88話 姉弟喧嘩
「あなたの話しは分かりました。グリテアが森の開発を反対している理由も」
デックアールヴの森は魔王グリテアにとって毒ガス兵器の生産工場、絶対に秘密を知られる訳にはいかない。だから森の開発など言語道断。
戻って来る者と戻らない者との差は、この秘密を知ったかどうかだった訳だ。
だが今は、そんな事はどうでもいい。
「とりあえず地下施設の入り口を教えてください。私達は囚われている仲間を助けに行きます」
タケルから大方の事情を聞いて、とにかくスノーとカールが囚われている、森の地下施設を目指す事になる。
しかしタケルが眉を顰める。色々思うところはあっても、仲間は裏切れないということだろうか。
「タケルさん、お願いです。入り口を教えてください。大切な仲間なんです」
「そんな事をしたら、僕は裏切り者としてこの森に居られなくなる。そうなったら」
「どのみち、この森に未来はありません。結界内の木々が瘦せ細っていたのを見ました。おそらく幻影息吹を作るために、ワセアの神木から胞子を抜き取ってるからでしょう。
このまま行けばワセアの神木は枯れ果て、数十年後には今残っているデックアールヴの森も消滅するでしょう」
その事実に気付いていたのかどうかは分からないが、押し黙ったままタケルはそれ以上は何も話そうとしない。
これ以上待っても時間の無駄と判断したリーティアは、アビゲイルに次元の狭間の外に出るように命令をする。
ここでタケルの弓と矢を返す事にする。
「私達は行きます。あなたは好きにしてください。まだ矢で射たいというのなら、その時は私達も容赦しません。それでは」
矢と弓をテーブルの上に置くと、部屋の壁に外に通じる入り口が開いた。
ここでタケルは慌てて立ち上がる。
「待て。僕も行く。何とか彼らを説得して、君らの仲間を開放してもらう様に話をつける」
テーブルに置かれた自身の弓と矢を手に取ると、タケルは覚悟を決めたのか。真っ直ぐに二人を見据えた。
「では一緒に行きましょう」
そのままアビゲイルの口から三人が外へと出てきた。当然この瞬間に、地下のダークエルフ達に見つかっている。
「蛇の口から出るなんて…やっぱり嫌過ぎます」
「チビ雪さん。アビゲイルのおかげで助かったのですから、あまり気を悪くする事を言うと本当に食べられますよ」
「ひぃ!?」
統魔の指輪にアビゲイルを戻すと、タケルは一つの木にある住処に向かう。
木に取り付けられているドアを開けると、住まなくなって数十年は経っているであろう、廃墟と化した部屋が目に飛び込んできた。
「ここから地下施設に入る事ができる。付いて来てくれ」
森の植物で編みこまれたと思われる古びた絨毯をめくる。一見ただの木の床なのだが。
少しだけ窪みができた床の木を一枚剥がすと、なんとそこにはスイッチとなるボタンが姿を現す。タケルがそのボタンを押すと、古びた棚が横にスライドし地下へと通じるエレベーターが現れる。
「ここ、本当に森の中ですか? こんな機械仕掛けな入り口になってるなんて」
「さっきも話したが、ワセアの森は今となっては、以前のダークエルフの森とはかけ離れてしまってる。聖域の中も、完全に元の森という訳じゃないらしい。
だけど僕も以前の森の姿は見たことないが、それでもワセアの神木付近だけは聖域と言ってもいい神聖な空気を感じる」
「二人とも、お喋りはその辺にして早く行きますよ」
三人でエレベーターに乗り込むと、地下施設のある階層へと降りる。一階層にしか降りる事のできないエレベーターだが、余程の地下になっているのか中々到着しない。
「こんな堂々とエレベーターから入って大丈夫なのでしょうか?」
チビ雪が不安になり言葉を漏らす。
「大丈夫じゃないでしょう。たぶんアビゲイルの外に出た時点で見つかっているでしょうし」
「ええー!? じゃあマズいんじゃ!?」
「どのみち結界内で地下施設に入るには、ここから入るしかない。僕が矢面に立つから、二人は後ろに下がっててくれ」
ようやくエレベーターが階層に到着し、扉がゆっくりと開く。
当然だが扉が開いた瞬間、数人のダークエルフ達がエレベーターの扉を扇型に取り囲むように、剣や矢を構えて待ち構えていた。
「タケル、気でも狂いましたか? 侵入者をここに案内してくるなんて」
包囲の中央には、ダークエルフ達を束ねる女ダークエルフのイシェイルが立っていた。
イシェイルの目は怒りに満ちているが、どこか迷いのある瞳をしてる。
「姉さん、武器を置いて僕の話しを聞いてくれ!」
「お姉さん!?」
言われてみれば、タケルの女性版のようなダークエルフ。見た目の特徴がほぼ同じで、違うところと言えば耳と髪の毛が長いこと、あとは褐色の肌ぐらいだろうか。
「貴様に姉さんなどと呼ばれたくない! 侵入者をここに手引きした裏切り者などに!」
怒りの色を表しタケルの姉でもあるイシェイルは、容赦なくタケルを突き放す。リーティアとチビ雪は、後ろから何も言わずに見守る。
「イシェイル様、最早タケルは裏切りの身。所詮我ら純粋なダークエルフとは違うのです。奴らと一緒に捕らえて、新型の幻影息吹の実験台にしましょう。
ハーフエルフで実験する、またとない機会です」
「自分達の仲間を毒ガス兵器の実験台にするんですか!?」
堪らずにチビ雪が声を上げた。目の前で繰り広げられている光景は、とてもお伽話にも出てくるようなダークエルフの姿とは思えない。
いくら生き延びるためだったとはいえ、今はもう誇り高きダークエルフの姿など微塵もなかった。
「黙れ! 我らの聖域を土足で踏み躙る侵略者どもめ! 我らの苦しみが貴様らになど分かるものか!」
弓を構えるダークエルフの男がチビ雪に弓の標準を合わせた。咄嗟にリーティアが盾を構えて、防御に入ろうとするが。
さらに、その前をタケルが間に入って自らの体を盾にする。
「タケル!? 貴様、そこまで堕ちたか! この青二才のひよっこが! やはり所詮は人間とのハーフエルフ! 我ら誇り高きダークエルフとは違う事が照明された!」
矢を射ろうとする男ダークエルフは、タケルに強い不快感を示すが。
「堕ちたのはお前達の方だ!!!」
「!?」
思わぬタケルの激昂に、包囲しているダークエルフ達が黙り込む。
「確かに僕は、まだまだひよっこかもしれない! ここにいるダークエルフの誰よりも若いし、何より純粋なダークエルフでもない!
だが少なくとも僕にはダークエルフとしての誇りがある! 貴様らのように、誇りと引き換えに悪魔に魂を売った覚えはない!」
「…………」
「なんかごめんなさいね」
悪魔であるリーティアも、ちょっと気まずそうに後ろから謝る。
「姉さん、いやイシェイル! 僕ももうお前を姉だとは思わない! 僕はここを出て行く! こんな森もお前達にも、もうウンザリだ!」
「タケル、言わせておけば! 貴様は自分が何を言っているのか分かっているのか! 魔王グリテアの機嫌を損ねれば、それこそ」
「待ちなさい。もういい」
「イシェイル様!?」
周りのダークエルフ達を黙らせたイシェイルが、少し目を瞑って何やら考え始める。そして目を開いたイシェイルが、ある決断をした。
「タケル、お前もダークエルフの掟は知っているな?」
「ああ、ダークエルフ同士で揉めた場合は当事者、複数人の場合は代表者が一対一の決闘によって裁決がなされる」
「よろしい。そこまで貴様が誇り高きダークエルフだというのなら、私と一対一で決闘をして実力を示せ。私に勝てば掟に従い見逃してやる。だが負ければ、お前も侵入者諸とも容赦しない」
「分かった、その決闘を受諾する。今の言葉、男に二言はないな?」
「誰が男だ!! 私はれっきとした女だ!! このボケがぁ!!」
「い、イシェイル様…!?」
男呼ばわりされて、顔を真っ赤にして怒るイシェイル。その様はまるで、ただの姉弟喧嘩だ。
タケルとイシェイルによる一対一の決闘が決まり、その勝敗でスノー達全員の命運が決められることになってしまう。
「なんか、姉弟喧嘩始まっちゃったよ」
「いいじゃないですか。面白そうだから、このまま見守りましょう」
「ええー!? リーティアなにニヤニヤしながら見てるのー!?」
イシェイルの命令によって武器を没収されたリーティアとチビ雪は、そのまま地下施設に設けられた闘技場へと連れていかれる事になる。
「待ってください! 私達の仲間は無事なんですか?」
チビ雪の質問にイシェイルが皮肉たっぷりに答えた。
「幻影息吹によって今も幻影を見せたまま捕らえてあるよ。後で闘技場に連れて来てやるから、一時の再会を喜ぶといい」
そこは地下に作られたにもかかわらず、まるで外の世界のような空が描かれた円形のコロシアム。本来は捕らえたモンスター同士を戦わせて、それを見物する為の遊戯施設らしい。
スタンドの上に設けられた部屋に連れられたリーティアとチビ雪は、ダークエルフ達に見張られながら二人の決闘を見る事になるが。
二人が闘技場を見守っていると部屋のドアが開いて、スノーとカールの二人が連れてこられた。ようやく再開できたが、二人はまだ幻影を見せられたままで正気を失っている。
「スノーお姉さま!」
チビ雪が慌てて駆け寄り声をかけるが、二人からは反応がない。それどころか、まるで夢を見ている様に寝言のような言葉を吐いている。
「今二人の幻影を解除します。ちょっと待っててください」
リーティアがディメンション・ボックスを開いてメーデから貰った血清を取り出す。
だが、それに大いにダークエルフ達が警戒をした。
「貴様! 何をする気だ!」
「やはり抵抗する気か!」
「ただの薬ですよ。大袈裟ですね。
それともなんですか、ダークエルフは武器を持たない者にも恐れる臆病者ばかりなのでしょうか?」
「な、なんだと!?」
軽い挑発にダークエルフ達が不快感を示すが、ここまでバカにされては引くに引けないのも事実だった。
「好きにしろ。だがおかしな真似をしたら命はないぞ!」
警戒される中、リーティアが白蛇のリタちゃんの血清を瓶から取り出して、二人の首筋に投与を始めた。
投与をしてしばらく、二人がもがき苦しみ出す。
「うああああ!!」
あまりに長い時間幻影を見せられていたせいか、チビ雪の時よりも血清の効き目に時間が掛かったが。
「はあ…はあ……ここは…一体?」
「スノーお姉さまー!」
「うわ!? 何どうしたの!?」
やっと正気を取り戻したスノーに、チビ雪が泣きながら抱き着いた。
「信じられん。まさか幻影伊吹に対抗する薬を持っているなど」
その場にいるダークエルフ達が狼狽える。
二人に投与したので最後、メーデから貰った血清は全て使い切ってしまう事になる。




