123話 歓喜からの転落
リグレットに向かう準備が終わり、各々寛いだ時間を過ごしていた。
幽霊屋敷のクエスト報酬については領主が代理となって、後日クエスト村経由で色を付けて支払う約束をしてくれた。
私達に面倒事を押し付けた詫び代でもあるんだろうな。
「そういえば幽霊屋敷の解体はどうなるの?」
港湾組合のゲオルグが、実はグルイヤール家当主のエルドリッジでした…という事が発覚してから、領主も港湾組合も対応に追われているそうだ。
「それに関しては計画白紙となりました。改めて屋敷の調査をする必要があると。全ては私の責任です」
まあ仕方ないよね。これだけ大事になってしまったら。
でも、相変わらずなエルドリッジに釘を刺した。
「エルドリッジ、あまり自分を責めないこと。いいわね? これは命令だから」
「はい、お嬢様。仰せのままに!」
幽霊屋敷の件はもう私達には関係のない事、どうせ明日にはワースを出発するんだし。
「エルドリッジさん、ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい、リーティア様。いかが成されましたか?」
エルドリッジが返事をしたあと、リーティアが突然首を掻きむしる。
いきなりの怪奇な行動。
「私は様付けで呼ばれるのがどうにも、祀り上げられるのが嫌いなタチなもので」
西大陸での事を思い出したのか。だからと言って、いきなり両手で首を掻きむしらないでよ。
何か乗り移ったのかと、少し不気味に見えたじゃない。
「それは失礼しました。では何とお呼びしたらよろしいでしょう?」
「べつに呼び捨てで構いませんが、それだとあなたが呼び辛いのでしょう。ならリーティア殿で結構ですよ」
「承知いたしました。リーティア殿、そうお呼びさせて頂きます。それで私に何かご用でありましょうか?」
リーティアは懐から小さな指輪を取り出した。
メビウスの輪のような形をした指輪、それをエルドリッジに手渡した。
「リーティア殿、この指輪は?」
「そうですね、カテリーナの指輪とでも名付けましょうか。指輪の中には、カテリーナの骨が入っています」
「カテリーナの骨!? そんなのどこで!?」
「祭壇にあった頭蓋骨ですよ。私が回収しておきました。もちろん祭壇も跡形もなく片付けておきました」
一人で幽霊屋敷に入ったときか、まさかカテリーナの頭蓋骨を持って帰って来るなんて。
しかも、それで指輪を作るなんて、また凄い事をするものね。
「エルドリッジさん、勝手に骨を砕いたのを許してくださいね。でもカテリーナは、ずっと狭い屋敷から出られず、そしてあなたを求めていたのです。
これからは肌身離さず、あなたが一緒にカテリーナに世界を見せてあげてください。それがせめてもの供養になるでしょう」
カテリーナの指輪をジッと見つめるエルドリッジの目には、徐々に涙が溜まり始め溢れてしまった。
大事そうに指輪を握り締めて、深々とリーティアに頭を下げた。
「ありがとうございます……やはりリーティア様と、そうお呼びさせて頂きます………」
「いやー!!!」
また様付けで呼ばれて首を掻きむしっている。今度は甲高い声を上げて。
意外とこれ、リーティアの弱点が見つかった気がする。
「それでは、私はこれで仕事に戻らせて頂きます!」
初めて会った時からずっと闇を抱えているような目をしていたのに、今まで見た中で一番輝いた目を光らせてエルドリッジは仕事という名の家事に戻っていった。
それにしてもこの悪魔、たまには粋な事をするものね。
感心していると、リビングのドアが開く。
「お姉さま、せっかくの屋敷とも今日でお別れですね」
チビ雪が入ってきて、誰もが思っていた事を言ってしまった。
旅を再開するという事は、ここでの生活から離れるということ、それが本当に億劫だ。
明日からまた宿生活、下手すると野宿と考えると、ここでの生活があまりに快適過ぎた。
「せっかく良い屋敷が手に入ったのに、明日からまた野宿しないといけないのか」
「仕方ないよ、姉さん。旅とはそういうものだし」
イシェイルのボヤキも分かる。私も明日からまた不便な生活に戻ると思うと、正直ちょっと躊躇してしまう。
ワースに来てから、ずっと領主の離れに住んでたから少し根が張ってしまったかも。
ここでリーティアから提案が入る。
「スノー様、それならこの屋敷も一緒に持って行きますか?」
「そうね、持って行けるものなら持って行きたいって…え? そんな事できるの?」
「いいえ、私はできませんが」
なによ、またいつもの笑えない冗談ですか。ちょっと期待させられたのが、微妙に腹が立つ。
私も様付けして呼ぶわよ、全くもう。
なんて思っていたら、こちらの心情などお構いなしに、リーティアがディメンションボックスを開いて一冊の本を取り出した。
表紙には怪しげな文字と紋章の入った本だけど、まさか今から読書でもするつもりだろうか。家事はエルドリッジに任せられるようになったし。
「スノー様、『私は』屋敷を持ち運べないと言ったんですよ」
さっきのが冗談じゃないなら、じゃあ一体誰が出来るというのか。
「エルドリッジさん、ちょっとこちらへ」
「はい、只今」
リーティアに呼ばれたエルドリッジは、一旦家事の手を止めて話しに加わる。
「もしかしてエルドリッジが?」
「はい、昨日領主の屋敷でエルドリッジさんが役に立つと言いましたよね? それがこれです」
執事の仕事だけでも、十分に役に立ちそうなんだけどな。
「リーティア殿、その本はもしかして」
「はい、幽霊屋敷から持ってきました。これも隠し部屋にあったので。黒魔術を使うための魔術書、と言ったところでしょうか」
エルドリッジの顔を見て瞬時に分かった。
カテリーナを閉じ込める為の黒魔術、エルドリッジはこの魔術書を見ながらやったのか。
でも、そんな物まで持って来るなんて、空き巣みたいになってるじゃない。
「だがリーティア、その本と屋敷を持ち運ぶのと何の関係があるんだ? この家に黒魔術でもかけるつもりか?」
「はい、その通りですよ。イシェイルさん」
「黒魔術をかけるって、何バカな事を言ってんの!」
何をするつもりかと思ったら。
家を持ち運びたいとか、余計なことを言わなければよかった。
エルドリッジだって、二度と黒魔術なんか使いたくないはず。
「スノー様、落ち着いてください。剣や呪文もそうですが、黒魔術も使い方次第なのですよ。
エルドリッジさんは自覚がないようですが、かなり黒魔術のセンスをお持ちなんですよ」
「わ、私が黒魔術の!?」
「ええ。領主の屋敷に保管されていた記録書、あれの黒魔術もエルドリッジさんがかけたのでしょう? 自分の正体がバレないように。私すら最初は見破れなかったのですから、かなりのものですよ」
「いえ、あれは初歩的な魔術というか、その本の通りにやっただけです」
言われてみればそうかもしれない。カテリーナを閉じ込めた黒魔術だって、そんな簡単にできるものじゃないだろうし。
「それだけではありません。カテリーナを閉じ込めた黒魔術、あれはかなりの高等な黒魔術で、優秀な黒魔術師でも失敗する可能性が高い。失敗すれば自身が永久に閉じ込められてしまうリスクがあります。
それを成功させた上に、長年持続させたのです。あの祭壇も見事なものでした」
凄いべた褒めするな。
それだけ凄いということなのかな。
カテリーナを閉じ込めた黒魔術の真実を聞いて、恐怖で顔に影ができたエルドリッジ。復讐に駆られて、本当に何も知らずに見よう見まねでやったのか。
それなら、エルドリッジのセンスは本物なんだろうな。
でも家を持ち運ぶ黒魔術なんて存在するのかな。
リーティアは本を開くと、何も書かれていないページを開いてエルドリッジに手渡す。
「ここに屋敷を移してください。エルドリッジさんならできますよ」
「本の中にこの屋敷を!?」
「ええ、本当は魔術書の中にターゲットを拘束するためのモノですけどね。要は何でも応用なんですよ」
使い方次第とはそういう事か。
屋敷を持ち運べるんなら、私としてはこんなに有難いことはない。
「エルドリッジ、やってもらってもいいかしら? 嫌だったら強制はしないけど」
ところがエルドリッジは迷いなく、リーティアから差し出された魔術書を受け取る。
「いえ、私はお嬢様に大恩があります。絶対の忠誠を誓い、生涯を捧げると決めたのです。
お嬢様の御役に立てるのであれば不詳エルドリッジ、再び黒魔術を使いましょう」
エルドリッジは快く了承してくれた。
屋敷の中にいると、一緒に魔術書に閉じ込められてしまうので一旦全員で外に出る。
どうやって屋敷を本に移すのか全員が見守っていると、エルドリッジがナイフを手に取って自分の手の平を切った。
「ちょ!? 何やってるの!?」
「申し訳ありません、黒魔術を行うためなのです。それと屋敷の壁を少々汚してしまう事をお許しください」
自分の血を用意していた容器に溜めたあと、エルドリッジは魔術書の表紙にある紋章と同じ模様を屋敷の壁に血で書いた。
そして本の真っ新なページを屋敷に向けてかざし呪文を唱えた。
「ディスクリップ・ティヴァス!」
エルドリッジが呪文を唱えたあと、屋敷の壁に血で書かれた紋章が光り出して、屋敷の周囲に竜巻のような巨大な魔力の渦が現れ全体を包み込む。
そのまま真っ黒な魔力の渦は、エルドリッジが向ける本の中に屋敷を包んだまま吸い込まれていった。
目の前から、さっきまであった屋敷が消えた光景に、口を開けたまま茫然としてしまった。
真っ白だったページには、吸い込まれた私達の屋敷が描かれている。
「エルドリッジさん、凄いです!」
「チビ雪様、勿体ないお言葉です。私も久しぶりの黒魔術だったので、ヒヤヒヤしながらでしたよ」
優しく微笑んでチビ雪にお辞儀をするエルドリッジ。
あっさりやってしまったけど本当に凄い。
「ちょっと待って! これだったらマノスヒルズも持ち運べるじゃん!」
「ワセアの神木も持ち運べるな!」
「姉さん、それやったらワセアの森が滅んでしまうよ! でもこんな事ができるなんて本当に驚いたよ!」
「ありがとうございます。皆様のお役に立てることが私の何よりの喜びでございます」
偉ぶることもなく、いつも通り深々と頭を下げるエルドリッジ。
みんなテンションが上がり、エルドリッジの凄さを噛み締めていると、突然大きな声が轟いた。
「て、てめぇ! 何やってやがんだ! 俺達の屋敷を消し去るなんて許せねぇ!」
ちょうど戻ってきたカールが怒鳴り込んできたのだった。
そういや朝から出て行ったカールは、明日ワースを出る事も知らないし、屋敷を持ち運ぶために黒魔術を使った事も知らない。
一から説明するにも、感情的になってるし色々と面倒だ。
「リーティア、お願い」
「はい、スノー様」
私の命令を受けて、リーティアが指をパチンと鳴らした。
「ん、んん――!?」
カールの口がまた塞がって喋れなくなった。
今は面倒だから、とりあえずカールには静かにしてもらわないと。
ところがカールを黙らせたと思ったら、今度は領主ハイドリッヒと部下達がぞろぞろと母屋から出てきてしまった。
「き、君達! これは一体どういうことかね!?」
「ハイドリッヒ殿、ここは私から」
「私はパーティの主、つまりスノー殿に聞いているんだ! エルドリッジは黙っておれ!」
当たり前だけど、領主は激昂しているご様子。
さてどう説明しようかしら。
いや、説明の必要もないか。
「ハイドリッヒさん、説明するの面倒なので一言で言いますね。離れを貰っていきます!」
領主たちがバカを見るような目で見てくる。
「何を言ってるんだ君は! そんな事許すわけないだろう!」
「あら、無期限で使っていいとおっしゃいましたよね?」
「それは、ここでの話だ! 離れを持って行って良いなどと、言った覚えはない!」
まあ当然の言い分なんだけど、もう後には引けない。
みんな屋敷での生活を気に入ってしまったし。
「じゃあこうしましょう。幽霊屋敷のクエスト、ハイドリッヒさんが依頼人代理として支払ってくれるんですよね。しかも色を付けて。
これがその『色』ということで」
ハイドリッヒは目を血ばらせた状態で、何も言い返せなくなった。
「す、好きにしたまえ! もう君達には付き合い切れん!」
その言葉、そっくりそのままお返しします。
領主ハイドリッヒには、お世話になったし感謝はしている。
だけど自分より立場が下だと思う相手を見下すような態度、正直好きになれないしソリが合わないのも本音。
どうせ私の正体を知ったら、コロッと態度を変えるのも目に見えてる。
捨て台詞を吐いてハイドリッヒは自分の屋敷に戻っていった。すっかり嫌われてしまったけど、まあいいでしょう。
「じゃあエルドリッジ、私達の屋敷をまた出して。出発は明日だから」
「はい、かしこまりました。お嬢様」
魔術書を開いて本に移した離れを戻そうとした時、ハイドリッヒが屋敷からまた出てきて足早に近付いてきた。
「たった今、クエスト村から報酬の三百万ミラは支払っておいた! これで君達とは一切関係ない! さっさと出て行きたまえ!」
「………………え?」
ちょっと待って。それだと屋敷を出す事ができないじゃない。
「あの、出発するのは明日なんですけど」
「だからなんだ! 私には関係ない! 報酬も色を付けて支払った! つまり離れはもう私の物ではないから、敷地内に置く事も君達が泊まる事も許さん!」
激昂したハイドリッヒは、こっちの外堀を全て埋めて、また屋敷に戻っていってしまった。
ただただパーティ全員が茫然と立ち竦む。
「おい、どうするんだ、リーダー?」
「お姉さまが、あんな言い方するから」
「わ、私のせいなの!?」
「申し訳ありません、全て私のせいです」
「エルドリッジさんのせいではありません。元はと言えば私がお願いした事ですから」
「んんんー!!」
「みんな、責任の擦り付けをしてる場合じゃないよ! 早く、今晩泊まる所を見つけよう」
領主の怒りを買ってしまった私達は、結局そのまま敷地内を追い出されてしまった。
しかし七人になったパーティが、すぐに泊まれる宿屋などあるはずもなく。
また問題となっているエルドリッジを連れた状態で、ワースを長時間うろつく訳にもいかず。
仕方なくリーティアが使役するアビゲイルの体内で、一晩過ごす事になってしまった。
「スノーさん、今からでも遅くない………ハイドリッヒさんに謝って来るんだ………」
アビゲイルのトラウマになっているタケルから、恨み節を聞かされ続けたのはいうまでもない。




