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17話 服屋の店主

初めて訪れたヴィントナーでの二日目の朝。


古びた宿屋の一階の食堂で、朝食を取っている。

身分を隠しているので、食事の時にもわざわざ仮面を被らなければいけないのが何とも面倒だ。


朝食に関しては、特に美味しくもないけど不味くもない、言ってしまえば普通。

こういうのが一番リアクションに困るわけだけど、まあ一人だしいいか。


そう思っていたんだけど。


実は朝食を取っている時に、明らかに不審な男がこっちをガン見していた。

その男の正体が誰だか分かるのに、そう時間は掛からなかった。


朝食を食べ終えると席から立ち上がって、コーヒーを啜りながら変なサングラスをかけている不審な男のところに近づいて行く。


「あんた、こんな所で何してんの?」


男の座るテーブルの前に立ち、問い詰めると口に含んだコーヒーを吹き出し、分かりやすいぐらいに焦り出した。


「ど、どちら様でございましょうか!? 私はただのしがないヴィントナーの街の住民でございますぞ!」


しがない地元住民が、わざわざ街の名前をアピールするか!

しかも言ってはなんだけど地元住民が、こんなしみったれた宿屋の食堂で朝からコーヒー啜るか!


おまけに思いっきりコーヒーもぶちまけられたので、男の頭に生える左右の角を両手で鷲掴みにして前後に大きく揺さぶりながら叫ぶ。


「堅造! 何してくれてんのよ! 服が台無しじゃないのよ!」


「いだだだ! な、何で私だと分かったんですか!?」


「分からない方がおかしいでしょ! サングラスかけただけで誤魔化せる訳ないでしょうが!」


怒り心頭のあまり大きな声を張り上げてしまったが、他にも客はいたので明らかに迷惑になってしまう。

ガタイの良いおばちゃんが奥から出て来て、こちらを睨んできた。


周囲の空気を察して、


「とりあえず私の部屋に行くわよ」


「は、はい。小雪様」


二人で私が泊っている部屋へと移動し、改めて何故ここに堅造がいるのかを問いただす。


「それで何でここにいるの? まあ大体想像は付くけど」


「はあ、やはり小雪様お一人では心配になりまして」


やっぱり…大方この宿屋に私がチェックインした後を見計らって、後から部屋を取って昨日からいたんだな。


これまで一度も外の世界に出た事がないし堅造の気持ちは分からなくもないけど、こんな事をされていては何時まで経っても自立できない。

今回の旅は遊興ではなく、私自身の成長のためでもあるのだ。


「心配してくれるのは有難いけど、今日でガーデン・マノスに帰ってちょうだい。大体あなたには一杯仕事する事があるでしょ」


「し、しかし!」


「堅造くん、私のためを思うなら言う事聞いてくれる? 今のままだと、どの道ガーデン・マノス魔王なんて続けられない」


堅造を説得し、難しい表情は崩さなかったけど一応理解はしてくれた。

でも帰る前にやってもらわないといけない事がある。


「あんたがコーヒーぶちまけて服が台無し、新しい服を新調したいんだけど」


「ええー!? 私が買わなければいけないのですか!?」


「そういえば魔王クライド様から賜わった魔剣、まだ試し切りしてないんだったなー」


「よ、喜んで買わせて頂きますぞ! 一枚と言わず何枚でもお望みとあらば!」


こうして服の弁償をさせる為、堅造と共にヴィントナーの街へと繰り出した。


街の中心街は、宿屋から歩いて約一時間かかる。


堅造は仕事で何度もヴィントナーを訪れている為、案内役を任せて後を付いていった。


「この街は、やたらと商人らしき魔族が多い気がするんだけど」


「ここは貿易の街として発展しましたからな。大陸から様々な商売人達が訪れ、主に貿易業を生業にしてるんですぞ」


魔界には三つの大陸が存在するけど、ガーデン・マノスがあるのは一番大きな中央大陸。


中央大陸でガーデン・マノスは東西ではほぼ中央、南北ではやや南側に位置する。


ザックリと分ければ、中央大陸はガーデン・マノスを境に東西南北で四人の地方魔王が広大な大地を治めているのだが。


ヴィントナーは魔王グリテアが治めるエリアに属し、中央大陸東側から海を挟んだその先の東大陸まで、ガーデン・マノスとの貿易の玄関口として発展した街。

その為、大陸中から貿易商が訪れているのだ。


今最も活気のある街の一つでもある。


「私が泊まった宿屋があんなに質が悪くてもやっていけてるのは、それでも十分やっていけるだけの人口が集まってくるからなのかな」


「小雪様があんなしみったれた宿屋を選んだ時は止めに入ろうか迷いましたぞ! 一国の魔王様が泊まるような場所ではなかった故!」


「だーかーらー! この旅は魔王としてではないから仕方ないと…ていうか、いつから見張ってたんだ、この変態!」


「へ、変態とは人聞きが悪い! 私は先代魔王マサオ様より、小雪様のお世話を仰せつかっておるのです!」


堅造とギャーギャー言いながら中心部に向かって歩いていたら、人混みがさらに多くなってきた。

どうやらヴィントナーの中心街に着いたようだ。


中心街は綺麗に区画整備されたブロックになっていて、左右に大きな建物が並んでいる。

近代化の象徴とも言えるビルと、昔ながらのノスタルジックな建物が混在している一見変わった街並み。


土地勘がないと、どこに何があるのか分からない。


巣魔火スマホ頼りに、服屋を探して一軒の店の前で足を止めた。


その店は大きな建物が立ち並んでいる中の一角に、個人で営んでいる小さなショップだった。

堅造はまたもや魔王様が来るような店では! なんて面倒な事を言ってきたけど、私は魔王になる前の方が生きてた時間が長いのだ。

変に豪華な高級店よりも、こういうお店の方が落ち着くし好きだ。


何より掘り出し物が見つかったりもする。


堅造の静止を振り切って、店内へと入っていった。


店に入ると多少乱雑に置かれた服、他にもちょっとした防具や靴なども売られている。

どの商品も見た事がないメーカーで、おそらくこの店独自の商品らしい。


「いらっしゃいませ、何をお探しでしょう?」


店の奥から店の主人と思わしき女性が、物凄く気怠い声を発して出てきた。


左右を編みこんだ金髪に瞳の色は真っ赤、頭から一本の尖った角と背中からコウモリのような羽根を生やす魔族の女性。

目も半開きのようにトロンと眠たそうで、完全に商売をやる気が無いように見える。


「服が欲しいんだけど、着てきた服が汚れてしまって」


「いい服なら向のビルの中に行った方がいいよ、うちより向こうの方が安いしね」


何を探してるか聞いてきておいて、答えたらいきなりこれか。

たぶんだけど大型ショップの大量出店で、お客を完全に盗られてしまって商売あがったりなんだろうな。

店の中も、最近はあんまり手入れしてない様にも見えるもんな。


そんな店の様子に、堅造がすぐに出ようと耳打ちしてきたが。


「私はこの店で買いたいの。何かいい服出してちょうだい」


店の女主人に注文を付けると、一瞬小さく溜息を突いてカウンターから出てきた。


やる気無さ過ぎ…この街に来てから、あんまりロクなお店の人に出会わないな私…。

だけど、こういう店にこそ良い物が眠っていたりするのよ。

何にも根拠はないんだけどね!


気だるげな女主人は、店の中から適当に見繕った服を何着か持って来て広げた。


その中にはメイド服や学校の制服など、何でだよ! と思わせるものも含まれていたけど。


その中で一番目に留まった服を選び、試着室で試着してみた。


黒を基調とした動きやすくて軽い服を選ぶ。

肩から先は肌が露出し、下は一見スカートに見えるキュロットを選んだ。


「ちょっと露出が激しいのではないですか?」


堅造がそう言って来るがハッキリ言ってガーデン・マノスでは、これより露出の激しい子なんて一杯いる。


「これぐらいで大袈裟よ。あと、これに合うロングブーツが欲しいんだけど」


「ええ!? 服だけじゃないのですか!?」


「服が変われば、それに合う靴は当然必要でしょ!」


そうこうしているうちに、店主は言われた通りにブーツを持って来た。


履いてみると膝上程まである、これまた黒いブーツを選ぶ。


「じゃあこれでお願い、おいくらかしら?」


「全部で十五万ミラだよ」


「じゅ、十五万ー!?」


思ったよりも高かったけど、この店の服は店主が一人で作ってるらしい。

だから当然コストが掛かるそうだ。


まあ堅造のお金だから、私にとってはメチャクチャ得した気分だけど。

むしろコーヒーで汚してくれて感謝しないといけないかもね!


堅造が渋々財布からお金を払って店を後にしようとすると、店主が話しかけてきた。


「ちょっと待って、良かったらこれも持って行ってちょうだい」


店主が出して来たのは、銀色の防具の数々。

胸当てと腕に付ける籠手、足に付けるレッグガードの三種類だった。


「え? でも服だけでいいんだけど」


「代金はいいよ、魔王小雪さん」


あらら、バレてるじゃん。

それにしても何でタダで防具をくれるのか気になる。


堅造がタメ口をきいてくる店主にご立腹だが、話しが進まなくなるので我慢するように促した


「何故タダで防具を? あなたは見た感じ魔王だからと贔屓にするようには見えないんだけど?」


すると店主は初めて軽く笑みを見せて答えた。


「ガーデン・マノス魔王が仮面を付けて身分を偽って服を買いに来る。これだけで普通ではないでしょう。それにあなたの手のタコ、おそらく剣かそれに近い武器で出来たものじゃないかしら?」


この店主、そんなとこまで見てたのか。かなり抜け目ない。


「私の予想通り、魔王小雪さんが魔戦士なら戦闘の時は前線で戦う事になる。ならちゃんとした防具もあった方が良いと思って」


「……――名前を聞いてもいいかしら?」


「店名を見なかったかしら? 私の名前はリーティア。悪魔族だよ」


店名を見てなかったけど、店の名前はリーティア商会。

それにしても悪魔だったのか、ここの店主。


私の正体に気付いたり魔戦士だと見抜いたり、ただの服屋の店主には思えないんだけど。


「店の商品は、全て私のオリジナル商品だから性能は保証するよ」


「という事はオーダーメイドもできるの?」


「ええ、それに見合う代金は頂くけどね、例え魔王様であっても」


「じゃあこの防具はなんでタダなの?」


「私からの餞別だよ。次からはちゃんとお金を頂くけどね」


タダより怖いものはないと聞くけど、ここは素直に受け取って置く事にした。


堅造が終始リーティア店主を睨んでいるけど、面倒事は御免なので話しをそこそこに切り上げて店を出た。


一応リーティア店主には私の正体は他言無用と伝えたけど、向こうも分かってるようで無言で頷いて親指を立ててサムズアップしてくれた。

ちょっとだけ、お茶目な瞬間を垣間見てしまった。


「全く、小雪様に対して失礼な態度を! あの店主は!」


「いいのよ、どうせ身分を隠して旅をすれば相手の態度なんて気にしてられないし」


店を出てからも堅造はご立腹だったけど、私は満足のいく買い物ができて上機嫌に宿に戻った。

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