29話 ヴィントナー領主との面会
人生で一番長い夜を過ごした次の日、今までと同じ美味しくも不味くもない宿屋の料理を食べていた。お昼過ぎまで寝ていたようで、少し遅い昼食となってしまった。
だけど今は、その昼食が他の何よりも御馳走と感じていた。
「おばちゃん、今日の料理本当に美味しい。いつもありがとうございます」
「何だい気持ち悪い。ここに泊まって六日目になるけど、そんなこと言った事ないじゃないか」
ガタイの良いおばちゃんは私の為に、わざわざ昼食を作ってくれたのだ。見た目は怖いおばちゃんが目をぱちくりさせて驚くけど、今日の食事は本当に特別だった。
「ところであんたね、私の事はおばちゃんじゃなくてミントと呼んでおくれ」
「え? ミントっておばちゃんの名前ですか!?」
「そうだよ! なんか文句あんのかい!」
「いいえ! 文句なんて滅相もございません! 凄く可愛いらしくて良い名前だと思います!」
おばちゃんの名前を初めて聞いた。見た目に反して、何て可愛い名前してるのよ。
でも私も、あんた呼ばわりはどうかと思ったから名前を初めて名乗っておいた。
「私はスノーです。おば…ミントさん、これからもよろしくお願いします」
「スノーって言うのかい。良い名前だね! よろしく!」
偽名なのが申し訳ない。だって本名を名乗ったら、速攻で魔王ってバレるから仕方ないよね。でもミントさんの食事が、こんなに有難かったのは本心からだ。
昨夜の疲れからか部屋に入るなり爆睡してしまい、起きてからは昨日の出来事を改めて考えていた。冷静になった今にして思うと、本当に冷や汗が出る程の恐怖の連続だった。今こうやって食事をしているのが不思議に思うぐらいに。
「今日はゆっくりとしていきな」
「はい、ありがとうございます」
いつになく優しい、ガタイの良いおばちゃんこと宿屋のミントさん。実は私の初クエストを結構心配してくれてたらしい。夜遅くになっても帰ってこないから、寝ずに待っててくれてたとか。
(まるでお母さんだな)
少し頬が緩みながら、出された食事を一粒も残す事無く完食し部屋へと戻った。そのまま仮面を外しベッドへと倒れ込む。
「明日にはチビ雪ちゃんが合流するし、今日はもう引き籠ろう」
いつもは二時間は欠かさない剣の稽古も休む事にして、このままダラダラと過ごす事にした。だって私は十分に働いた。魔界一の魔王なのに命懸けのクエストをしたのだ。これぐらいしたってバチは当たらないはずだ。
「むしろバチを当てたら、魔界の神ヴァリウスを殴ってやるわ」
そんな事を思いながら、瞳を閉じて物思いに更けようとした。その時だった。
ヴゥーヴゥーヴゥー
ベッドの隣にあるテーブルに置いてあった巣魔火が鳴った。
面倒になりながら巣魔火を取ると、電話の相手はヴィントナーの領主と名乗る者からだった。
「突然の御連絡、失礼いたします。私はヴィントナー領主・ソウノスケと申す者です。スノー様で間違いないでしょうか? 一度あなたにお会いしたく自ら御連絡を差し上げた次第です」
「領主様自ら私に会いたいという事はローエンの件についてですよね?」
「ここでは申し上げにくいのです。お手間をお掛けするのですが一度、ヴィントナー貿易商会までお越しいただきたいのです。迎えの者を送りますので何卒」
一応承諾をして通話を切った。
さて、相手はどう出てくるのか。ローエンの悪事を暴いた私を英雄扱いして、たんまり報酬を用意してくれるのか。はたまたヴィントナーも一枚噛んでて、目障りな私を口封じなんて…考え過ぎかもしれないけど、それだけ今回のクエストは警戒心を強くするのに十分なものだった。
でも悪い事ばかりではない。魔界の事を知らな過ぎた私にとって、良い意味で外の世界の厳しさを学ぶ事ができた。これは今後の魔界の旅でも大きな糧になると思う。
だけど万が一に備えて、護身用に帯刀をしなきゃいけないんだけど。
「護身用にスノーフェアリーは行き過ぎだよね…でも今は剣がこれしかないから仕方ないか」
ミスリルソードが折れてしまい、代わりの剣をまだ用意できてない。できれば使いたくないけど自分の命には代えられないので、魔剣スノーフェアリーを帯刀する事にした。魔石を使わなければ、ただの切れ味の良いだけの剣って魔王クライドも言ってたし。
「スノー様は、私が全力でお守り致しますし心配なさらず」
「そうね、でも一応ね!」
スキアーがいるから大丈夫だと思うけど、自分でも戦える準備はしておきたい。しばらくすると、ミントさんが私を呼ぶ声が聞こえた。どうやら領主の迎えの者が来たらしい。
「おばちゃん、これから…」
「ああ?」
「ミ、ミントさん! これからヴィントナー貿易商会に行って来ます!」
「そうかい、気を付けるんだよ!」
部屋の鍵を預け、領主の部下に出迎えられて用意された魔動車に乗り込んだ。初めてヴィントナー貿易商会に行った時は歩いて一時間だったけど、魔動車に揺られてたら二十分程で着いてしまった。領主の魔動車だから周りが道を譲ってスイスイと走れたのも大きいんだろうけど。
「スノー様、お疲れ様でした」
領主の部下に後部席のドアを開けられて降りた。ヴィントナー貿易商会の入り口に並ぶ大勢のスタッフ達に出迎えられ、一番奥には若きヴィントナー領主・ソウノスケと隣には見知らぬ魔族のおじさんが立っていた。
(今は魔王という身分を捨てて魔戦士スノーとして旅してるのに、これじゃあガーデン・マノスにいた時と変わらないじゃないの)
あまりに物々しい程の出迎えで、ガーデン・マノスで魔王業をしていた時を思い出してしまう。そんな事を考えていたら領主の方から挨拶をしてきた。
「スノー様! この度はご足労頂きありがとうございます。私がヴィントナー領主・ソウノスケです。隣の者が」
「私はヴィントナー貿易商会の会長・ナイアーと申します。どうぞお見知り置きを!」
領主の隣にいたのはヴィントナー貿易商会のトップだったのか。魔王グリテアの支配下エリアではガーデン・マノスの玄関口として、貿易の街として発展したヴィントナー。ある意味領主以上に影響力のある存在だ。そんな大物二人が私を直々に出迎えてくるという事は、今回の一件は相当に大きな事件だったと伺える。
それにしてもソウノスケという領主、かなり若いよな。名前も日本風だし、もしかして両親が日本人とかだったりするのかな。でも見た目は魔族っぽい雰囲気もあるし、私と同じハーフ魔族とか?
「それではスノー様、最上階にある私の執務室へご案内致します」
「え? ああ、よろしくお願いします」
今は余計な事を考えるのはよそう。二人の出方次第によっては、私はまた魔剣を握らなきゃいけないかもしれないのだ。
エレベーターに乗り、最上階のナイアーの執務室へと入る。
「どうぞお掛けください」
領主のソウノスケが座る様に促し、二人は大きなソファーに腰掛けた。だが私は座りたくない。
「いいえ、私は立ったまま要件を伺います」
座ると魔剣を置かないといけないし、もしもの時の初動も遅れる。まだ私は二人の事を信用してない。
「そう言わずに、我々は何も致しません」
「ナイアー…さんでしたよね。私の言う事が聞こえなかったのですか?」
座るようしつこく促す会長・ナイアーに、少し声のトーンを下げて返した。その瞬間に私の影に擬態しているスキアーが後ろに大きく伸びて、執務室の壁に角の生えた悪魔のようなシルエットとなって現れて二人を威嚇する。
「い、いえ……これは大変失礼いたしました!」
「ナイアーさん、今はスノー様の言う通りにしましょう」
私を怒らせてはマズいと思ったのか、領主・ソウノスケはそのまま話しを始める。ナイアーは余程ビビったのか、額の汗をタオルで拭いていた。
「スノー様の使役しているモンスター、それはローエン親子が操っていたモンスターですよね?」
「ええ、何か問題でも?」
ソウノスケの問いに答えたあと、ナイアーが口を開く。
「残念ながら大問題なのです。そのモンスターは大勢の魔族を斬り殺してきた。懸賞金も懸けられております」
「このモンスター、スキアーはローエンとアデムに操られて本意ではなかったのですよ。それに今は私の従属、決して他の魔族を襲う事はありません。私が命令しない限り…ですけどね」
「スノー様! それは!」
「ナイアーさん、落ち着いてください!」
熱くなるナイアーをソウノスケが窘める。若いのにソウノスケの方がしっかりとしているな。だからこそ厄介な相手かもしれないけど。
「本題に入りませんか? スキアーをどうこうする為に、私をここに呼び着けた訳ではないでしょう?」
「その通りです。ではスノー様、こちらをお受け取りください」
領主のソウノスケが後ろに立たせた部下に命じて出してきたのは、大量のお金が入ったアタッシュケースだった。
「三千万ミラあります。どうかこれで、今回の一件を水に流して頂きたい」
「ほう、口止め料という事ですか? つまりヴィントナーが裏で糸を引いてたという事でいいのですね?」
「スノー殿! 何という事を!」
このナイアーというおっさん、さっきまで様付けだったのに急に殿に格下げか。おそらくナイアーも、ローエンの一件は少なくとも前から知っていたな。
「ヴィントナーが首狩り騎士の件に関わっていたかと聞かれたら答えはノーです。ただ貿易商会の誰かが手綱を引いてる事は薄々気付いてはいました。動けなかったのは我々としては証拠が欲しかったのです。ですが…そのせいでスノー様を危険な目に遭わせてしまった事は領主として不徳の致すところです。深くお詫び申し上げます」
このソウノスケという領主は、真っ直ぐとこちらを見据えて話してくる。ヴィントナーが関わっていないというのは本当なんだと思う。
「ローエンが怪しい事は私も気付いていました。だが奴は中々尻尾を出さなかったのです。大勢の罪なき魔族が犠牲になった事は私としても心傷む思いです」
さっきまで熱くなっていたナイアーも、少し悔しさを滲ませながら目を悲しそうに萎ませた。それを聞いた上で私は要望を出した。
「六千万です。それで手を打ちましょう」
「ろ、六千万ミラですと!?」
ナイアーが慌てた表情で聞き返してくる。それとは対照的に、ソウノスケは冷静に返答してきた。
「分かりました。スノー様の御希望に沿いましょう。何よりスノー様がいなければ、もっと犠牲者が出ていたかもしれないのです。これぐらい安いものですよ」
「では我儘ついでにもう一つ。そのお金を直接ではなく、クエスト村を仲介して払って頂きたい」
「「は?」」
ソウノスケとナイアーがハモりながら、きょとんとした顔で私を見た。だって直接報酬を支払われると、クエスト村のランクが上がらないのだから仕方ない。
「元々はクエスト村からの依頼だったんです。だから直接お金を渡されるとクエスト達成にならないんです!」
「あ、ああ! なるほど! 分かりました、ではそのように手配いたします」
こうしてクエストの報酬を兼ねた、口止め料が支払われる事になった。しかしナイアーが、またスキアーの事を蒸し返してくる。
「スノー殿、申し訳ないのですが使役しているモンスターは」
「ナイアーさん、安心してください。私も長居するつもりはありません。遅くても二日後には街を出ます」
「申し訳ない、我々としてもこんな事は言いたくなかったのですが」
「申し訳ないとおっしゃられるのなら、一つ頼まれてくれませんか?」
私はナイアーとソウノスケの二人に今回のクエストで犠牲になった三人の冒険者魔族達の親族に、受け取った六千万ミラを三等分にして渡して欲しいとお願いした。
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