128話 魔王の街へ
「で? クランレアドに入るための都合のいい蛇って何?」
スノーはお茶を飲みながら、思い切ってメーデに尋ねた。
「ふふふ~、それはね、私の子の中でも特別な一匹、『ミメイ』ちゃんだよ!」
そう言うと、メーデの髪の蛇の一本が鎌首をもたげた。その瞳はまるで宝石のように鈍く光り、何かを見透かすような視線を送ってくる。
「ミメイは、どんな魔法探知にも引っかからない隠匿の蛇。クランレアドのセキュリティを一時的に誤作動させるくらいの力はあるんだよー!」
「そ、それって普通にやばくない?」
「バレなきゃセーフ! 大丈夫だって~!」
軽いノリで言うメーデに、イシェイルが頭を抱えた。スノーというと、正直なところ不安しかなかった。
「でも、そもそも武器を持ち込む理由は?」
タケルが首をかしげる。
「そりゃ、何があるか分からないからな。魔王グリテアがどんな気まぐれを起こすか……」
イシェイルが腕を組みながら、低く呟くように言った。
「その辺は、リーティアが一番よく知ってるんじゃないの?」
スノーがそう言うと、リーティアは微妙な顔をして溜息をついた。
「……グリテアは、気まぐれなんて生易しいものじゃありません。あの人は、自分の興味を惹かれたものを壊すことで楽しむ性格です。もしスノー様が目をつけられたら、戦争どころの騒ぎでは……」
「ちょ、ちょっと待って!? そんなヤバいやつなの!?」
思わず声を上げると、エルドリッジとチビ雪も青ざめた表情を見せる。
「まあまあ、今から怖がっても仕方ないよ!」
メーデが手を叩き、場を落ち着かせるように笑った。
「とりあえず、明日にはリグレットを発ってクランレアドに向かうんでしょ? 夜はうちで休んで行きなよー!」
「それは助かる……けど、本当に大丈夫かな……」
そのとき、リーティアが静かにエルドリッジの肩を叩いた。
「エルドリッジさん、あなたがミメイを使役するといいわ」
「えっ? 私ですか?」
「ええ。あなたは高度な黒魔術の素養があります。普段気づいていないみたいだけど、私から見ればかなりの使い手よ」
「そ、そんなこと……」
一連の話しを聞いたタケルが不思議そうに首を傾げた。
「でも、統魔の指輪みたいな道具がなくても使役できるのかい?」
「はい、タケルさん。統魔の指輪は便利な道具ですが、必須ではありません」
リーティアが説明を引き取った。
「例えば、魔王グリテアがなぜ指輪なしで多くのモンスターを従えていると思います?」
「え……力でねじ伏せてるんじゃ?」
イシェイルが首をかしげると、リーティアは静かに首を振った。
「いいえ。グリテアは純粋な魔力支配によって、モンスターたちと直接魔力の波長を合わせているんです。魔力が圧倒的すぎて、指輪の媒介すら必要ないの。つまり、魔力の絶対量と制御力が極限まで高ければ、自然と周囲の魔物は従うのよ」
スノーはその話を聞きながら、思わず膝の上で拳を握りしめた。
(私はずっと、自分には魔力がないと思っていた。でも、本当は違った。私の魔力は強大すぎて、自分の意思で扱うことすらできなかったんだ……)
かつては、簡単な呪文すら使えなかった。魔導士のチビ雪に魔法を教わろうとしても、何も起こらなかった。
しかし真実は、スノーの魔力が強大すぎるがゆえに、まるで意志を持ったかのように彼女の命令を拒んでいたのだ。
そして今になって気づいた。
その事実を最初から察していたのが、父上だったことに。
「……私も気づいていました」
ふいに、リーティアが静かに口を開いた。
「スノー様の魔力……最初は感じ取れなかった。でも、そばにいるうちに分かったんです。まるで生き物のように脈打つ魔力の奔流が、スノー様の体内に渦巻いていることに。もしかすると、私ですら及ばないほどの……」
スノーは驚いてリーティアを見た。
「リーティアより……?」
「ええ。私が大悪魔だった頃の魔力と比べても、スノー様の魔力の質は異次元です。そして……父上が私にスノーフェアリーを作らせた理由も、今なら分かります」
リーティアの声は静かだったが、どこか優しさがにじんでいた。
「スノーフェアリーは、本来スノー様が魔力を使えないことを気に病まないよう、お守りとして作った剣です。でも……もし父上がご存命だったら、きっと『魔剣マサオ』と名付けていたでしょうね」
「……は?」
スノーは一瞬思考が止まった。
「いえ、もちろんスノー様が名付けた『スノーフェアリー』のほうがずっと素敵ですよ?」
リーティアが微笑む中、スノーは微妙な表情で頬をかいた。
(そこだけは……自分で名付けられて良かったかも……)
胸の奥に渦巻く不安とは別に、ほんのわずかに安堵する自分がいることを、スノーは否定できなかった。
そして翌朝、エルドリッジが黒魔術で完全に使役したミメイを同行させ、魔王が支配する魔都市クランレアドへと旅立つことになった。
本当に、このまま無事に通過できるのだろうか。胸のざわめきを抱えながら、スノーは仲間たちと共に、魔王の街への一歩を踏み出した──。




