126話 ウンザリ
港町ワースを出発して三日、リグレットまであと少しの所まで来ていた。
整備された街道以外、何もない草原で一泊する事になる。
「ここで野営といきましょう。エルドリッジ、屋敷を出して」
「はい、お嬢様。仰せのままに」
私の命令を受けてエルドリッジが魔導書から屋敷を召喚した。港町ワースと変わらぬ屋敷の中で過ごせる事に、誰もが心地よくなっていた。
全員が屋敷のリビングに寛ぐ。
月も出ていない真っ暗な空の下での野営だが。
「なあリーダー。今更だが、これが野営と言えるのか?」
辛辣なイシェイルのツッコミ。そりゃあ今の状況を見れば、とてもじゃないけど野営とは言い難い。
でもいくら街中ではないとはいえ、完全に大自然に囲まれている事実に変わりはないのだ。
「うるさいわね。家の中だけど何もない草原の中なんだから、野営に違いないでしょ!」
草木しかない中に、大きな屋敷がそびえ立つのは異質としか言えないのは分かるけど、今までの野営よりも遥かに快適なのは間違いない…はず。
その中でチビ雪が恨み節を言い放った。
「お姉さま、やっぱりカールを追い出したのはやり過ぎでは? 私は正直ガッカリしました」
あれからチビ雪は、カールがいなくなってしまった事を少し寂しがってる様子。
関所で冷や汗をかく事にはなったけど翌朝には無事、関所の門も通過して安堵する事になった。だが、パーティには大きな禍根を残してしまったのも事実。
問題を起こしたカールは、私達と完全に決別して別行動をすることになってしまった。
「チビ雪さん、仕方ないのですよ。スノー様の判断は間違っていません。
私達は仲良しこよしのお友達ではないのです。いずれ魔王として君臨するなら必要な判断になります」
私の代わりに、淡々とリーティアはチビ雪の言葉に答える。
悪魔の契約をしていたリーティアも契約書を燃やしてしまったため、最早カールの居場所を知る術はない。
もしかすると二度と会う事もないのかもしれない。
だけどチビ雪は中々呑み込めずにいるのか、意外にもリーティアにも真っ向から反論した。
「仲良しこよしのどこがいけないの? カールを友達と思っちゃいけないの? 私達は仲間じゃないの?
ねえ、いつから私達は主従関係になったの?
確かにお姉さまは魔王だけど………でも、ここにいるみんなは魔王としてのお姉さまに、忠誠を誓った訳じゃないよね? リーティアが一番そのはずじゃん。
だったらみんな、お姉さまに魅かれて付いてきたんじゃないの?」
有無も言わさずチビ雪が畳み掛けた。
「…………チビ雪さん………痛いところを突きますね…………ちょっと興奮しそうですよ」
まさかチビ雪がリーティアを黙らせてしまうなんて。リーティアは顔を赤らめて、一人自分世界に入ってしまった。いや、これは黙らせたと言えるのかな?
それにしても意外だった。
ガーデン・マノスにいた時には何度か口喧嘩したことはあったけど、チビ雪がカールの為に、ここまで感情を表に出すとは思ってなかった。
それでもチビ雪の強い言葉に、他の誰もチビ雪に反論できない状況になる。
あの時、チビ雪だけが唯一カールを止めようとしていた。
どうやらチビ雪の不満は単にカールを追放した事だけじゃなく、誰もカールが出て行く事を止めなかったのも理由としてあるようだ。
でも実質的に決定権があるのは私だ。
「チビ雪ちゃん、あいつは私の命令に従わなかった。それだけのことよ」
一人熱くなっているチビ雪に、淡泊な言葉を投げ捨てる。私としては、ただ単にこの場を収めるだけの説得の言葉のつもりだった。
ところが、それが余計に火に油を注ぐことになってしまった。
「お姉さま! 何時からそんな薄情な人になったんですか! そもそもお姉さまが、一番魔王であることを嫌がっていたのに!
調子のいい時だけ魔王になるんですか! だったら私も出て行きます!」
激昂したチビ雪がソファーから立ち上がる。
「は!? 何言ってんの!?」
あまりのチビ雪の激昂ぶりに、動揺を隠さずにはいられない。
それは他の仲間も同じで慌てて宥めに入る。
「チビ雪さん、落ち着いてくれ! 少なくともカールの悪態は目に余る所があったのは分かるだろ!
カールが出て行ったのは僕だって辛いんだよ! 君だけじゃないんだ!
それにスノーさんの決定に一番従わなければいけないのは、チビ雪さんなんじゃないのかい?」
「そ、それはそうだけど………でも、あんなのは酷過ぎるよ!」
一気に場が沸騰してしまった。
せっかくカールの難が去ったと思ったのに、今度はチビ雪ですか。
もうホントいい加減にして。
「やめろ、チビ雪、タケル。ここで争っても仕方ない。少なくとも今回の件に関して、私はリーダーの判断は間違ってないと思ってる」
意外な所からの助け舟、まさかイシェイルが私を庇ってくれるなんて。
「姉さんがそんな事言うなんて意外だね」
タケルに以下同文。
「私も一応、ワセアの森で一族の長をしていたからな。だからリーダーの判断も分かる。上に立つ者は全員を守る義務があるからな。
たとえ仲間に対して非情な判断をすることになっても」
イシェイルの話しで冷静になったのか、激昂してソファーから立ち上がっていたチビ雪が再び座り直した。
チビ雪が座り直したのを見て、イシェイルの話しが続いた。
「あの時のカールのように一人でも場を乱す奴がいると、それはやがてパーティが崩壊する修復不可能な亀裂になり兼ねない。
たとえ思うことがあっても、リーダーの言う事には従わないといけない事もある。
チビ雪、リーダーのことも分かってやれ」
流石に首筋がむず痒くなってきた。いつもは言い争うイシェイルが、ここまでフォローしてくれると少し調子が狂う。
「でも…それでも…カールを追い出す以外の方法はなかったのかな」
チビ雪はまだ暗い顔で下を向く。
イシェイルの説得にチビ雪は少しは納得したのかもしれないけど、恐らく頭では理解してても感情で納得できないようだ。
そりゃあ私だって、あんなこと言いたくなかった。何だかんだカールとも、それなりに一緒に旅をしてきたし。
だけどイシェイルが言った通り、あそこで私が毅然とした対応ができなかったら、必ず今後の憂いになると危機感を覚えた上での判断だった。
カールを追放する事になって残念ではあるけど、パーティの事を考えたら私の判断は間違ってないはず。
それに。
「大丈夫よ。カールが私達に必要な存在なら、いずれまた巡り合うでしょう」
私の一言に、隣に座るチビ雪が視線を合わせてきた。
「お姉さま、何か根拠はあるんですか?」
「ううん、全っっっ然ないわよ!」
「いやリーダー、全然無いのかよ!」
「あるわけないじゃん! 嘘言っても仕方ないでしょ!」
「あはは、スノーさんらしくていいね!」
やっと場の空気が明るくなってきた。完全に納得した訳じゃないだろうけど、チビ雪も軽く微笑んで今の状況を受け入れてくれたようだ。
場が明るくなったところでエルドリッジが外から戻ってきた。
「お嬢様、屋敷のステルス作業を終えました。これで外部から侵入される心配はございません」
エルドリッジは、ただっ広い草原に佇む屋敷をモンスターを含む外敵から守るために、外から見えなくする黒魔術を施していた。
さらに万が一侵入されそうになっても即座に外敵を探知、迎撃できるらしい。
「お疲れ様、あなたも休んでいいわよ」
労いの言葉をエルドリッジに送る。
ようやく全員が揃ったし、後はゆっくりとしたいと思ったのだが。
「ありがとうございます。ただもう一つ、私は謝らなければいけない事が」
眼つきを鋭くさせたエルドリッジは、謝罪を口にして頭を下げた。何についての謝罪かはすぐに察する事ができた。
だがカールの一件から落ち着かない日々が続き、今やっとチビ雪とも話しが着いたのに。これ以上話しを蒸し返されたくない。
ワースでの一件は、正直言うともうウンザリしていた。
いい加減にして欲しいのが本音だった。
「エルドリッジ、それ以上は言わないでちょうだい。もう済んだ事よ。
カールの事は貴方のせいじゃない。だから謝罪の言葉なんかいらない。
本当に私に感謝してるなら、これ以上私に同じことを言わせないで。いいわね?」
「――………はい、お嬢様。仰せのままに」
また微妙な空気になってしまい、会話が止まってしまった。
それを察してなのか。
「エルドリッジさん、今晩は執事の仕事は終わりです。ここで私と一緒に吞みましょう。
ほら、お酒は円満にする為の潤滑油などと言われますし」
勝手な事を言い放ったリーティアが、ディメンションボックスから大量の酒を取り出してテーブルに並べた。
「お! それはいいな! 私も付き合うぞ!」
全く、この悪魔とダークエルフの吞兵衛コンビは。ただ飲みたいだけでしょうに。
「ではお言葉に甘えて失礼いたします。酒を飲むのはカテリーナを失って以来ですので、お手柔らかにお願いいたします」
「なに!? じゃあ百年以上呑んでないのか!?」
「はい、イシェイル様」
「……それは正に生き地獄ですね。悪魔の私ですら泣いて許しを乞うほどの拷問ですよ」
エルドリッジの言葉に、吞兵衛コンビが途轍もない同情の表情を見せる。
アンタ達は酒がないと生きていけないのか。
可哀想な者を見るような目で、リーティアは酒を注いだグラスをエルドリッジに手渡した。
「それでは乾杯といきましょう」
「おう! 百年ぶりの酒、浴びるほど呑め!」
「いえ、私は仕事もあるので程々に」
三人での宴会が始まる。ここからは吞兵衛コンビに丸投げしてもいいでしょう。
「それじゃあ私は休ませてもらうわね」
もう疲れた。早く休みたいのが本音。
「私も休みます。おやすみなさい」
私の一言にチビ雪も続いた。
「僕は二人を監視しておくよ。二人はゆっくり休んで」
後のことはタケルに任せて、流石に疲れたので先に休む事にして二階にある自分の部屋へと上がっていった。




