114話 決着
タケルの放った渾身の矢がカテリーナの左胸に直撃した。
部屋全体が揺れ動くような阿鼻叫喚な悲鳴と共に、カテリーナのどす黒いオーラが徐々に弱まっていく。
「やったぜ! これで奴を拘束できたのか?」
「まだだ! 姉さん、カテリーナをファントムキラーの結界の中へ! 急げ!」
「タケル、いつから私に指図するようになったんだ!」
「この中で一番素早いのは姉さんだ! いいから四の五の言わずに早くしろ! 矢だけじゃ何時まで持つか分からないんだぞ!」
自分の意識が薄れゆく中、ダークエルフ姉弟の喧嘩の声が部屋中に響いた。
魔剣スノーフェアリーを使った反動が思った以上にあったようだ。地面に膝を着いたまま、もう自分で立つこともできなくなってる。
僅かに空気が切れるような風が舞った。イシェイルがもがき苦しむカテリーナのいる場所まで、一瞬で突進したためだ。
「スキアーどけ!」
カテリーナに巻き付いていたスキアーは、イシェイルの命令を受けて放れた。
「おらぁ! これでいいんだろ!」
カテリーナの左胸に刺さった矢を持ったイシェイルは、思いっきり振りかぶってタケルが作ったファントムキラーの結界に放り込む。
ファントムキラーの矢が刺さって身動きができなくなっているカテリーナは、そのままファントムキラーの結界へと吸い込まれた。
「ギアァアアッァァァ!! ユルサナイ!! キサマラ……ユルサナイ!!」
結界の中に放り込まれたカテリーナは、今まで見せた中でもダントツで憎悪と怒りに満ちた顔を覗かせる。
目からは真っ黒な涙のようなものを溢れさせ、結界を破ろうと悪あがきをしているようだった。
「よし、あとは僕に任せろ!」
完全に拘束されたカテリーナを見て、タケルが霊魂溶解の呪文を唱え始める。
これでやっと終わる。
今まで生きてきた中で最も長く感じた夜がやっと終わると思った途端、そのまま床へと倒れ込んでしまった。
「姉御!? おい、大丈夫か!?」
カールが慌てた表情で片腕を持って私を抱き上げた。
「ごめん、大丈夫じゃ…ないみたい………全身に…力が入らない」
朦朧とする意識の中で、カールの呼びかけに応える。
そこへイシェイルも駆けつけ、嫌み混じりで私を補助してくれた。
「リーダー、動けなくても私がおぶって運んでやる! これで貸し借りなしだからな!」
貸し借りなしとは、さっきスノーフェアリーで仲間を守ったことを言っているのだろうか。
べつに仲間なんだし、そんなこと気にしなくていいのに。
イシェイルの言葉に返す余裕もなく、ただ最期を迎えようとしているカテリーナの方に目を向ける。
「ヤメロ! キサマラー! コロシテヤル………コロス…………」
憎悪に満ち溢れた声を放ち、必死の抵抗をしている。
だがタケルの作ったファントムキラーの結界はビクともしない。
二本のファントムキラーの矢を受けた状態で、さらに強力な結界となったファントムキラーの刻印は、さすがのカテリーナでも破ることはできないようだ。
「終わるのはお前だ! さっさと消滅してしまえ!」
イシェイルがカテリーナに捨て台詞を吐く横で、タケルの詠唱が続いている。
あと少しで、いよいよ霊魂溶解が発動する。
不気味な少女の悪霊とも、本当にこれでおさらばだ。
「……………………イ…………イヤダ…………マタ…………ヒトリボッチ…………イヤダ…………イヤダ…………タスケテ…………」
タケルの詠唱も完了して、霊魂溶解が発動する寸前。
それまでの憎悪に満ち溢れたカテリーナの表情は、まるで泣きじゃくる無垢な子供のようになって、助けを求めるようにこっちをじっと見つめてきた。
「すまない、君の居場所はここじゃないんだ。安らかに眠れ。それが君のためだ。霊魂溶解!」
詠唱を終えたタケルが霊魂溶解を発動させた。
カテリーナの様子に動じることもなく、淡々と自分の役割をこなしている。
ファントムキラーの結界を包み込むように、霊魂溶解の光が現れる。
「イ………イヤダ………モウ……ヒトリハイヤダ………パパ………ドコニ………イッタノー!?」
エルドリッジの悪霊たちと同様に、足元からカテリーナの体が消滅し始めた。
最期を迎えようとするカテリーナは、まるで迷子になった子供のよう。
「イヤーーー!! タスケテーーー!!」
さっきまでの真っ黒な涙は、赤い血のような涙に変わっていった。
最後の最後に私の方を見て、助けを求めたカテリーナは完全に消滅。
「カテリーナ………」
意識が朦朧とする中で、思わずカテリーナの訴えに反応してしまった。
そしてカテリーナの最後の言葉。
もしかして父親を求めて、ずっと一人ぼっちで彷徨い続けていたんだろうか。
本当のところは不明だけど、今のカテリーナの姿を見ると複雑な感情が湧き出てくる。
「姉御、あいつに同情は不要だぜ。今まで散々悪さをしてきたんだ」
「せいぜい私達に同情を引くための悪あがきだろ!」
「ええ、そうね」
もちろんカテリーナを、あのままにしておけないのは分かっている。
今更見逃す気なんて毛頭なかった。
「おい!? 姉御!?」
カールの焦りと心配が混じった大声が屋敷に響いた。
ここで私の記憶はプッツリと途絶えていた。
後で聞かされた話しだけど、カテリーナが消滅した直後に完全に意識を失ったらしい。
目を覚ました時には自分の部屋のベッドの上で横になっていた。
窓の外は明るくなっていて、悪夢のような夜が明けていたことに心なしか安堵しているのが分かった。
部屋のドアが静かに開く。
「あ、ああー!!! お姉さま、まさか! 目を覚ましたんですね!!」
甲高い声と共にベッドに飛び込むように抱きついてきたのは、久しぶりに会ったようにすら感じるチビ雪だった。
「チビ雪ちゃん、心配かけたわね。もう大丈夫だから」
抱きつくチビ雪の頭をそっと撫でた。
顔を密着させてたチビ雪が顔を上げると、大粒の涙が溢れ出して怒り始める。
「心配なんてもんじゃないです! このまま目を覚まさなかったら、私はどうなってしまうのかと毎日が不安に押し潰されそうだったんだから!」
チビ雪の大声が聞こえたのか、他の仲間たちも下から駆け付けてきた。
「姉御! やっと目を覚ましたのか!」
「よかった、心配したよ。あれからずっと目を覚まさなかったから」
駆け付けてきたのはタケルとカール。
二人も笑顔を見せながら喜んでくれてる。
だけどみんなの喜びや慌てようは、ちょっと大袈裟な気もする。
少し意識を失ったぐらいで。
「ねえ、私どれぐらい眠っていたの? クエストに行ったのって昨日だよね?」
自分の感覚では一晩眠っていた感覚なんだけど、それを聞いた三人は呆気に取られた顔になる。
「意識がなかったから仕方ないですけど、お姉さまは七日間も目を覚まさなかったんですよ」
チビ雪の言葉に戦慄が走った。
まさかあれから一週間も経ってたなんて。
「姉御、相当無理してたんだな。すまん、俺たちが不甲斐ないせいで!」
カールは負い目を感じるように謝罪してきた。
「僕もヒーラーでありながら危険に晒してしまった。すまない」
カールに続いてタケルまでも。正直言って謝罪は複雑な気持ちだった。
私としては謝って欲しくはなかったんだけど。私は自分の出来ることを精一杯やっただけだ。
少しの沈黙があった後、屋敷の玄関ドアが開く音がした。
「外出していた姉さんとリーティアさんが戻ってきたみたいだ。二人にも知らせてくるよ」
「いいえ、その必要はないわ。私が一階に下りるから」
「お姉さま、まだ無理しない方が」
「ああ、二人をここに連れて来るから待ってろよ!」
「大丈夫、みんなが思ってる以上に元気よ。それにこれ以上ベッドにいたら、それこそ体が鈍ってしまうわ」
三人の制止を振り切るようにベッドから起き上がり、そそくさと一階へと降りて行った。




