5話 視察
「校長殿、この度は予定していた訪問が大幅に遅れてしまい、誠に申し訳ありませんぞ」
堅造が、視察予定だった学校の校長に頭を下げている。
それもそうだ。
遅刻してしまった原因は、全て堅造の欲望が招いたもの。
そこはキッチリけじめを付けてもらわないと。
「いえいえ! 私どもは魔王様が直々に視察されるだけでも有難い事! どうか頭を上げてください」
出迎えた日本人の校長は、年齢は七十歳を超えてるそうだ。
つまり彼は、賢人の箱舟に乗って来た日本人の一人。
大分高齢になった今でも、現役バリバリで元気に働いているらしい。
その割に若く見えるのは、優秀な魔導士に頼んで老化を抑えて貰ってるんだとか。
私と同じ黒髪で、身長は百七十を少し超えるぐらいかな。
謝罪を終えた堅造が、車の方へ戻って来てドアを開けた。
「小雪様、それでは学校の方へ」
車を降りて校長が待つ、学校入り口へと向かう。
学校はレンガ作りと言われる、外観が赤褐色の見た目。
二回建ての校舎にはいくつも窓があり、屋根は三角屋根で、そこには三角窓が設けられている。
何でも昔の日本に多く建てられた、擬洋風建築というものらしい。
「魔王小雪様、お待ちしておりました! 私が校長の芹澤京助と申します。小雪様の御訪問、私ども一同、誠に感謝申し上げます」
綺麗に腰を九十度折り曲げて、校長を先頭に後ろの教師達も一斉にお辞儀をした。
後ろの教師達は、日本人と魔族が半々ぐらいかな。
おろらく校長以外は、日本人二世だろうな。
校長達の挨拶を前に、私もそれに応える。
「今回の視察、大変楽しみにしておりました。今日はよろしくお願いします。ただし私の事は魔王とは呼ばないように!」
最後の言葉に、その場の一同がポカンとした顔になる。
ただし校長だけは、何やら予想通りだったのか冷静に対応をした。
「これは失礼致しました。では今後は小雪様と、そうお呼びさせて頂きます」
おそらく、いえこの校長は、間違いなく父上とも知り合いだったはず。
もしかすると父上が魔王となってからも、親交があったのかもしれない。
それは後で聞く事にして、校長に案内されるまま校内へと入った。
外観とは打って変わって、白を基調とした清潔感のある校内。
「今もまだ授業をやっているんですか?」
「ええ、今やっているのが最後の授業になります」
護衛を兼ねた側近数名に付き添われながら、校長が先頭で廊下を歩く。
その間に学校の説明を聞いたり、こっちから質問などをしていった。
「よろしかったら、授業の一部を御覧になられてください」
教室の外から、生徒が授業を受ける姿を見てみる。
そこにいるのは私と同じぐらいの年齢の子達だろうか。
人数は意外と少なく十五人ぐらい。
その中で十人は魔族で、三人が日本人と魔族のハーフ、二人が日本人二世の子だそうだ。
一人一人に机と一体化したモニター型の魔道具が設置されており、みんなそれを見ながら授業を受けている。
「これは今、なんの授業を?」
「日本の地理について学んでいます」
「地理? つまり地形を学んでいるんですか?」
「この授業では、まあそうですね。あとこの学校では日本の歴史、文化など、我々日本人が住んでいた日本は、どういう場所で、どういう国だったかを教えています」
それを聞いて、正直不思議に思った。
そんな事を教えた所で、この魔界では何の役にも立たない。
だって日本に行く術は今のところないのだから。
私のそんな心情を察したのか、校長が穏やかな笑顔になりながら話しを続けた。
「言いたい事は分かります。ここで教えている事の全て、魔界では何の役にも立ちません。この魔界から見れば私達の方が異世界の住人。おそらく私の母国、日本では我々はとっくに死んだ事になっているでしょう。だからせめて魔族の方々には少しでも知っておいて欲しいのです。我々という存在が確かにいた事を」
なんだろう、この心につっかえる感覚は。
私は今まで、
『日本人は日本という国から来た異世界の人間』
なんて簡単に考えていたけど。
もしかして父上も同じ気持ちだったのかな。
よくよく考えれば、本当なら魔界に存在する事はなかった人達。
考えたらハーフの私も、本来なら生まれて来なかった訳だよね。
校長の言葉を聞いて、それから何も言う事ができなかった。
「あ、魔王様だ!」
少し考え込んでいたら、教室の生徒の一人が私に気づいた。
そして教室中が騒ぎとなる。
先生が必死に止めるが、最早授業どころではないようだ。
「校長、ここにいると邪魔になるから行きましょう」
「承知いたしました、それなら校長室へとご案内致します」
これ以上、学校が大騒ぎにならない様に、この後は校長室で話しをする事になる。
これは遅刻の弊害が出た。
本当なら、全校生徒が野外活動をする時間を見計らって視察するはずだった。
廊下を歩きながら堅造を睨みつけ、両手を合わせて謝るジェスチャーをしてくる。
校長室へ案内されると、私と校長がソファーへと腰掛け、堅造は私の真後ろに立った。
側近達は邪魔になるので、護衛も兼ねて廊下で待機させた。
校長はお茶を三つ用意して、テーブルに置いて話しを始める。
「さっきの話し、とても興味深いです。私も父が日本人ですから、他人事には思えなくて」
「鮫島…おっと失礼しました。マサオ様ですね。彼は本当に素晴らしい人でした。こんなに早く逝ってしまったのは私としても大変残念です」
父上の事を知っているのは想像通りではあるけど、校長と一体どういう関係だったんだろう。
そこが気になり質問をした。
「校長は、父とは日本にいた時から知っていたんですか?」
「いえ、私とさ、マサオ様は…」
「校長、私に気を使わず、呼びやすい様に呼んでください」
「では失礼して、鮫島くんとは魔界に来るまでは全く面識のない他人でした」
そうなんだ。
じゃあ日本にいた父上の事は知らないんだ。
少しガッカリしてしまった。
「申し訳ありません、小雪様。以前の鮫島くんの事を知りたかったと思いますが、お力になれず」
「気にしないでください。という事は校長も父と同じで、たまたま賢人の箱舟に乗り合わせたんですね」
「我々は飛行機と呼びますが、ここでは賢人の箱舟と合わせましょう。鮫島くんとは、たまたまと言えばそうなんですが、ちょっと立場が違いまして」
「立場が違う?」
「はい。実は私は、賢人の箱舟の副操縦士をしておりました」
副操縦士ってなんだろう。
初めて聞いた言葉だけど、おそらく何かしらの役職だろうなと思った。
当然、副操縦士がなんなのかを聞き返した。
「副操縦士って何をするものなのですか?」
「飛行機の…賢人の箱舟の操縦を行う機長を、サポートする立場です。ザックリ言えばですが。つまり賢人の箱舟を動かす側だった訳ですね」
校長は笑いながら簡単に言ったが。
私と堅造は固まってしまった。
堅造に至っては、口をパクパクさせて混乱している様子だ。
次の瞬間、二人ともハモりながら、同じセリフを吐いてしまった。
「「ええー!? 賢人の箱舟を動かしてた人ー!?」」
「いえいえ、動かしてたのは機長で、私はその隣で万が一の時の補佐役です」
いやいや、それでも十分凄いんですけど。
だって今の魔族の中では、あれが飛ぶなんて思ってもいない。
どうやって飛ぶのか想像もつかない。
一度、賢人の箱舟の中に入った時も、なんかスイッチやらモニターやらが多くて凄かった。
いやもうホント、これをどう操作するのか全く見当もつかなかった。
「じゃ、じゃあ父上より全然偉いじゃないですか!」
「偉くないですよ。鮫島くんは、賢人の箱舟のお客様ですから。私と鮫島くんは立場が違うだけで、どっちが偉いとかはありません。でも、この街では圧倒的に鮫島くんの方が偉い人ですけどね」
校長は、またもや笑いながら言い放つ。
分からない。
私からすれば、あんなサインだけしている魔王なんかより、賢人の箱舟を動かす方が余程偉い立場に感じるんですけど。
むしろ校長が魔王した方がいいんじゃないかな!
そうとさえ思えてくる。




