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119話 領主の要求

一連の幽霊屋敷事件は、一応の幕を閉じた。


港湾組合を後にした私達は、以前訪れたレストラン『ル・ジャルダン・トゥーレ』へと向かって食事となった。


「あいつを信用してよかったのか? このまま逃げるかもしれないぜ」


カールの不信感は当然だ。


隠し事をしていた上に、多くの犠牲を出した張本人だったんだから。


だけどエルドリッジは根っからの悪人ではないと思う。


憎しみに駆られて本人もどうしようもなかったんだろうな。


「大丈夫でしょう。これ以上カテリーナを裏切るような真似はしませんよ」


リーティアがエルドリッジを庇うとは思わなかった。


正直驚いた。


そういえばあの時リーティアは、最初からかなり怒ってるように見えたけど何かあったのかな。


「ねえ、エルドリッジと会った時さ。なんであんなに怒ってたの?」


クエストに参加した四人が怒るのは分かる。そりゃあ冒険者家業なんて、いつ命を落としても分からないんだけどさ。


でもエルドリッジのせいで、余計な命の危険に晒されたのも事実ではあるし。


なのに不参加だったリーティアが一番怒ってるように見えた。


口調はいつものような気怠い感じではあったけど、どこか圧があったというか。


「スノー様、流石ですね。隠してるつもりだったんですけど、何気に長い付き合いですものね」


あれで隠してるつもりだったんですか、僅かに殺意も感じましたけど。


「まあその何というか、私もスノー様の容体を案じていました」


少し顔を赤らめて、どこか恥ずかしそうにリーティアは答えた。


「もしかして、私が意識不明で帰ってきたから心配してくれていた?」


「……………そこの店員! お酒おかわり!」


「うわ!? びっくりした!」


恥ずかしさを誤魔化すように、リーティアが突然大声を上げてお酒のおかわりを注文した。


真横にいたタケルが、その大声に驚いてビクッとなった。


それにしてもホントに素直じゃないな、この悪魔は。エルドリッジに怒ってたのも、私が大変な目に遭ったからだったのか。


全く、心配してたんなら素直にそう言えばいいのに。


「まあエルドリッジがふざけた奴だったら、あの場で切り刻んで海のモンスターの餌にしてやりましたよ。彼は命拾いしましたね。ウフフふふ」


「サラッと怖いこと言わないでよ!」


「俺には事を荒立てるなって言ってたのに、リーティアはやる気満々だったのかよ!」


「三人とも声が大きいです! 周りに見られてるじゃないですか!」


チビ雪に注意されて、みんな声のトーンを落とした。


「あ、そういえば大事なことをもう一つ聞くの忘れてた! チビ雪ちゃんのこと!」


エルドリッジの過去話を聞くのに夢中になり、なぜカテリーナがチビ雪に似ているのか、何か知っているか完全に聞きそびれていた。


「そうだったね。もし何かあるとしたら、カテリーナの母親が何かしら関係してそうだけど。

まさかカテリーナがチビ雪さんの祖先ってことはないだろうし」


「せっかくチビ雪ちゃんのルーツを知る機会だったかもしれないのにな。

奴が引き渡される前に、またエルドリッジに会うか?」


「そうね、領主に相談して少し時間を設けてもらおうか」


チビ雪のことについて、改めてエルドリッジに会う段取りをしようと相談をして話しが纏まりかけたとき。


カランというカトラリーが落ちる音と共に、チビ雪が立ち上がった。


「私に無断で勝手なことを話し合わないでください! 私のルーツはガーデン・マノスです!

私の名前もチビ雪です! そして私の家族はお姉さまだけです!

そんな話し聞きたくありません!」


今度はチビ雪が大声を上げた事で、周囲がざわざわしてしまう。


奥から店長らしき魔族がこっちを見ている。


迷惑客だと思われて、目を付けらてしまったかも。


「ごめんね、チビ雪ちゃん。もうしないから座ってちょうだい」


「ああ、俺も悪かったよ。すまん」


「ちょっとデリカシーがなかった。チビ雪さん、申し訳ない」


プクーっと頬を膨らましたまま、チビ雪は自分の椅子に腰を落とした。


相変わらず本気で怒ると顔を膨らませるのね。


しかし悪目立ちして周囲の目もあるし、早々に食事を終えて店を出たいと思っていたのに。

店を出る事になったのは、ここから一時間以上経ってのことだった。


食事を終えてから自分達の屋敷に向かう道すがら、リーティアがボヤキ出す。


「あーあ、もっと飲みたかったのに」


本当にこの吞んだくれ悪魔は。さっきも十分呑んでいたでしょうに。


途中からお酒がいい具合に入ったリーティアは次々にお酒を注文し出して、イシェイルやカールも便乗して大宴会となってしまった。


それまで大声が出たりで、店側から目を付けられていたこともあり。


「お客様! ここは宴会場じゃありません! 他のお客様の迷惑になっているので、静かにお願いします!!」


激怒して注意してきたル・ジャルダン・トゥーレの店長。

私とチビ雪、タケルの三人で必死に頭を下げて謝っていた。


原因を作った当の本人はというと、赤い月に照らされてなのか、お酒がいい感じに回ってなのか。

いつも以上にリーティアが顔を赤らめていて、呆けた顔になってる。


「リーダー、屋敷に戻ったら飲み直していいか?」


どうやらイシェイルも不完全燃焼だったらしい。


「マジかよ! 昨日あんだけ騒いだのに、まだ呑む気かよ!?」


「いいけど、二人だけでやってね。

私はまだ体が完全に回復してないから、早めに寝させてもらうわ」


この吞兵衛二人に付き合ってたら、体がいつまで経っても回復しないわ。


さっきまで一緒に呑んでたカールも、流石に今晩は付き合い切れないみたいだ。


「それよりお姉さま、なんか町が騒がしくないですか?」


「言われてみればそうね。何かあったのかしら」


町の普段の賑わいとは違う、少し殺気だったザワつきが町を覆っていた。


領主直属の衛兵らしき者たちも、慌ただしく動いている。


「考えても仕方ないし、さっさと帰ろうぜ」


確かにそのとおり、もう疲れたし早く屋敷に戻って休みたい。


それからしばらく歩いて、ようやく離れがある領主の屋敷に戻ってきたのだが。


「姉御、何やら屋敷も騒がしくないか?」


町の雰囲気のせいか領主の屋敷は警備を厳重にしている。


なんか嫌な予感がするのは私だけだろうか。


とりあえず自分達が住む離れに戻るためには、敷地内に入るしかない。


「私達には関係ないし、何食わぬ顔で入れば大丈夫よ」


だけど、こういう時というのは嫌な予感が当たるもの。


我、関せずと言わんばかりに堂々と門から入ろうとしたら案の定、衛兵に止められてしまった。


「スノー様、やっと戻られましたか! 領主ハイドリッヒ様がお待ちになっています。案内しますので、こちらに」


「お姉さま、今度は何をやらかしたんですか?」


「な、何もやらかしてないわよ! ていうか、今度って何よ!

他のみんなもなによ! その目は! 私をトラブルメーカーみたいに見ないでよ!」


パーティからの視線が痛い。


でも領主に呼ばれるとか、何も身に覚えはないはず…たぶん。


あ、もしかしてル・ジャルダン・トゥーレで騒いだことかな?


あの店は領主お気に入りのお店だったというし、領主の元に直接クレームが入ったとか。


いやいや、それなら私だけじゃなくて、みんなも同罪よ!


そんな事を考えながら、衛兵二人が前を先導するのに付いて行き、領主の待つ執務室に繋がる廊下を歩く。


執務室のドアの前に衛兵が立つと、ドアを三回ノックした。


「ハイドリッヒ様、スノー様たち御一行をお連れしました」


「うむ、通せ」


相変わらず偉そうな態度だこと。ドア越しから聞こえたハイドリッヒの言い方が、何となく癪に障る。


命令に従い、衛兵は執務室のドアを開けた。


「どうぞ、お入りください」


中に入ると、ソファーに座ったハイドリッヒ。その対面のソファーには、もう一人誰かが座っている。


こちらからは後頭部しか見えず、顔を確認できなかったので気付くのに少し遅れてしまったが。


「あなたまさか、エルドリッジ?」


領主と一緒にいた男はソファーから立ち上がり、後ろを振り向いてこっちを見た。


「数時間ぶりですね。スノー様と御一行様」


やっぱりエルドリッジ。


港湾組合で出迎えた時と同じように、深々と頭を下げて挨拶をしてくる。


一体これはどういうことなのか。


「よく来てくれた。とりあえず座ってくれたまえ。君達に折り入って話しがあるのだ」


ハイドリッヒは立ち上がるとエルドリッジのいるソファーに移り、今まで自分が座っていたソファーに私達に座るよう命じてきた。


「スノー様、ここは従いましょう」


「ええ、そうね。話というのも気になるし」


「私も話しが何なのか気になります」


「まあエルドリッジがここにいるって事は、処遇が決まったって事だろ? 早く座ろうぜ」


「チッ、私は飲み直しをしたかったのに」


「姉さん、飲み直しなら終わってからでもできるよ」


一人愚痴りながらも、部屋の奥側にあるソファーに全員で座った。


立派なソファーで六人が座っても、まだスペースがあるぐらいに大きい。


私達が座るのを見て、ハイドリッヒとエルドリッジも座った。


「さて、早速本題に入ろう。君達に話しというのは」


「待ってください。ハイドリッヒさんは、エルドリッジから全ての真実を聞いたのですか?」


ハイドリッヒの話しを遮るように質問をした。


さっきのエルドリッジの話しでは、魔王グリテアの元で罰を受けると約束したからだ。


なのに何故こんなに落ち着いて話し合いをしようとして来るのか、まずはそこの説明が欲しかった。


「ああ、聞いたよ。ゲオルグ…いやエルドリッジだったな。

全てを打ち明けたエルドリッジは、全ての責任を取って罰を受けると。

そして私に、魔王グリテア様のいる魔都市クランレアドに移送するよう訴えてきた」


その割には、やけに落ち着いているように見えるんですが?


エルドリッジも、ちょっと申し訳なさそうにこっちを見ている。


「とりあえず本題に入っていいか? 君に邪魔されてしまったんでね。

その上で君達に話しがあるのだ。濁しても仕方ないから単刀直入に言う。

エルドリッジを君達のパーティに加えてやってはくれないだろうか?」


「はい?」


ちょっとこの領主は何を言っているのでしょう。


息子と揉めていた件から、少々足りないところがある領主だとは思っていたけど。


エルドリッジを私のパーティにって、なんの説明もなしにパーティに加えろと申されましても。


「ハイドリッヒさん、それでは納得ができません。

例え私が許可しても、他の者は納得しないでしょう。

であれば納得のいく説明をするのが筋ではないでしょうか?」


「私はワース領主だぞ。この町では、私の命令は魔王グリテア様の命令と同義なのだ。つまりこれは」


「命令だと? いくら何でも横暴過ぎます」


ここまで来るとバカとしか言いようがないわ。


これでは何も納得などできない。当然エルドリッジをパーティに加える事だって無理な話し。


「おいマジかよ!? あんた自分の言ってる事が分かってるのか? 

こいつは罪人だぞ! 命令だか何だか知らないが、そんなの知った事じゃねぇ!」


「貴様! 領主である私に向かって無礼な口を聞くな!

次にその減らず口を叩いたら、貴様を魔都市クランレアドに移送するぞ!

言葉遣いには気を付けるんだな!」


いつも通り沸点の低いカールが、ハイドリッヒに食って掛かってしまった。


こうなると話しが俄然ややこしくなる。


「カールさん、あなたが口を開くとロクなことになりません。

しばらく閉じさせていただきます」


パチン!


「え、ちょ……んん――!?」


リーティアが指をパチンと鳴らすと、カールの顔から口が消えた。


何も話す事ができなくなったカールの顔を見て、その場の空気が一瞬で凍り付たいた。


対照的にこの場で、ただ一人だけ熱くなっていくようにも見えるリーティア。


まるで昔の大悪魔時代に戻ったかのような、赤く輝く真っ赤な目を領主ハイドリッヒの視線とピタリと合わせ。


「それと領主さん、あなたも何かと口が過ぎますよ? 我々はあなたの部下ではない。そして私に命令できるのは魔界でただ一人、ここにいるスノー様です。

言葉遣いには気をつけてください。二度は言わぬぞ?」


最初は冷静な口調だったリーティアの言葉が、最後はドスの利いた低い殺気の篭った声に変わる。

スノー達一行だけでなく、領主やエルドリッジも凍り付く。


完全にビビった領主が声を震わせ返答する。


「わ、わかった。気を付ける……いや、気を付けます」


ギロりとハイドリッヒを睨みつけたリーティアに、さすがのハイドリッヒも縮こまって大人しくなった。


元々機嫌の悪かったリーティアは、やっぱりまだ虫の居所が悪かったようだ。あと因縁深いグリテアの命令だと言われて、カチンといっちゃったんだろうな。


力を制限しているのにも関わらず、少し体から青紫色の魔力が溢れ出してるように見えた。


これ、本来の姿だったら屋敷ごと消し飛ばされてたわね…。


「えっと…話しを戻しましょうか。

エルドリッジを私達のパーティに加えて欲しいって。

どうしてそうなったのですか? 納得のいく説明をしてください」


私が話しを戻すと、横で再びリーティアがハイドリッヒを睨みつける。


「う、うむ。それなんだが。

実は私も最初はエルドリッジを処罰する気だった…のです。

エルドリッジからの自白を受けて、魔王グリテア様にすぐに伝達を行った……いました」


「あの、ハイドリッヒさん。普通に話してくれていいですよ。何か話し辛そうですし」


「い、いや。大丈夫だ…です」


「領主さん、スノー様がそうおっしゃっているのですよ?

私の主の言う事が聞けないのですか?」


「は、はい! そうさせて頂きます!」


リーティア、絶対途中から面白がってやってるな。


悪魔の契約で私が主なのは本当だけど、今までそんなこと主張した事ないくせに。


ハイドリッヒはリーティアの圧に完全にビビってしまい、当事者であるエルドリッジはリーティアの機嫌を損ねないようにしてるのか、無言のまま何も喋らない。


話しが進まない状況がしばし続いて、肝心な話しに中々辿り着かないまま時間だけが過ぎてしまった。

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