111話 怒りの矛先
「みんな、狭い場所だと不利だから広い場所に移動するわよ。そこでカテリーナと決着を着ける」
タケルの鼓舞により、ようやく落ち着きを取り戻し指示を出す。依頼人ゲオルグはおそらく何かを隠している、いえカテリーナと何かしら関係があるはず。だけど、それを考えるのはあと。今は目の前の敵に対処する。
「待ってくれ! ファントムキラーの矢はあと二本しかないんだぜ! ここは一旦退却しようぜ!」
「カールの言う通りだ! リーダー、あいつはヤバすぎる!」
私の指示にカールとイシェイルが反対をする。
エルドリッジの悪霊たちを相手にファントムキラーの矢を使い過ぎたのが仇になった。他の悪霊にすら二、三本の矢を必要とするなら、カテリーナに対してはそれ以上は必要になる可能性は高い。
何よりカテリーナは他の悪霊と違い、物体を使って防御までしてくる。
だが二人の言いたいことも分かるけど、私はここで逃げるわけにはいかない。
「確かにそうだけど、でもカテリーナをこのままにはしておけないわ」
逃げたいのは私だって同じ。一刻も早く、こんな不気味な館から出たい。でもカテリーナを放っておけば、確実に今後も犠牲者が出る。そもそも目覚めたカテリーナが、このまま屋敷に留まっているという確証もない。
何よりカテリーナを目覚めさせてしまったのは私達、だったら責任は負わないと私の気が済まない。
「リーダー、気持ちは分かるが時には勇気ある撤退も必要だ!」
「ああ! 他の奴らに任せよう! 俺達の専門外だぜ!」
二人はあまりに必死に訴えてくる。
少し考えた末出した答え、私の持論に仲間を危険に晒す訳にもいかないか。そして何より……。
ここは私も覚悟を決める事にした。
「二人がそこまで言うなら止めはしない。後は私が何とかするから、このまま逃げて」
「な!? 何言ってるんだ!? 姉御!」
「おまえ正気で言っているのか!?」
カールもイシェイルも驚き戸惑っている。だけど、これ以上ここで無駄な時間を使っている訳にはいかない。オリハルコンで追い払ったカテリーナが、何時また襲ってくるか分からないのだ。
「姉御一人で、あんな化け物抑えておける訳ないだろ! 変な意地張ってないで…」
「嫌なのよ。あんなのを一瞬でもチビ雪ちゃんと思ってしまったのが。このまま逃げたら、私はずっとチビ雪ちゃんに会わす顔がないわ。だからカテリーナは私の手で必ず仕留めるって決めたの」
「「………………」」
私の一言に、カールとイシェイルが黙った。
その横で、ずっと黙っているタケルに声を掛ける。実際問題この中で唯一、霊への対処ができるタケルがいなければカテリーナは倒せない。
「タケル、あなたは私と一緒に戦ってくれる?」
「ああ、もちろんだよ。僕に考えがある。早速準備を始めよう」
私の問いに心強い言葉をタケルは返してくれた。そして二人でカテリーナを倒すための作戦を練り直すことにする。
すると、一部始終を見ていたカールが突然雄叫びを上げた。
「く………くっそぉぉ!! 何やってんだ!! 俺はー!!」
なんとカールは、そのまま壁に自分の頭を打ち付けた。
「ちょ!? カール何やってんの!?」
心配してよく見ると、額からは少し血が流れる。
「おっしゃ! やっと吹っ切れたぜ! すまん姉御! どうやら俺はまだどうかしてたみたいだ! こうなったら、とことんやってやるよ!」
「あんた、だからっていきなり頭を打ち付け…」
カールに説教を始めたのも束の間、今度は出入り口横の壁が吹き飛んだ。
「ふぅー」
「イシェイル、アンタも何やってんの……?」
カールに続き、今度はイシェイルが謎の行動を見せる。
「広い方が有利なんだろ? だったらわざわざ移動しなくても、ここの壁を全て失くしてしまえばいい」
そう言ったイシェイルは、素早く次々と部屋の壁を破壊していく。依頼人ゲオルグの描かれた肖像画が掛けられた壁も、問答無用で粉砕して肖像画も木っ端微塵となった。
「これで広くなったな! いい具合に見渡せる!」
相変わらずの脳筋だこと。でも二人とも覚悟を決めてくれたようだ。
「とりあえずパーティは纏まったわね」
とはいえファントムキラーの矢が二本しかない問題は解決していない。タケルの霊魂溶解も発動に時間が掛かる。カテリーナは霊魂溶解の発動を当然待ってはくれないだろう。
「今からファントムキラーの矢を作るってのはどうだ?」
「バカね。そんな時間あるわけないでしょ」
「でもよ、二本じゃカテリーナを拘束できるか怪しいぜ」
「それは分かるけど、こんな暗い中で矢にファントムキラーの刻印なんて掘れるわけ」
カールと押し問答した時だった。
「二人とも何か大事なことを忘れてない? ファントムキラーの刻印は別に矢に拘る必要はない。本来は霊を拘束する為の結界を張るための刻印なんだよ」
そう言ったタケルは、ナイフを持って床を削り出した。どうやら床に大きなファントムキラーの刻印を作るみたいだ。
「さっき考えがあるって言ったろ。ここでカテリーナを封じ込めるファントムキラーの結界を作る。その間、カテリーナを遠ざけてくれ」
「それでカテリーナを本当に封じ込めるの?」
「矢の先端という小さな物に無理やり掘ったからファントムキラーの効力が小さかったけど、床に大きな刻印を作れれば強力な結界が張れる。どんな悪霊も拘束可能だよ」
「分かったわ。なら私達三人でタケルを守るわよ」
「いや、俺も手伝うぜ! 刻印の形は覚えてるからな!」
カールもファルシオンからダガーを出して、タケルの手伝いを始めた。
そうなるとイシェイルと私で男二人を守ることになるわけか。よく考えると前衛が女二人なのね、このパーティ。何か立場が逆な気がしなくもないけど。
二人が作業を始めた途端、周りの破片などがカタカタと動き始めた。
「フフフふふふ、キャハハハハハハハははハハ」
「来たわね。イシェイル、カテリーナは私が相手をするから、あなたは飛んでくる物体から二人を守って!」
「ああ、わかった。物理なら任せろ」
私たちの周囲を回るように、カテリーナが操る物体が漂う。そして目の前にカテリーナが再び現れると、タケルとカールを狙うように物体が襲う。正に的確に二人だけを狙ってきた。
やはりカテリーナ、私たちが何をしようとしているか把握している。
「邪魔はさせん! 情けないとこを見せてしまったからな、名誉挽回といくぞ!」
気合を入れたイシェイルは、両手にカマイタチを乗せてカテリーナが操る物体を木端微塵にしていく。撃ち漏らした分は、スキアーが援護をして二人を守っている。
「カテリーナ! アンタの遊び相手は私よ! お望み通り一緒に遊んであげるわ!」
オリハルコン配合ダガーを構えて、近づくカテリーナを睨みつける。すると、さっきまで笑っていたカテリーナから初めて笑顔が消えた。
「アナタタチマデ……ワタシヲ……ジャマモノアツカイ……スルノ…………ユルサナイ…………ユルサナイ!」
怒りの声を上げたカテリーナから、おぞましい程の真っ黒な霊気を体から放出している。
屋敷全体が震え、カテリーナに呼応するかのように、屋敷に漂うオーブが視認できる状態となって飛び交う。まるで屋敷に集まる他の霊さえもカテリーナに怯えているようだ。
「姉御!?」
ただならぬ様子に、カールが慌てた声を上げる。
「大丈夫! 私一人で何とかするから、あなたは結界を早く完成させて!」
「今はスノーさんを信じよう! あともう少しだ!」
再び作業を始めた二人を守るように間に立ち、怒り狂うカテリーナと対峙する。
カテリーナは機械人形のような動きで、素早くこちらに近づいてきた。
「気持ち悪いわね! くらえ!」
その動きに咄嗟に反応をして、オリハルコン配合ダガーを横なぎに振り払うが。
カテリーナはこちらの動きを読んでいたかのように、ダガーを受ける寸前で消えた。
見失ったカテリーナを探そうと辺りを見渡そうとしたとき、物凄い力で右真横に吹き飛ばされた。
「ぐぅ…」
カテリーナが霊力を直接ぶつけてきたらしい。
床に叩きつけられ、すぐに起き上がろうとすると背中から鈍い痛みが走る。しかも吹き飛ばされた衝撃で、オリハルコン配合ダガーを落としてしまった。
こちらが、すぐに起き上がれなかった隙を見逃さず、カテリーナが馬乗りになってきた。
「まずい!? やられる!?」
「アナタモ…………コッチニキテ…………ズット…………イッショニ………アソボウ………キャハハハハハハハはははハハハはは」
無邪気に笑うカテリーナが、ナイフを持つ手を大きく頭上に上げて振りかざそうとする。
オリハルコン配合ダガーを落としてしまい、すでにカテリーナに対処する術を失っている。カテリーナの持つナイフ自体も、カテリーナの霊力により具現化されたいわば霊体。直接ガードすることは不可能。
「リーダー!?」
「スノー様!?」
イシェイルとスキアーが私のピンチに狼狽えた。
(うそ!? 私ここで終わり!? こんなとこで)
自分の死を悟り、まさか自分自身もこんな不気味な屋敷の住人になってしまうことへの恐怖が溢れ出した。
振り上げられたカテリーナの手が、今にも振り下ろされそうとしている時だった。
「キャハハ………ハ…………」
突如カテリーナの動きが止まった。それと同時に、薄気味悪く笑っていた笑顔も消える。
「姉御!? 大丈夫か!?」
私のピンチに咄嗟に判断したカールは、ファントムキラーの矢をカテリーナの背中に命中させていた。カテリーナは私に気を取られていて、後ろのカールの動きに気付かなかったようだ。
矢を受けたカテリーナは、首を百八十度回転させてカールを睨みつける。
「うわああぁ!?」
その不気味さに、カールは思わず尻もちをついて後退りした。
だけどカテリーナの注意がカールに向いた僅かな時間、痛みを堪えてすぐに起き上がってオリハルコン配合ダガーを拾い体制を立て直す。
「………オマエタチ………ゼンイン………ニガサナイ………キャハハハハハ」
思ってた通りファントムキラーの矢一本ではカテリーナを抑えられず、おびただしいまでの殺気を纏ってカテリーナは迫ってくる。
何とかピンチを脱した事には変わりはないが。
「はあ………はあ………カール、ありがとう。おかげで助かった」
「ああ、礼には及ばんさ! だって仲間だろ!」
「ええ、そうね。なら迷惑ついでに、後のことをお願い」
「え? 姉御は何を言ってるんだ?」
一人でカテリーナを抑えると豪語しておきながら、それすら出来なかった。悔しいを通り越して自分に呆れてしまう。
最早躊躇している場合ではない。こんな不甲斐ない戦いをしていたら、自分だけでなく仲間もいつか失ってしまう。
そう自分の中で覚悟を決めて、魔剣スノーフェアリーを抜刀した。




