエルフ姉弟からは面倒な返答が来てしまう。
「話しは分かった。だがリーダーが魔界一の魔王というのなら、魔王グリテアにワセアの森と同胞を開放するよう圧力をかける事はできないのか?」
「え? いや、できなくは…ないのかな? どうなんだろ」
「ダークエルフの事情を知るスノーさん、いや魔王小雪様なら。いっその事、ワセアの森をガーデン・マノスの管轄にしてもらうとか。僕からもお願いできないだろうか?」
「えっと…え? ど、どうしたらいいの!?」
横に座っている三人をチラッと見ると、自分で決めてと言わんばかりに、三人共が顔をプイっとあっちに向けた。
ちょっと、せめて関係者のチビ雪ちゃんぐらい答えてよ!
これは下手に答えられない、返答次第では外交問題に発展してしまう。私の一存では決められないので、一旦ガーデン・マノスにいる堅造くんに相談する事にした。
ダークエルフ姉弟にも一応それで納得してもらったが。
「なんか、大変な事になってきたわね…」
「デックアールヴの森に行くと決めたのは他ならぬスノー様ですよ」
「わ、分かってるわよ! まさか、こんな事になるなんて思わなかったんだもん!」
「スノーさん、迷惑を掛けてしまって申し訳ない。本当に感謝します」
タケルが深々と頭を下げて感謝を捧げてくる。
「あ、頭上げてよ! まだどうなるか分からないし! それにタケルに頼まれたら断れないじゃん!」
「スノーお姉さま、なに顔真っ赤にしてるんですか」
「姉御は分かりやすいな!」
「チビ雪ちゃん、カール、うるさい!」
自分の正体を打ち明けて、魔王グリテアへの復讐を諦めてもらおうと思ったカミングアウトが、まさかの展開に発展してしまった。
本当にどうなっても知らないからね!




