87話 名許りの聖域
タケルと名乗ったダークエルフは、リーティアの召喚した大蛇・アビゲイルの体内に囚われていた。
すでに人質になった事、そして脱出する手段のない事を悟ったタケルは、諦めとも言える境地に達する。
「どのみち貴様らに捕まった僕は、最早死んだも同然だ。だが貴様らの尋問には答えない」
「待って! 私達は」
「落ち着いてください、チビ雪さん。いいですよ、答えたくない質問には答えなくていいです」
そうするとリーティアは、目の前の料理を一口食べ始めた。横ではチビ雪が怪奇な目で見ている。
「何のつもりだ?」
「あなたも食べてください。美味しいですよ」
目の前に置かれている料理を進めるが、タケルは食べようとはしない。
「森の事は話したくなったら話してください。その代わり、あなたの事を聞かせてもらえますか?」
「僕のことだと? そんな事を聞いてどうするつもりだ」
「別にどうにもしませんよ。世間話でもどうかと思って。ウフフ」
「ふざけるな! 僕は誇り高きダークエルフの末裔! 貴様らの遊興に付き合うつもりはない!」
タケルは椅子から立ち上がって激昂した。
「なら一生ここにいますか? 私達は外に出る事はできますが、あなたは私のさじ加減一つです。ダークエルフの寿命は何百年とも言われます。まさに死よりも辛い拷問でしょう」
「ぐっ……」
何も言い返せず、タケルは血が滲みそうになる程に拳を握りながら悔しさを露わにする。最早言う通りにするしかないと再び諦めたのか、椅子に座り直して話しを切り出す。
「僕の何が聞きたいんだ。本当にそれで、ここから出してくれるんだろうな?」
「ええ、私達はただ見失った仲間を見つけ出して、この森から出たいだけです。協力してくれたら解放してあげます」
少しのあいだ黙った後、タケルは口を開く。
「僕は聖域を守護する役目を担っていた。見ての通り貴様らに捕まってしまう愚か者だ」
「聖域って、あの住処後みたいな場所のこと?」
「そうだ。あの場所はかつてダークエルフ達の住まう楽園だったと聞いてる」
「聞いてる? つまりあなたは見たことないのですね。失礼だけど、おいくつかしら?」
「……三十五歳だ。まだまだひよっこの子供だよ。笑いたければ笑え」
タケルというダークエルフは自己紹介の時もそうだったけど、やたらプライドが高いような言葉が節々から感じる。それに対して自己肯定感は低いような。
「ダークエルフにとっては三十五歳は子供なのでしょうけど、一般には十分大人ですよ。誰も笑いません。少なくとも私達は」
「そうですよ! たった一人であの場所を守ってたなんて、それだけでも十分凄いです!」
予想外の反応に、タケルが驚いた表情をする。今まで自分を認められたことがないのかもしれない。
「…………お前達は、何で僕のことをバカにしないんだ?」
緊張を腹の底に感じながら、タケルはリーティアとチビ雪に質問をする。
それに対してリーティアが逆に返す。
「むしろあなたは何故、相手からバカにされると思うのですか? いえ、何をそんなに恐れているんですか?」
恐れている?
ダークエルフの末裔である僕が恐れているだと?
タケルは謂れのない言葉に怒りが沸々と湧き上がってきたが、それと同時に図星とも思える焦りも湧き上がってきていた。
「タケルさん、そう呼んでも構いませんね。あなたは相手からバカにされる事を極度に恐れている。違いますか?」
この一言にタケルの何かがキレたのか、目の前にある料理の乗った皿を投げつける。
「きゃあー!」
投げた皿はチビ雪の顔の目の前を飛んでいき、大きな悲鳴を上げる事になる。
「僕は誇り高きダークエルフの末裔だ! 何も恐れるものなどない! これ以上侮辱するなら、例えこの場から出られなくとも貴様らを葬ってやる!」
「全く…子供みたいにギャーギャーと。ヒステリーなど、みっともないですよ。流石に呆れますね」
「な、なんだと!?」
「そんなに誇り高きダークエルフの末裔だと言うのなら、冷静になって話し合ってはどうですか? 自分にとって都合が悪い、あるいは痛い所を突かれた途端に感情に流され激昂するなど、愚の骨頂というものです」
「…………」
「たった今、隣にいる貴方の半分も生きていないチビ雪さんが危うく怪我をするところでした。誇り高きダークエルフは、身勝手な感情でこんな少女にまで手を上げるんですか?」
「き、貴様…言わせておけば…」
タケルは全身をブルブルと震わせた。
だがリーティアに諭され、自分が如何に未熟なのかという事を突き付けられている気分だった。そしてタケルは、リーティアに言われた言葉が胸に深く突き刺さる。
「はぁー…ふぅー…。この僕が外部から来た魔族の女に、ここまで言いくるめられるなんて。だけど…そこの少女、チビ雪さんと言ったか。さっきは大変な失礼をしてしまった。危うく怪我をさせてしまう所だった。本当にすまない」
「い、いいんです! 私達は敵対したい訳じゃなくて、ただ仲間を見つけたいだけなんです。タケルさん、お願いだから協力してくれませんか? 仲間を見つけたらすぐに森を出て行くと約束します」
「二人は私と悪魔の契約をしているのですが、どうしても二人の居場所を探知できません。これは恐らく、外部からの干渉を遮断する結界、もしくはそれに近い場所に囚われていると判断します。今のところ無事だと分かるのは、この悪魔の契約書が消えてなくならないからです」
スノーとカールのサインの入った悪魔の契約書を見せて、リーティアは二人の無事を確認する。
目の前から忽然と消えたスノーとカールの行方が、とにかく気掛かりだ。早く手がかりを見つけて二人を探し出したい。無事であることを祈りながら、チビ雪は必死にタケルに訴える。
だがタケルから返ってきた言葉は、決して喜べるものではなかった。
「残念だけど、僕が協力したところで事態は変わらない。所詮僕は、使い走りに過ぎない」
タケルが初めて申し訳なさそうに答える。
「あなたが使い走りという事は、やはり仲間がいるのですね? どこにいるのです?」
顔に影を落としてタケルの表情が一層暗くなった。
「タケルさん、お願いです! 教えてください!」
チビ雪の必死の訴えに、タケルは重い口を開く。
「地下だ。僕の仲間は全員、森の地下施設で暮らしている」
「ダークエルフが森の地下に? 一体何があったのです?」
「僕が生まれる前の話しだから、僕も聞いただけだが。
元々この森はダークエルフにとって聖域と言える場所だった。だから何人たりとも森を荒らす事は許されないし、ダークエルフも外界との接触を極力避けていた。昔は今よりもダークエルフの数は多かったらしい。
ところが魔界大革命が起きた時、この森にも各地から軍勢が送られてきたそうだ」
外界との接触を避けているダークエルフは、どこの勢力にも組しない永世中立を是としていて、デックアールヴの森はどの魔王の支配下にもない中立地帯だった。
だが当時は野心溢れる旧体制派の魔王と、革命を支持する魔族達による戦いが激化していた。デックアールヴの森もその煽りを受け、一万人以上にも及ぶ侵略を受ける事になる。
当然ダークエルフ達も必死の防戦をしたが、数で圧倒的に勝る侵略者たちに徐々に劣勢に追い込まれていったらしい。
「なるほど、ダークエルフの数が急激に減ったのも、それが原因だったのですか」
「僕達ダークエルフにとっては、旧体制派も革命派も同じ侵略者だ。ダークエルフが生き延びるためには、どこかの勢力に与するか聖域である森を捨てて逃げるかしかなかったそうだ」
残ったダークエルフ達によって話し合いが紛糾したが、最後まで戦いを主張をする継戦派と、森を明け渡して生き延びようと主張する降伏派で真っ二つに意見が割れた。
二日以上に渡る話し合いも決着が付かないまま、すでに何人かのダークエルフは森を捨てて逃げる者も現れ始めていたという。
「そんな時だった。ワセアの森に、魔王グリテアが接触をしてきたらしい」
「ワセアの森? ああ、デックアールヴの森のダークエルフ側の呼称ですね」
「ああ、この森とダークエルフを侵略者から守る代わりに、ある条件を突き付けてきたらしい」
「その条件とは?」
「…………毒ガス兵器、幻影息吹の開発だ」
「幻影息吹? まさか森から出ていた黄色いガスの事ですか?」
「ああ、元はワセアの森の御神木、ワセアの神木から作り出される幻を見せて惑わせる胞子だ。ダークエルフには効かないけど、この森に入った者はその胞子に惑わされる。ワセアの森とダークエルフは、そうやって外部の者から守られてきたんだ。
魔王グリテアは幻影を見せるワセアの胞子に着目し、兵器として開発させたのが毒ガス・幻影息吹だよ」
「そんな!? 魔王グリテア様が何で!?」
「たぶん拷問と遊興に使うためでしょう。あのバカならやり兼ねません」
ショックを隠し切れないチビ雪と、冷静に考えるリーティア。
さらにタケルの話しでは、デックアールヴの森は現在、ワセアの神木のある聖域周辺だけが本来の姿となっているそうだ。結界の外に広がる森林は、魔王グリテアの援助の元で改造されてしまった偽物の森になっているという。
ボタン操作一つで、森を動かしたり毒ガスを出したりして森に入った者を翻弄できるらしい。
「最早デックアールヴの森とは名ばかりですね」
「僕だって、毒ガスなんて作りたくない。魔王グリテアに利用されるのもウンザリだ。だけど僕が生まれる前に決まった事だし、生き延びるためには仕方なかった事だって分かってる! だけど、何より…」
「何よりなに?」
口をつぐんだタケルに、リーティアがすぐに聞き返す。
「僕は…僕は、実は人間とのハーフエルフなんだ。だから僕は他のダークエルフ達に見下されてるし、誰も話しをまともに聞いてくれない」
唇を噛み締めてタケルが全てを打ち明けた。今までになく悔しそうに、そして悲しそうにタケルは体を震わせて涙を流した。




