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89話 一矢報いる

メーデに貰った血清によって、正気を取り戻したスノーとカール。


事態が全く飲み込めないまま、完全に混乱しているご様子だ。


「ここはどこなの!? 私は今まで一体、確かついさっきまでガーデン・マノスにいたはずなんだけど!?」


「こいつらまさか!? ダークエルフか!? おいおいなんだよ、夢を見てるのか!?」


幻影を見せられていた時の記憶と現在の状況が飲み込めず、二人はギャーギャーと騒ぎだしてご乱心の状態だ。


あまりの混乱ぶりに、流石のリーティアも面倒そうな顔を露骨に出している。


「うるさい! こいつらを黙らせろ!」


「うわ! なんだよいきなり! ダークエルフってのは血気盛んな奴らなのか!?」


「ね、ねえリーティア、チビ雪ちゃん、一体この状況は何なの!? ていうかダークエルフはやっぱりいたんだね!」


どこからどう説明したらいいものやら。こっちまで混乱してきそうだ。


「端的に話すと。私達は今、こちらにおられるダークエルフ諸君に捕らえられている状況です。そしてもうじき、私達の命運を賭けて決闘が行われるところです」


「リーティア本当に端的過ぎる!」


当然それだけの説明では全てを理解できない二人だったが、少なくとも自分達の置かれている立場が良くない事だけは理解したようだ。


「森を歩いてた時から記憶が曖昧というか、どこからどこまでが現実か分からないんだけど。とりあえず私達はダークエルフに侵略者として捕えられたってことか」


「ええ、詳しい話しは後でいくらでも説明します。今は目の前で行われる決闘を見守りましょう」


ひと悶着あったが、何とか落ち着いて決闘が始まるのを待った。最初に決闘場に入ってきたのはタケルだ。


「ちょっとちょっとー! 何あのイケメン! 私凄いタイプかもー!」


「おいおい! 俺達の命運はあいつに掛かってるのか!? 本当に大丈夫かよ!」


「ねえリーティア。私もう少しこの二人、幻影を見せておいても良かったんじゃないかと思ってきました」


「奇遇ですね、チビ雪さん、私も同じ事を考えていました」


スノーとカールの騒ぎようが段々と面倒に感じてきたのか、リーティアだけでなくチビ雪も思わず毒を吐く。


タケルが入場して少しして、反対側から姉のイシェイルが姿を現す。


「うおー! 今度はすげー美人だぜ! やっぱダークエルフの女は凄いな!」


「えー! 絶対あっちのイケメンの方がいいわよー! がんばれー!」


「あのダークエルフさん。この二人にもう一度、幻影伊吹ウィンドゲイズをお願いできますでしょうか?」


「…………は?」


ダークエルフ達が一斉に困惑した眼つきになった。


「一応言っておきますが、タケルさんが負けたら私達もここから出れませんからね」


「タケルってイケメンの方だよね? じゃあやっぱり、あのイケメンを応援しないとダメだよね!」


「俺としては、あっちの美女を応援したいんだが!」


「スノーお姉さま、カール、少し黙ってください」


そんな状況に目もくれず、リーティアとチビ雪の苦労も知らずにはしゃぐ二人は、決闘をするダークエルフ姉弟の応援を勝手に始めてしまってる。


そして他の全てのダークエルフ達も見守る中、ダークエルフ姉弟の決闘が始まった。


先に仕掛けたのはタケルの方だ。


「例え姉さんでも決闘になれば容赦しない!」


タケルは弓を構えイシェイルに向けて矢を射る。ダークエルフ同士の決闘では、武器は自由に使っていいルールだが。


弓はどう考えても、決闘に向いた武器ではない。当然の如くイシェイルはあっさりと矢を躱す。


その後もタケルは何度も矢を射るが、最小限の動きで済んでのところでイシェイルは矢を躱し続ける。


「くそ!」


「タケル、貴方が私と決闘になった時点で勝負にならない。それは貴方が一番分かってたはず」


スタンドの上で見守るスノー達も、タケルの攻撃が一切当たらない事に少し焦る。


「おい、あいつの攻撃全然当たる気配がないぞ」


「イシェイルの方は、完全にタケルの動きを見切ってますね」


「ええー!? じゃあイケメンがピンチじゃない!」


「そんな事より、タケルさんが負けたら私達だってヤバいんですよ! そっちを心配してください!」


見張りのダークエルフ達に目もくれずに、四人はいつも通りに騒いでいた。


「でもイシェイルは、何故武器を持っていないんでしょうか」


「ふ、バカめ! イシェイル様はすでに武器を持っている」


チビ雪の疑問に、見張りのダークエルフ達が不敵に笑う。


そして状況が一気に変わる。


イシェイルは足を開いて腰を落とすと、構えを取って途轍もない速さでタケルとの間合いを一気に詰めた。


「ハァッ!」


突進と共にイシェイルの強力な正拳突きがタケルを襲う。


「ぐあ!」


タケルは何とか避けたが、左の脇腹をかすり多少のダメージを負った。


「これは驚きました。まさかダークエルフに魔闘家がいるなんて」


「マズいですね。間合いを詰められたらタケルさんの方が不利です」


「でも、あのスピードだと間合いを取るのも難しいわよ!?」


「あの美女に勝って欲しい気持ちがあるが、それだと俺達がヤバいんだよな」


たった一発脇腹をかすっただけなのにもかかわらず、タケルはすでに足がガクガクと震えている。しかもかすっただけで、タケルの脇腹は斬られた傷があった。


「もしかしてイシェイルさんの拳には呪文が乗ってるのかな?」


「ええ、恐らく風系呪文による風の刃、カマイタチが形成されています。殴るだけじゃなくて斬る事もできる攻撃ですね」


「なんて厄介なの」


どう見ても勝ち目がない事は明白だった。


「タケル、今のは姉のよしみで手加減してあげたのよ。そもそも肉弾戦になりやすい決闘では、圧倒的に私の方が有利。そもそも未熟で、何よりヒーラーが本職である貴方に始めから勝ち目などない」


イシェイルは目の前に立ったまま、タケルを睨みつけて愚かな決闘を受け入れた事を責める。


「降伏しなさい。そしたら貴方だけは今回は助けてあげる」


このまま負けを認めるようタケルに迫った。イシェイルにとっては、実の弟を手に掛けたくないという心の感情が見て取れる。


しかし、タケルは脇腹を抑えながら降伏勧告を拒否する。


「僕は誇り高きダークエルフ。戦わずに負けるくらいなら死んだ方がマシだ! 僕は最後まで戦う!」


この返答はイシェイルを落胆させるには十分なものだった。ダークエルフを裏切る上に、実の弟を手に掛ける事を意味したから。


「残念よ、タケル。せめて苦しまないように殺してあげるわ。その代わり、上にいる侵入者達には極上の苦痛を与えて殺す」


スタンドの方を見据えるイシェイルの殺気は、数十メートル離れていてもビリビリと空気が震えるぐらいのドス黒い殺意が伝わってきた。


スノー達は全身から鳥肌が立つ程に身震いをする。


弟のタケルが変わってしまったのは、全てスノー達のせいだとイシェイルは考えたのだ。


「殺させない! 僕だって全てに納得した訳じゃない! だけど、今のこの森は死んでいるも同然じゃないか!」


「……――タケル、それ以上余計な事を喋るなー!!」


零距離からの鉄拳がタケルを襲った。至近距離からの攻撃でタケルは躱すのは、ほぼ不可能。


直撃すれば拳によるダメージだけでなく、カマイタチによって体が引き裂かれる。


「ぐぅ…ごはあぁ」


タケルはイシェイルの攻撃をもろに喰らい、そのまま数メートル飛ばされ場内を囲む壁に激突する。


誰もが決着がついたと思った瞬間だった。


「くっ! バカな!? これは」


イシェイルの右腕には、折れたタケルの矢が下から突き刺さっていた。タケルは決闘の前から、先端だけを折った自身の矢を右手に隠し持っていた。初めからイシェイルが零距離から攻撃してくる事を読んで。


イシェイルが拳を放ったのと同時に、隠し持っていた矢を下から突き刺して僅かに威力と軌道を変えた。


タケルは左肩周辺に多くの切り傷と、左肩に骨折を負いながらも一命は取り留めていた。


「ぐはぁ……はあ……はあ……カマイタチの……斬撃自体は、そこまで…威力が無いのは分かってた、からね。どうだ…僕にだって…姉さんに、一矢ぐらい…報いれただろ……ごはっ」


「バカな! たった一撃加える為に決死の反撃をするなど! もうお前に戦うだけの力はない! 結果は何も変わらないんだぞ!」


イシェイルは右腕に刺さった矢を抜くと、傷口を抑えながら壁に横たわるタケルに近付いて行く。


「ね、姉さん。もう…こんな事は、止めましょう。毒ガスを作る、なんて。それに……はあ……ダークエルフ…同士で…いがみ合う…なんて」


タケルが血を吐き、命を削りながら訴える。タケルの言葉に、イシェイルは歩みを止めて酷く神妙な顔つきに変わる。


イシェイルの動きが止まった僅かな間、突如次元の裂け目ができ始めアビゲイルが飛び出してきた。


「これは、あの時の大蛇!?」


「蛇の中めっちゃくちゃ快適じゃないの!」


「ああ、リグレットのボロ宿とは大違いだ!」


「本当にちょっと黙ってください!」


直後にアビゲイルが口を大きく開けて、中からスノー達が外に出てきた。


「静かにしてください。敵のど真ん中ですよ」


見張りの隙を突いてアビゲイルを召喚し、タケルの前まで次元の狭間から移動をしてきた。


「しまった、武器だけでなく統魔の指輪を奪っておくべきだったか」


周りで見ていたダークエルフ達も、弓を構えてイシェイルの援護に入る。


「貴様ら! 我らの崇高な決闘を邪魔をするなど! タダでは済まさんぞ!」


イシェイルが怒号を飛ばすが、スノー達はタケルの盾になるように対峙する。


「あなた達の事情はよく知らない。でも、このタケルってダークエルフは殺させない。それだけは分かる」


「な、何を……してる! 武器もない…んだぞ!」


「確かにそうですけど、、でも盾ぐらいにはなってあげれます!」


「!? い、いいさ…早く、逃げろ。無手では…姉さんには…絶対に…勝てない」


「どうせ彼が負けたら私達は死ぬ運命なんでしょ! だったら関係ないわ! 大体崇高な決闘ですって? 一方的に実の弟を嬲り殺しにするのが、ダークエルフの崇高な戦いなのかしら!」


「そうだ! 最初から自分に圧倒的に有利な決闘を仕掛けておいて、よく言うぜ!」


「くっ! 貴様ら!」


スノー達は一歩も退かずイシェイルと対峙する。


だがイシェイルの心の中には、迷いという波が徐々に大きな力となって押し寄せてきていた。

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