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90話 一応の決着

イシェイルとタケルの姉弟対決は、実質決着がついた。だが、そこにスノー達が乱入し事態は変わる。


見守っていたダークエルフ達も周囲から臨戦態勢と入り、タケルを含めてスノー達を抹殺しようとしてきた。


「どのみち貴様らの命運もここまでだ! 愚弟と共に葬ってやる」


タケルにやられた右腕を抑え、血を滴り落としながらイシェイルは激昂する。大した傷ではないはずだが、何故かイシェイルには、今まで経験した事のない痛みに感じていた。


スノー達を逃がすために、勝てないと分かっていながら自分を犠牲にしてでも決死の反撃をしてきた一撃。


タケルの全ての覚悟が詰まった一撃は、イシェイルにとっては途轍もなく耐え難い痛みに感じる。


「お前達、早く侵入者どもを」


イシェイルが命令を発しようとした時。


「待ちなさい! 決着はまだついてない! ここからは私が相手になってやるわ!」


「何を言っている、そんな戯言を!」


「何よ、武器を持たない私が怖いの? あなたどんだけ怖がりなの!」


「き、貴様……弟と違い貴様には容赦しない。その言葉、後悔させてやる」


「よ、よせ! 姉さんには勝てな…ぐあ」


「タケルさん、それ以上は喋らないで!」


スノーの挑発を受けたイシェイルは、拳を強く握り締めて怒りと悔しさを滲ませる。


ここまで罵倒されては、ダークエルフとしての矜持が深く傷つけられたも同然。


「スノー様、私が戦ってもいいんですよ?」


「それはダメ、私も変なガスでずっと幻影を見せられてプライドが傷付いてるの! あのダークエルフの女男は私がぶっ飛ばしてやるわ!」


「ねえリーティア、早くタケルさんの手当てを! またアビゲイルの中に入りましょう!」


「それは無理ですよ。アビゲイルは次元の狭間を行き来するのに、かなりの体力と魔力を消耗します。アビゲイルの能力は、本来は一日一度が限度です。

さっきのでかなり無理させてしまったので、すでにアビゲイルは限界にきています。これ以上私達を抱えて次元の狭間に行けば確実にアビゲイルは死ぬでしょう。そうなったら、私達は二度と次元の狭間から出る事はできなくなります」


リーティアはアビゲイルを統魔の指輪に戻すと、そっとタケルを抱き抱える。


「カールさん、あなたも手伝ってください」


「チッ! 仕方ないな! 本当は女の子しか抱えたくないんだが」


タケルは二人に抱えられて、決闘場の外へと運ばれた。チビ雪も後ろを付いて、イシェイルと対峙するスノーを心配そうに見つめる。


「き、君らは何で…逃げなかった。あの蛇がいたら…あのまま、逃げられた…はずだろ」


「タケルさんを見捨てて逃げるなんて出来ません!」


「全く…僕の戦いを…無駄にするなよ…」


「喋らないで、今手当をします」


ディメンション・ボックスから救急箱を取り出して、リーティアとチビ雪による応急処置が始まる。


「おい、いよいよ決闘が始まるぞ。姉御はどうするつもりだ?」


完全に無手の状態のスノーだが、右手に付けた統魔の指輪をかざして蛇のミーちゃんを召喚した。


「やれやれ、また蛇か。今度はどんな姑息な手段を使うのだ?」


「姑息な手段なんて使わないわよ! ミーちゃん、甲冑に変化して!」


この瞬間に、周囲から矢が飛んできた。スタンドから決闘場を見守るダークエルフ達によるものだった。


「え? ちょっと!?」


「イシェイル様! 今の内です! 早く奴らを!」


「あいつら! きたねえぞ!」


だがミーちゃんはスノーを守るように体に巻き付いて、全ての矢から主を守った。


「この程度の弓では私の体に傷一つ付けられないよ」


「ミーちゃん、ありがとう! 助かった」


ダークエルフによる攻撃をものともせず、ミーちゃんがスノーの体に巻き付いて徐々に甲冑へと変化していく。


「我らの矢が全く通用していないぞ!?」


周囲のダークエルフ達がざわつく。


「その蛇は甲冑になるのか。全く、お前達が使役している蛇の能力は一体何なのだ」


イシェイルでさえ、メーデの蛇は規格外の能力なようだ。


「待たせたわね。じゃあ行くわよ!」


全身をミーちゃんの甲冑に覆われたスノーは、イシェイルに向かって走り出す。


「舐めるな! 小娘!」


また腰を落としたイシェイルは同じく突進を始め、左手に力を込めて突進してくるスノーに強力な正拳突きをかました。


両者が激突した瞬間、大きな土煙が上がり二人の姿を視認できなくなる。


「姉御!」


「スノーお姉さま!」


遠くでチビ雪たちやダークエルフ達が見守る中、舞い上がった土煙が晴れて行く。


「ぐぅ…かはぁ」


二人の姿が見えて飛び込んできたのは、イシェイルの正拳がスノーの右胸に完全に入っていた。ミーちゃんの甲冑自体は、少し表面がひび割れただけで貫かれてはいない。


だが蛇の甲冑の上からでも、その衝撃はスノーの体にダメージを与える程の威力。


「バカめ、真正面から飛び込んでくるなど。自分から死にに来たようなものだな。しかし何と頑丈な鎧だ。私の拳をもろに喰らって砕けないなんて」


「姉御―!」


「そんな、スノーお姉さまー!」


助けに向かおうとするカールとチビ雪だが。


「待ってください。勝負はまだついてません」


慌てる二人をリーティアが止める。


僅かに油断しているイシェイル。その隙をスノーは見逃さなかった。


両手でイシェイルの左腕をガッチリと掴んで捕らえる。


「き、貴様! 何の真似だ!」


「アンタを捕らえるためよ! 私は剣もないし、それにスピードじゃアンタに勝てない。でもそこに隙があると思ったのよ。

私が真正面から突進すれば、たぶんアンタもバカ正直に真正面から突っ込んでくるだろうと思ってね! 正に肉を切らせて骨を切るってやつね!」


「何を言っている! 私を捕らえるためだけにダメージ覚悟でくるなど! 私にはまだ右手が」


「無駄よ! スキアー!」


スノーの足元から、黒い触手が伸びイシェイルの右腕を掴む。


「これは、モンスター!? 貴様、まだモンスターを使役していたのか!」


「ええ、そうよ! 統魔の指輪を奪わなかったアンタのミスね!」


さらにスキアーは左腕も掴み、イシェイルが身動きできなくなったところで、スノーは両手でイシェイルの頭を掴んで、


「可笑しな幻影を見せてくれたお礼よ! この女男!」


思いっきり頭突きをかまし、ミーちゃんの兜がイシェイルの頭に激突する。


「あ…ぅぅ」


頭は無防備だったイシェイルにはかなり効いたようで、声にならない悲鳴を出して意識が朦朧としたようによろける。


スキアーが腕を放すと、そのまま地面に膝を付いた。


「ぐ…貴様」


朦朧としたままイシェイルは、顔を上げてスノーを見上げる。


「ひ、卑怯だぞ。モンスターを使うなど」


「何言ってるの! 私の武器は剣なんだから、十分ハンデがあるでしょう! 大体それに……あ」


大きな声を出した途端、スノーも後ろに尻もちをつくように倒れた。どうやらイシェイルの正拳突きのダメージが脚に来たようだ。


「これって、引き分け?」


「でもまだどっちも降伏してないぞ?」


勝敗の行方がハッキリしないまま、微妙な空気が流れる。


「イシェイル様が! 今すぐ助けに行くぞ!」


そこへ周囲にいたダークエルフ達がイシェイルを助けるために、決闘場の中に入ってくる。


「スノーお姉さま!」


「くそ! あいつら!」


カールとチビ雪も助けに向かうが武器もない状態では、十人以上ものダークエルフを相手にする事はできない。


「あの女を殺せ! 後ろのいる奴らも皆殺しだ!」


剣や槍を持ったダークエルフ達がスノーに襲い掛かろうとする。


しかし、そこへ一本の矢が走る。


「ぎゃあ!」


その矢は一番先頭を走って来ていたダークエルフの膝に突き刺さり、そのまま悲鳴を上げて倒れ込んだ。先頭のダークエルフが止まった事で、後ろを追うように走って来ていたダークエルフ達も足を止められる。


矢を放ったのはタケル。賢明の応急処置を受けたタケルは、無理を言って起き上がった。


左腕が動かないタケルの為にリーティアが両手で弓を構え、タケルに肩を貸した。


そしてリーティアの後ろから、右腕のみで先頭のダークエルフに狙いを定めて矢を射った。


「もう、いいだろ。こんな無駄な争い…終わりに、しよう。姉さん」


「タケル…おまえ」


できれば負けを認めたくない。自身のプライドが許さないのも一理あったが、それ以上に仲間の安全を考えればスノー達を見逃す訳にもいかなかったから。


下手をすれば魔王グリテアの怒りを買う事になってしまう。


そこへタケルの必死の説得が続いた。


「いつまでも…毒ガス兵器を作って…生きながらえても、どのみち、僕達ダークエルフ…に未来はないよ」


「…………」


拳が震える。タケルから受けた右腕の傷がズキズキと疼いて、傷口から出た血が手をつたって地面に落ちた。


タケルの訴えに胸が切ない思いに締め付けられたイシェイルは、納得できないまでもようやく負けを認める決断をする。


「もういい、今回は私の負けという事にしといてやる。お前たち武器を仕舞え」


「し、しかし。イシェイル様、それだと」


「私が全ての責任を負う。タケルの手当をしてやれ」


イシェイルの命令を聞いたダークエルフ達は、タケルを施設内にある治療室に運ぶ。


ダメージが残る中、イシェイルはスノーに左手を差し出す。


「さっき私の事を『女男』と言ったこと。忘れないからな! いつか決着つけてやる!」


「あーら、そんなこと言ったかしら? まあ次も私が勝つけどね!」


お互いに皮肉と牽制をしながら、スノーは差し出された手を掴んで起き上がった。

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