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115話 感謝

一週間ぶりに動いたせいか廊下に出た途端、多少足元がふらついてしまい廊下の壁に手を付いてしまう。


七日間寝ていただけで、かなり体力が落ちてしまっているのを実感した瞬間だった。


「お姉さま! まだ無理してはダメです!」


チビ雪が後ろから追って来て、両手で私の右手を握りしめた。


「スノーさん、もしかして何か気に障ることでも言ってしまったかな?」


微妙な空気になってしまった事に、タケルは眉をひそめながら質問してきた。


二人の謝罪が何やら他人行儀な気がして、もっと言えば私は誰かに守られるために旅をしている訳でもない。


私がこうなってしまった事に責任を感じている二人を見て、何か自分のプライドが傷付けられた気がしたのは正直なところだった。


「大丈夫、何も気にしてなくていいから。とりあえず一階に下りましょう」


「分かったよ、姉御がそう言うなら一階に下りようぜ。ただし病み上がりで一人は危ないから一階に下りるまでは手を貸す! 文句ないだろ?」


「ええ、カール。ありがとう」


両脇をタケルとカールに支えながら、ゆっくりと階段を下りた。


「お? リーダー目が覚めたのか!?」


階段を下りている途中でイシェイルが気づいた。


珍しく嬉しさを前面に出した表情で、イシェイルは階段の下で待っていてくれた。


「心配かけたわね。おかげ様で元気になったわ」


「嘘を付け。足元がふらついているじゃないか」


さすが、イシェイルは誤魔化されないか。


「まあいいさ、せっかく下りてきたのならリビングに来い。リーティアが食事の準備をしている。スノーが起きるとは思ってなかったから、すぐに一人分追加するように伝えてくる」


そう言って、先にイシェイルはリビングへと向かっていった。


心配そうにしているチビ雪が前に出て、タケルとカールの二人に手を掴まれたままリビングへと入った。


いい匂いが漂うリビングには、クエスト前と何ら変わらない綺麗に掃除が行き届いた空間が目の前に飛び込んできた。


キッチンには一人分が追加されて、忙しなく動くリーティアがいる。


「おはようございます、スノー様。今食事の準備をするので、ソファーに座って待っていてください」


他のメンバーと違って、やっぱりリーティアは一切動じる素振りを見せない。


言われるがままソファーに腰を下ろした。


チビ雪はリーティアの手伝いに行き、タケルとカールも少し気まずいのか、ソファーに座らず珍しく食事の準備の手伝いに行ってしまった。


(ちょっと悪いことしちゃったかな)


二人とも心配してくれていたのに。


時間が経つに連れて、いきなりあんな態度を取ってしまった事を少し後悔していた。


そこへボトルを持ったイシェイルがソファーに座ってきた。


「何をつまらない顔をしているんだ。今日はリーダーが目を覚ました記念日だぞ! 盛大に祝おう!」


イシェイルはボトルの蓋を開けると、テーブルに置いてあったグラスに注ぎ始める。


「悪いが先に始めているぞ!」


「ええ。料理ができ次第、私達も行きますので」


ボトルのドリンクが注がれた二つのグラス。その一つをイシェイルが手渡してきた。


「さあリーダー、乾杯だ!」


「ちょっと待って! 私お酒呑めないんだけど!?」


「安心しろ、これは酒じゃない! 酒に模したカクテル、いわばモクテルだ。リーダーでも飲めるぞ!」


イシェイルに差し出されたグラスを手に取ると、モクテルが注がれたグラス同士を小さく接触させて乾杯をした。


グラスのぶつかった音がリビングに心地よく鳴る。


グラスに注がれたのは、青く透き通るような綺麗な色をしたモクテル。わざわざ私が目を覚ます時のために用意してくれていたのだろうか。


目の前でイシェイルが一気飲みするのを見て、一口味見をするように口に含んだ。


「………美味しい」


水のように透き通る色からは、想像できない程の香りと甘さが口一杯に広がった。


それでいて甘さは決してしつこくなく、甘さの後には爽やかな後味が広がり、もう一杯飲みたくなるような欲を搔き立てくれる。


「どうだ? 美味いだろ! リーダーのために私が作ったんだぞ!」


「イシェイルが!?」


「そうですよ! イシェイルさんは、お姉さまが目を覚ました時を祝うために作り始めたんです!」


料理を運んできたチビ雪が教えてくれた。


なんと領主ハイドリッヒ・ミューレンに頼み込んで、領主お抱えのバーテンダーたちにアドバイスを貰って毎日試行錯誤して、私が目を覚ます前日になってやっと完成してたんだとか。


「で、でも何でまた!?」


「今回のクエストでリーダーは頑張ったからな。せめてもの礼さ!」


あまりに意外だった。どちらかと言えば、イシェイルは私と衝突する事もあったのに。


「だから姉さんは乾杯を待ち切れなかったんだよ。料理がまだできてないのに、先に始めてしまうぐらいにね」


今度は食器を運んできたタケルが声をかけてきた。


「なあ姉御。さっき気に障ることを言ったんなら謝るからさ! 今日はみんな姉御が目を覚まして嬉しいんだ! 機嫌直して楽しもうぜ!」


メインの料理を運んできたカールがテーブルに料理を置いて、対面にあるソファーに座った。そしてカールの横にタケルも座る。


私の横に座るイシェイルは、二杯目の自作モクテルを嬉しそうにグラスに注いでいる。


みんな私を本気で心配して喜んでいくれている。


ああ、何であんなチンケなプライドで。ホントに自分が情けなくなる。


「カール、タケル。さっきはごめん。悪いのは私、二人には感謝してもし切れない。本当にありがとう!」


そう言って対面にいる二人に頭を下げた。


二人は少し照れくさそうに、タケルに至ってはソワソワして落ち着かない様子。


「おいリーダー! 私には感謝はなし……って、え!?」


「ありがとう、イシェイル。感謝してる!」


横にいたイシェイルには思わず抱き着いて感謝を伝えていた。


チビ雪は顔を真っ赤にして、両手で顔を覆っている。


タケルとカールは完全に固まってしまっていた。


「ま、ま、待てリーダー! 分かったから! もう放してくれ!」


何故か大慌てになったイシェイルも顔を真っ赤にしている。


「姉御も大胆なことするな! びっくりしたぜ!」


「姉さんがここまで慌てふためくのは初めて見たかもしれない。いや、カテリーナに追われた時以来かな?」


「カテリーナは幽霊屋敷の悪霊ですよね? イシェイルさん、慌てふためいてたんですか?」


「そうだよチビ雪さん。もう時効だから話すけど、あの姉さんの慌てようったら」


「おいタケル! まだ一週間しか経ってないだろ! それに時効なんてあるかボケェ!」


「ええー! 聞きたいです!」


目の前の光景を見て、今までの日常に帰って来たのを実感した。


イシェイルに抱き付くなんて、冷静になれば自分でも可笑しなことをしている自覚はあったけど、でもそれぐらいみんなには感謝していた。


そこへ支度を終えたリーティアが、お酒のボトルを抱えてやってきた。


「それでは新たなカップルもできた事ですし、気を取り直してみんなで乾杯といきますか」


冗談を真顔で言い放ったリーティアは、自分のグラスにお酒を注ぎ始める。


その色は、さっき私が貰ったモクテルと同じ色をしている。


「だ、誰がカップルだ!」


「イシェイルとカップルか。まあそれも悪くないかも?」


「は、はあ!? リーダー何言ってんだ!? 眠り過ぎて頭がおかしくなったのか!?」


「誰もおかしくなんてなってないわよ! 冗談だって分からないの! この女男!」


「まだそれを言うか! もう許さん! 表へ出ろ!」


ああ、ホントにいつもの日常に戻ってきたんだな。


イシェイルに胸倉を掴まれながら、改めて有難みを実感していた。


「はいはい、二人ともそれぐらいにして。スノー様は病み上がりなんですから、イシェイルさんも乱暴はダメですよ。

さて、スノー様も目が覚めた事ですし、今日は久しぶりに全員揃っての食事です。みなさん、グラスを持ってください」


リーティアが私とイシェイルを窘めて、乾杯の音頭を取り始めた。


元はと言えば焚き付けるだけ焚き付けて、その後のフォローを一切しないリーティアのせいなんだけど。


結局イシェイルは、お酒入りのカクテルに鞍替えし、空にしたグラスを酒一杯にしている。


そして全員が青く透き通ったドリンクの入ったグラスを手に取る。色は同じだけど、アルコール入りか無しかの違いだ。


「それではスノー様の回復を祝して、乾杯」


「「「「「かんぱーい!」」」」」


全員で乾杯した後、テーブルを囲んでのパーティーが始まった。


聞きたいことは一杯あるけど、今はこの空間を楽しもう。


病み上がりの体に鞭を打って、今度は楽しく長い夜が始まった。

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