120話 口は災いの門
物々しい領主の屋敷で、問題であるエルドリッジを交えながら、領主ハイドリッヒの説明を受けていた。
彼の説明によると、エルドリッジは私達が港湾組合を出てからすぐにハイドリッヒの元へ訪れ、全ての真実を自白したらしい。
始めは信じなかったハイドリッヒだけど、エルドリッジがグルイヤール家に伝わる家紋のレリーフが施されたペンダントを見せた事から、ハイドリッヒはようやく事実だと受け止めたそうだ。
「だがこれはワースだけの問題ではない。グルイヤール家は魔王グリテア様の逆鱗に触れて潰された。
エルドリッジが実は生きていたとなれば、しかもワースでのうのうと生きていたとなれば。
私の立場がなくなるのは目に見えていた」
はいはい、つまりお得意の保身に走ったということですか。
イザクの時も息子のことよりも、自分の身が可愛さだったものね。
横にいるエルドリッジに対しても好き放題言ってるハイドリッヒだけど、このワースだってエルドリッジがいなかったら成り立っていなかった。
もう少し言葉を選べないのかな。
「あなたの都合を押し付けられても困ります。
グルイヤール家が潰されたのは四十年前の話し、実質あなたには関係ないでしょう?」
ワースに来てからお世話にはなっているけど、いい加減この領主には付き合い切れない。
「違う、そうじゃないんだ。話しを最後まで聞きたまえ。
確かに保身を考えたが、私個人の判断ではどうしようもなく、すぐさま魔王グリテア様に判断を煽った。
返答には早くとも数日かかるだろうから、それまではエルドリッジを拘束しておくつもりだった」
「やけに仕事が早いですね」
「グルイヤール家のことは、ワースでも黒歴史として語り継がれているからな。
その初代当主が生きていたとなれば尚更のことだ」
お隣にその初代当主がいるのに、さっきからハイドリッヒにはデリカシーというものがないのだろうか。
エルドリッジ本人も黒魔術の生贄のために何人かの命は奪っていたけど、記録にある多くの奴隷達を虐げて、虐殺を繰り返してたのは影武者のゲオルグと親族、そして側近の者達だ。
決して潔白ではないとは言え、家族を殺されたエルドリッジも見方を変えれば被害者にもなる。
ハイドリッヒの言動が、あまりに不快に感じてきた。そろそろワースにいるのも潮時かもね。
良い町だけど、領主とどうにもソリが合わない。今は余計なことは置いといて話しを進めるけど。
「拘束するつもりだった…ということはその必要がなくなったと?」
「そうだ。思いの外、魔王グリテア様からの返答が早かった。というより秒だった」
「秒で魔王から返信が来たの!?」
「あいつは暇人ですからね。それで何と返事があったのです?」
魔王グリテアの事となると、リーティアも途端に口が悪くなるな。
「そ、それが…『そんな昔のことなど知らぬ、つまらん事で手を煩わせるな』とだけ返答があった。
つまりは、私にはどうしようもなくなってしまったという訳だ」
ハイドリッヒがテーブルに置かれた酒を一気飲みしたあと、今度はエルドリッジが続けた。
「まさか私自身、ここまで興味を持たれないとは些か虚しくなりました。
本当なら罪を償うため、如何なる罰をも受けるつもりだったのですが、それすらも閉ざされてしまったのです」
ちょいちょい思うのだけど、魔王グリテアって案外いい加減というか面倒くさがりなのかな。普通なら結構な事件だと思うんだけど。
しかし、これだとまた振り出しに戻ってしまったわけだ。たった数時間で展開が早すぎ。
エルドリッジも全てを自白した今、元の鞘という訳にもいかないだろうし。
かと言って私が直接罰を下すというのも違うと思うんだよな。
一応、魔界一の魔王ではあるけど、お忍びで旅をしているだけの流れ者設定だし。
ホントに面倒だ……そう思っていると、ハイドリッヒが頭を下げてきた。
「そこで今回の頼みだ。エルドリッジを君のパーティに加えて貰えないだろうか。
港湾組合の長がエルドリッジだったとの噂がすでに広まり、ワース全体が混乱した状態になりつつあるのだ」
なるほど、ワースが物騒になっていたのはそういう事だったのか。小さな町だから、噂の広まるのが早いこと。
「それに個人的ではあるが、私はエルドリッジとの関係も深い。ワースの領主になってからエルドリッジには色々と世話になった恩がある。
過去の罪を考えても、私がエルドリッジを処刑するなんてできない」
それで屋敷の外の警備が厳重になっていたのね。それでよく、あそこまでエルドリッジに対してボロクソに言えたわね。
要するにこの領主は、ワースにエルドリッジの居場所はもう無いし、自分にとっても都合が悪いから、私達に同行させて事実上の追放にしたいということね。
それにしても、どうしたものか。
結局は面倒なことを押し付けられただけな気もするが。
「スノー様、よろしいのではないですか? エルドリッジさんは何かと使えると思いますよ」
「おお! 君からもそう言ってもらえるかね!」
急なハイドリッヒのハイテンションに、再びリーティアがギロリと睨み返す。
空気の読めないハイドリッヒ、お願いだからこれ以上は火に油を注がないで欲しい。火消しするのは私達になるんだから。
「リーティア、本気で言ってるのか?」
「ええ、イシェイルさん。私はこう見えても損得勘定で動くので」
ご本人に自覚はないようだけど、あなたはずっと前から損得勘定で動いてますよ。
私の意志としては領主の頼みはいいとして、エルドリッジをパーティに加えるのは個人的にはやぶさかではない。
心配なのはチビ雪とカールになるかな。
喋れなくされたカールはソファーに座って不貞腐れてるから、チビ雪にチラッと視線を送ると、察したチビ雪は小さく頷いてくれた。
一応ダークエルフ姉弟にも確認すると、私の判断に従うとの答えが返ってくる。
「んんん、んーんん、んんーんんん!」
喋れないカールが何か言ってる。もちろん言葉にならないので、なんて言ってるのか分からないけど。
「俺は納得しないからな! と言ってます」
リーティアがカール語を翻訳してくれた。
反対はカールだけだから、後で説得することにするか。面倒だけど。
そうなると最終確認だ。
「最後にエルドリッジさんにお聞きします。領主の命令だの都合だのは私には関係ありません。
過去を清算するつもりだったのに、私のパーティに加わることに迷いはないのですか?
中途半端な覚悟で私のパーティに来られても迷惑なだけなので、あなたの意志を確認したいのです」
この問いに、エルドリッジは今までになく難しい表情をして思考を張り巡らせているようだった。
彼の答えをパーティ全員が固唾を飲んで待った。
エルドリッジの横に座るハイドリッヒも、ずっと彼を凝視しながら答えを待っている。
数時間とも感じる長い沈黙のあと、エルドリッジがようやく口を開く。
「いずれ私自身は、犯した罪に対する罰を受けなければならない。
しかし私の感じる贖罪は私個人のものです。あなた方には関係ない。
これは私に罰を探す旅をしろという、カテリーナとアンナの意志なのかもしれません。
もし罰を受けるのが今でないのであれば、どうか貴女に同行する事を許可して頂きたい」
「うむ、エルドリッジ。確かにそうかもしれないな」
おまえはホントに黙りなさい。いい加減にしないと、私も魔剣スノーフェアリーを抜刀しますよ。
イシェイルも右手を振るわせて、横にいるタケルが彼女の震える右手を抑えてる。だがタケルも眼つきは鋭く、込み上げる怒りを抑えてるようだ。
チビ雪は少し頬をプクッと膨らませて、ハイドリッヒにムカついてるご様子。
みんな思う事は同じでホッとする。
それにしてもカテリーナとアンナの意志か。
私はエルドリッジ自身の意志を聞いてるんだけどな。それに私の旅を罰ゲームみたいに言わないでよ。
ちょっとだけエルドリッジの一言が気になりながらも、一応どうするか処遇は決まった。
「いいわ、エルドリッジさん。あなたをパーティに参加する事を許可します。
でもいいですか、パーティのリーダーは私。あなたは遥かに年下の小娘の指示に従ってもらう事になりますよ?」
「はい、勿論でございます。
不詳エルドリッジ、これより貴女様に忠誠を誓います」
エルドリッジはソファーから立ち上がると、テーブルの横に移動してこちらを向き片膝を付いて最敬礼をした。
元は良家の当主、その姿が非常に様になっていた。
「エルドリッジさん、あなたに一つ聞きたい。
何故あなたは、最も憎んだゲオルグの名前を偽名にしていたんですか?
偽名にするなら、他にもいくらでもあったでしょうに」
目を瞑って最敬礼をしていたエルドリッジが、片膝を付いたまま頭を上げた。
「スノー様、で間違いありませんな。ゲオルグに対しては正直なところ、今でも憎んでおります。
しかし元から憎み合っていた訳ではないのです。元は兄弟で足を揃えて、ワースを発展させるため尽力していました。
おかしくなったのはそう、莫大な金が舞い込んできた時から、私達兄弟にはズレが生じてしまいました」
少し言葉を詰まらせたエルドリッジの目には、憎しみとは違う怒りのようなものを感じた。
「だが弟と憎み合ったのは、それは私の弱さが全ての原因。
私がもっと強ければ弟は、ゲオルグは狂わずに済んだのかもしれない。そして私自身も。
どんな理由があれ実の弟を殺してしまった、自分の弱さへの怒りもまた消えないのです」
弟のゲオルグを憎みながらも、ずっと心のどこかで後悔の念に苛まれていたのか。
しかも百年以上も、正に生き地獄というやつだ。
私には、かける言葉が見つからない。それは他のみんなも同じだった。
「エルドリッジ、辛かったのだな…悲しかったな…」
そして、この領主である。
今の話しを聞いたら、そんな軽い言葉など掛けられるはずもないのに。
「リーダー……いいか?」
「ダメ、気持ちはわかるけど、ダメ!」
怒りで震えるイシェイルを何とか、自分を宥める様に言い聞かせた。
当のハイドリッヒは、何故私達がそうなってるのか分かってないのが救いだ。
「エルドリッジさん、事情は分かりました。古傷をえぐるような過去を聞いた事をお詫びします」
「スノー様、何と勿体ないお言葉!
しかし私めには敬語は不要でございます。私はあなたの従者、どうぞ呼び捨てにしてやってください」
エルドリッジは再び頭を下げて最敬礼を続けた。
「分かりました、いえ分かったわ。あなたの忠誠、間違いなく本物ね」
「ありがとうございます、スノー様」
それを見て、思わず他のメンバーを見てしまった。今まで私に、ここまで礼儀正しく忠誠を誓ってくれた者はいただろうかと。
「ねえ、何でみんな私と目を合わせないの?」
さっきまで私の主だと主張していたリーティアもそっぽを向き、元から側近であるはずのチビ雪も吹けない口笛を吹いて誤魔化している。
「んんん、んんんーんんん!」
「リーティア、訳して」
「俺は喋れないからな! と言っています」
まあ忠誠とか性に合わないし、べつに今更いいけどさ。
「エルドリッジ、あなたの忠誠心は嬉しいけど、もう少し砕けた感じに出来ないかしら? ちょっと堅苦しいというか」
「そうですね。では、お嬢様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「お、お嬢様! それ採用!」
お嬢様なんて呼ばれた事ないし、変にテンションが上がってしまった。
それにしても、まさか依頼人がパーティに加わることになるなんて。
何とか一件落着となったけど、また問題を抱え込んでしまった事に気が滅入る。
とりあえず今日のところは寝よ…と思い、ソファーから立ち上がる。
「それでは話しは終わりましたね。私は離れで休ませてもらいます。
エルドリッジ、今日は領主の屋敷で泊まりなさい」
「は! 仰せのままに!」
素直に従ってくれるエルドリッジは一番新しい仲間にして、もしかして一番の従者なんじゃないかな。
微妙に複雑な気持ちを抱えながら、最敬礼をしたままのエルドリッジを残して執務室のドアに向かった。
一緒に座っていた仲間たちもソファーから立ち上がり、領主の執務室を出ようと入り口に集まる。
「待ちたまえ、君にはもう一つ話しがある」
またさっきの偉そうな態度を取り戻したハイドリッヒが呼び止めてきた。
一体なんの話しだというのか、事と次第によっては本当にキレてしまうかも。
「何ですか? 私はもう疲れてるんですが?」
かなり強い口調で、イライラを全面に押し出した返事をした。
大体こちらがその気になれば、田舎町の領主如きなど恐るるに足りないわ!
みんなも同じように、領主ハイドリッヒに鋭い視線を送っている。リーティアとイシェイルに至っては、理性を保つのに必死そうな形相だ。
「先程のことだが、ル・ジャルダン・トゥーレからクレームがあったのだ。
私の関係者が酒を飲みながら店で騒いで、他の客の迷惑になっており、次にもし同じことをやったら出禁にすると。
さらに私の優先特権もなくすと、店長は酷く怒っていた」
「は、はい!?」
やっぱりクレームがあったんじゃないのーやだー!
どうしようと思って周りを見ると、急に誰も私と目を合わせない、助けようとしてくれない。
ねえリーティア、さっきまでの圧はどこに行ったの…あなたさっきまで私の僕だと主張してくれていたじゃない。
ねえチビ雪ちゃん、あなたいつまで吹けない口笛を吹き続けるの?
ねえカール、あなたは何で急に静かなの…喋れなくなっても、うるさかったじゃない。
ねえエルドリッジ、ずっと目を合わせないまま最敬礼しなくていいのよ?
ねえイシェイル、あなたさっきまで領主を殴り飛ばそうとしていたじゃない、なに急に縮こまってるの?
ねえタケル、あなたまで………さっきまで一緒に怒ってくれていたよね?
ねえ、どうして誰も私を助けようとしてくれないの!
騒いでたのは私だけじゃない。一緒にいたみんなにも責任はあるはずでしょうに!
私一人が責められるような空気に、納得のいかない感情が湧き立ってきた。
「スノー殿、これまでの話しを聞くと君がこのパーティの主なのであろう。
ではパーティの全責任は君にあるという事だ。たとえ君だけが、問題ではないにしてもだ。
こんな小さな町の領主の戯言だが、主とはそういうものなのだよ。
つまりこの件に関しては、君は私に何か言う事があるのではないかね?」
これに関しては、ハイドリッヒの言う事は最も過ぎて何も言い返せない。
そして私は、まだまだ小娘だと思い知らされているようだった。
変な汗が額から流れてくる。
「ね、ねえ。そもそもお酒を呑んで、騒いだ原因てさ」
「私はあなたに忠誠を誓う、ただの小悪魔です。ほら、領主様が『我らが主の』答えを待っていらっしゃいますよ」
こ、この…なんて変わり身の早さなの!
小悪魔だなんて大嘘ぶっこいてんじゃないわよ!
都合のいい時だけ私を祀り上げて!
こいつマジで悪魔だわ、色んな意味で!
「ね、ねえ…」
「私も、ただの哀れなオークの娘、忠誠を誓った主に従ったまでです!」
ちょ、イシェイルまで。オークを毛嫌いしてたくせに何がオークの娘よ、しかも哀れ設定まで付け足してんじゃないわよ!
ダークエルフの誇りはどこに消えたんですか!
それにいつ私に忠誠を誓ったんですか!
「んんんんん(右に同じ)」
今のカール語は、翻訳なしで何言ってるか分かったわよ!
こ、こいつらホント!
元はと言えば呑んだくれ三人組が原因を作ったのに、こいつら全て私に押し付けやがった。
確かに大きな声を出した瞬間はあったけど、お酒を飲んで騒いだのは私じゃない。そう、私のせいじゃないのよ!
そして気づけば悪魔の戯言に全員で乗っかって、知らぬ存ぜぬの素振り。みんなプライドはないのかー!
唯一の頼みの綱は。
「え、エルドリッジ…」
「お嬢様、申し訳ございません。私の罪ではありませんので…」
ですよねー! いやエルドリッジはいいよ、でも他のみんなは薄情じゃないの!
そんな私の心境を見通すように、ハイドリッヒが畳みかけてきた。
「実はエルドリッジの事で素直に受け入れてくれたら、ル・ジャルダン・トゥーレの件は不問にするつもりだったのだ。
しかし残念ながら、そうはならなかった。なら君も私に納得のいく説明をしてもらいたい」
ぐ、ぐうの音も出ない。短時間で、自分の言葉がそのまま跳ね返ってきた。
「え、えっと……あのその……も、申し訳ありませんでしたー!」
結局、私一人だけが深々と腰を折り曲げて、ハイドリッヒに頭を下げることになった。魔界一の魔王が、どこにでもある田舎町の領主に。
元々魔王が嫌で辞めたいと思っていたのに、旅に出ても結局また責任だけが付き纏うのね。
パーティの薄情さと自分の宿命を呪いながら、この日は領主の屋敷を出て離れに戻ったのだった。




