124話 魔王らしく
「ねえワースを出発して、どれぐらい経った?」
出発前日に領主ハイドリッヒとひと悶着あり、一時はどうなるかと思ったけど。
リーティアが使役するアビゲイルのおかげで、一夜を乗り切る事ができた。トラウマのあるタケルは、かなり青い顔をしていたけど。
それでもしばらく滞在したワースを無事出発する事ができ、カールが運転する魔動車に揺られてリグレットへと向かっていた。
「大体、七時間ぐらいだと思います」
「そっかチビ雪ちゃん、ありがとう」
ワースを出発してから途中の集落に寄って、休憩や補給をしながら順調に街道を走っていた。
前と違うところと言えば、パーティが一人多くなったこと。グルイヤール家当主のエルドリッジが仲間に加わることになった。
港町ワースはエルドリッジが作った町だけど事実上の追放となり、いざ離れるとなると少し寂しげだった。
残念だけど、彼はもう二度とワースに戻ることはない。
それにしても、まさか仲間が一人増えるとは思いもしなかった。
元々ワースに立ち寄った目的は、海を見たかっただけだから。
「チッ、狭いな。窮屈で敵わん」
一人ボヤキながら酒をかっくらうイシェイル。その姿は伝説にある誇り高きダークエルフの姿とは程遠く、ただの酒屋で呑んだくれているオッサンそのものだ。
見た目とのギャップが、余計にだらしなさを演出している。
でもイシェイルが愚痴りたくなる気持ちも分かる。六人の時でさえ狭く感じていたのに、一人加わった事でさらに魔動車の中は狭くなってしまっていた。
すでに一人座る椅子が足りない状態だ。
「申し訳ございません、イシェイル様。全て私のせいでございます」
「エルドリッジさん、呑んだくれの姉さんなんか気にしなくていいよ」
タケルがエルドリッジにフォローを入れているが、今後の移動を考えると魔動車の新調は必要かもしれない。
しかしダークエルフ姉弟の申し出は意外だった。
ワースからリグレットに向かう途中には、二人がワセアの森と呼ぶデックアールヴの森がある。
二人の故郷に立ち寄れるチャンスでもあったのに、なんと森を避けて行って欲しいとの提案があった。
本来であれば旅の目的が消失しているため、二人は森に帰る事もできるのだが。
決心が鈍るからと一言だけ理由を言ってきたが、たぶん森を出てからの生活が気に入ったからだろうと推察する。
そのためワースに向かった時のように、デックアールヴの森を突っ切る事ができないから、大きく南に迂回するルートを通るしかないけど致し方ない。
急いでいる訳でもなし、今日はその街道沿いにある関所に、魔動車を止めて一泊する事になった。
自分の身分証明書となるステータスカードを出し、難なく通行する事ができて毎回ホッとする。
何せこのパーティは私を含め、身分を偽っている者ばかりだから、偽のステータスカードだとバレやしないかと毎回ヒヤヒヤものだ。
特にイシェイルとタケルはダークエルフだから尚の事。
それにしても、ここの関所には驚かされた。
関所周辺には街道を通る者達をターゲットにした、大型複合施設が立ち並ぶ。
ライトアップされ、街道を利用する者達が大勢集まり、夜遅くでも賑わいを見せていた。
ハッキリ言って小さな集落よりも発展している。
「凄いわね、ここの関所。宿泊施設に飲食店に、簡易的なショッピング施設まであるなんて。まるで小さな町ね」
「デックアールヴの森によって大きく迂回しなければいけないので、ここの関所周辺が自然と発展していったのです」
「へー、そうなんだ」
「お嬢様、ここ以外にもこういった関所は増えております。関所は特性上、下手な集落よりも多くの者が集まりますからな」
言われてみればそうだ。さすが元はワースでお偉いさんだっただけあって、エルドリッジは詳しいこと。
「ケッ、悪かったな! 下手な集落でよ!」
突然大声を上げたのはカール。エルドリッジがパーティに加わって以来、まだソリが合わずにいる。
「カール様、申し訳ございません。何か気に障られたのなら謝罪致します」
「べつに、ただアンタが言った下手な集落の出身というだけよ!」
「それは大変失礼いたしました。心からお詫び致します」
はあ、また始まった。エルドリッジが何か言う度にイチイチ噛み付いて。
いつものカールの悪態に、エルドリッジは毎回腰を曲げて謝罪している。私だったら一発ぶん殴ってるけどな、その辺は我慢強いというか何というか。
あれから一度はカールを説得したけど、結局は聞く耳を持ってくれなかった。それから私も匙を投げた。
最終的な決定権は、パーティのリーダーたる私にある。嫌でも従ってもらうしかない。
「それよりお姉さま、屋敷を出しますか?」
「ここでは無理よ、目立ち過ぎるし邪魔になってしまうわ。今回は私達も、ここの宿にお世話になりましょう」
とりあえずカールの悪態は無視して、今晩泊まる部屋を確保する。
全員で宿泊所に行こうとしたのだが。
「カール、何してんの? 置いていくわよ」
「俺のことは放っといてくれ! 一人で飲みに行くからさ!」
一人不貞腐れて、カールは飲み屋エリアへと消えていった。いつまで拗ねてんだか。
「カール、待ってよ!」
「いいわよ、チビ雪ちゃん。放っておきなさい」
子供じゃないんだ、いつまでも悪態を吐かれても困る。
仕方ないから六人でチェックインの手続きをすることになったが。
宿屋の者に一番大きな部屋を聞いてみたら、一部屋に泊まれるのは多くて三人までらしく。
考えた末、三人部屋を一つ、二人部屋を二つ取る事にした。
「じゃあ部屋割りは、私とチビ雪ちゃんとリーティアが三人部屋。イシェイルとタケル、エルドリッジとカールで、それぞれ二人部屋って事でいいかしら」
この私の決定に、チビ雪やダークエルフ姉弟が心配そうに見てきた。
「ん? 何か不満あり?」
「いや、不満はないが。ただ大丈夫なのか?」
イシェイルはチラリとエルドリッジの方を見た。
「僕もそう思う。エルドリッジさんとカールが同じ部屋というのは」
まあ聞かなくても、みんなそれに対して不安になってるのは分かっていたけど。
私も不安がないわけではない。だけど私の説得を聞かなかったのはカール。
そういう態度を取るなら、私もパーティのリーダーとしての行動を取るまで。
立場をハッキリさせる為にも、ここは心を鬼にする。
「私はお守りなんて真っ平御免よ。パーティのリーダーは私、決定には従ってもらうわ。
カールとエルドリッジのギクシャクは私には関係ない。自分のケツは自分で拭いてもらわないと。
エルドリッジ、あなたもそれでいいわね?」
「はい、勿論でございます。お嬢様」
「なら一旦解散。少し休憩をした後、食事としましょう」
稀に見る毅然とした私の対応に、チビ雪とダークエルフ姉弟が呆気に取られ固まった。
その中で一人、ちょっと感心したようにリーティアが拍手していた。
拍手されたら、流石にちょっと恥ずかしい。
それから荷物を持って、各々が決まった部屋へと入った。
一時間後に集まって食事を取り、明日に備えて早めに休む事にする。
旅の汗を流すため、私はシャワーを浴びに向かった。
――部屋ではチビ雪とリーティアが二人で話している。
「さっきのお姉さま、ちょっと意外でした。あそこまでハッキリと言うなんて」
決して豪華とは言えない、簡素な宿屋の部屋。
自分のベッドに腰を落として、二人は一時の休息を取りながら会話をしていた。
チビ雪は初めて見せたスノーの毅然とした対応に、少々気圧されたようだった。
「私は嬉しかったですよ。スノー様も少しは魔王らしくなってきましたね」
反対にリーティアは、口元に手を当てて嬉しそうに微笑んだ。
ずっとスノーを見守ってきたリーティアは、スノーの成長した姿を見ることをできた事が心地良いようだ。
「でも私は、お姉さまが少し遠くに行ってしまった様な気がして」
肩を落としたチビ雪は、少し意気消沈していた。
対面に座っていたリーティアはチビ雪の左横に座り直し、右手を差し出してチビ雪の頭を優しく抱え込むように軽く抱きしめた。
「冒険者スノーのままであれば、多少甘くてもいいですが。
今後本当に魔王小雪様としてやって行くのなら、私から言わせれば、まだまだ甘いぐらいですよ」
リーティアの言葉にハッとなったチビ雪は、顔を上げてリーティアと目を合わせた。
「そうだった! これはお姉さま、魔王小雪様の成長の旅でした。私が忘れてどうするの!」
また柔らかな笑顔を見せたリーティアは、チビ雪の頬を両手で優しく挟んで語りかける。
「それに心配はいりません。スノー様は遠くには行ったりしませんよ。
ただ、もっと強くならなければいけません。そういう意味では魔都市クランレアドに行くのはタイミングが良かったとも言えます。
まあ一度、実際に魔界の魔王を見るのもスノー様には必要ですよ」
これにキョトンとした顔になったチビ雪は、リーティアに聞き返した。
「魔王様なら何度も見てますよ? そもそも御父君が魔王でしたし。クライド様だって」
チビ雪の問いに対して、思いっきり顔を近づけてリーティアが諭した。
「スノー様の御父君は異世界の人間、元は魔界の住人ではありません。クライドに至ってはスノー様に激甘です。
だから魔界の、忖度なしの本物の魔王を見る必要があるということです。ただ遠くから見るのではなく、実際に自分で会う事が必要です」
ゴクリと唾を飲み込んだチビ雪は、近づけられたリーティアの顔から目が離せないでいた。
シャワー室のドアが開く音。
「え? 二人ともそういう…」
そこにタイミング悪くシャワー室から出てきたスノーが、ベッドで二人が急接近しているのを見て髪の毛を拭いていたタオルを落とした。
チビ雪は慌てて弁明しようとしたが、リーティアはニヤッと笑う。
「スノー様、もう少しだけお時間をください。すぐに終わりますので」
「え!? えー!? リーティア何するの!? いやー!」
両手で抱き付かれて、そのままチビ雪はベッドに押し倒された。
押し倒したチビ雪にリーティアが覆いかぶさり、何やら始まってしまった。
ベッドの上でうごめく二人。
「ちょ!? え!? う、う、嘘でしょ!? もしかして私達が幽霊屋敷に行ってたとき二人きりだったから!? ごめん、私知らなかったの! そういう関係だと知ってたら、二人だけで同じ部屋にしたのに!」
スノーは顔を真っ赤にして、落としたタオルを慌てて拾って再びシャワー室へと入っていく。
スノーがいなくなったのを確認して、リーティアが上体を起こした。
「ふう、何とか誤魔化せましたね。あらチビ雪さん、どうかされましたか?」
半泣きになったチビ雪が、軽く放心状態となってベッドから起きれないでいる。
実際は覆いかぶさったリーティアが、大袈裟に体を動かしているだけで何もしていなかった。
リーティアにとっては、ただの小芝居で冗談のつもりだったのだが。
「ちょっとチビ雪さんには刺激が強過ぎましたか。これは悪い事をしてしまいましたね。
でも、あなたも魔王の側近なら、同じく強くならないといけませんよ」
そう言ってリーティアは、チビ雪の横に寝転がって添い寝をした。まるで子供を寝かし付けるように。
結局スノーはしばらくシャワー室から出られず、集合が遅れて腹を空かせたイシェイルはご立腹。食事の時間も大幅に遅れてしまう事になった。




