7話 会う約束
今日から、私には出勤というものがなくなる。
以前、堅造から取り付けた約束。
そう、在宅ワーク!
ああ…なんて良い響き!
ずっと寝ていられるじゃん、そう思いながら二度寝をしようとした。
「小雪様! 起きてください! 出勤しなくてもいいとはいえ、仕事はありますよ!」
同居しているチビ雪が、隣で大きな声を上げながら起こそうとしてくる。
「いいじゃん、あとちょっと寝かしてよ」
「ダメです! マノスヒルズで仕事していいとはなっても、二度寝していいとは言われてません!」
本当しっかりしてる子だこと。
一体誰に似たんだろう。
でも、まるでお母さんのようなチビ雪をよそに、そのままベッドから起きようとしなかった。
「……………」
チビ雪も諦めたのか静かになった。
そうそう、早くそのまま出て行って。
これでようやく、ゆっくりと二度寝と洒落込もう。
布団に包まりながら、呑気に思った時だった。
「そういえば昨日、新しく習った呪文があったんだった。ここで試し撃ちしようかな。たぶん部屋ごと消し飛ぶけど」
「あーよく寝た! チビ雪ちゃん、おはようございまーす!」
チビ雪に叩き起こされて、朝のシャワーを浴びる。
リビングに戻って来ると、チビ雪が作った朝食が用意されていた。
そのまま二人で食べ始めて少しして、先日の京助校長から聞いた話しを思い出した。
「そうだチビ雪ちゃん。ここ数日忙しかったから、聞こうと思ってて忘れてたんだけど。魔導士学校に奈美っていう人いる?」
ホワイトガーデンからマノスヒルズに仕事場を移す作業やらで、少しバタバタしていたから聞きそびれていた。
チビ雪自身も、そろそろ試験があるとかで毎日遅くまで学校にいる事も多いから、中々話す機会がなかった。
「奈美先生の事ですか? 私の担任の先生ですよ。どうして知ってるんですか?」
まさかの担任だったなんて。
それはちょっと意外だったけど、やっぱり知っていた。
事の顛末をチビ雪に説明し、その奈美先生が賢人の箱舟の機長という偉い人の娘だと教えた。
「私も是非会ってみたいなと思って・・・ん? あれ、チビ雪ちゃん?」
チビ雪が、ミソスープの椀を持ったまま固まっている。
顔の目の前で手を振ってアピールをしても、全く反応がない。
結局、数十秒ほど固まってたまま、ようやく再起動したみたいで。
「え、え、ええー!? 賢人の箱舟を動かしてた人の娘ー!?」
「チビ雪ちゃん、何も聞いてなかったの?」
「だって奈美先生、自分の事ほとんど話さないので!」
その奈美先生は魔力の扱いに非常に長けた方で、魔導士学校の先生の中でも、とても優秀な先生らしい。
なるほど、チビ雪が年齢の割に呪文の覚えが早いのも、奈美先生のおかげだったのか。
とにかく一度会ってみたいというのをチビ雪に伝えた。
ただ、魔王という立場で気軽に会える訳はない。
一度堅造にも相談しないといけない。
後は当然。
「奈美先生に話してみます。でも断られたら、私からはそれ以上は」
「いいわよ、その時はこっちで何とかする。できれば魔王としてではなく、個人的に会ってみたいから」
朝食を食べ終えた後、チビ雪は学校へと向かう。
一応、魔王の親族という立場なので、毎朝側近達が迎えに来る。
ただ大きなリムジンで行くのは流石に恥ずかしいという理由で、一般の魔族が乗っている普通車だ。
チビ雪が学校に出たあと、モニターの付いた魔道具を起動し仕事に入る。
地球という世界では、これはパソコンというのだとか。
ただ魔界のパソコンは、記憶や演算を行うことのできる魔石《ハンドライト》が組み込まれている。
生産できるのは、魔界広しといえどガーデン・マノスだけだ。
ガーデン・マノスは貴重な魔石を地方魔王の治めるエリアから輸入し、それを使ってハイテク魔道具を生産し輸出している。
持ちつ持たれつの関係を築き、これも魔界の均衡を保つ一つの要因となっている。
現代魔界では、ハイテク魔道具なしには生きられない程に、魔族の間に浸透してしまっているのだ。
「さて、さっさと仕事を終わらせて、のんびり過ごそう」
ガチガチにセキュリティが施されたホワイトガーデンのデータエリアにアクセスし、今日のスケジュールと必要なファイルがアップされたサイトを開いて。
これまでは特に目を通す事無くサインをしていたけど、自宅でパソコンであれば簡単にサインができる。
夢の国ヨシワラの件もあったから、これからは毎日チェックする。
一通り目を通した後、重要な物にはサインを入れて、それ以外はサインせずに送信。
これで今日の仕事は終わったも同然。
なんて楽なの。
少し休憩を挟んだのち、堅造に連絡を取り始めた。
要件は、もちろん奈美さんの事だ。
「おはようございます、小雪様。初めての自宅での魔王業は如何ですかな?」
「おはよう堅造くん、最高よ。まあそれより、先日聞いた機長という人の娘、奈美さんに会いたいんだけど」
名前の通りの堅物だから、絶対にダメだと言ってきそうだと思っていたが。
「了解しました。私も一度会ってみたいと思っていましたし、魔導士学校に問い合わせてみましょう」
あら、意外とすんなり行った。
「ありがとう。でも大事にはしたくないから、なるべく個人的に会いたいと伝えて」
「はい、それなら護衛役は私一人で会うようにしましょう。それなら先方にも迷惑は掛けにくいでしょう」
そうやり取りして通話を切った。
チビ雪の担任、そして賢人の箱舟を動かしてた機長という人の娘、一体どんな人なんだろう。
私と同じで魔族とのハーフというし、勝手に親近感を覚えてしまっている。
その後、昼食を取って次の仕事を考える。
さて何しようか。
魔王のやる事なんて、本当こんなものなのかと思ってしまう。
マジでやる事がないのだ。
そりゃそうだ。
魔王は平和になったら、ただの王だ。
いや、私の場合女王か。
うん、それはそれで悪くない!
だけど勇者や騎士なんかと命を懸けたやり取りをしてこそ、初めて魔王という存在は価値が見い出されるのだ。
勇者が最初の街で、ずっとレベリングされたら魔王はたまったものではないのだ。
早く来い!
勇者よ!
って、そんなもの今の魔界では有り得ない。
仕方ないので、何か連絡があるまで剣の稽古をする為に、下の階層に降りた。
家は最上階の三十五階だが、一つ下の三十四階は剣の稽古場になっている。
全ての壁を取っ払って、稽古場として改装してもらった。
そこには練習用の剣が何本かあり、防具も保管されている。
一人での練習とはいえ、念の為防具は必ず付けている。
そして練習用の木剣を持ち、稽古場に立って一礼した。
「ふう」
最初は精神を研ぎ澄まし、息を整える。
約十分間、精神統一した後に練習が始まった。
――魔導士学校
チビ雪が通う魔導士学校では、進級に向けた試験がある。
この試験に二度連続で落ちると、即刻退学になる厳しいものだ。
チビ雪は年齢は十二歳で、本来は中等部一年相当だが常に優秀な成績を残していた為、飛び級で現在は高等部のクラスで勉強をしていた。
この日の全てのカリキュラムが終わり、後は自習しての勉強、もしくは呪文の特訓に明け暮れれる。
「あ、奈美先生」
授業が終わった後、チビ雪は今朝の話しを伝える為、奈美先生を呼び止めた。
「どうしました、チビ雪ちゃん」
立ち止まって後ろを振り返る奈美先生。
栗色の長い髪の毛を後ろに束ねたポニーテール、魔族特有の黄色い瞳、健康的なベージュのような肌。
美人というよりは、可愛いという言葉が似合う佳麗な先生だ。
ちょっと緊張を隠せないチビ雪は言葉を考えながら、魔王である小雪が会いたがっている事を伝えた。
奈美先生はそれを聞いて、右手を顎に付けて目線を少し上に向けて考え始める。
特に困ったという表情でもなく、むしろ余裕すら感じ取れる佇まい。
「うーん、今忙しいんだけど。でも魔王様立っての希望ですものね。いいですよ、会いましょう」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
「実は今日のお昼にも、別の男性から同じ要請があったんだけど、そっちは断っちゃった」
何となくだけど、その男性というのが堅造くんのような気がした。
でもそしたら、何で今承諾してくれたのか気になったけど。
兎にも角にも、これで小雪様にも喜んで貰えると安堵したのだった。




