117話 ゲオルグの正体
「詮索するようで申し訳ありませんが、あなたはカテリーナを知っていましたよね? 何故あの屋敷に巣食う本当の悪霊の事を、依頼の段階で教えてくれなかったのか。私達には知る権利があるはずです」
先に隠していた事を教えてくれていたら、私達もあんな危険な目に遭わなかったかもしれない。
さらには他の冒険者達も、無用な犠牲を出さなくて良かったかもしれない。
ゲオルグの勝手な都合で何人もの冒険者が犠牲になったのは紛れもない事実。場合によってはローエンと同じ目に遭ってもらわなければならない。
カールとイシェイルが今にも飛び掛からんとばかりにゲオルグを睨みつける。
「逆にお聞きしたいのですが、あなた方は何を知りたいのですか?」
「さっきも言いましたが、まずあなたがカテリーナを知っていた事です。
私達は最初、屋敷に巣食う悪霊はエルドリッジだと思ってました。
ところがエルドリッジの悪霊を退治した後、まるで目を覚ますかのようにカテリーナが襲ってきました」
それを聞いて両手で顔を覆ったゲオルグは、無言のまま固まってしまう。
「さらにもう一つ、屋敷にはあなたの肖像画が飾られていました。
見た目はもう少し若い雰囲気でしたが、顔は間違いなくゲオルグさんでした。
あなたはグルイヤール家の、それも位の高い関係者だったんじゃないですか?
じゃないと肖像画なんて作られないでしょう」
「…………どう話したらいいのやら。
だがカテリーナが悪霊だというのは何かの間違いだ………。
そんな事は断じてない…。君達の見間違いだろう」
確かにあの少女の霊がカテリーナという確証はない。自ら名乗ったわけじゃないし。
だけど領主の記録で見たカテリーナと瓜二つだった。
「おい! この期に及んで誤魔化す気かよ! 実際カテリーナは俺たちを襲ってきたんだよ! 悪霊そのものだった!」
歯切れの悪いゲオルグの言い訳に、我慢の限界が来たカールがソファーから立ち上がって掴みかかった。
胸倉を掴まれてもゲオルグは一切抵抗せず、険しい顔のまま口を閉ざしている。
「この野郎! いい加減にしやがれ!」
カールが殴り掛かろうとした時、咄嗟にリーティアが間に入り振り上げられた腕を掴んで止めた。
「カールさん、落ち着いてください」
「でもよ!」
「カール、落ち着いてください?」
「は、はい…」
リーティアに睨まれたカールは、正に蛇に睨まれた蛙のごとく静かに元のソファーに座った。
一旦場が収まったが。
そのまま自分の椅子に突っ伏したまんまのゲオルグを見下ろすように、リーティアは口を開く。
「あなたが話せないのなら私から話してもよろしいですね? ゲオルグさん。
いえ、エルドリッジ・グルイヤールさんと呼んだ方がよろしいでしょうか?」
「!? な、なぜ私がエルドリッジだと…!?」
リーティアの突然の一言に、ゲオルグは目を見開いて驚きと焦りが入り混じった表情に変わった。
「直感ですよ。今のあなたの反応を見て確信に変わりましたけどね」
もちろん、その場の全員が驚いたのは言うまでもない。
「ちょっと待って、依頼人のゲオルグさんがエルドリッジ!? どういうことなの!?」
「リーティアさん、エルドリッジは百年以上前に死んでいるはずだ。
もしゲオルグさんが本当にエルドリッジだとしたら、記録にあるエルドリッジは一体誰なのかという疑問が残る」
「タケルの言う通りだ。現に私達は、幽霊屋敷の地下部屋でエルドリッジの悪霊と戦ってるんだぞ?」
「ああ、顔は半分崩れていたが、間違いなく記録の写真のエルドリッジだった! 俺は顔は見間違わないぜ!」
いきなり依頼人のゲオルグがエルドリッジだと言われても、にわかには信じ難い。
リーティアには、記録のエルドリッジが別人だという根拠があるのだろうか。
「実はスノー様たちが帰って来た次の日、私は一人で幽霊屋敷に入りました。タケルさんたちから聞いた話が、どうしても気になったからです」
「一人であんな不気味な屋敷に入ったの!?」
「ええ、まだ霊は漂っていましたが大丈夫でしたよ」
「でもカテリーナは退治したとはいえ、まだ悪霊がいた可能性もあったし危険じゃない!
みんなも何で止めなかったの!」
「すまない、翌日は僕達も疲れていて自分の部屋に引き篭もっていたんだ。
僕に至っては、霊魂溶解の連発による反動が思ったより大きくて」
「私はお姉さまの看病に付きっ切りで…」
みんなが申し訳なさそうに目を逸らした。
確かにリーティアは一人でも大丈夫かもしれないけど、いくら大悪魔でも力を制限してる状態じゃ、万が一という事だってある。
ましてや私が昏睡状態に陥ってまで帰って来た翌日に、幽霊屋敷に一人で行くなんてとても看過できない。
「スノー様、私は買い出しに行くと言って出て行きましたからね。まさか幽霊屋敷に行くなんて誰も思ってもなかったでしょう。
あまりみんなを責めないであげてください」
「とはいえ悪霊はいなかったのか?」
「いえ、イシェイルさん。カテリーナが居なくなって調子に乗ってる悪霊が何体か。
私に気付くなり襲ってきましたが、全てアビゲイルの餌にしてやりました」
「あ、あの蛇は霊すらも食べるのかい………?」
震えた声のタケルが聞き返した。初見でアビゲイルに食べられた経験から、少しトラウマになってるらしい。
「ええ、アビゲイルは雑食ですから何でも食べますよ」
「…………リーティア、そろそろ」
これ以上は本題から外れるので止めておいた。だけど、この件に関しては後でリーティアとはキッチリと話しはするけど。
一応私は彼女の主なんだから。
「そうですね、スノー様。さて話しを戻します。
一人屋敷に侵入した私は地下の祭壇のある部屋で、隠し部屋を見つけたんです。
隠し部屋の中には一枚だけ、記録にあったカテリーナと両親が一緒に描かれた絵が飾られていました」
リーティアが巣魔火で撮ってきた写真には、仲睦まじく微笑むゲオルグとカテリーナ、そして母親と思わしき女性の三人が描かれていた。
その様子はまるで親子のように。
「まさかリーティア、カテリーナはゲオルグの娘なのか!?」
「はい、イシェイルさん。おそらくそうだと思います」
祭壇のあった部屋か、あの時は部屋を隈なく探索してる余裕がなかったから、隠し部屋の存在には気付かなかった。
するとリーティアが、よく分からない質問をしてきた。
「みなさんにお聞きます。ここに写る絵の男性は誰に見えますか?」
「リーティアいきなり何? 質問の意味が分からないんだけど?」
「いいから質問に答えてください」
「ここにいる依頼人のゲオルグさんに見えるけど?」
他の三人も怪奇な顔をしながらゲオルグだと答える。全員の答えを聞いたリーティアは、どことなく納得した表情。
いやいや、何の説明もなく一人で納得しないでよ。
突然の意味が分からない質問に、ちょっと場がシラケた気がした。
「最後にゲオルグさんに質問します。この写真に写る絵の男性は、あなたで間違いありませんね?」
その質問、まだ続けるの。
「リーティア、いい加減に」
「………頼む、その写真を仕舞ってくれ………」
リーティアを止めようとしたら、か細い声でゲオルグが訴える。見てるだけでも辛い過去なのか、余程思い出したくないのか。
言われた通りに、リーティアは巣魔火を仕舞った。
だけどゲオルグは、まだ真実を話そうとしない。
「あの…」
中々話しが進まない中で、遠慮気味で切り出してきたのはチビ雪。
彼女の一言に、ゲオルグはチビ雪を見つめる。
その顔は、まるで自分の愛娘を見るかのような優しさが目の奥にあるようだった。
「さっきの写真の子がカテリーナ…さんですよね? 本当に私にそっくりで驚いてます。私に何か関係あるのか分からないけど。
ゲオルグさん、お話し聞かせてくれませんか?」
チビ雪の訴えに完全に観念したのか、ゲオルグは少し考えるように小さく頷いて口を開く。
「実は君の事は領主ハイドリッヒから聞いていました。元は奴隷の子だそうだね。
正に愛娘のカテリーナに瓜二つだ…」
ハイドリッヒめ、勝手にこっちの情報を教えないでよ。
しばしの沈黙のあと、ゲオルグは真実を語り始める。
「さっきこの悪魔の女性が言ったように私の本当の名は、初代グルイヤール家当主のエルドリッジ・グルイヤールだ。
そして君達が屋敷で見たという悪霊、おそらくそれは私の弟のゲオルグ・グルイヤール…」
「兄弟? じゃあエルドリッジが兄でゲオルグが弟? でも今はあなたはゲオルグを名乗ってて………ああもうややこしい!」
「スノーさん落ち着いて! 弟の存在は僕たちが記録を見た限りでは見当たらなかった。あなたがエルドリッジだとすると、まさか弟のゲオルグは影武者だったのですか?」
ゲオルグ、もといエルドリッジがタケルの質問に静かに頷く。
「あなたの言う通り、私と瓜二つの弟、ゲオルグは影の存在として私を支えてきました」
「なるほど、身の安全のためですか。つまりあなた方は二人でグルイヤール家当主、一緒に表に出る事はなかった訳ですね」
「そうだ。悪魔の女性、君の言う通りだ」
「私のことはリーティアと呼んでください」
時の権力者が影武者を置く事は珍しいことじゃない。となると記録にあるエルドリッジの死は、影武者のゲオルグだったのか。
影武者というだけあって、カールが見間違うほど似ていたんだな。
(………ん?)
何かがおかしい。ここで猛烈な違和感に襲われた。
領主ハイドリッヒが持ってきた、記録書の写真のエルドリッジは全然顔が違った気がする。
「ねえ、私ちょっと引っ掛かるんだけど? 記録で見たエルドリッジは、全然ここにいるエルドリッジと似てなかったよ?」
「あれ? そう言われればそうだね。記録のエルドリッジと悪霊の顔は一致してるけど、目の前のエルドリッジさんとは違う」
「確かにそうだな。それに幽霊屋敷で見た肖像画の奴とエルドリッジの悪霊も顔が全然違ったぞ」
「ほら見たかよリーティア! だいたい俺が見間違う訳ないんだよ! エルドリッジの悪霊は俺達が退治してる! こいつがエルドリッジの訳がないんだ! 大方俺達を混乱させるために、こんな嘘を付いてるんだろうぜ!」
どんどん話しがややこしくなる。そして私を発端に、ここでとんでもない事実が発覚する。
「俺はしっかり覚えているぜ! エルドリッジには、目のところにアザがあったんだ!」
「え? 何言ってんの! エルドリッジの顔にアザなんて無かったよ! 隻眼のおっさんだったじゃない!」
「スノーさんもカールも何言ってるんだ。僕の記憶では、左頬に切り傷があっただけだ」
「いやタケル、切り傷なんて無かったぞ。口から大きな牙を生やした獣みたいな顔をしてただろ!」
何故か一人もエルドリッジの顔が一致しない。
「ちょっと待ってよ! 何でこんなにエルドリッジの記憶がみんなバラバラなの!?」
一体どうなっているんだろう。記憶違いにしても、あまりにバラバラ過ぎる。
「もう止めてー! 余計混乱するから!」
我慢できなくなったチビ雪が、耳を塞いで大声で止めてきた。
冷静に考えて弟のゲオルグがエルドリッジの影武者だったのなら、目の前にいるゲオルグ…もといエルドリッジと顔が似ていないとダメなはずだ。
なのに全然顔が違っては、影武者になるはずがない。
「さっき私が質問をしましたよね? 写真の絵が誰に見えるかと」
「ええ、目の前にいる依頼人に見えたけど。それが何か関係があるの?」
するとリーティアは、ハイドリッヒから借りていた記録の書かれた本を取り出した。
「私も最初は気づかなかったのですが、この記録書には強力な魔術が掛かっています。記録にある写真のエルドリッジが別人に見えるように。
そして記録にある写真のエルドリッジは、全て影武者のゲオルグなのでしょう。
スノー様たちが見た悪霊がゲオルグであれば記録書と同じ人物、つまり影武者のゲオルグの顔が魔術によって別人に見えたと思われます」
つまり屋敷の肖像画は本物のエルドリッジだったから、魔術の効力がなかったということなのかな。
でも、これだけの魔術を一体誰が何のために。
「こんな小細工をするなんて、エルドリッジは余程小心者だったのかよ!」
「カール、今はその話しは後。先にゲオルグ…いえ、エルドリッジの話しを聞きましょう」
新たな疑問が生まれたけど、これ以上は本当に混乱しそうだ。
とりあえず後回しにして話しを進める。
「エルドリッジ…さん。続きをお願いします」
「分かりました。私は弟の本性を分かっていなかったのです。ゲオルグは…奴は、自分が私の影の存在である事にずっと不満を抱いていた。
それどころか、いずれ自分が魔王となって魔界に覇を唱えるという野心まで抱いていたのです」
横で聞くリーティアが少し鼻でほくそ笑んだ気がした。
笑いたくなる気持ちは分かるけど、そこは堪えてねリーティアさん。
「この町ワースは、私が零から作った町です。まさに私の生きた証その物と言ってもいい。
グルイヤール家も最初は真っ当な商売をして成り上がり、ワースを発展させるために尽力していたのです。
しかし…弟のゲオルグは、より儲かる奴隷商売に手を付け始めました。確かに、そのおかげでグルイヤール家に莫大な金と権力が舞い込み、一時的にワースが急速に発展したのは事実です」
世間一般的に語られている奴隷商で成り上がったグルイヤール家は、初代当主のエルドリッジではなく影武者のゲオルグが作り上げたものだったのか。
とは言っても兄弟とはいえ影武者、実質の権力者は兄のエルドリッジにあったはず。
「奴は…ゲオルグは私の弱みを握っていた……それが娘のカテリーナだったのです」
「まさか、人質に取られていたのですか?」
「それもありますが……娘は……カテリーナは…………私と奴隷の魔族との間にできた子でした」
「なるほど、つまりリーティアが見つけた肖像画にあった女性は、カテリーナの母であり奴隷なんですね」
「そうです。カテリーナの母、アンナが奴隷だと悟られぬよう、私はヴァインツィアルという姓も与えて良家の娘だと偽せました」
当時の魔界は各地で魔王が乱立した階級意識の特に強い時代、グルイヤール家も例外ではなかったそうだ。
グルイヤール家の当主と奴隷、当然立場が同じなわけがない。
周囲に知られてはマズい事もあり、カテリーナは誰にも見つからないように隠し部屋でひっそりと暮らしていたそう。
「だが、その秘密は長くは続かなかった。私が信を置いていた側近に足元を掬われました。カテリーナの存在と母のアンナの素性を、ゲオルグに密告されてしまったのです」
それによってゲオルグはカテリーナの存在を把握し、完全に立場が逆転してしまった。
表向きはグルイヤール家の当主はエルドリッジだけど、実際は弟のゲオルグがエルドリッジの名を借りた裏の支配者だったわけだ。
エルドリッジは娘のカテリーナとアンナを守るために、ゲオルグの言いなりになるしかなったのか。
やはり記録にあるエルドリッジの死は、本当はエルドリッジに成りすましたゲオルグということになる。
そうなると問題はもう一つ、何故カテリーナが悪霊になってしまったかだ。
「ゲオルグ…エルドリッジさん、それならカテリーナは悲運の死を遂げて悪霊になったということですか?」
エルドリッジの話しを聞けば、カテリーナの最期が決して良いモノではなかったのは容易に想像が付く。
あれだけの憎悪に満ちた悪霊になるほどだ、カテリーナは相当辛い思いをしたのだろう。
「……――いや、おそらく違います。カテリーナが………もし本当に悪霊になってしまったというなら………全て私のせいなんです……」
「え? どういうことですか?」
エルドリッジの言葉に質問で返した直後、リーティアが怒り交じりで横槍を入れてきた。
「スノー様、屋敷の地下にあった祭壇を覚えてますね? あれは霊魂を部屋に閉じ込めて具現化させるための黒魔術です。私が西大陸にいた頃に、見たことがあるのでよく覚えています。
つまりこの男は、娘を失った悲しみに耐えられず、カテリーナの霊魂を隠し部屋に閉じ込めたのですよ」
リーティアから突き付けられた言葉に、エルドリッジは一切の反論もしない。
両手の指を交差させて机に肘を付いて、黙ったまま眉間にシワを寄せて目を瞑った。
言わずもがな、リーティアが突き付けた事が真実なのは明らかだった。




