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122話 様々な意志

港町ワースを出発する前に、一応はお世話になった領主ハイドリッヒにも挨拶を済ませた。


離れに戻ってから、出発の準備を各自が始めることになって慌ただしくなる。


外の空気を吸うと言って出て行ったきりのカールは未だに戻らないので、とりあえずカールは無視して今やるべきことをやるまで。

帰って来たら改めて話しはするつもりではあるけど、もし納得しないようであれば私も何時までもカールのワガママに付き合うつもりはない。


私だって、そこまで暇じゃないんだ。それにこのパーティのリーダーは私、決定には従ってもらわないとパーティが纏まらなくなる。


そんな事よりも、今は大事な話しをしなければいけない。


「エルドリッジ、ちょっと話しがあるんだけど」


新たに仲間になった彼には、先に話しておかなければならない。自分が実は魔王であると。


ついうっかり、起きて来た時に仮面を付け忘れて素顔を晒してしまっていたけど、何も言って来ない辺り恐らく気付いてないんだろうし。


「はい、お嬢様。何でございましょう?」


エルドリッジは手を止めて返事をしてきた。仮面を取って再び素顔を見せて本当のことを話す。


「仲間になった者には打ち明けているんだけど。実は私は、魔都市ガーデン・マノスの魔王なの。ここまで言えば本当の名前も分かるわね?」


本当のことを告げて、エルドリッジの反応を待った。ところがエルドリッジは、特に驚くこともなく至って冷静に見える。


あれ、もしかして嘘だと思われてる?


ちょっとだけ拍子抜けというか、微妙な空気の間ができてしまい焦っていると。


「魔王小雪様ですね。恐れながら承知しておりました。今朝お顔を拝見した時から」


「え? 気づいてて知らないフリをしてたの?」


「はい、素顔を隠して偽名を使って旅をしている。これだけで何かしら理由があっての事だと瞬時に悟りました。

私自身がそうでありましたし」


なるほど、確かにそうだった。だから無用な詮索はしなかった訳か。


「あなたの気遣い感謝するわ。それなら今後も」


「はい。もちろん心得ております。お嬢様」


エルドリッジは深々とお辞儀をして、何も変わらずに接する事を約束してくれた。


まずは一安心と思ってソファーに腰掛ける。


ところがお辞儀をしたままのエルドリッジは、いきなり膝を付いて最敬礼をしてきた。

一体何ごとかと思っていたら。


「申し訳ございませんお嬢様、いえ今回だけお許しください。魔王小雪様。

不詳エルドリッジ、再び魔王様にお仕えする事ができて嬉しく存じます。

誠心誠意、貴女様に尽くさせて頂きます」


「は、はあ…」


ガーデン・マノスにいた時でも、ここまで忠誠心を表された事がない。

ハッキリ言って慣れてないから、ここまでされると変に身構えてしまって、どう反応したらいいか混乱してしまう。


座ったソファーから立ち上がると、焦りを誤魔化すように言葉を返した。


「え、エルドリッジ! あなたの忠誠心は分かったから! 最敬礼は止めてちょうだい!」


そういえば以前も魔王クライドに同じ事されて、テンパってたの思い出した。

つくづく私は魔王に向いていないな。


「これは失礼致しました、お嬢様。それではわたくしは仕事に戻らせて頂きます」


最敬礼から立ち上がった後、エルドリッジは途中になった作業の続きに戻っていった。


そしてエルドリッジに自分の素性を明かした後、今度はリーティアを呼び止める。

できれば二人きりで話したいからと、離れの裏庭へと出て二人きりになった。


「あなたに一つお願いがあるんだけど、魔剣スノーフェアリーをしばらく預かっててもらえないかしら?」


幽霊屋敷で久しぶりに魔剣スノーフェアリーを使ったけど、自分の魔力に耐えられずに意識を失ってしまった。

あの時は必死だったけど、途中から自分が自分じゃなくなるような、何かに飲み込まれていくような恐怖さえあった。


正直、今は使うのが怖くなっている。


三人から事情を聞いていたリーティアは、差し出された魔剣スノーフェアリーを静かに受け取った。


「分かりました。私が責任を持って預かっておきます。必要になれば、いつでも声をかけてください」


それ以上は何も聞いてこなかった。私に気を遣っているのかは分からないけど。


何事もなかったかのように離れに戻ろうとするリーティアを、思わず呼び止めてしまう。


「待って、もしかしたら何か知ってる? 私の魔力の秘密」


今まで誰にも話してこなかったけど、今回のような事があったからまた気になってきていた。


呼び止められたリーティアは、足を止めてクルリと振り返って答える。


「いえ、私は知りません。ただ魔力に意思が宿るなど、普通は考えられないことですが」


私は魔力の秘密としか言ってない。魔力に意思がある事はチビ雪しか知らない。


旅に出てから誰にも話してないのに知ってるという事は、やっぱり今まで知ってて黙ってたのか。

おそらく魔王クライドから聞いてたんだろうけど。


いつもの気怠そうなままの口調でリーティアは続けた。


「ただ…魔力も未知の部分が多いですからね。私も魔力が何なのか、よく分かってないんですよ。

いえ、ほとんどの者が知らずに使っているのが現状です」


「じゃあ、私みたいなパターンがあっても不思議じゃないって事かな?」


リーティアは口元に右手を置いて少し考えている。いつになく難しい表情をしたまま口を開いた。


「スノー様、もしかすると魔力そのものに意思があるというより、別の何かがスノー様の魔力に乗り移っているのかもしれません。あくまで仮説ですが」


「え? なら私は二重人格ということ!?」


それはそれで気味が悪い。私の中に別人格があるなんて考えたくもない。


「何と言えばいいか。そうですね、二重人格というより悪霊になったカテリーナが近いかもしれません」


「カテリーナが?」


「はい。私は直接見ていませんが、あれも魔術を介してエルドリッジさんの意志がカテリーナに乗り移った結果です。つまり霊魂に魔力が集まって、意志を持たせるのは現に存在しています」


「うーん、言われてみれば確かに…」


だけど、そう言われると余計に怖くなってくる。私は誰かの意志によって操られているかもって。


すると近付いてきたリーティアが、肩に手を優しく置いて微笑む。


「大丈夫です。カテリーナと違い、誰かが故意にスノー様を操っている訳ではありません。

ただ魔界には多くの住人がおり、多くの意志が存在しています。それらの意志が魔力に宿る可能性もまた否定できないんです」


オカルト染みた話しになってきたけど、結局のところ何もわからないという事か。


魔剣スノーフェアリーを手放してしまったら、私はまた魔力が使えないままになる。


でも、それでいいのかもしれない。

今回は意識を失うだけで済んだけど、このまま行ったら本当に後戻りできなくなるかもしれない。


不安と恐怖が消えない、あれから一週間以上も経つというのに。


こんな思いをするぐらいなら、もう魔力なんて使えなくていい。

魔剣なんて無くていいとさえ考え始めていた。


「スノー様」


「え? なに?」


完全に自分の世界に入ってしまった。リーティアの声が聞こえて、何事もなかったかのように返事をした。


そんな私の心情を察してたのか。


リーティアの眼つきがいつになく真剣になって、こちらの視線に合わせ、呼気を強めて話してきた。


「私がこの魔剣…スノーフェアリーを作ったのは御父君、マサオ様の御意志です。マサオ様はスノー様を…小雪様を、ずっと案じておられました。少なくとも、この魔剣は小雪様の敵ではありません。必ずあなたを守ってくれます。

そこだけは見失みうしなきよう、お願いしますね」


そう言い残して、リーティアは魔剣スノーフェアリーをディメンションボックスに仕舞って立ち去って行った。


一人残され、離れの裏庭で立ちすくむ。


魔剣スノーフェアリーは父上の意志、そして必ず私を守ってくれるって。

一体どういう事だろう。


あの時は、スノーフェアリーから発せられる強力な魔力を抑えるので必死だった。それで最後は意識を失った訳だけど。


もしかしてスノーフェアリーも、私の暴走する魔力を抑えてくれていたとか?


最終的に意識は失ったけど、逆に言えばそれだけで済んだとも言えるのかな。


そんな事を考えていると、サボっていると勘違いして怒ってきたチビ雪に呼び付けられ、渋々離れへと戻って出発の準備を始めた。

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