129話 魔都市クランレアド
朝焼けの中、スノーたちはリグレットの駅から魔道列車に乗り込んだ。エルドリッジの膝の上にはミメイがとぐろを巻き、宝石のような瞳を細めて静かに眠っている。
「いよいよクランレアドね。思ったより早く着けそう」
スノーは窓の外を流れる景色を眺めながら、わずかに微笑んだ。列車の振動が心地よく、車窓には果てしなく続く草原と、遠くそびえる黒曜石の山々が映っている。
列車が動き出して間もなく、車掌服を着た魔族が各車両を回り始めた。頭に小さな角を生やした青年で、腰には魔力探知具がぶら下がっている。
「クランレアド行きセキュリティチェックを行います。通行証の提示をお願いします」
エルドリッジがリーティアと目を合わせ、静かに偽造した通行許可証を手渡す。車掌は無言で書類を確認すると、探知具をゆっくりとかざした。
ミメイは微動だにせず、隠匿呪文の効果で探知具は何の反応も示さない。青年はわずかに首をかしげつつも、特に疑う素振りも見せずに次の席へと移った。
「思ったより厳重ね……」
スノーが小声で呟くと、エルドリッジが静かに頷く。
「クランレアドは魔王の都市ですから、当然でしょう。ただ、無事に通過できて何よりです」
チビ雪がそっとスノーの手を握る。
「スノーお姉さま、私たちバレなかったんですね……よかったです」
スノーはチビ雪の頭を優しく撫でた。
「うん。でも気を緩めずにいこうね」
列車は鉄道橋を渡るたび、魔力で稼働する車輪が淡く光を放ち、地響きのような振動が響いた。数時間後、車内放送がクランレアドへの到着を告げる。
魔王の街・クランレアド
クランレアド中央駅に降り立つと、ホームには魔族や亜人が行き交い、商人たちが魔導具や薬草を売る露店が並んでいた。駅舎は漆黒の石材で作られているものの、精緻な彫刻が施され、荘厳な雰囲気を漂わせている。
駅を出た先、街の入り口にはもう一つの検問所が設けられていた。長机の上には呪符や探知玉が並べられ、魔族の兵士たちが行き交う旅人たちの荷物をひとつひとつ確認している。
「武器と魔導具の検査だ。順番に荷物を開けろ」
言われるがままにスノー達は持っている所持品を全て差し出す。
そして探知玉を持っている兵士が、リーティアのディメンションボックスに気づいた。
「お前はディメンションボックスを使えるな。ディメンションボックスも開けろ」
兵士の冷たい声に、リーティアは静かに頷きながら、自分のディメンションボックスを開く。ディメンションボックスがゆっくりと開き、内部を確認するため探知玉を持った魔王直属の兵士が確認をする。
ディメンションボックスは異次元に呪文によって作り出されたボックスのため、術者本人以外が内部を見ることはできない。
そのため探知玉という魔道具が使われる。
「……妙だな。商隊の割には物が多い」
「良い品が沢山入荷したためですわ」
リーティアが涼しい顔で答えると、兵士は探知玉をかざしながら眉をひそめた。しかし、ミメイの隠匿呪文のおかげで実際にはある武器類に探知玉は反応しない。
「……問題はない。行け。だが今度からはディメンションボックスの外に品を持ち歩け」
そう告げられると、リーティアは無言でボックスを閉じ、スノーたちに軽く頷いてみせた。
「よかった……」
チビ雪が胸を撫で下ろすと、スノーも小さく笑う。
「でも、あの魔族の兵士、少し不審そうな顔してたね」
「ええ。あれ以上疑われたら厄介だったわね」
微妙に疑われはしたものの、スノーたちはミメイの隠匿効果によって、何とか問題なく街の中心へと足を踏み入れた。
だがその瞬間、街の上空から響くような声が静かに響き渡った。
「……ほう。ずいぶんと賑やかな客人たちだな」
空気が一瞬にして張り詰める。だが、周囲の魔族たちはまったく気づいていない様子で、誰一人として異変に反応しなかった。
その声は、スノーたちにしか聞こえていなかった。
「好きに歩くといい。私の城まで来られるのなら、だがな」
低く響く、冷ややかな威圧感を帯びた声──魔王グリテアのものだった。
その声を聞いた瞬間、リーティアは薄く笑い、静かに呟く。
「……お前に用があってきたんじゃないわ」
唇の端をつり上げ、ほくそ笑むリーティアの表情は、これから訪れる波乱を予感させるものだった。




