3話 ホワイトガーデン
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新魔王となって二日後、今日は朝から身支度を整えていた。
朝とは言っても、魔界には朝昼夜という概念は元々なく、空は暗く太陽がない。
その代わり二つの月が存在し、赤の月と青の月が空に浮かんでいる。
そこで父上は、この二つの月が昇っている間を昼、月が一つ、または月がない状態を夜と定めた。
二つの月が出ている間は、魔界は父上のいた地球の昼間と変わらぬほど明るいらしい。
あと地球とは一時間程のズレがあるらしいけど、魔界での一日は約二十五時間周期だ。
現時刻では、二つの月が昇り始めた事で、ガーデン・マノスの時刻は朝を迎えている。
そして身支度を終え向かう先は、ガーデン・マノスの魔王城とも言えるホワイトガーデン。
城というよりも豪邸に近い、全面真っ白な豪華な屋敷。
屋敷の周囲は整えられた緑の多い芝生と噴水のある洋風の庭があり、屋敷の中庭は、鹿威しや橋の掛かった湖などの日本庭園に模した庭がある。
これを和洋折衷というんだとか。
ホワイトガーデンは周囲を高い鉄格子の柵で覆われており、厳重な警備体制が敷かれている。
そこはガーデン・マノス魔王が政を行う、事実上の魔王城という役目を担っている。
またホワイトガーデンはマノスヒルズより、車で北西に約十五分の位置、少し高台になった丘の上にある。
なのでホワイトガーデンからは、ガーデン・マノスの街並みを見渡す事ができる。
ただビル群に邪魔されて、完全に見渡す事はできないけど。
元は魔王の居住も兼ねて建てられたホワイトガーデンだが、父上が
「魔王の仕事以外では家族だけで過ごしたい!」
という強い希望で、住居はマノスヒルズに移された。
それまでは言われるがままという感じの状態だった父上が、ここだけは一歩も退かなかったそうだ。
それだけ家族との時間を大切にしたかったんだと思う。
その為ホワイトガーデンには、魔王に最も近い側近の一人、ガーゴイル・堅造が住んでいる。
魔王不在であっても何かがあった時に、すぐに対処できるようにするためだ。
そして私の乗る車が正門前に到着すると、ゆっくりと門が開いた。
屋敷の門に繋がる庭に作られた大きな石畳の道を、車はゆっくりと進んでいく。
その脇には魔王の側近達が何十人も整列し、頭を下げて魔王小雪の乗る車を出迎える。
そのまま車は、ホワイトガーデンの門の前に横付けし停車した。
「お待ちしておりましたぞ、小雪様」
ホワイトガーデンの玄関扉前で立っていた堅造が、車のドアを開け出迎えた。
堅造に促されて車の後部席から降りると、初めて入るホワイトガーデンに見惚れた。
「チビ雪ちゃん。こんな綺麗な屋敷なら、ここに住もうかな」
「小雪様は、早速マサオ様の御心遣いを台無しになさるおつもりですか!」
父上が魔王という姿をあまり家族に見せたがらなかったので、今までは外から眺めるだけだったホワイトガーデン。
それだけでも十分に豪華で、ずっと中に入る事に憧れていた。
今その現実が目の前にある。
「だってマノスヒルズのマンションもいいけど、ここの広さ凄いじゃない! 掃除なんかも綺麗に行き届いているし、食事も出して貰えるんでしょ! ここに住んだ方が絶対楽でいいじゃん!」
やれやれというような表情で、チビ雪が両腕を左右に広げたジェスチャーをする。
そこまで言うならと、チビ雪は一応は賛成する。
「決定権は小雪様にあります。ホワイトガーデンは元々魔王の居城という目的で建てられた建物ですし、小雪様がどうしてもと言われるのなら。私は何も反対するものではありません」
じゃあ決まりね!と言わんばかりに、堅造に案内されれながら、上機嫌に颯爽と三階にある魔王室に向かって行った。
部屋に案内されると、そこには大きな机、フカフカの豪華なチェア。
座ると体の全体を優しく包み込む柔らかさ、その上で沈み過ぎない低反発なクッション性。
正に座った瞬間、自分は魔王なんだと自覚させられる程だ。
その椅子に腰掛けてから、クルっと椅子を百八十度回転させた。
そのまま椅子に座りながら大きな窓の外、遠くに見えるガーデン・マノスの街並み。
絶え間なく行き来するガーデン・マノス住人たち、その豆粒程の大きさの人混みを見て一言。
「人がゴミのようだ」
思わず口を突いた一言に、滅茶苦茶チビ雪と堅造に怒られたのだった。
その後チビ雪は、一旦ホワイトガーデンを出てマノスヒルズへと戻る事に。
ここからは堅造と一緒に初仕事がスタートする訳だが。
兎にも角にも初めての魔王業、何をしていいか分からない。
とりあえずチェアに座ったまま、どう魔王らしく振舞おうと考えている。
すると堅造が次々と指示を出してきた。
「小雪様! こちらの書類にサインをお願いしますぞ! 水道整備の予算ですぞ!」
「小雪様! こちらの書類にもサインを! 新たな土地計画書ですぞ!」
「小雪様! こちらの書類は娯楽施設を兼ねた各種イベントを行える、マノスドームの建設認可の書類ですぞ! サインをお願いします!」
「小雪様! こちらの書類は賢人の箱舟の維持費ですぞ! 是非ともサインを!」
サインばっかり求められる状態が続いた。
その後は堅造だけでなく、他の側近達まで同じようにサインばかり求めて来る。
そんな状態が約二時間続いた時だった。
これが魔王のやる事か!と、うんざりし始め。
「小雪様、こちらの書類に…あいた!!」
また堅造がサインを求めてきた瞬間、ついに限界を迎えたのだった。
堅造に、思いっきりゲンコツを咬ましてしまった。
イライラが頂点に立ってしまって、もう我慢できなかった。
「何なのこれは! 私ただのサインマシンじゃないの! 普通魔王って色々やる事あるでしょ! こうなんて言うの、もっとこう…あるでしょ! やる事が! 勇者と戦ったりとか! 街を侵略したりとか! 地上を消滅させようとしたりとか!」
やはり私の魔王のイメージは、日本のアニメの影響が強い。
何だかんだ言っても、ちょっとはそういうスリリングな魔王の道を歩むのも面白そうと、心のどこかでワクワクしていたのも事実だった。
「小雪様、そんな物騒な事を言ってはいけませんぞ! あなたはガーデン・マノスの魔王、この魔界の頂点に立つお方なのです! 魔界を導くあなたが、そんな極悪非道な行いをするなどと…」
「違う違う! そうじゃないのよ! こんなサインをするだけなんて、魔王じゃなくてもいいんじゃないのって言いたいの!」
堅造が喋っているのを遮り、もうとにかくツッコまずにはいられない。
しかし現実は、すでに近代化して平和になった魔界なのだ。
魔王のやる事なんて、ほぼ事務的な手続きぐらいしかないらしい。
なんか私の思ってた魔王と違う……。
心底ウンザリしてチェアから立ち上がり、魔王室から出て行こうとする。
「小雪様! どちらに?」
「ちょっと早いけど、お昼を食べるの!」
「では部下の者に用意させましょう!」
「いい! 自分で作るから!」
そう言うと廊下に出て、キッチンへと向かう。
だが初めて入ったホワイトガーデン。
広すぎて、どこに何があるのか分からない。
キッチンを探し、廊下を歩き回りながら迷っているときだった。
「小雪様! ここで何をされているんです!」
声を掛けてきたのは、ホワイトガーデンで働く魔王側近の一人。
短髪で黒髪のオールバック、黒いスーツに身を包んだ、如何にもボディーガードといった出で立ち。
「キッチンで昼食を作りたいんだけど、道というか廊下に迷っちゃって」
「いけません! 小雪様! そういった事は我々従者にお任せください!」
そう言われて、魔王室へと帰されてしまった。
結局そのまましばらく、求められる書類にサインをしながら待っていると、部屋を小さくノックする音が鳴る。
「失礼します。小雪様、昼食をお持ちしました」
魔王室に入って来たのは、メイド姿の魔族の女性。
料理が乗ったカートを押しながら、ゆっくりと近づいて来て、机の上に銀色に輝いたクローシュに包まれた料理を置いた。
それまで不機嫌だったが、やっと少しテンションが上がり始める。
――この時までは
食器の両隣に置かれたフォークとナイフを手に取り、早く食べたいとアピールする。
それを見てメイド魔族がクローシュを取った。
さあ食べるぞ!と思ったのも束の間。
そこには、カエル一匹そのままの姿で煮込まれたスープが目に飛び込んで来た。
手に持っていたフォークとナイフを、カラン!という音と共に机に落とし絶句した。
一瞬にして顔が青ざめる。
「こちらは南西のヴォニアス諸島原産の、クロヒキガエルのスープでございます。滋養強壮に効き、美容にも非常に効果が期待できる高級食材でございます」
三十センチを超える程の大きさのあるカエルの前後の両脚が、広げられた状態で皿からはみ出している。
さらに体には、所々に青い斑点模様がある。
体に良い物ってゲテモノが多いイメージが勝手にあるけど、これは無理!
カエルの姿煮なんて絶対無理!
いくら美容に良いなんて言われても、これは絶対無理!
そんな戸惑っている事などお構いなしに、メイドは淡々と対応を続けた。
「さらにスープにはカエルの血のエキスが隠し味として加えてあります。それでは小雪様、ごゆるりとお楽しみください」
そのままトドメの捨て台詞を吐いて、メイドは出て行った。
完全に押し黙ったまま、固まってしまう。
あ……今カエルと目が合った気がした。
それを机の横に立つ堅造が、中々カエルを食べないので催促してきた。
「どうされたのです小雪様。早く召し上がりませんと、せっかくのスープが冷めてしまいますぞ!」
「堅造くん、食欲なくなったから食べていいよ」
そう言って、カエルが入った皿を堅造の前に置いた。
戸惑う堅造だが、それは気持ち悪いからではない。
本当に食べていいのか!?という戸惑いだ。
ヴォニアス諸島原産のクロヒキガエルは、高級食材として非常に重宝されている。
一般の魔族は、中々口にする事ができない。
見た目はあれでも、かなりの美味で美食家達も唸らせる程の食材なのだが。
「遠慮しないで。全部食べちゃっていいわよ」
「は! では遠慮なく頂きますぞ!」
そう言って堅造が、フォークでカエルの背中をブッ刺すと、そのまま持ち上げ豪快に頭から食べ始めた。
鋭い牙で、カエルを骨ごと噛み砕いている。
幸せそうにカエルを頬張る堅造を横目に、
うっ・・・見てるだけで気持ち悪い。
気分が悪くなり、カエルを食べる堅造を残し再び部屋を出た。
お花を摘みに行こうとしたのだが…。
お手洗いを探して廊下を進むが、またもや迷ってしまう。
「広過ぎて不便…」
思わず呟いてしまう。
広いホワイトガーデンは、最早迷路なのだ。
さっきと同じように廊下を彷徨っていると、今度は別の側近に見つかる。
「小雪様、どうかなされましたか?」
「ああ、うん。ちょっとお手洗いに行きたいんだけど」
すると側近は、すぐに案内してくれた。
金ぴかに輝く絢爛豪華なトイレ、使うのは勿体ないぐらいだ。
ところがここで、側近の視線が気になる。
そのまま出入り口付近に立ったまま、トイレから出て行こうとしないのだ。
「あなた、何でずっとそこに立ってるの?」
「私は小雪様の側近、さらに護衛も司る近衛兵でもあります」
いやいや、それでもエチケットというものはあるだろう。
魔王の側近だからと言っても、それぐらいは考える頭があれば分かるというもの。
「出て行って欲しいんだけど?」
「私は小雪様の身の安全を保障する義務があります。それはこの身を盾としてでも、全うする覚悟を持ってここに立っています」
覚悟は御立派なものだ。
だが時と場所をわきまえろというもの。
これには流石にキレた。
「ならば今すぐ、その覚悟とやらを全うしてもらおうか! 魔王である私を辱めようとは、余程命が惜しくないとみた」
魔戦士の目となって両手の指をパキポキ鳴らしながら、トイレの出入り口で立ち塞がる側近に近づいて行った。
それを見て焦った側近は、失礼しました!と慌ててトイレを出て行く。
全く…。
お花を摘み終えた後、廊下を歩きながら一人考えていた。
魔王の仕事はつまらない。
変な料理は出る。
屋敷内は迷う。
プライバシーは皆無。
ハッキリ言って、ここにいると全く気が休まらない。
最初ここに住みたいと、嬉々として言っていた事を後悔し始めていた。
もしかして父上がここを出たがったのは、単にここに居たくなかったからでは?と。
そう思うようになってきていた。
「そういえば父上は、必ず母上が作ったお弁当を持参していたような…」
険しい顔をしているのが鏡を見なくても分かるぐらい、思考が目まぐるしく回り歩いていた時だった。
後ろから声をかけられる。
「小雪様」
「い、今、魔王室に戻ろうとしてたとこなの! だから付いて来なくても…」
慌てた返答をしながら後ろを振り返ると、そこに立っていたのはチビ雪だった。
「え? 私何か悪い事しました?」
少しショックを受けた表情を浮かべ、チビ雪が聞き返してきた。
重たそうに持つ両手には、何かが入った大きなバッグを持っている。
「あ、違うの! ちょっと人違いしちゃって! チビ雪ちゃんこそどうしたの?」
何とか弁明をして、何故チビ雪がここにいるのかを聞き返す。
重たそうに持っているバッグも気になった。
「マノスヒルズから着替えなど一式を持ってきました。あと必要な物も買い出して来たので、今日からここに小雪様は住む事ができますよ。私の荷物は持って来れなかったので、私はマノスヒルズに帰りますが」
チビ雪からの戦慄の一言。
もうここにはいたくない。
一刻も早くマノスヒルズに帰りたい。
「チビ雪ちゃん、今朝行った事は取り消すわ! そんな事言わずに、私と一緒にマノスヒルズに帰りましょう!」
「え!? でも」
「チビ雪様! お願いします! 一緒にマノスヒルズに居させてください! あ、その重たそうな荷物は私がお持ちしますね!」
あまりの懇願ぶりと態度の変化に、逆にチビ雪の方が焦るのだった。
チビ雪は何があったのか聞いてきたけど、ホワイトガーデンは自分には豪華過ぎると言うに留めた。
結局は父上同様、マノスヒルズからホワイトガーデンに通う事になるのだった。




