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6話 奇跡の上に

一カ月前に出来たばかりの新しい学校の校長は、元副操縦士の芹澤京助セリザワ キョウスケという人だった。


そんな校長の話しを堅造と二人で聞いていた。


何でも賢人の箱舟は、日本を飛び立った後、マカオと言われる場所に向かっていた。

ところが飛び立って四十分後、賢人の箱舟の目の前に突然乱気流が現れ、どうする事も出来ず引きずり込まれてしまったんだとか。


「今にして思えば、あの乱気流はただの自然現象ではなかった。この魔界に通じる入り口だったんですね」


校長が少し懐かしそうに語る。


父上からも事の一端は聞いた事があったけど、やっぱり動かす側だった校長の話しの方がリアリティーが全然違う。


まあ魔界では、日本人は魔界の神ヴァリウスが遣わした賢人と思ってる魔族が大半だけど。

だからこそ校長は、少しでも自分達の存在意義を伝えたいのかもしれない。


「正直言うと、私はもう助からないと思いました。いえ私だけでなく、賢人の箱舟に乗っていた日本人全員が死を覚悟したでしょう」


乱気流に呑み込まれ制御を失って、完全に墜落すると悟った校長は、最後に家族を思って涙していたらしい。


そうだよね、普通に考えてとてつもない恐怖だと思う。


でも空の中に魔界の大地を見た時は、ここがあの世か!?と目を疑ったらしい。


真っ黒な空に、見た事もない大地の広がる魔界。

無事に乱気流を抜けたと思ったら、異世界である魔界の空を飛んでいた。


だが、どんどん高度が下がっていったという。


『芹沢! もう長くは持たん! このまま緊急着陸を敢行する!』


入り込んだ魔界で何とか制御を取り戻したが、賢人の箱舟はダメージが大きく、いつ墜落してもおかしくない状態だったそうだ。


『機長! 前方の真下! 集落らしきものが!』


『くっ! 止むを得ん! 民家の向こうに広がる田畑らしき広場に不時着を試みる! 頼む、持ってくれよ!』


校長の上司にあたる機長という人が、絶妙な判断と操舵テクニックでマノス村への着陸を避け、賢人の箱舟を誰もいない田畑に不時着させたそうだ。


一歩間違えば確実に墜落で、中に乗ってた日本人は全員助からなかっただろうと。

それに下手をすれば、マノス村をも巻き込んで大惨事になっていた可能性さえあったそう。


そうか、そんな事も考えた事なかった。

父上が魔界に来ただけでもとてつもない奇跡なのに、乗ってた賢人の箱舟が墜落しなかったのも、マノス村が無事だったのも奇跡だったんだ。


本当に私は様々な奇跡の上に、そして沢山の人達のおかげで今を生きてるんだ。


その話を聞いて、私はある事が気になった。


「あの、その機長という人は今どうしてるんですか?」


ある意味、父上の命の恩人だ。

実質、私の恩人でもある。


もし会えるものならと考えたが。


「残念ながら、機長はすでに亡くなっています。当時で四十代後半でしたから」


「そうですか」


こればっかりは仕方ない事だけど、やっぱり落胆は隠せなかった。


すると、校長から思わぬ情報を聞かされる。


「機長は亡くなっていますが、娘さんがいらっしゃいます。それも小雪様と同じ魔界人とのハーフです」


「え? 本当ですか?」


私は前のめりになって聞き返した。


校長はニッコリと優しい笑顔を見せて答える。


「ええ、確か魔導士学校で働かれているはずですよ」


魔導士学校、確かチビ雪が通う学校だったはず。

帰ったら聞いてみよう。


でも、その前に


「その人は何て名前なんですか?」


奈美ナミ先生という方ですよ」


やっぱり日本人名なんだ。

ハーフだし、そりゃそうか。

私もそうなんだし。


校長に感謝を伝えた上で、最後の質問をした。


「校長、もしかして私をここに呼んだ本当の目的は、学校の視察そのものではなかったんじゃないですか?」


それを聞いて、校長は少し困ったような笑みを浮かべて、鼻の頭を人差し指で掻いた。

おそらく図星だったんだろうな。


「はい、失礼ながら。勿論学校の教育方針を見て頂きたいのも本当ですが。やはり鮫島くんが亡くなった今、ガーデン・マノス魔王である小雪様に、御自身のルーツでもある日本の事を少しでも知って頂きたい。それが我々の存在した一番の証拠になると思いました」


校長の話しでは今後、間違いなく日本の事を知っている日本人は魔界からいなくなる。


それどころか、純粋な日本人すらいなくなってしまう。


そう言った危機感から、この学校を設立し、さらには魔王である私をここへ呼んだ。

魔界のトップに立つ魔王だからこそ、一番の語り部となって欲しいという願いがあるのは分かる。


だけど今の私にはまだ荷が重い。

その事を素直に伝えた。


すると校長は、特に気を落とす事無く返してきた。


「これは私の我儘です。そもそも元から魔界人の小雪様に、無理に付き合えとは言えません。だからせめて、現在魔界のトップに立つ小雪様に、少しでも我々の事を知って欲しかった。それだけなんです」


これまでと同じように、薄っすらと優しい笑みを浮かべながら語る。


でも京助校長を見ていると分かる。

本当は日本に帰りたかったんだろうなと。

家族もいたんだろうし、たぶんお子さんもいた。


だけど帰る事は叶わなかった。


自身の先も短くなってきた事で、せめて魔界で一人でも自分の事を知っておいて欲しい。

彼の優しい笑顔に隠れる、悲痛な願いがひしひしと伝わってくる。


「校長、私はあなたの力にどこまでなれるか分かりません。魔王なんて言われても、私には天地をひっくり返すような力もない。でも、あなたの事は決して忘れません。この学校も必ず存続させると約束します」


そう答えると、校長の顔から初めて笑顔が消えた。

少しずつ目に涙を浮かべて、感謝を伝えてきた。


「ありがとうございます。小雪様。本当にありがとうございます」


校長はソファーに座りながら、深々と頭を下げる。


私は後ろに立つ堅造に、今後この学校の補助金は魔王のサインなど必要なく通すよう命じた。


堅造は静かに頷き、手で軽く目を覆っている。


もらい泣きしてるな、こいつ。


「校長、今日は貴重なお話しありがとうございました。今後も機会があれば色々お話しを聞かせてください。次は校長自身のお話を是非」


「ありがとうございます。私には家族がおりましたので、次は日本にいた頃の思い出話でよければ、いくらでもお話し致します」


お互いが挨拶を終え、ソファーから立ち上がった。


遅刻した上に、視察時間まで予定よりも超えてしまい、かなり遅い時間になってしまった。

生徒たちは、すでに下校してしまっている。


廊下で待機していた側近達に付き添われて、学校の外へと出る。


そして、校門前まで見送りに来た校長に、最後に気になった事を尋ねた。


「そういえば、校長は魔界で家族はいないんですか?」


「おりますよ。妻も日本人で、子供もいます。すでに成人していますが」


すでに成人してるって事は、私より年上なのか。


「次は御家族と一緒に話せるといいですね」


「光栄であります。家族にも伝えておきます。今日は本当にありがとうございました」


見送る校長に、車の窓から軽く手を振って別れた。


道中、広いリムジンの後部席に座りながら考えていた。


父上が生きている内に、もっと色んな話しを聞いていれば良かったなと。


『小雪、父さんが故郷の日本にいた頃の話しなんだけどな』


『あーうるさい、今ゲーム良い所なんだから静かにして』


ふと、そんな記憶が脳裏に浮かんで、両手で頭を抱えて前屈みになる。


思春期を迎えて父上に反抗しまくってた。

今となっては、それが後悔という念となって押し寄せてくる。


もう父上の話しを聞きたくても、二度と聞く事ができない。

そう思うと、居ても立っても居られず、運転する部下に行き先を変えるよう命じた。


前後で護衛をする警護車にも伝えて、向かった先は父上の眠る墓地。

先代魔王マサオの為だけに作られた、広い敷地に父上の墓が一つだけ建てられている。


ここから先は一人でいたいから付いて来るな、側近達に命じて一人墓地へと入っていく。


今夜は青い月が一つだけ出ている、薄暗い墓地。


そこにある父の墓前に立って、三十秒ほど無言で立ったまま。

ようやく自分の想いを整理して、言葉として吐き出す。


「父上、今日はね、京助校長から色々話しを聞いてきたよ。それで思ったんだけど、父上…もっと色んな事を話せれば良かったね。父上の話し、今は凄く聞きたい…」


暗い墓地の中で、父の墓前で物思いに耽る。


一瞬だが風が吹いて、月明りに照らされた長い黒髪が靡いた。


風が吹いた後、頬からは光るものが流れていた。

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