16話 最初の街
私は今ヴィントナーという街にいる。
ここはガーデン・マノスからは、東に約五十キロ程にある貿易都市。魔王グリテアが支配するエリアに属する街だ。
魔界全てを回るとなると何年も要するので、とりあえずは中央大陸の東、魔王グリテアの支配エリアを回る事にしたのだ。
そしてヴィントナーは東側への貿易では、ガーデン・マノスとの出入り口とも言える重要な街の一つだ。
つまり私にとっては初めてガーデン・マノスの外に出た訳だが、ここに来たのは魔王小雪としての外交目的ではない。
あくまで私的な旅としてだ。
魔王クライドより請け負った魔剣と統魔の指輪を携え、私は魔界を巡る旅に出た。
ここまで来るのに色々とすったもんだはあったが、何はともあれ私にとっての大きな一歩を踏み出したわけだ。
――五日前
「魔界を個人的に巡りたいなど、魔界のトップに立つ魔王のする事ではありませんぞ!」
魔界を巡るのに一番のネックであった、堅物で補佐役の堅造の説得。
当然、最初は大反対された。
だが、これは魔王クライドからの助言だと伝えると、最終的には魔界を巡る旅に出る事を了承してくれた。
魔王クライドが皮切りになったと知った途端に、急に声が小さくなったのは何かムカつく。
でも晴れて冒険者としてのスタートを切る事になった。
問題は魔都市ガーデン・マノスに、魔王小雪が不在の間をどうするかだった。
とりあえず私が外に出ている間は以前に影武者として活躍してくれた、シェイプシフターのカイルが私の身代わりをする事になった。
彼にとっては、かなりの重圧でもあるから最初は渋ったけどガーデン・マノス魔王なんて、ただ書類にサインしていればいいからという事で承諾してもらった。
困ったら全部、堅造にぶん投げればいいからというのも付け加えておいた。
次に私の護衛役だけど、やはり呪文を一切使えない私にとってはチビ雪に一緒に来てほしかったのだけど。
「すぐにでも一緒に行きたいのは山々なんですが…」
チビ雪は現在、魔導士学校の高等部卒業試験を控えている為、それを終えてから合流する事になった。
今まで魔導士学校で頑張ってきたのに、それを私の都合で邪魔する訳にはいかないから、ここはチビ雪の意志を尊重した形だ。
それでも他にも優秀な魔導士はいるけど、やはり一緒に旅をするとなれば気心知れた仲の者がいい。
――そして現在
つまり私は、全く知らない街ヴィントナーで一人なのだ。
本当は堅造から何十人も護衛を付けるように言われたけど、そんなに護衛を付けたら一発で只者じゃないとバレるだろうに。
あくまで旅人、いち冒険者として魔界を巡りたい。
だからヴィントナーを最初の街に選んだ。
道中も街中も比較的治安が良いから、私一人でも問題ないだろうという判断だ。
でも心配性の堅造は一応ヴィントナーまでは、護衛の者が数人付き添う形で訪れる事になったが、街に入ってからは護衛の者達はガーデン・マノスに引き上げさせた。
問題は魔王という立場で来た訳ではないから、そのまま街に入るわけにも行かなかったこと。
ヴィントナーは魔王グリテアの支配下エリアに属する街だから。
とりあえず街に入る関所では変装した堅造を保護者代わりにし、私はその姪っ子として身分を偽って入った。
言ってしまえば密入国になるのだが…ま、まあバレなければいいのよ!
それに何か悪いことする訳じゃないし!
一応堅造からは偽造された身分証明書も渡されたけど、街に入ってから身分証明書はすぐに破り捨てた。理由は名前が気に入らなかったから。
(雪衛門はないでしょ…どんなネーミングセンスしてんのよ)
何はともあれ、ここが私にとって最初に訪れた街。
まずは今晩泊まる為の宿を探す事だけど、チビ雪とはヴィントナーで合流する事になっている。
一泊じゃなくて、しばらくは過ごせる安い宿を探してようやく見つけた所だ。
当たり前だけど冒険者としての旅、魔王小雪だという事は隠しての旅になる。
素性を知られない様に堅造に渡された、口元は開かれた顔の上半分を隠す銀の仮面をして顔を隠しているのだが。
鼻の部分から目の部分にかけて、ガーデン・マノスの象徴の不死鳥のレリーフが施されていて、凄く派手で返って目立っているような気がする。
一応、多少の魔法防御効果があるそうだが。
(もっとマシな仮面はなかったの…)
そんな事を考えて、今晩泊まる宿屋で受付をしていたら、
「えっと旅の方、一泊朝食付きで三千ミラだよ」
宿の体の大きいガタイの良いおばちゃんが、一泊の宿代を請求してきた。
朝食付きで三千が安いのか高いのか、よく分からないけど少なくとも魔王小雪とはバレていないようだ。
「じゃあ、これでお願い」
財布から三万ミラを取り出し、カウンターに置いた。
「え? 一泊三千だよ? 三万て十倍もあるじゃないか」
「そうよ。今日から一週間分、そして朝食だけじゃなくて三食分も含めての代金よ」
七日分の払いなら二万一千になるけど、残りの九千分を昼食と夕食の食事代として出した。
それを見るとガタイの良いおばちゃんは一旦奥に引っ込み、宿の奥にいる主人に相談してきたようだ。
おそらく食事代が見合っているかどうか、相談してきたんだろう。
待たされる事約三分、ガタイの良いおばちゃんがロビーに出て来て、
「いいよ、そしたらアンタの部屋は二階の一番奥の部屋だ。今日から一週間ゆっくりとしていきな」
宿屋の主人と話しが着いたようだ。
それにしても、この宿の受け答えは客商売としてどうなのか。
モヤっとしながらも鍵を受け取り、二階の部屋へと向かう。
ここは三階建ての宿屋になるが、二階は本当に簡素な部屋だ。
テーブルと椅子、寝る為のベッド一つしかない。
「全く、私がガーデン・マノス魔王と知っての狼藉だったらタダじゃおかないけど」
マノスヒルズでの生活からすると、もうすでに心が折れそうな部屋だ。
いや、旅をするとなれば野宿も有り得るんだ。
こんな事で挫けている場合ではない。
気持ちを入れ直してネイビーブルーのマントを取って椅子にかけ、仮面を外してテーブルの上に置いた。
少しラフな感じになってから、ベッドに横たわる。
「はあ、やっぱり慣れないから疲れた」
右腕を目の上に置いてしばらく、いつの間にか眠ってしまっていた。




