表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/132

2話 戴冠式

魔界最大の都市国家である、魔都市ガーデン・マノス。


先代魔王マサオの崩御によりガーデン・マノスでは、もうじき新たな魔王誕生の戴冠式とパレードが行われる。


ガーデン・マノスの主になる事、それは事実上の魔界のトップに立つ事を意味する。


今日、正式にガーデン・マノスの主になる小雪は、高級ホテル一階のフロアにあるメイク室で、世話役の女官達に手伝われながら身を包んでいた。


ガーデン・マノスの象徴、不死鳥を模した刺繍が施された白いドレスを身にまとい、上から五メートル以上の長さのあるベルベットの儀式服を着用する。


「はあ…嫌だな~」


そんな中、思わず本音を漏らしてしまう。


先代魔王マサオの遺言に従って、ガーデン・マノス新魔王となるのだが。


「小雪様、そのような事をおっしゃらないでください」


女官の一人が、小さく耳元で注意をしてきた。


元から面倒な事が嫌い、その上、可愛くもない魔王などと呼ばれる事への抵抗感が消えない。


そこへ小さな少女が姿を現した。


「小雪様、準備はよろしいでしょうか?」


部屋に入って来たのは、肩ほどまでの長さの茶髪、耳の下から先はウェーブがかかっている。

瞳の色は左目は黄色、右目は赤色のオッドアイだが左目は前髪で隠れている。


柔らかそうな頬をした、おっとりした顔立ちの少女だ。


黒いとんがり帽子を被り、黒いローブを着用、片手には杖を持つ如何にも魔女という出で立ち。


彼女の名はチビ雪。


元は名前などない奴隷だった彼女を生前、母上が保護してきたのだ。


この時、チビ雪の名前を決める際、


「じゃあ私の名前をモジって、チビ雪で良いよね? 体も小さいからピッタリじゃん」


そんな適当に決めていいのか……。


戸惑う両親を横目に、案外チビ雪本人もそれが気に入ったようで、そのまま彼女の名前となった。


奴隷の子供ではあったが、魔力の扱いに非常に長けている事が後に分かり、元は魔導士だった母上がチビ雪を優秀な魔導士になれるよう特訓した。

そうすれば、少なくとも食いっぱぐれる事はないからだ。


その甲斐もあり、本当の姉妹のように育てられたチビ雪は、万が一の時は私の後方支援役として抜擢された小さな魔導士だ。


またチビ雪がマサオ崩御の報せを受けたのは、魔導士学校にいた時だったそう。


訃報を聞いたチビ雪は、その場で膝から崩れ落ちて人目もはばからず大泣きしたという。

実の父の様に慕っていたから、当然と言えば当然だけど。


そんなチビ雪に、魔王になるのが嫌過ぎて無茶な事を言い出してしまう。


「チビ雪ちゃん、魔王になるの変わってくんない?」


「え!? そんな事無理です!」


当然の反応を受ける。

チビ雪が顔を左右に大きく振りながら、慌てた声で返答した。


結局そのまま大方の準備が整い、チビ雪に促されながら、しぶしぶ立ち上がりチビ雪と一緒にメイク室の外へと出る。


そこから女官に補助されながらホテルの外へと出て、待機していた魔王専用の大型車リムジンに乗り込み、戴冠式が行われる神殿へと向かう。


「戴冠式は賢人の箱舟で行われるんだっけ?」


「はい、その通りです」


賢人の箱舟、それは日本人が乗って来た旅客機のこと。


旅客機は現在、魔都市の城壁に近い、ガーデン・マノス内の東側に、不時着当時のまま今も存在している。


大革命アポカリプス以降、魔界の住人達の間では、日本人を乗せてきた旅客機を「賢人の箱舟」と呼び、旅客機が不時着した周囲には荘厳な神殿が旅客機を囲むように建立された。


白い石造りの柱が何本も立った、古代ローマを彷彿とさせる巨大な神殿に旅客機は守られている。

近代化されたガーデン・マノスでは、その場所だけは異色の雰囲気を漂わせていた。


そして神格化された旅客機は、神聖な魔界の神ヴァリウスの箱舟として崇められ、神殿に仕える大神官の許可なく旅客機の中に入る事は許されていない。

だが神殿には、今もなお旅客機に祈りを捧げに来る者達が後を絶たない。


ちなみに、ガーデン・マノスの象徴が不死鳥になったのは、旅客機を模してのものだった。


「父上が乗って来た箱舟か、入るのは初めてだから緊張する」


「私もマサオ様が乗って来られた賢人の箱舟、是非とも一度この目で見てみたいと思っていたので楽しみです」


次代からガーデン・マノスの戴冠式は、賢人の箱舟の中で執り行われる事が決まっていた。


狭い機内なので、入れるのは魔王に就任する私と親族の者、神殿を管理する神官だけだ。

チビ雪は親族という立場なので、賢人の箱舟に立ち入る事が許された。


二人を乗せた車が神殿に到着すると、補佐役となった堅造が近づいて来て車のドアを開けた。


「小雪様、どうぞこちらへ!」


「ありがとう、堅造くん」


車から降りると、五人の女官にベルベットを支えられながら、先導する堅造の一歩後ろを歩く。

そして賢人の箱舟のある神殿へと近づいて行った。


新たな魔王となる私が姿を現した途端、神殿前に集まった数千人もの魔族から拍手と歓声が上がる。


その歓声を前に、思わず顔が引きつる。


「ほら小雪様! 彼らに向けて笑顔を!」


少し前を歩く堅造が後ろを振り向き、小さく耳打ちしてきた。


そう言われて思わずイラっと来て、ちょっと前に出て堅造の足を踏み付ける。


「あいたー!!」


神殿前に堅造の声が響き渡った。

ホント、正に余計なお世話といった感じだ。


「堅造くん、静かに!」


「も、申し訳ない……」


堅造は一緒に歩いていたチビ雪に怒られた。


そんな嫌々ながら、厳重な警備の下行われた戴冠式。


神殿の中は、さらに限られた魔族だけが集まり、賢人の箱舟の前で整列している。


「私はここまでです! 小雪様、それでは賢人の箱舟へ!」


神殿へ入ると堅造は足を止め、チビ雪と二人だけで神官に誘導され旅客機の中へ。


他の魔族は賢人の箱舟の中に入る事ができない為、外にモニターとなる水晶が設置されていた。


当然ガーデン・マノスでも生中継され道行く魔族たちが、ビルに設置されてるビジョンで、その様子を注視していた。


そしていよいよ、大神官より魔王即位の義が執り行われる。


「へー、箱舟の中はこうなってたんだ。思ったより狭いんだね」


「凄いですね! 昔は賢人の箱舟は飛んでたって言うし、こんな巨大な物が一体どうやって飛ぶんだろう!」


二人は初めて見る賢人の箱舟に興味津々、特に珍しくチビ雪が大興奮している。


大神官が「コホン」と小さく咳払いをして、暗に静かにするようにと促してきた。

テンションが上がる二人を前に、いよいよ戴冠式が始まる。

大神官が狭い機内に設けられた祭壇に立った。


「魔界の神ヴァリウスの命に従い、そして私はその代弁者である。小雪よ、汝を今ここに新たなる主、ガーデン・マノス魔王として迎える者とす。新たなる魔王よ、今ここに神ヴァリウスに誓いを立てよ」


大神官が戴冠の言葉を述べた。


ここで新魔王として宣誓を行うのだが、


「えっと、何て言えばいいんだっけ」


「小雪様、あれほど宣誓の言葉を覚えておいてくださいと言っておいたのに」


二人で小声で話すが、声を拾われてしまい、全て外にいる魔族たちに筒抜けだ。


「一体何をされておるのだ、小雪様は…」


堅造が心配そうに水晶を見つめる。


当然周囲がざわつく。その空気は機内にいる二人も感じている。

やばいと焦る中で、とりあえず思い付いた言葉を繋げて、何とか宣誓の言葉を考える。


「が、ガーデン・マノスの発展と共存、強いては魔界全体の平和と安定に、この身を捧ぐ事を誓います。私はこの誓いを果たし守ることを、ここに約束します。魔界の神ヴァリウスよ、私に力を与えたまえ」


何となくそれっぽい事を繋ぎ合わせた、小雪の魔王宣誓。

これは子供の時に見ていた、日本のアニメが役にたった。


この宣誓を、旅客機の外に設けられたモニターで見ていた魔族たちは、


「小雪様万歳!! ガーデン・マノスばんざーい!!」


一気に場が沸騰し、割れんばかりの大歓声が上がった。


ガーデン・マノスでも同じように、数十万人の住民達から、地面が躍動し空気が震えるような大歓声が上がった。


途中、冷や汗をかく事にはなったが、何とか滞りなく無事終了。


神殿を出た後は、そのまま用意された専用のパレード仕様に施されたオープンカーに乗り込むのだが。


「うわ~これで街中回るわけ? ドラマにあった、ただの市中引き回しの刑じゃん。私が何悪い事したっていうのよ」


以前亡き父が持っていたPCの中に保存されていた、日本の時代劇を見た事があった。

それを思い出し、正に自分が罪人にされたような気分だ。


さらに気に入らないのは、ド派手な装飾が施されたオープンカー。


さっき魔王になったばかりなのに、もう聖帝にジョブチェンジしたのかと。


オープンカーの後部席に設けられた、闘牛の角みたいなものが付いた椅子に嫌々腰掛ける。


(やだナニコレ恥ずかしい…)


だが、私の複雑な心境を理解してくれる者は少ない。


そのままオープンカーは警備の車に厳重に守られながら、ガーデン・マノスの大通りをゆっくりと進んでいく。


また新魔王となった小雪を一目見ようと、大勢のガーデン・マノス住人が道路脇に集まっている。


最早、数万人とも言える大観衆が見守る中、大通りをパレード車が通ると、



小雪様ー!!



大きな歓声と共に、名前を連呼されて拍手で迎えられる。


そんな群衆に向けて顔を引きつらせながらも、何とか最大限の作り笑顔をして小さく手を振る。


だが本音は、


「早く帰りたい……」


まだ十七歳。


年頃の少女に数万人からの大歓声は、ただの見世物にされてる様であまりに苦痛な時間だった。


とにかく早く終わって欲しい。


拷問のような祝賀パレードは約二時間ほどで街全体を回り、とてつもなく長く感じたパレードもようやく終了となる。


魔王戴冠式の、一応全てのカリキュラムを終えた。

今まで生きてきた中で最も生きた心地がしない一日となった。


パレードを終えたオープンカーは、最初のホテル前に停まる。


ここでやっと解放されたと思い、足早に家に帰る準備を始めるが。


そこに堅造が呼び止めてきた。


「小雪様、これから上流魔族たちとの会食がありますぞ!」


上流魔族との会食。


要は新たな魔王に媚びへつらう為に設けられた、つまらない無駄な時間。


どんなに豪華な料理が出されようが、ちっとも美味しくない。


戴冠式だけで疲れ切って、体力だけでなく気力も底を尽きかけてる今この時、

おもむろに不機嫌な表情になり、声を張り上げてしまう。


「嫌よ! 私は今すぐにでも家に帰ってお風呂に入りたいの!」


それを聞いた堅造は眉をひそめる。

上流魔族との会食は、すでにスケジュールの中に組み込まれている。


何より主役である、ガーデン・マノス魔王がいないというのでは示しが付かない。


「小雪様! お戯れが過ぎますぞ! あなたはガーデン・マノスの主、強いては魔界のトップに立ったのですぞ!」


「知らないわよ! あなた達が勝手に決めただけでしょ!」


正式に魔王となったとは言っても、つい此間までは一般の魔族と変わらなかった。


先代魔王マサオも元は日本の一般市民だった事もあり、娘にそういった仕来たりになるべく参加させて来なかった。


やはり父親としては、心のどこかに娘には魔王ではなく、普通の女性として過ごして欲しいという気持ちがあったのだろう。


そもそも小雪は魔王の血筋ではないため、上流階級の仕来たりや伝統などというものに対しては、全くの無頓着なのだ。

ただただ面倒な大人の付き合いでしかない。


始めから戴冠式が終われば、すぐに帰ると伝えていたが。


結局は仕来たりや付き合いを重んじる、上流魔族による圧力に負けた取り巻き達が、勝手にスケジュールを決めてしまった。


なので今更、決まった事を変える事はできない。


「小雪様! 会食の事は伝えていたはずです! いい加減にしないと私も本気で怒りますぞ!」


堅造の立場としては、ここで引き下がる訳にはいかない。


下手をすると、今後の小雪の立場も悪くなり兼ねないため、心配する堅造が怒りを露わにするが、


「私は最初から帰ると言ってたはず。やれるものならやってみなさいよ?」


「え!?」


当然そんな堅造に全く臆する事はない。


それ所か、一瞬にして魔戦士の眼つきへと変わる。


十七歳の少女とは言え、強さは本物だ。

その気になれば、堅造でも流石に手が付けられない。


その目を見て一瞬怯む堅造だが。


「小雪様、堅造くん、二人とも一旦落ち着いてください」


見るに見かねて、二人の間に割って入ったのはチビ雪だった。

このままでは埒が明かないと思ったチビ雪が、ある提案をする。


「ここは小雪様の影武者を送りましょう」


「影武者ですと!?」


チビ雪は他人に化ける事ができるシェイプシフターを、小雪に化けさせて会食に参加させようと提案した。


影武者を立てるなど言語道断、そう戸惑う堅造を尻目に、


「なるほど! それはいい考えね!」


当然チビ雪の提案に激しく同意する。

堅造が渋い顔を崩さないが。


「堅造くん、このままだと魔王不在で周りからヒンシュクを買う事になるよ?」


「うーむ、これは仕方ないですな。しかし小雪様、今後もこのようなイベントはありますので少しは協力的になってくださいですぞ」


「はいはい、じゃあ後はよろしくねー!」


影武者を立てる事が決まった事で、即座に着替えて家に帰ろうとしたが。


「小雪様ちょっとお待ちを!」


今度はチビ雪に呼び止められた。

今からシェイプシフターを連れてくるから、それまではまだ帰ってはいけないという。


「なんで? もう私がいる必要はないでしょ?」


「シェイプシフターは触れた者にしか化けられないんです。ですから小雪様に化ける為には小雪様に触れる必要があります」


チビ雪からそれを聞いて、とりあえず着替えるだけ着替えて、仕方なく待つ事にした。

その間に堅造は関係者のいる会食会場へと向かい、チビ雪はシェイプシフターを呼びに向かう。


チビ雪が戻って来るまであまりに暇なので、巣魔火スマホのゲームで遊んでいた。

待つ事約三十分、チビ雪がシェイプシフターを連れて戻って来た。


「小雪様、お初にお目にかかります! 私はカイルと申します! 早速のお眼鏡にかない、私は光栄であります」


カイルと名乗ったそのシェイプシフターは、白銀の髪の毛にアップバングな髪型、オーシャンブルーのような瞳をした好青年だ。


少しチャラそうにも見えるけど。


そんなカイルが跪いて喜びを表す。

しかし、そんな事はどうでもいいので、


「そういうのいいから早くして!」


「は! それでは失礼します」


カイルは私の首元に触れ、コピーを開始した。

時間にして約十秒ほど。


「小雪様、コピー完了しました」


「そう、それなら私はこれで帰っていいのね?」


「はい、後は私にお任せください!」


残りのイベントを全てカイルに任せ、家のあるマノスヒルズに帰る事にする。

まだ子供であるチビ雪も会食には参加せず、二人で一緒にマノスヒルズに向かう。


ようやく自宅へと帰って来て、すぐにお風呂へと向かった。

その間にチビ雪はリビングで寛ぎ、ジュースを飲み始める。


ここは三十五階建ての高層マンションで、三十階層以上は父マサオから受け継いだ、魔王専用のフロアになっている。

三十階以上は、部外者は一切立ち入る事ができない。


父上が崩御してからは、チビ雪と共に最上階で暮らす事になった。


「あー本当に今日は疲れた。チビ雪ちゃん、私先に寝るわね」


「はい小雪様、おやすみなさい」


お風呂から上がった後、長い髪の毛を乾かし、そのまますぐに自室のベッドへと向かった。

慣れないイベントの数々で、珍しく疲れ切ってしまったのだ。



そして小雪が自分の部屋に行ってしまった後。

しばらく一人でジュースを飲みながら、リビングで寛ぐチビ雪だったが。


「小雪様、本当に大丈夫かな」


魔王としての自覚が全くない小雪を見て、チビ雪は思わずそう呟いてしまう。

ただでさえ魔界では、一部の地方魔王からは小雪排斥を主張する噂も聞く。


小雪は純粋な魔族ではなく、異世界から来た日本人とのハーフだから尚更だ。


「私がしっかり支えないと」


新たな魔王となった小雪を支える事を、チビ雪は部屋で一人、密かに誓うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ