92話 脱出
デックアールヴの森を放棄しようとしていたイシェイルは、他のダークエルフ達を全員呼び集めていた。
全員集まっても僅か三十人程のダークエルフ達、子供はたったの三人だけだ。
「みんなに聞いて欲しい。私はこの者達と旅に出る。お前達は私が戻ってくるまでここを、私達の故郷ワセアの森を守って欲しい。
私が必ず魔王グリテアに、ワセアの森を開放するように訴えてくる。例え刺し違えてでも」
「イシェイル様、我々の事は気にせず行って来てください!」
「そうです! 何で自分達の故郷を逃げなければいけないんだ! 俺達もここを守る為に戦います!」
「そうだー! これ以上、魔王グリテアに好き勝手されてたまるかー!」
「みんな、ありがとう」
イシェイルを囲むようにダークエルフ達が大いに盛り上がる。本当は自分達の故郷を取り戻したいと、ずっとくすぶっていたのかもしれない。
だけど、ちょっと待って欲しい。それだと私達も魔王グリテアと敵対する羽目になってしまう。
身分を隠しているとはいえ、そもそもガーデン・マノス魔王である私が魔王グリテアと敵対する訳にはいかない。
「イシェイル、水を差すようで申し訳ないんだけど、私達はただの旅人。魔王グリテアと事を構える気はないからね」
「分かっている。これは私達ダークエルフの問題だ。お前達に迷惑を掛けるつもりは無い」
「いや、一緒に来る時点で迷惑かかるんだけどな」
「スノーお姉さま、ハッキリ言いますね」
「イシェイルさんがここを離れれば、どのみちグリテアに気付かれるでしょう。もしグリテアが動いて来るようであれば…まあ、ウフフふふふ」
「リーティア、怖い笑い方やめてちょうだい」
それにしても、まさかダークエルフの事情に思いっきり巻き込まれる事になるとは思いもしなかった。ダークエルフが人目に滅多に姿を現さないのも、魔王グリテアによって管理されていたからだったなんて。
ずっと思い描いていた、私の中でのダークエルフのイメージが壊れた気がする。
「それでは出発しよう。お前達の武器も用意させてある」
「ええ、本当は不本意だけど。それじゃあ」
「ちょっと待ってくれ! 僕も一緒に行く!」
ワセアの森を再現した部屋の大きな扉が開き、重症を負って体を引きずるタケルが入ってきた。
「タケル、お前はダメだ! その怪我で動けるわけがないだろう!」
「いいや姉さん! これは僕の問題でもある! そもそも僕は人間とのハーフエルフ、いつか外の世界に行ってみたいと思っていたんだ!」
タケルが人間とのハーフって、私と同じじゃない。まさかの事実を聞かされて、驚きを隠せない。
「しかし、お前にはここを守るために残って欲しい」
「いいんじゃない? 私はむしろタケルの方に来て欲しいんだけど」
「いや、俺はイシェイルがいいぜ!」
「スノーお姉さま、カール…二人とも動機が不純です」
思わぬところで姉弟喧嘩が勃発してしまったけど、二人の言い争いを待ってる程こっちも暇じゃない。
「ああもう! 二人とも止めなさいよ! 喧嘩を続けるんなら二人とも置いてくわよ!」
「あ、ああ。すまない。だが姉さん、もう僕を子供扱いするのは止めてくれ。僕だって戦える、生まれて初めて姉さんに一撃与えたじゃないか」
タケルの言葉を聞いて、少し悔しそうに自分の右腕をチラッと見るイシェイル。
「…はあ、全く。お前は何時からそんな頑固者になったんだ。スノー、悪いが旅の同行者がもう一人増えても構わないか?」
「ええ、構わないわよ! むしろ大歓迎!」
「良かったですね、タケルさん!」
「チビ雪さん、ありがとう! よろしくお願いします!」
イシェイルとタケルが、デックアールヴの森を抜けた事はすぐに魔王グリテアに伝わる。リーティアの話しでは、すでに私達がここに来た事も魔王グリテアは把握してるだろうという事だった。
だったら私も開き直ってしまう事に決めた。万が一の時はガーデン・マノスに戻ればいいのだから!
そして、ここに残るダークエルフ達はこれまで通り幻影伊吹を作り続けながら、もし魔王グリテアが動いてきた時は子供だけ逃がして全員で戦う覚悟だという。
「後のことは任せた。だが無理は禁物だ。もし魔王グリテアが攻めてきて勝てないと分かれば、躊躇せず森から脱出しろ」
一応の話しは纏まり、自分達の武器を受け取ってから地下施設を出た。何か久しぶりの地上と感じた。
「この森を抜けるのが大変なのよね。とりあえず急ぐわよ」
「心配いらない、惑わしさえしなければ三十分もあれば森の外へ出られる」
先頭に立って案内してくれるイシェイルに付いて行くと、イシェイルが言った通り、あっさりと森の外に出る事ができた。ダークエルフの邪魔がなければ、こんなにも簡単に抜けれる森だったのか。
しかし森を抜けた辺りは真っ暗となっていて、逆に驚く事になった。何故なら森の中は昼間から薄暗かったものの、これだけの真夜中であっても逆に薄暗さは変わっていなかったからだ。
「なるほど、デックアールヴの森は方向感覚だけでなく、時間感覚さえも狂わせるのですね」
「そうだ、ええと」
「リーティアです」
「そういえば自己紹介してなかったですね! 私はチビ雪です。イシェイルさん、タケルさん、よろしくお願いします!」
「俺はカールだ! アンタみたいな美人さんが加入してくれて嬉しいよ! それと後はそこの弟、まあよろしく!」
「スノーよ、これからよろしくね」
「改めて僕はタケルだ。人間とのハーフエルフで、イシェイル姉さんとは腹違いの姉弟になる。改めてよろしく頼む」
「はあ…もう名乗る必要もないと思うが、私は」
「女男!」
「イシェイルだ! 今度言ったら殺すぞ!」
一通りに自己紹介が終わると夜も大分更けていたので、森を出てすぐだったけど野営をすることに決まった。
リーティアが野営の準備を初めて焚き火を熾すが。
気付けばパーティは六人に、モンスターが二体。旅に出る時は、こんなにも大所帯になるなんて思いもしなかった。
焚き火を囲みながら、できた料理を食べる事になる。だけど、ここでイシェイルが面倒な事を言ってきた。
「これは何の肉だ? 私は誇り高きダークエルフ。こんな臭い肉は食えたものじゃない!」
リグレットで仕入れたコカトリスの燻製肉がどうやら気に入らないらしい。
「姉さん、旅に出るんなら好き嫌いはダメだよ」
「ふざけるな! 私はこんな汚らわしい肉だと食えん! もっとマシな物はないのか!」
「じゃあ食べなくてもいいわよ」
駄々をこねるイシェイルから肉を奪い取った。そして、そのまま頬張る。
「き、貴様…私をバカにして」
「バカにしてなんてないわ。これは元々私達の食料として買った肉なの。付いてくると言ったのはあなたなんだから、嫌なら食べなくて結構」
「ぐ…」
何も言い返せなくなり、イシェイルが拳を握り震えている。
「なあ二人とも、色々あったが今は同じパーティに入った仲間なんだ。喧嘩はよそうぜ!」
「カールの言う通りです。楽しくいきましょう」
「他の者の言う通りだ。姉さんも少しは柔軟にならないとダメだよ」
だがイシェイルはコカトリスの肉に手を付けることはなかった。そもそもダークエルフは肉を食べないらしい。
だけど、そんな事を言われては今後の旅に支障をきたすのだが。
「イシェイルさん、良かったらこれをどうぞ。肉は入ってませんよ」
リーティアが差し出したのは、メーデから貰ったサンドウィッチだった。中の具は肉を使っていないヘルシーな物になっている。
そのサンドウィッチを見てゴクリと唾を飲んだイシェイルは、サンドウィッチを一つ手に取る。本当はお腹が空いてたのに、やせ我慢していたのが手に取るようにわかった。
「こ、これは!? なんて美味いんだ!」
眼を見開いて明るくなったイシェイルは、無心にサンドウィッチを頬張り出した。
それにしてもイシェイルは頑なに肉を食べようとしなかったのに、何でタケルは平気で食べているのか気になった。
「タケル…って呼び捨てでも構わないかな?」
「ん? 構わないよ」
「タケルが肉を食べれるのってハーフエルフだからなの?」
「うん…まあ、そうだよ」
「貴様! いきなり何を聞くのかと思えば!」
「姉さん、いいんだ。僕は大丈夫だよ」
あ、もしかして聞いたらいけない事を聞いてしまったかな。
イシェイルが激怒して、さらにタケルの痛いところを突かれたような困ったような表情を見て、デリカシーのない事を聞いてしまった事を後悔した。




