121話 次の目的地
「スノー様、起きてください。スノー様」
いい夢を見て気持ちよく寝ていたのに。
ベッドで横になっている私の体を揺らしながら、リーティアが起こしてきた。
昨日のゴタゴタで疲れて帰ってきて、もう少し寝ていたかったのに。
「スノー様、おはようございます」
寝ぼけ眼を擦りながら、挨拶を返す。
「おはよう、リーティア。できればもう少し寝ていかったんだけど」
言葉に不満を詰めて、寝起きの不機嫌さを全面に出す。
「申し訳ありません。ですが、すぐに着替えてリビングに来てください。みんな集まっています」
着替えも準備していたようで、ベッドの横にある椅子の上に置いてリーティアは出て行った。
一体何だというのだろう。みんな集まってるって、食事なら私抜きですればいいのに。
のそのそとベッドから起き上がると、用意された服に着替えて髪型を整える。
ひと通りの準備をおえてから、一階に下りてリビングへと入った。
ソファーに全員が座って集まっているけど、食事をしているわけではないみたいだ。
でも何やらいい香りが漂っている。
「あ、おはようございます。お姉さま」
「うん、おはよう。チビ雪ちゃん」
チビ雪と挨拶を交わした直後、ソファーに座っていた執事服に襟を翻した初老の男がサクッと立ち上がった。
「お嬢様、おはようございます。今日からお世話になります。
雑用でも掃除でも何なりとお申し付けください」
ホントお堅い紳士、その姿は家の元当主というより執事みたいだ。
「おはよう、エルドリッジ。あなたその格好は?」
「はい、実は私はグルイヤール家の当主になる前は、かつてこの地を支配していた魔王の執事をしておりました。
新たな忠誠を誓う主人ができた事で、また執事に戻った次第であります」
執事か、魔都市にいるうちの執事も少しはこれぐらい忠誠を誓って欲しいものだけど。
「スノーさんも良かったら、エルドリッジさんの淹れたハーブティーを貰うといい! 凄く美味しいんだ」
「タケル様、ありがとうございます」
タケルがここまでテンションを上げるなんて珍しい。そんなに美味しいのかしら。
「あ、さっきからリビングに漂ってたいい香りは、ハーブティーの香りだったんだ」
「お嬢様、こちらにお座りください。ハーブティーをすぐにお淹れします」
言われるがままソファーに座り足を伸ばす。みんなリラックスしているな。
一人だけ不貞腐れてるけど。
「カール、納得できないのは分かるけど。何時までも、そういう態度は許さないわよ。
みんなそれぞれに事情がある。あなただって、そうだったでしょう」
ご機嫌斜めなカールを嗜める。
私の一言で昔を思い出したのか、カールのまゆ毛がピクッと動いた。
「そういえばカールは、どんな感じでパーティに加わったんだ?」
「僕と姉さんが加入する前だから、確かに知らないね。エルドリッジさん以外は、みんなそうだけど」
ダークエルフ姉弟が、思いのほか食い付いて来てしまった。
するとカールは目の前に置かれたハーブティーを一気飲みして、ティーカップを雑にテーブルに置いた。
「止めろよ! 俺の事はいいだろ! ちょっと外の空気吸って来る!」
「ええ、いってらっしゃい」
ハーブティーを啜りながら、リーティアが軽く流した。
軽く舌打ちをしたカールはそのまま立ち上がると、屋敷の外へと出て行ってしまった。
「お嬢様、ハーブティーをお持ちしました」
いい香りを漂わせるハーブティーが目の前に置かれる。
朝からこんなに優雅に過ごせるなんて。熱さに気を付けながら一口。
「うわ、美味しい!」
「ありがとうございます。大変光栄であります」
横に立つエルドリッジが深々とお辞儀をした。
まさか、こんなに立派な執事がパーティに入ることになるなんて。ガーデン・マノスに戻ったら、あの堅物をクビにしようかしら。
絶対私のことをバカにしてるし。
それにしても、こんなにのんびりとした朝は久しぶりに感じる。
気持ちのいい朝を、美味しいハーブティーがさらに華を添えてくれた。
「ところでお嬢様。カール様の件、大変申し訳ございません。私が無理を言ったばかりに」
パーティがギスギスしてしまった事に、エルドリッジは責任を感じているようだ。
今はカールに何を言っても無駄だろうな。下手な言葉をかけると、余計にこじれることもあるし。
だから安易に説得するよりも、ここは放っておくのが一番だと思う。
「気にしないで。決めたのは私だから。それよりも、せっかくだし今後の話しをしましょう」
「お? ワースを出るのか?」
「そのつもりだけど、イシェイルはもう少し言葉遣いを丁寧にした方がいいんじゃない?」
喋らなければ正にクールビューティーな美人なのに、言う事やる事にギャップがあり過ぎなのよ。
「今更なんだ、私はずっとこうだっただろう! 姑みたいなことを言うな!」
「だ、誰が姑よ!」
「お姉さま、話しが進みません」
「あ、ああそうね、チビ雪ちゃん。えっと、それなりに長く滞在したし、そろそろワースを出ようと思ってる。エルドリッジのこともあるからね」
「申し訳ございません、お嬢様」
ハイドリッヒがムカつくのもあるけど、エルドリッジにとってもワースにこれ以上いるのは得策じゃない。
事実は違うとはいえ、エルドリッジが極悪人という世間の認識は変わっていない。
無用なトラブルを避けるためにも、できるだけ早く出発した方がいいと考えてる。
「僕に異論はないよ。それで次はどこに向かうんだい?」
「うーん、もしかするとダークエルフの二人はちょっと嫌がるかも」
「ん? リーダー、まさか」
「ええ、魔都市クランレアドに行こうかと」
やっぱりダークエルフの二人は、ちょっとだけ顔が引きつった。まあ、あれだけの因縁がある相手だしね。
「あの、お姉さま…」
ダークエルフ姉弟を気にかけてると、横からチビ雪が私の服の袖をクイクイと引っ張って視線を送ってきた。
チビ雪の視線の方向を見ると、目を見開いてハーブティーを静かに啜る悪魔の姿が。
ああそうだった。魔王グリテアと因縁があるのは、ダークエルフ姉弟だけじゃなかったんだった…。
過去には魔界の覇権まで争った相手、むしろリーティアの方が抱える感情は大きいか。
だけど、私はそろそろ魔王グリテアに会ってみたい。行ったところで会えるか知らんけど。
「魔王グリテアには色々思う事もあるだろうけど、だからと言って行き先を変える気はないわよ。
でも強制するつもりはないわ。私に付いてくるか否か、自分で判断してちょうだい」
ここでパーティ解散となれば致し方なし、私もその程度だったということ。
「私は当然、お姉さまに付いて行きます」
そりゃチビ雪は、そう答えるしかないよね。エルドリッジも静かに頷き了承してくれた。
問題は魔王グリテアと因縁のある三人だけど。
「いいよ、僕もスノーさんと一緒に行くよ。ワセアの森を出た時点で、覚悟は決めていたからね」
「仕方ない、私もところんリーダーに付いて行くさ」
「ありがとう二人とも」
さて、残るはこちらの悪魔さんだけど。無言でハーブティーを啜ったままだ。
「ふむ、本当に美味しいハーブティーですね。エルドリッジさん、おかわり貰ってもよろしいですか?」
飲み終えたハーブティーのおかわりを要求して、リーティアは文字通りお茶を濁すつもりだろうか。
「はい、只今お持ち致します」
手際よくハーブティーを淹れたエルドリッジは、リーティアの目の前にカップを置いた。
するとリーティアはディメンションボックスを開き、ボトルを一つ取り出して開ける。
そのままボトルの中身をカップに注ぎ込んだ。
「え!? ちょっと何やってるの!?」
「このお酒がハーブティーには合いそうだなと思いまして」
なんと、せっかくのハーブティーに酒を混ぜて飲み始めた。ハーブティーを淹れたエルドリッジもポカンとした顔になってる。
「うーん、やっぱり合いますね。おいしゅうございました」
酒入りハーブティーを飲み干したリーティアは一人満足げだ。こっちは答えを待ってるのに、いつまで場を濁すつもりなのだろうか。
朝から酒まで飲んで、この悪魔は!
「ねえリーティア、そろそろ答えを」
「愚問ですよ。私はスノー様が行くと言えば付いて行きます。一蓮托生ですからね」
ちょっとだけ不機嫌になった気がする。私なりに気遣ってのことだったのに、そういう言い方はないんじゃないのかな。
「リーティア、私はあなたの気持ちを尊重したくて」
「分かってますよ。私を誰だと思ってるんですか。それが無用な気遣いだと言ってるんです」
いやいや、言ってなかったじゃない。大体何をそんなに怒ってるのか。
悪魔の気まぐれに翻弄されていると、キッとした眼つきでこっちを見て一言ぶつけてきた。
「スノー様、そんなに私が信用できませんか?」
「え? 違う、そういう訳じゃ」
思わず言葉に詰まってしまった。
悪魔の契約で主従関係なのは分かってるけど、私はそれで縛り付けたくない。だから答えを求めた訳だけど。
でも、ここまで一緒に旅をしてきたのに、返って要らぬ気遣いだったのかもしれない。
結局仲間を信じ切れてなかったのは、私の方だったのかも。リーティアの一言に気付かされた気分だ。
なら返す言葉は一つだけ。
「ありがとう、よろしくお願いね」
「ええ、スノー様。全力でサポートしますよ。ただ一つだけ注文を付けてもよろしいですか?」
「いいわよ。意見は聞かせてちょうだい」
「魔都市クランレアドに向かうなら、一度リグレットに戻りましょう。あそこからなら大陸横断鉄道が使えます。
それに魔王グリテアの居城のあるクランレアドに行くなら、それなりに準備も必要です」
「分かったわ。なら魔都市クランレアドの前に、リグレットに行きましょう」
「わー! 久しぶりにメーデさんに会えますね!」
チビ雪が嬉しそうだ。
まずはメーデのいるリグレットに再び行く事になった。彼女は元気にしてるかな、してるだろうな。
さらに話しを詰めて、港町ワースを明朝立つ事に決まった。領主ハイドリッヒにもお世話になったので、一応出発の報告と挨拶へと向かい準備を整える。




