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118話 憎しみからの転落

依頼人ゲオルグことエルドリッジは、娘のカテリーナを溺愛していた。


カテリーナの母である奴隷の魔族、アンナも等しく愛し、その光景は正に絵に描いたような幸せな親子そのものだった。


この幸せが続くならグルイヤール家の当主など、弟のゲオルグに譲ってもいいとさえ考え始めていた矢先。


事件が起きた。


ある日エルドリッジが急に入った仕事から帰って、いつものようにカテリーナとアンナの待つ隠し部屋に行ったところ。


なんと二人が哀れな姿で横たわっていた。すでに息はなく二人とも息絶えていたという。


想像もしていなかった光景が目に飛び込んできたエルドリッジは、唇から血が滲む程に噛み締めながら二人の亡骸を抱きしめ泣き叫んだ。


すぐに二人がゲオルグによって殺されたと悟ったエルドリッジは、怒りと憎悪の感情が沸々と、腹の底から煮えたぎり沸き立つのを感じていたという。


「あの時の感情は今でも忘れない。邪魔だった私を消そうとしたのだろうが、私は偶然入った急用で難を逃れた。だが私は大事な宝物を一度に失った」


初めてエルドリッジが見せた怒りに満ちた顔は、思わず背筋がゾッとする寒気が走るほどだった。


「隠し部屋を知っていたのはゲオルグを含め、ごく僅かな者しか知らなかった。だからすぐに私を裏切った側近だと思い、そいつを拷問して二人を殺したのはゲオルグの指示であったと自白させた」


弟が実の兄を殺そうとするなんて、さらに家族まで。

もしかすると、これは他人事のように聞いていてはいけないような気がする。


「そこの悪魔の彼女、いやリーティア殿の言う通り、あの祭壇で黒魔術を行い私はカテリーナを繋ぎ止めた。

ですが…あなた方に私の気持ちなど分かるはずもない。愚か者だと思うなら、それで構わない。

それに私はカテリーナと彼女の母・アンナを愛していた。それだけは間違いない事実なのだ」


愛するものを二人も同時に奪われたら、その怒りは想像を絶するものがあると思う。


何より私自身、前にチビ雪が危険に晒された時に怒りで我を忘れた事がある。


エルドリッジの気持ちも分からなくもないが。


「でもカテリーナの霊魂を狭い部屋に閉じ込めてるなんて、それはあまりに可哀想なのでは? 私から見れば、ただ自分が寂しかったからカテリーナを閉じ込めたとしか思えないんですよ」


思わず口を突いて出てしまった。


彼の気持ちは分からなくもないけど、やっぱり腑に落ちない部分もある。


最期のカテリーナの姿、パパと泣き叫んで消えていった。百年以上も閉じ込められて、どれだけ寂しかったんだろうかと。


私もカテリーナと同じ目に遭わされたら、同じように可笑しくなる自信がある。


「長い間、カテリーナを閉じ込めたことで悪霊にしてしまった事なら私の罪だ。

だが…カテリーナは幸せだった。それだけは…」


「エルドリッジさん、いい加減に自分を被害者ぶるのは止めては如何ですか?」


エルドリッジの言い訳を遮るように、食い気味にリーティアが噛み付く。


「これもカテリーナのためだと言うのですか? あの黒魔術は永続させるためには、定期的にそれに見合うだけの生贄が必要です。

つまりあなたは、カテリーナを留まらせるためだけに、多くの命を犠牲にしましたね? さらに聞きますが、影武者だったゲオルグの死の原因はなんだったのですか? 恐らく彼が最初の生贄だったのでしょう?」


「…………そうだ。だが奴は当然の報いというものだ。私から全てを奪ったのだから」


声を詰まらせながらエルドリッジは答える。


「じゃあ記録上ではグルイヤール家が呪われたとされる時から、ずっと家の関係者の者達を生贄に!?」


「…………ああ、その通りだ。ゲオルグの息子も側近だった奴らも、全員生贄として捧げた」


はあ、なんて事だろう。グルイヤール家の呪いの正体が、まさか目の前の依頼人だったなんて。


やっぱり今回もロクな依頼人じゃなかった。今まで私のまともな依頼人だったのって、大天使ツカサエルだけじゃないの?


いやあの天使コスプレおじさんが一番まともな依頼人って、それもどうなの…。


大天使ツカサエルには、凄くお世話になったし凄くいい魔族だけどさ。でも何だか悲しくなってきた。


だけどローエンとは違い、エルドリッジには一定の理解はできはするけど。


それでも自分勝手な独りよがりなのは間違いない。


「私にはあなたの悲しみと怒りが分かります。でも…あなたのしたことが、どれだけカテリーナを苦しめたか分かっていますか?

そして、そのせいで何人の犠牲者が出たか」


しばしの沈黙のあと、カールがソファーから立ち上がった。


「こんなに胸糞の悪い話しはないぜ! クソ親父のワガママのせいで、カテリーナはあんな悪霊になっちまったんだからな!」


そう、結局はエルドリッジのエゴだ。


カテリーナも、ある意味では犠牲者と言ってもいい。


「なあリーダー。こいつを殴り飛ばしてもいいか?」


イシェイルが右拳を力強く握り締める。


「いつもなら姉さんを止めるけど、今回ばかりは僕も姉さんと同じ気持ちだよ」


タケルも賛同し、今にも三人がエルドリッジに襲い掛かりそうだ。


そして途中から何故か怒りを露わにしているリーティアも、エルドリッジに対して殺意に近い視線を送っている。


まずい、このままだと修羅場と化してしまう。


エルドリッジには私も思うところはあるけど、今は領主の関係者で港湾組合長のゲオルグ。


何とかこの場を止めなければ。


「私を殺したければ殺すがいい。それで君達の気が済むのなら……だが私は自分のした事を後悔など………え?」


今にも修羅場と化しそうだった険悪な空気の中、小さな影がエルドリッジに向かっていった。


「エルドリッジさん、一人ぼっちで辛かったんですね。私もずっと一人ぼっちだったから分かります」


「ち、チビ雪ちゃん!?」


ソファーから立ち上がったチビ雪は、エルドリッジの元に向かい、彼の右手を両手でギュッと握り締めて顔を突き合わせた。


「か、カテリーナ!?」


過去への怒りと憎悪に満ちたエルドリッジの表情が、子供を見る親のような愛情の満ちた目に変わっていく。


「いいえ、私はチビ雪です。

私も奴隷でしたけど、途中でそこのスノーお姉さまの御両親に拾われて、それからは幸せでした。でも二人ともいなくなってしまった時は、本当に悲しくて寂しかったです。唯一の救いは、私にはスノーお姉さまがいました。

でもエルドリッジさんには誰もいなかったんですよね」


さらに強く、チビ雪はエルドリッジの右手を握り締めた。


その直後。


修羅場になりそうだった状況から一変、机の上に大きな水滴が滴り落ちた。


一つ落ちたのを皮切りに、次々に大粒の水滴が落ち始める。


エルドリッジが言葉にならない声を上げながら、両手でチビ雪の手を握り返して大粒の涙を流し始めて大泣きし出したのだった。


「私は……私は…………ただカテリーナと………アンナと幸せになりたかっただけなのに…」


子供のように涙を流して、エルドリッジはチビ雪の前で顔を落とす。


「もういいよ。私は十分幸せだったよ」


「!? 君は…本当に、カテリーナか!?」


チビ雪がエルドリッジに微笑む。信じられないものを見たように、エルドリッジは目を見開いてチビ雪を凝視した。


「チビ雪ちゃん!?」


気のせいだろうか、チビ雪が本当にカテリーナに見えてしまった。


「え? 私何かしました?」


すぐにいつものチビ雪に戻った。本人には全く自覚はないみたいだ。


でも確かに今の口ぶりはチビ雪じゃなかったような。


「ふぅ…私とした事が。少々頭に血が上っていたようです。

エルドリッジさん、チビ雪さんに感謝してくださいね」


エルドリッジを睨みつけていたリーティアが、いつもの気怠さに戻った。


リーティアだけじゃない。


怒りが爆発しそうだった仲間たちも振り上げた拳を下ろすかのように、血が上った頭の熱が冷めたようだ。


「私は………どうしたらよかったのだ………」


エルドリッジは俯きながら、自分に問いただすように声を漏らす。


「あなたの家族を思う気持ちは間違っていません。でも、だからといって他人を犠牲にして良い道理はない」


私がそう諭すと、さらにリーティアが続けた。


「カテリーナが悪霊へと変貌してしまったのは、実はあなた自身にも原因があります。本当にカテリーナの事を思うなら、せめてゲオルグへの復讐を果たした時点で、祭壇を破壊してカテリーナを見送るべきでした」


「そ、それは一体どういうことですか!? カテリーナは長きに渡る拘束のせいで悪霊になったのでは!?」


「タケルさん達の話しでは、カテリーナは明らかに自我を持っていたと言っていました。私が気になったのはそこだったんです。

ただの悪霊なら、物理攻撃を物理で防御するなんて知能はないのですよ」


忘れてたけど、確かにそうだった。


カテリーナはファントムキラーの矢を、霊力で物体を操って防御した。さらにはファントムキラーの結界を作る事も妨害してきた。


それに言葉を発していたし、無邪気に遊んでいるようでもあった。


ただ襲ってくるだけの他の悪霊とは、カテリーナは明らかに違った。


「あの黒魔術によって繋ぎ止めた霊魂には、術者の感情を色濃く乗り移してしまうんです。

さっき過去の話しをしたエルドリッジさんは、ゲオルグへの怒りと憎悪に満ち溢れていました。

だからカテリーナにあなたの憎悪が乗り移って悪霊に、というよりアンデッドモンスターに変えてしまったんです」


もしかしてカテリーナは他の霊達も操っていたのかな。拷問部屋でゲオルグの悪霊と戦ったけど、あれを倒した後にカテリーナ自らが出てきた。

ゲオルグの悪霊が意味深な言葉を残して。


尚もリーティアの解説は続く。


「あの祭壇による黒魔術は本来は一種の呪い、元は術者が復讐のために用いる黒魔術です。カテリーナが他の悪霊と違ったのは、そういうことなんですよ。

まさか知らなかったのですか? 霊を繋ぎ止めるだけなんて生優しい魔術じゃないのですよ」


「………バカな………そんな………そんな………私の感情が…娘を………カテリーナを………モンスターに………」


家族を思うあまりに狂ってしまったエルドリッジ。


決して許される罪ではないけど、私は彼を責めることができるだろうか。


同じ立場だったら私も復讐に燃えて、同じ事をしていたかもしれない。


それに。


「エルドリッジさん。なぜ屋敷を取り壊すことを領主に進言したんですか?」


「…………」


私の質問にエルドリッジは答えることなくうつむく。


「本当は、あなたもカテリーナを閉じ込めていることに、心のどこかで罪悪感を感じていたのでは?」


それからエルドリッジは天を仰いでから、ゆっくりと立ち上がって話しを始める。


「罪悪感を感じていたかと聞かれれば分かりません。ですが、復讐を果たしても二人は帰って来ない。それならいっそ屋敷を取り壊して、全てなかった事にした方が楽かもしれない。そう思ったのかもしれません」


復讐を果たしてもずっとカテリーナを屋敷に閉じ込めておきながら、屋敷の取り壊しを進言するという矛盾。


もしかしたらエルドリッジ自身、自分でも何が正しくて何が間違っているのか分からなくなっていたのかもしれない。


強い憎しみは、知らず知らずのうちに心を蝕んでいくのかもな。


「じゃあ、何でずっと他の冒険者を雇ったんだ? 生贄のためだったんじゃないのか!」


未だに一人怒りが収まり切らないカールが、エルドリッジに突っかかる。


その問いに対して、エルドリッジは首を大きく振って言い返した。


「それだけは絶対にない、そしてこれだけは信じて欲しい。冒険者を雇って悪霊退治を依頼したのは、決して生贄のためではありません。

先程も言いましたがワースは私か零から作った町、少なくともワースの発展を憂いてというのは本当です」


真っ直ぐこちらを見据えて話すエルドリッジは、さっきまでとは少し雰囲気が変わった気がする。


さっきのチビ雪がエルドリッジの何かを変えたのかもしれない。


「姉御、どうする? こいつを領主に突き出すか?」


確かに、そろそろどうケジメを着けるか決めなければいけない。


エルドリッジの事情には同情するけど、長年に渡って大勢の犠牲者を出してきたんだ。可哀想の一言で片付けられるものでもない。


はあ………面倒だな、何でこうなってしまうんだろ。ただのお金稼ぎだったのに。


心の中でボヤキながら考えていると、エルドリッジの方から切り出してきた。


「あなた方の手を煩わせる気はありません。今から領主ハイドリッヒの元へ出頭します。そして私は自ら魔王グリテア様に全てを自白し罰を受けます」


「いいのですか? 魔王グリテアは敢えて殺さずに魂を捕らえ、永遠の苦しみを与え続けるのですよ?」


リーティアが忠告をしたが、エルドリッジの意志は固いようだ。


「いいのです。私がカテリーナを狭い部屋に閉じ込めてしまったように、私も同じ罰を受けなければ。

娘とアンナ、そして犠牲になった者達に申し訳が立たないでしょう」


エルドリッジは自らが犯した罪を全て打ち明ける約束をした。


そこで一度報酬の受け取りは保留にして、改めてクエスト村経由で貰うことにする。


でも実の兄弟で殺し合うぐらいに憎み合うなんて。そんな悲しいことがあっていいのだろうか。


大き過ぎる金と権力はそれだけ色々なものを狂わせてしまう、ある意味悪霊より怖いと思わされた今回のクエストだった。


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