125話 決別
食事を終えて宿に戻って来たら、宿の入り口付近にカールが立っていた。
かなり吞んだのか、少しへべれけ状態になっている。
「やっと来たかよー待たせやがってぇ! おい姉御よぉ、俺の部屋はぁ?」
ただでさえ旅の疲れがあるというのに、酔っ払いの相手などしたくない。
そしてこのカールの態度である。
エルドリッジが加わった時から悪態を突かれ続けて、流石に私もそろそろ我慢の限界に近付きつつあった。
「カール、これだけはハッキリさせとくけど。私はリーダーなの。口の利き方に気を付けることね」
べつに今更、私に敬語を使ったり敬えと言ったりするつもりはない。当然魔王ぶるつもりもない。
今はただの冒険者だから、そんな堅苦しくしたくない。
「あぁ? 姉御は何言ってやがるんだよー、俺と姉御の仲だろうがよぉ! いいから早く部屋の鍵くれよ!」
しかしカールのこの態度、酒を飲んで私に絡むなど言語道断と言わざるを得ない。
流石に限度というものがある。
親しき仲にも礼儀あり。
私が父上から教えてもらった言葉だ。相手と距離が近くなると、ついつい言葉遣いが雑になったり、大柄な態度を取ってしまいがちになる。
だから私は誰かと接する時は、常にこの言葉を大事にしている。
親しい相手だからこそ礼儀が必要になる場面だってあるんだ。
残念ながらヤケ酒をした酔っ払いに私の言葉など届くはずもなく、カールはさらに悪態を突いて近付いてきた。
鍵をよこせと右手を突き出して。
あまりの酒臭さに、顔を横に向けて手で口元を覆った。
本当に二、三発ぶん殴ってやろうかな。仮面の下からカールに鋭い視線を突き付ける。
足元からは私を守るためスキアーが見え隠れしていた。
「カール様、貴方様のお部屋は私と同室でございます。これからご案内致します」
このエルドリッジの一言に、完全に血走った眼付きのカールが激昂する。
「ああ!? 何で俺がこいつと同じ部屋なんだよ! 姉御、嫌がらせか!
俺は罪人なんかと一緒には寝られねぇよ!」
大声を上げるカールに対して、私は至って冷静に返答する。
「嫌がらせじゃないわよ。同じパーティの仲間同士で同じ部屋で何が悪いの。嫌なら外で寝ればいいじゃない」
「なんだと? 姉御……マジでふざけんなよ」
今まで見せたことないぐらいの形相で、カールは私を睨みつけてきた。
さらに私に殴り掛からんとばかりにカールは詰め寄る。
「カールもう止めてよ!」
チビ雪が静止するが、カールの怒りは収まらない。私の胸倉を掴んだカールが右手を振り上げた。
一触即発の事態にスッと後ろから動く気配。
「おい、いい加減にしろ。お前はそこまで落ちたか、情けない奴め」
意外にもイシェイルが間に入って、カールを止めてくれた。
カールの右腕を掴んで、ギリギリと締め上げる。
「いだだだだ! 何しやがんだよ! アンタもエルドリッジとかいう奴の味方か! 姉御といい俺の意見なんて無視かよ! 許さねぇぞ!」
締め上げられたカールは、大声を上げて苦悶の表情を見せる。
「それはこっちのセリフだよ。僕も最近のカールの言動は看過できない。これ以上スノーさんに悪態を突くのは止めるんだ」
イシェイルのあとにタケルも間に入り、酔っ払いのカールを遠ざける。
そして当事者の一人でもあるエルドリッジも、間に入ってカールに一喝。
「カール様、私はもう逃げも隠れもしません。貴方様からの如何なる悪態も全て受け入れます。
しかしお嬢様への無礼は許しません。貴方様の怒りは私へ対してのはず。だったら私だけにお向けなさい」
「て、てめぇ…!」
イシェイルに抑え付けられて身動きの取れないカールは、ただエルドリッジを睨みつけるしかできない。
何とか助かったけど更なる問題が降りかかった。
宿の前で騒ぎになってしまい、関所の衛兵達が近づいてきてしまった。
「スノー様、関所での騒ぎは御法度です。このままではリグレットに向かう事に支障をきたす可能性が」
リーティアが後ろから耳打ちしてきた。
確かにリグレットに行けなくなるのは困る。
それだけじゃない、せっかく問題なく通れる許可が出ているのに、このままだと素性がバレてしまい兼ねない。
ところが、それを見たカールがまた大声で怒鳴ってくる。
「何コソコソやってんだよ! 言いたい事があるならハッキリ言いやがれ! それとも都合が悪くなれば、また俺の口を塞ぐのか!
ああ、やれよ! それがアンタのやり方なんだろ!」
それを聞いたリーティアが何の迷いもなく指パッチンをしようとしたので、瞬時にリーティアの手を抑えて止めた。
「スノー様?」
意外そうな表情で私を見たリーティアに、ただ無言で首を横に振った。
リーティアはゆっくり手を下ろす。
「おい、どうしたんだよ! 早くやれよ!」
「静かにしなさい! 他の者の迷惑になってるでしょうが!
イシェイル、そのまま押さえ付けててちょうだい! 私が衛兵と話しを付けてくる!」
「わかった、任せておけ!」
私の命令を受けて、イシェイルはカールを地面に押さえ付けて動けなくした。
周囲がザワつき、武器を持った衛兵二人が近付いていくる。
「何の騒ぎですか? 関所での暴動は反乱と同義に扱われますが」
兜によって顔の見えない衛兵は平静を装ってはいるが、大きな角二本が突き出してる兜の下から殺気が溢れ出している。
いざとなれば排除する権限も魔王グリテアから与えられているんだろうな。
その気になれば勝てない相手ではないだろうけど、関所の衛兵は魔王グリテア直属の配下だろうし衝突だけは避けなければいけない。
「ごめんなさいね、私の連れが酒を飲み過ぎてしまったらしくて。大人しくさせるから見逃してもらえないかしら?」
「ステータスカードを見せてもらおうか」
言われた通りにステータスカードを見せる。偽造してある物ではあるけど、内心気が気じゃない。
「仮面を取れ」
「………何故そこまでする必要が?」
「こんな騒ぎになって、素性を隠す者を信用しろと?」
まずい、ステータスカードとは顔が違う。
素顔を見られたら正体がバレてしまうかもしれない。
私が騒いだわけではないのに、何でこんな目に合わなければいけないんだ。
カールに対する怒りが込み上げる中、これ以上ゴネても余計に怪しまれるだけ。
覚悟を決めて仮面を取る。
「これでいいかしら?」
衛兵は仮面を取った私の顔を覗き込むように凝視する。
バレてしまったら旅もここまでか、色々あったけどそれなりに楽しかったんだけどな。
こんなくだらない事で私の旅が終わったら、本当にカールを許せないかも。
こっちの心情をよそに、衛兵はステータスカードをそのまま返してくれた。
「顔の上部に大きな火傷痕があったのか、これは失礼した。
あの酔っ払いを、すぐに静かにしたら見逃してやる。出来なければ即刻立ち去れ」
顔の上部に大きな火傷痕?
そんな物は私の顔にないはずだけど。
逆に不安になるような事を言い残して衛兵は立ち去っていく。衛兵がいなくなったのと同時に、野次馬となっていた者達も少なくなっていった。
取った仮面を再び付けて、みんなのいる所へ戻る。
「お姉さま、大丈夫でしたか!?」
「ええ、大丈夫よ。ただ私の顔を見て衛兵が大きな火傷痕があるって言ってたんだけど」
間違いなく火傷痕なんて無いはずだけど、早く鏡で確認したいと気持ちが逸る。
するとエルドリッジが最敬礼をして謝罪をしてきた。
「お嬢様、許可なく黒魔術を使った事をお許しください。仮面を取るように言われているのが聞こえてきたもので。
お嬢様を守るために咄嗟に」
どうやらエルドリッジは、ゲオルグの顔が別人に見えるようにした黒魔術を瞬時に私にも使ったようだった。
さらにエルドリッジの動きを察したリーティアとタケルが、黒魔術を使っているのを衛兵から見え辛くするために壁になっていた。
みんなで私を助けてくれたのか。
膝を付いて許しを乞うエルドリッジの肩に、優しく手を置いて感謝を伝える。
「謝らないで。おかげで助かった。ありがとう」
「ありがとうございます。有難きお言葉です」
エルドリッジが最敬礼をしたまま、私の言葉を噛み締めているようだ。
だけど何とか衛兵は追い払えたけど、問題はまだ解決していない。
イシェイルに抑えられながら、こっちを睨みつけているカール。
その眼つきを見て、殺意に似たような眼差しをカールに送り返す。
いい加減にしないと、私も本当にキレてしまうかもしれなかった。
「なんだよ! やんのかよ、姉御! やれるもんならやってみな! どうせ口先だけなんだろ!」
ここまで私にたて突いて来るなんて、カールも本気なんだろうと受け止めた。
「ギャーギャーギャーギャーうるさいのよ。いい加減ウンザリしてきたわ」
「な、なんだと?」
そしてカールを見下ろしながら一喝した。
「カール! お前は私に付いてくると誓ったのではないのか! そんなに私の言う事が聞けないのなら出て行くがいい!」
「お、お姉さま!? 何もそこまで」
「お待ちなさい、チビ雪さん」
焦るチビ雪をリーティアが止める。
私の言葉を聞いて、しばらく無言になったカールが一言だけ発する。
「なあイシェイルさんよ、この手をどけてくれよ」
カールの一言にイシェイルがこっちを見て判断を煽ってきたので、静かに首を縦に振って合図を送る。
合図を見たイシェイルがカールを開放して立ち上がる。
ようやく動けるようになったカールは、衣服に付いた砂利を払いながら立ち上がり軽く深呼吸。
しばしの沈黙が流れた。
「ねえカール。納得いかないのは分かるけど、お姉さまの決めた事だし言う通りに」
「悪いなチビ雪ちゃん。俺の勝ち逃げになっちまって」
カールはチビ雪の説得を遮るように声を発した。
「え? それってどういう意味?」
慌てて返答するチビ雪だが、何となく言わんとする事は察していた。
カールはチビ雪にポーカーで負けなしだった。勝ち逃げということは、カールはもうチビ雪と勝負をしない事を表してた。
「チビ雪さん、そのまんまの意味ですよ。カールは私達と袂を別つ決断をしたのです」
本当は分かっていてはいたけど分からないようなフリをしていたチビ雪も、リーティアに諭されて顔に影ができる。
だけど意外にも誰もカールを止める者はいなかった。
「…………前から思ってはいたんだ。俺は役立たずだってな。口減らしができて丁度良かっただろ」
それだけの言葉を残してカールはその場を去っていく。
誰も何も言わずに、全員がカールが小さくなっていくのを、ただ黙って見守っている。
「カール…」
もう完全に本人には聞こえない声で、チビ雪が寂しげに声を漏らした。
その横では、リーティアがカールと契約を交わした悪魔の契約書を燃やしていた。
それはカールとの完全な決別を意味している。
皮肉にも青紫色の炎に覆われる悪魔の契約書は、何故か途轍もなく綺麗に映ってしまっていた。




