93話 一人前の男に
「ごめんなさいね。少し配慮が足らなかったと思う。今のは忘れてもらえると助かるわ」
ガーデン・マノスにいた頃は私のようなハーフ魔族、そして日本人が当たり前のようにいる環境だった。むしろ、それが当然だと思ってずっと生きてきた。
だけど一歩ガーデン・マノスの外に出ると、それが当たり前ではない事を痛感させられた。初めてハーフ魔族だという事を理由にユトグアで差別を受けた時は、実は誰にも気付かれないところで少し泣いてたぐらいショックだったのだ。
そういう意味では、タケルが人間とのハーフだというのは凄くデリケートな部分だった可能性は十分にあるのに。何でそれに気付かず、あんな事を聞いてしまったのかと心の底から後悔した。
「気にしないでくれ。僕はハーフエルフだけど母さんの事は尊敬してたし、半分人間の血が混ざっている事を呪った事はない。誰がなんと言おうとね!」
『尊敬してた』と過去形であることからも、おそらくタケルのお母さんはもう亡くなってるのが全員察する事ができた。そもそもデックアールヴの森には、それらしい人間の姿はなかったし。
「タケルは先代の長だった私の父と、異世界から来た人間とのハーフだ。タケルの母は、しばらくワセアの森で我々と一緒に住んでいたんだがな」
「今は何で一緒にいないの?」
「それは…」
イシェイルが口を閉ざした。そしてまた余計な事を聞いてしまったと気付く。
「いいわ、今日は吞みましょう!」
「え? お前は何を言って」
「私が変なこと聞いちゃったから変な空気になっちゃったし! 二人が加入しての初の旅路が、こんな辛気臭いんじゃ縁起も悪いでしょ! だからここはタケルとイシェイルの歓迎会といきましょう!」
「ぼ、僕と姉さんの歓迎会!? こんな野営地で!?」
「いいじゃないですか! 空の下で呑むお酒は絶対美味しいですよ!」
「チビ雪さんはダメですよ。でも呑むというのは賛成です! 早速お酒を用意しましょう」
「よっしゃー! 二人の歓迎会を盛り上げていくぜー!」
リーティアがいつの間に買い込んでいたのか、大量のお酒をディメンション・ボックスから取り出して並べた。たぶんだけどメーデのお店でパーティーをした次の日の朝、その時に買い込んでいたのね。
「すげー! こんなに酒持ってたのかよ!」
「ええ、今グラスを用意します。スノー様とチビ雪さんでも、お酒を味わっているように感じられる似非カクテルも作りますね」
「わー! ありがとう!」
「私も手伝うわ」
チビ雪と二人でリーティアの手伝いをする。今回は急な野営だったため、手の込んだ料理はできない。リグレットで買い込んだ食材をメインに、簡単に作った物が中心となった。
イシェイル用には、肉の入っていないサラダなどを用意した。
そして、ただ茫然と目の前の様子を眺めていたイシェイルとタケルにカールがグラスを手渡す。
「ほら! 二人が主役なんだ! シケた面してちゃいけないぜ! 特にイシェイルさんは折角の美しさが台無しだ!」
戸惑う二人を差し置いて、青空宴会の準備は整った。リーティアがグラスにお酒を注ぎ始める。私とチビ雪だけは、お酒に模したカクテルだけど。
「イシェイルさんには俺が注ぐぜ! どうぞ!」
「あ、ああ。ありがとう」
「タケルも遠慮しないで!」
「いや、僕は酒は飲んだ事が」
ダークエルフ姉弟には、私とカールでお酒を注いだ。一通りの準備が整い、いよいよキャンプ宴会の始まりだ。
「じゃあ乾杯の音頭を取らせてもらうわね! 今日はダークエルフのタケルと女男の加入を祝して」
「誰が女男だ! 私はこれでも女だ!」
「姉さん、自分で『これでも』って言っちゃうのか」
「スノー様、ここはちゃんとやりましょう」
「そ、そうね。それじゃあ気を取り直して。タケルとイシェイル、あなた達の加入を私たちは心から歓迎するわ。乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
「か、乾杯」
「ぼ、僕は酒はまだ早いと思うんだが…しかし、決まりだからな…」
困惑するタケルだけど、イシェイルの方は一気に飲み干した。どうやらタケルは、まだ子供だから早いと思っているようだ。
「これは美味い!? こんな美味い酒は初めて呑んだぞ! 外の世界の酒はこんなに美味いのか!」
「全部が全部美味しい訳ではありません。私が選りすぐりの酒を選んでいるので」
「そうなのか! なら次はそれを飲ませてくれ!」
「はい、どんどん飲んでください。私も呑み相手ができて楽しいですよ! ウフフフ」
あ、これはダメなやつだ。上機嫌でリーティアとイシェイルがお酒を浴びるように飲み始めた。イシェイルも、まさかの酒好きなのかな。
だけどタケルの方は、グラスに入ったお酒を見つめたまま中々飲もうとしない。
「タケルさん、嫌なら無理に飲まなくてもいいですよ? 私達と同じ似非カクテルもありますし」
チビ雪が気を利かしたけど、ここで重大な事実が発覚する。
「い、いやチビ雪さん。確かに僕は酒を飲んだことがない。だが部族のリーダーに注いでもらった酒は一滴たりとも無駄にしてはいけないんだ。僕も誇り高きダークエルフ! 酒の一杯や二杯!」
「え!? そんな決まりがあったの!?」
確かに、今このパーティのリーダーは立場的に私になる。つまりタケルは、私から注がれたら一切断ることができなかったのか…。
ダークエルフは、なんて理不尽な決まり事があるんだ。
「なんだ知らなかったのか? 私はてっきりタケルに確実に酒を飲ますために注いでるものかとばかり。タケルの初めてを奪うとは、お前も中々やるな」
「そういう事は早く教えてよ! あと変な言い方しないで! この女男!」
「いいぞ! タケル! おまえの初めては、こちらのスノー様だ! そのままグイっといけー!」
「カール! アンタも悪ノリしないで! ぶっ飛ばすわよ!」
カールが面白がってタケルを吹っ掛ける。それに反して自分の体が火照っているのが分かった。明らかに焚き火の影響ではない。
「スノーお姉さま、なに赤くなってるんですか? 仮面してても分かるぐらいですよ」
「チビ雪さん、そこは察してあげましょう」
「あーなるほど。リーダーはタケルに惚れてるのか」
「ちょ!? 三人はそこで何言ってるの!?」
「タケルは姉御好みのイケメンだもんなー!」
「アンタもいい加減にしないと本当にぶっ飛ばすわよ!?」
ギャラリーが騒がしくしている中で、当のタケルは覚悟を決めたように大声を上げた。
「決めた! スノーさんに! 僕の初めてを捧げます!」
「ちょっと!? タケルも何とんでもないこと言ってるのー!!!」
渾身の覚悟を決めたタケルは、私が注いだ一杯のお酒を一気に飲み干した。
「うああああ!!」
お酒を一気に飲み干したタケルは、グラスを拳を突き上げて雄叫びを上げる。
「「「「おめでとう!」」」」
それを見守った者達からは、歓声と絶え間ない拍手が送られた。
「ありがとう! みんなありがとう! これで僕も大人の仲間入りだ! ヒック! ようやく僕も、これで一人前の男になったんだ!」
タケルは一皮剥けたように、今までとは打って変わって凛々しく佇んでいる。真っ暗な夜空に佇む赤い月に、右手に持った酒を飲み干したグラスを突き上げて。
その顔は少し頬を赤くして、それでいて今までにない高揚感を見せているようだった。
だけど忘れないで欲しい。これは、ただのパーティーなのだ。
そう、タケルはただ、お酒を飲んただけなのだ。
なのに何で。何でこんな人生の覚悟を決めたような、私がタケルから大事な物を奪ったような雰囲気になっているの。
え? 私そんな大それたことしてしまいました?
私の戸惑いと周囲の盛り上がりの中、お酒を一気に飲み干したタケルは、そのままふら付き出して倒れてしまった。どうやら下戸だったらしい。




