23話 黒幕
赤い月明りが照らすハーベストムーンの街道に、私とジュパルの二人で佇んでいた。五人いたパーティはすでに二人が殺され、一人が逃げて行方知れずだ。
ここはクエストは失敗した事にして一旦引き返すか、それとも諦めずに茂みに逃げた首狩り騎士を追うか。
私の考えは、一旦引き返した方がいいかもしれないと考えている。
何より二人とも、まだまだ経験の浅い新人冒険者、すでに二人も殺された状況で深追いするのは危険だと判断していた。
だがジュパルの方は、パーティ仲間以前に友人だったヘマクが殺されて仇を討ちたいと強く思っていた。
それに逃げようとしても、結局首狩り騎士が追って来る可能性も高いと。
二人の考えが分かれる中、私には気になる事もあった。
「ハーベストムーンには依頼者ローエンの別荘があるって聞いたわ。危険だけど、とりあえずここはその別荘を目指すのはどうかな? 少なくとも街道にいるよりは少しは安全かもしれない」
「お、おう。俺は別に構わんぜ。だが足手まといになるなよ」
なんだろ、初対面の時は悪態を突いてきたジュパル。
その後はハーベストムーンに到着するまで、ずっと無口で私に話し掛けようともしなかったのに。今も私と目を合わして話そうとしないし。
だけど今は、顔を赤らめてどことなく気まずそうだ。精一杯に大人の男を演じようと背伸びしているようにも見える。
最初は女魔戦士を見下してるだけだと思ってたけど、実はメチャクチャ純真無垢なうぶで、ただ単に女性に話しかけられなかっただけなんじゃないの?
(あ、でも私仮面被ってるから、目を合わすってのも変か)
ジュパルを見ながら、そんな事を考えていたらジュパルが顔をまたもや真っ赤にして、
「おい! 何ジッと見てるんだよ! は、早く行くぞ!」
「はいはーい、了解! ジュパルくん!」
「く、くん付けは止めろー!」
だんだんジュパルの反応が面白くなってきた。見た目は体が大きくて強面だけど可愛いとこあるじゃない。
思わず口元が緩んでしまうが、今はどこから首狩り騎士が襲って来るか分からない。
おふざけは程々にして、気合を入れ直した。さっきの戦いだって、下手をすれば命を落とす場面は何度かあった。
そう思うと背中に冷たいものが流れる。
だけど首狩り騎士を倒せなかったとはいえ、初めて一戦交えた事で恐怖を打ち払う事も出来るようになっていた。
これ以上、犠牲者を出さない為にも、あの化け物を倒したいと本気で考えている。
動機はお金を稼ぐ事が目的だったけど、少しは精神的に成長しているのかな。
ローエンの別荘を探すため茂みに入った二人。だが未だ別荘らしき建物は見つからない。
「方向感覚が狂うわね」
二メートル近い身長のジュパルをも超える長い茂みの中を、草木を掻き分けて二人で進み続ける。
ハーベストムーンが首狩り騎士の噂が立って街道を使う者が激減してから、手入れが全くと言っていい程されてないのかもしれない。
「おい、スノー! あそこに何か見えるぞ!」
ジュパルが何かの建物に気づいた。おそらくローエンの別荘だと思ったが。
茂みを抜けて目の前に現れたのは、廃墟と化した二階建ての大きな館だった。
「これが別荘…の訳ないわよね」
明らかに誰も住んでいない不気味な館。窓は割れ、壁もあちこちが崩れ落ちている。
「行ってみましょう」
「ま、マジかよ!? あんなとこに入るのか!?」
狼狽えたジュパルがそう言うが、私自身信じられなかった。ガーデン・マノスにいた頃なら、絶対近付こうとも思わたなかった事は難なく想像できる。
元から不審な所が多いと感じていた今回のクエスト。直感ではあるけど、ここには答えとなる何かがある気がする。
先に廃墟となった館に歩き始めた時、ジュパルが追い越すように前に出た。
「女を先に歩かせられるか! 俺が先に行く。おまえは俺の後ろを付いて来い!」
なんて恥ずかしくて、くっさいセリフを吐くのかしらジュパルくんは。私をナンパしてきた白い稲妻ことアデム如きなんて、最早足元にも及ばないわね。
カッコつけたジュパルに、口の悪い私は思わず、
「そういうセリフは自分の彼女に言いなさいよ」
我慢できずにツッコんでしまった。その言葉に完全に焦るジュパル。
「んな!? お、女を守るのは男として当然だろうが!?」
こういう事を恥ずかしげもなく言えるジュパルは、やっぱり見た目より子供みたいに感じる。
「……ねえ、ジュパルって何歳?」
「十八だよ。それがどうかしたか?」
嘘でしょ、私と一個違いって。
人間と違い魔族は色んな種族がいるので、一概に数字の大きさだけで年齢を見る事はできないけど。ダークエルフとか悪魔族とかになると百歳でも子供扱いだったりするし。
それでもだよ、どう見ても厳ついおっさんにしか見えないジュパルが私の一個上!? 今日一番の恐怖がそれだわ。
ジュパルの問いに早足になりながら答える。
「何でもないわ。とにかく急ぎましょ」
年齢を聞いて確信した。間違いなくジュパルは女性と接した事がほとんどない。それまでの私への悪態は、間違いなく恥ずかしさの裏返しだ。
「本当に女はよく分からんな」
ええ、そりゃ分からないでしょうね。
でも今はそれどころじゃない状況、落ち着きなさいスノー。今は首狩り騎士を倒して、逃げたアデムもついでに見つけるのが先決よ。
ジュパルに気を取られている場合ではない。クエストに集中しないと命を落とすわよと自分に言い聞かせる。
ようやく館の前に辿り着き、今にも崩れそうな扉の前に立つ。
「よし、俺が開けるぞ」
ジュパルが扉に手をかけて開ける準備をする。
それに頷き、私は右腰にあるミスリルソードを抜いた。さっきの首狩り騎士との戦いで若干刃こぼれしているが、まだ大丈夫だと思う。
ギシィィイ。
ジュパルが扉のドアノブを持って押すと、大きな耳障りな音と共に扉が開いた。
ゆっくりと二人で館の中に入って、周囲を警戒する。
扉の先は大きなフロアが出迎え、三方向に廊下が伸びている。真正面に奥まで伸びる廊下の右手前には、二階に上がる階段があった。
「中は真っ暗だな、まるで…」
ジュパルが真っ暗という館だけど、実は私には鮮明に見渡す事ができた。どうやら堅造がくれた仮面のおかげらしい。
だがここで、ジュパルの言葉を止める。
「シッ! 誰か来るわ!」
館の中に入った時から、何かしらの気配を感じていた。その気配が真正面に伸びる廊下から近付いて来る。
徐々に足音も聞こえ始め、私はミスリルソードを構え、ジュパルは背中の大盾を両手に持って構えて臨戦態勢に入った。
ところが暗闇が伸びる奥の廊下から、靴音を立てて近付いてきたのは見知った顔だった。
「あれれ? スノーさんとジュパルじゃないの? もしかして僕を探しに来てくれたのかな!」
軟派な声質と共に姿を現したのは、逃げて行った自称・白い稲妻ことアデムだった。
「アデム、てめぇ…」
「待って」
何食わぬ顔で現れたアデムを見て、声に怒りを滲ませながら構えた大盾を一旦背中に担ぎ直して、アデムに迫ろうとするジュパル。
私は、そのジュパルの前に剣を持たない左手を突き出して止めた。
「スノー! 何で止める! あんな奴、一発ぶん殴ってやらないと気が済まねぇ!」
「気持ちは分かるけど落ち着いて。変に近付くのは危険よ」
「なに?」
私がそうジュパルを説得すると、アデムが眉を下げて申し訳なさそうに見せながら誤魔化し始める。
「ごめんごめん、一人で逃げたのは謝るよ。キミ達を危険な目に遭わせてしまって合わす顔もないのは事実だ。殴って気が済むのなら殴ってくれて構わない」
あまりに白々しい嘘を、すでに私の不信感は確信へと変わっていたのだ。
そのアデムに対し、私が核心を話し始める。
「アデム、あなたが手に持っている大きなアクセサリー。それってローエンが首から下げていた物よね? 何であなたが持っているのかしら?」
アデムの右手には、ヴィントナー貿易商会でローエンが首から下げていた大きな緑色の魔石が付いたネックレスが握られていた。
「これは推測だけど、大方それで首狩り騎士を操っていたんじゃないの?」
「チッ、あのクソジジィ。あれ程見せびらかすなと言っておいたのに」
痛い所を突かれたのか、アデムはそれまでのポーカーフェイスが一気に崩れ怒りで歪んだ顔になり、その顔を左手で覆って指の間から血走った眼をこちらに向けてきた。
「アデム…ならお前は最初から俺達を…」
ジュパルはショックが隠し切れない様子。
「さっき首狩り騎士が魔動車の前に来てしまったのは、あなたにとっても誤算だったのよね? あの時なぜか首狩り騎士は、あなたを襲わず茂みに入っていったもの」
私がさらにアデムを問い詰めると完全に開き直ったのか、アデムは不敵な笑みを浮かべながら答える。
「ああ、そうだよ! 俺はキミ達を皆殺しにするための案内人さ! ローエンは俺の父、二人で共謀して新米冒険者を狩っていたのさ!」
「経験の浅い新米の魔戦士やガーディアンばかりを雇っていたのは、首狩り騎士が狩りやすいようにって事かしら」
「その通り! 遠距離攻撃ができる魔導士やテイマーなんかがいたら、首狩り騎士じゃ分が悪いからね!」
小悪党らしくアデムがベラベラと喋り出すが、怒りが抑えきれないジュパルが大盾を構えて突進していった。
「くっそぉぉぉ!! 貴様みたいなクズのせいで俺のダチが! ダチのヘマクが殺されたってのかぁ!」
「バカ! 待ちなさい!」
怒り狂ったジュパルは、私の静止の声も聞こえていない。
単純に真正面から突進してくるジュパルに、アデムは右手に持ったネックレスを前に突き出した。
「馬鹿が! やってしまえ首狩り騎士!」
アデムの持つネックレスに付いた、緑色の魔石が淡く光り出す。
その光に呼応するかのように、フロア二回の踊り場から首狩り騎士が飛び降りてジュパルに斬りかかる。
「ジュパル危ない!」
慌ててジュパルを追いかけて上から来る首狩り騎士に攻撃をしようとしたが、首狩り騎士の剣の方が速くジュパルに届いた。
「ぐわあああああ!!」
真上から攻撃されて無防備だったジュパルの左肩に、首狩り騎士の剣がザックリとめり込んだ。
胸当ての防具でギリギリ致命傷にはなってないようだが、あまりの激痛でジュパルが顔を歪ませ剣を必死に抜こうと片手で足掻く。だが首狩り騎士はビクともしない。
「ジュパル! 今助ける!」
ミスリルソードを両手で握り直して、首狩り騎士に斬りかかろうとした。
「おっと、そうはさせないよスノーさん。『フレイムボール』!」
アデムの放った炎系呪文が、ジュパルの助けに入ろうとした私に向けて放たれた。
「ぐっ!」
突然の呪文に驚きながら、ミスリルソードでガードをする。
「スノー!?」
「大丈夫よ、ジュパルもう少し耐えて」
重傷を負うジュパルに心配されるが、今は自分の心配をして欲しい。
呪文軽減効果のある仮面のおかげで、アデムのフレイムボールは大した事はなかったのだ。
「へぇ、手加減したとはいえ僕のフレイムボールを受け切るなんて。あと意外だね、スノーさんって結構仲間想いだったんだね!」
「それ程でもないわよ。少なくとも私は、そこにいるジュパルほど死んだ二人の事は特に気にしてないし」
目の前で首を斬られて惨殺されたのは衝撃だったと言えばそうだけど。
「お、おい!?」
マジかと言わんばかりにジュパルが反応するが、こればっかりは仕方ない。数時間前に会ったばかりの奴に情が出る程、私はお人好しではない。
ジュパルには何度か助けられたし、共同戦線も張って少しは一緒に戦ったから、多少は仲間意識があるだけだ。




