36話 怪我人の男
次の日、早々に朝食を摂ってからすぐに出発した。野営地周辺に転がってた野盗たちの亡骸は、リーティアが跡形もなく片付けてくれたのだが。
「本当に跡形もなく綺麗に片付いてるわね」
「ええ、地獄の番犬の餌にしましたので」
それ以上深くは聞かないでおいた。
「今日一日歩けば、ユトグアまで後ちょっとね」
「はい、スノーお姉さま頑張りましょう」
昨夜の出来事があっても私は特に何も怯むことなく、いつも通りに平常心を保てている。あの首狩り騎士事件は、本当に私を強くしたようだ。
この日は、お昼近くまでは何の問題もなく順調に進んだ。一人のボロボロの魔族と出会うまでは……。
――――
ヴィントナーとユトグアを繋ぐ街道の脇から遠く外れた場所には、いくつかの小さな集落が存在している。その集落の一つが盗賊団に襲われていた。
襲っているのは、この辺りを荒らしまわっている漆黒の剣。約二十人程の武装した盗賊たちが村に無理な要求を突き付けたからだ。
「死にたくなかったら今月分、しっかりと差し出しな」
漆黒の剣は、こういう小さな村から用心棒代と称して毎月法外な金銭や食料を要求していた。要はみかじめ料だ。
「今月はこれが精一杯です。これ以上毟り取られたら、我々の生活が成り立たなく…」
村の村長が漆黒の剣に対して訴えるが、当然そんな戯言を飲むはずはない。
「おい、村のガキ共を連れてこい」
「へっへ、あんたも趣味が悪いな!」
盗賊を指揮しているリーダー格の男が部下に命じる。命じられた部下は数人の盗賊たちを引き連れて、村の子供をかき集めに回った。
「な、何をなさるおつもりで!?」
村長や他の村人達が胸の底にありながらも、誰も口にできない不安が場を漂っていた。
「ヌフール様! 村のガキ共を連れてきたぜ!」
村の家々に隠れていた十数人程の村の子供たちが、その場に全員連れて来られた。恐怖で今にも泣きだしそうな子もいれば、すでに泣き出して立ってられない子もいた。
そして自分の子供を見た親たちが慌てた表情で駆け寄ろうとする。
「おっと、下手に動いたら今すぐコイツら全員皆殺しだ。そして俺達の言う事を聞かない場合は、このガキ共を不足分として奴隷として売り飛ばす。さあどうするね? 村長さん」
子供を人質に取られた村長は、肩を震わせながら村の若い衆に残りの食料を出すように命じた。
村長の命を受けて、数人の若い村人魔族が食糧庫に渋々向かおうとした時だった。一人の青年が激高して、盗賊たちに歯向かった。
茶髪のショートヘアで耳の尖った若い青年の魔族。
「ふ、ふざけるな! こんな法外な要求をされ続けたら俺達の村は潰れる! いい加減にしてくれ!」
「あ~ん、何だおまえは? 俺達にたて突くのか?」
周りの村人達が、その青年を必死で抑える。このままだと村全員が皆殺しにされるかもしれない恐怖からだ。
だが青年の行動は止まらない。
「こんな事をされて何で黙って言いなりになってるんだ! 俺達がその気になれば、こんな奴らになんか負けないだろ!」
「よせ! こいつらの勢力はこんなものじゃない! 今ここでこいつらをどうにかしても、それを上回る連中がまた来るだけだ!」
「そうだ! そうなったら、それこそこの村は終わりだ! 今は耐えろ!」
漆黒の剣は、魔王グリテアの軍勢が駐留しているような大きな街には決して手を出さず、管理が行き渡りにくい小さな村だけを標的に勢力を拡大していった盗賊団。
その団員の中には、元は魔王軍配下だった者や傭兵崩れの者達も存在し、野盗と言えど侮れない犯罪者集団でもある。
「見せしめだ。女は奴隷にする。男の子供は殺せ」
しかし、この青年の取った行動により見せしめとして少年達の殺害をリーダー格の男・ヌフールが命令した。これにより止む終えず、自分の子供を救おうと親達も動き出した事で一気に村は大混乱に陥った。
武装する盗賊団によって、次々に村人達は犠牲になっていく。だが先に啖呵を切った青年は、腹に槍を受けて大怪我をおいながらも村を脱出。助けを求めて血を垂らしながら、街道の方へと一人走った。
――――
「通行手形を見せてもらえますか?」
ヴィントナーからユトグアを繋ぐ街道の途中には川があり、その橋を渡る為には橋の手前にある関所を通過する必要がある。
私とチビ雪はガーデン・マノスを出る時に堅造から、魔都市クランレアドまでの通行手形を発行してもらっていた。
「確認しました。どうぞ、お通りください」
関所はおかげで無事通過できた。通行手形には、その場所の関所印が押された。
中には川を泳いだり呪文で浮いたりして渡ろうとする不届き者がいるが、それはかなり危険な行為になる。川にはモンスターが放たれており、無理に渡ろうものならモンスターの餌食になるのは必至。それで餌になった魔族は数知れない。
「リーティアも通行手形持ってたんだ?」
「ええ、昨日の野盗たちから拝借しました」
「野盗たちから?」
「彼らの亡骸を物色してたら持っていたので。後は朝まで私の情報に書き換えておきました」
通行手形は簡単に偽造できないように細工がしてあるはずなんだけど。それを偽造できるってリーティア何者なのよ。
ていうか何で盗賊団が通行手形を持ってるのかしら。もしかしたら盗賊団の中に、街の有力者と繋がってる者がいるのか。もちろん誰かから盗んだ事も十分考えられるんだけど。
いや、そんな事より。
「リーティア、通行手形を持ってなかったんなら関所どうするつもりだったの!」
「その時は最悪、私の魅了を使って乗り切ろうかと」
ある意味では昨夜の出来事は怪我の功名だったかも。
無事に橋を渡ってから休憩を取り、軽く食べてから再び歩き始めてしばらく経った時だった。街道の脇に、血塗れになって倒れている魔族を発見した。
「す、スノーお姉さま!? あれを見てください!」
血塗れの魔族を見て、少し驚きながらチビ雪が叫んだ。三人で駆け寄ると、かなりの重傷で息をするので精一杯の状態だ。
「リーティア、彼を治せる?」
「やれるだけやってみましょう」
そう言うとリーティアは荷物から丸いお皿と棒を取り出し、瓶に詰められたグロテスクな材料を調合し始めた。
それを見て私は思わず、
「ねえ、トドメを刺すつもりなの?」
「違いますよ。薬を作ってるんです。見れば分かるじゃないですか」
そりゃ薬と毒は表裏一体というけど、調合された薬は青紫色をしていて、どう見ても毒にしか見えないんだけど。
リーティアは調合した薬を大きな葉に塗り始める。
「これはアシュワガンダという木の葉です。鎮静効果があるので痛みも多少は和らぐでしょう」
それを彼の怪我している腹部に押し当てた。
「ぐあああ!!」
薬を押し当てられた怪我人は、あまりの痛さに悲鳴をあげる。さっき痛くなくなるって言ったばかりなのに。
「今は痛いでしょうけど我慢してください」
「今は痛いのか…」
「そりゃあ、そこまで即効性はないですよ。でもこれで傷口は塞がるはずです」
そのまま薬が塗られた葉を腹部に当てた状態で、包帯をグルグルと巻いて固定した。
「これで腹部の応急処置は終わりです。他にも傷があるようなので、残りの薬を塗っておきますね」
「あ、ありがとう。助かったよ」
か細い声で、リーティアに感謝を伝える怪我人の男。こんな怪我を負っているという事は、間違いなく面倒事だと思うんだけど。流石にこのまま放って行く訳にもいかないしな。
「しょうがない。今日はこの周辺で野営にしましょう」
時間は夕方の時間より少し早いぐらい。ハッキリ言って野営をするには早過ぎるが、重傷者を担いで歩く事はできない。
「私のディメンション・ボックスに放り込んで移動することはできますよ」
「うん、リーティアそれは止めておきましょう。私の中の良心が痛むわ」
だけど、もし揉め事に巻き込まれても嫌なので街道からは死角になる場所を探して、そこに隠れるように野営をする事にした。
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