44話 土下座
昨夜から続いた漆黒の剣との戦いで疲弊した私とチビ雪は、朝方に野営地に戻り仮眠を取った。
起きた時には昼過ぎになってしまい、出発するはずだった予定を大幅に超えてしまう。
まだ少し眠い目を擦りながらテントの外へと這い出ると、すでにチビ雪は起きていてリーティアが食事の準備をしていた。
「スノーお姉さま、おはようございます」
「おはようございます、スノー様」
「うん、おはよう二人とも。それと」
視線を一緒に座っているカールに向ける。
「あ、ああ。おはよう。昨日の事は本当に感謝している。
改めて礼を言う。ありがとう」
少し気まずそうなカールだけど、先に本題に入らせてもらう事にした。
「おはよう、カール。ところで報酬の件なんだけど、ちょっと色々あってね。もうあなたが村に戻る事はできなくなったわ」
「あ、ああー…それなんだけどな…」
「?」
なんだろう、カールが気まずそうにしているのは何か他に理由があるのか。
向こうが切り出すのを待っていると、カールが頭をポリポリ搔きながら話し始めた。
「す、すまん! 実はあれは嘘なんだ! 俺に妹はいない! だから当然貯めた金もない! 始めから払える報酬なんてなかったんだ!」
「…………え? ちょっと何言ってるか分からないんですが」
カールの予想だにしないカミングアウトに、目を丸くしたまま茫然となった。じゃあ私達は、ただただ利用されたという事になる。
私の心境を察したのか、今度はその場で見事なまでの土下座をして、頭を擦り付けて謝ってくる。
「あの時は、ああ言うしかなかったんだ! 村を救ってもらう為に思わず嘘を! 本当にすまん! 許してくれ!」
「スノーお姉さま、彼も必死だったんだと思いますし許してあげましょう」
これはどうしたものか、チビ雪は大人の対応をしてるけど、私は中々呑み込めないでいる。
だってそうだ、私には何も関係ない事に巻き込まれ、私だけでなくチビ雪も相当危険な目に遭った。
「あなたのせいで、私もチビ雪ちゃんも命の危険に晒されたんだけど? 予定も大幅に狂ったし謝って済む問題じゃないわ」
我慢し切れず怒りを露わにしてカールを問い詰める。私としては当然の言い分だ。本当なら、もう目的地のユトグア近くまで来ているはずだったのだ。
チビ雪もリーティアも気まずそうに、その場の様子を見守っている。
するとこのカールという男、頭を上げると、またよく分からない事を言い出した。
「そ、それなら俺が報酬じゃダメか!? この俺の体で!」
あまりにバカな事を言い出したので、問答無用で鉄拳制裁を喰らわす。
「ごはあああ!!!」
顔面に拳をもろに喰らったカールは、後ろに一回転して倒れる。
そこにトドメを刺すと言わんばかりに、私は指をパキポキ鳴らしながら倒れたカールに近付いていく。
魔戦士として剣を振っていると、それに見合うだけの腕力も当然身に付く。私の拳は、その辺の一般魔族よりも全然強いのだ。
「スノー様! 彼の傷はまだ治ってませんよ!」
リーティアが慌てるが、そんな事はどうでもいい。私だけならいざ知らず、チビ雪まで危険に晒した事はどうしても許せない。
カールは、今度は鼻血を垂らしながら許しを乞うてきた。
「さっきの言い方には語弊があった! 要するに俺を雑用係でも何でも使ってくれという意味だ! 戦いの時は盾にしてくれたって構わない!」
その言葉を聞いて手を止めた。
「その言葉、二言はないわね?」
「あ、ああ! 男に二言はない!」
カールの言葉を聞いて、リーティアの方を見た。目が合ったリーティアは、一瞬小さく溜め息を付いて、荷物から一枚の紙を用意した。
それをカールに手渡してサインを求める。
「ここにアンタの名前を書きなさい。それで許してあげる」
「わ、わかった!」
カールがサインしてから契約書を受け取ると、私はカールの名前の入った契約書を見ながら小さく笑みが零れる。
「ウフフ、これでアンタは専属奴隷ね! これからビシバシ利用するから覚悟しておきなさいよ!」
悪い顔をして笑っているのが何となく分かる。
「スノー様、私より悪魔らしいですね」
「え!? ちょっと待て!? まさか今のは悪魔の契約書か!?」
「当たり前、アンタとの口約束なんか信用できないでしょ? ただでさえ私はアンタに利用されたんだから」
何も言い返せないカールは、全てを諦めたように顔を地面に付けて、泣いているのか笑っているのか分からない声をあげる。
たぶんだけど、やっぱり隙を見て逃げ出すつもりだったな。だけど悪魔の契約書がある限り、カールは絶対に逃げられない。リーティアによって居場所はすぐに特定され、場合によっては悪魔の使いによって命を奪われる。
全てを諦めたのか、カールが再び頭を上げて言い放った。
「男に奴隷にされるのは御免だが、アンタならそれもいいか! これからよろしくな! 姉御!」
地面に突っ伏してから時間にして僅か数秒。どうやら、もう吹っ切れたようだ。
なんて逞しい奴なのかしら…。
「スノー様、これは失敗だったのではないですか?」
「う、うん。私もそんな気がしなくもない」
「まあいいじゃないですか! これで一件落着ですね! それより早くご飯を食べましょう、私お腹空きました!」
呑気なチビ雪だけど、後先の事は食事の後に考える事にして全員で昼食を頂く事にした。
「待ってくれ!? 俺パン一切れのみ!?」
「当たり前でしょ、奴隷なんだから」
「こんなのは不当だ! 待遇の改善を要求する!」
本当にうるさい奴、まるでガーデン・マノスにいた頃を思い出してしまう。
「私のを少し分けてあげます」
「チ、チビ雪ちゃん!」
優しいチビ雪がカールに少し分け与えると、カールが涙ぐませながら喜んでいる。
そしてチビ雪が、少し顔を曇らせて問うてきた。
「スノーお姉さま、今の魔界では奴隷は廃止されてますし、あまり口にしない方がいいのでは?」
チビ雪の言葉を聞いてハッとした。チビ雪は元奴隷、なんてデリカシーのない事をしてしまったのかと。
「ごめんね、チビ雪ちゃん! 大事なことをすっかり忘れて!」
「いえ、いいんです。でも彼も村を守ろうとしたのは本当だったと思いますし」
「そうね、仕方ない。チビ雪ちゃんに免じて、あなたは奴隷じゃなくて雑用係に昇格させてあげる」
「本当か! 恩に着るよ! 姉御、チビ雪ちゃん!」
「その姉御って言うの止めてもらいたいんだけど」
カールが加入? してから一気に賑やかになったパーティ。
昼食を食べ終えた後は急いで片付けをして、野営地を後にした。本当なら今日一日でユトグアの目の前まで行けるはずだったが、半日歩いたところで野営に入り次の日の朝に出発。
翌日の朝に到着するはずだったユトグアには、夜になっての到着となった。
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