110話 無邪気な殺意
グルイヤール家の屋敷に巣食う悪霊の根源と思われたエルドリッジの悪霊を退治した。ところが事態は余計に悪化してしまった。
地下から一階のフロアへと上がった途端、私達を逃がさないと屋敷そのものが咆哮しているかのような奇妙な声と共に、屋敷内に突風のように瓦礫が舞い上がる。
「ふふフフフふふふフフ、くすくすクスクスクス、キャハハハハははは」
その声はまるで少女がじゃれつくかのように、甲高い声でフロア全体を包み込む。まるで私達を遊び相手と思っているかのような、無邪気で殺気の篭った笑い声だ。
「なんだよ!? 誰の笑い声だ!?」
「エルドリッジの悪霊は葬ったはず。こいつは一体…まさか、あのチビ雪さんに似た少女の霊なのか?」
「タケル、カール! 今は考えるのは後! とりあえず二階に上がりましょう! ここに居ると危険よ!」
「リーダーに賛成だ! 階段を目指すぞ!」
外への出口まではかなりの距離があるため、一旦二階へと目指す事にする。大きな廊下を走る間にも、何者かが操る瓦礫が私達を襲った。
「私が突破口を開く! このまま走れ!」
イシェイルはカマイタチの乗った鉄拳を繰り出すと、前方に向かって竜巻のような強烈な風が吹き荒れ、悪霊の操る瓦礫が粉々に砕け散り飛散する。物理攻撃が通じれば、イシェイルは頼もしいこと。
「ネエ……ワタシト…イッショニアソボウ……アソビマショー!!!」
「うわあああああ!!! 来るなー!!! 来ないでー!!!」
後ろから追って来る少女の声が大きくなると、イシェイルは目の色を変えて先頭を駆ける。どうやら単に怖かっただけらしい。さっき頼もしいと思ったのは撤回しようかな。
「くそ! ファントムキラーの矢を!」
「カール! 今は逃げるのが先決よ! 一旦二階で体勢を立て直すわよ!」
「スノーさんの言う通りだ! こいつはさっきの悪霊たちとはレベルが違う!」
すでに涙目になっているイシェイルを先頭に、二階へと上がる階段を一目散に駆け上がる。そこで最初に目に留まった部屋のドアに向かって走った。
勢いよくドアを開けると、最後に部屋にタケルが駆け込んだ所でドアを閉めて鍵を掛ける。さらに家具を移動させて、ドアを完全に封鎖した。霊体は壁をすり抜けられるから意味ないんだけど、やらずにはいられなかった。
「はあ…………はあ………助かった………のか」
「そんな訳ないでしょ。イシェイル、お願いだから離れてくれない?」
地下での悪霊との戦いで幽霊に慣れたのかと思っていたイシェイルだったけど、さっきの少女の笑い声は相当怖かったようだ。部屋に入ってからイシェイルが、ずっと私に抱き付いている。
「り、リーダー……もう私を女男と呼んでくれて構わない……反抗もしない……だから、見捨てないでくれ……」
「もう分かったから! 置いてったりしないから安心して! いざとなればスキアーが守ってくれるから!」
「御意!」
イシェイルの足元からスキアーの気合いの篭った返事が返ってきた。だがイシェイルは、スキアーの声にすらビクついている。
「ほらほら、もう大丈夫よ! 安心して!」
あまりに可哀想というか、ちょっと可愛く見えてしまったので、ハグした上で頭を少しナデナデしてあげた。ブルブルと体を震わせながら、イシェイルは抱き付いたまま離れないでいる。
イシェイルに抱き付かれても、何にもトキめかないんだけどな。
「スノーさん、ちょっと来てくれ。この肖像画に描かれた魔族、もしかして」
タケルに呼ばれたので泣きつくイシェイルを引き剝がして、部屋の壁に立て掛けれている肖像画のある方へと向かう。なんとその肖像画に描かれていたのは、間違いなく依頼人のゲオルグだった。
「まさかだけど、依頼人ゲオルグもグルイヤール家の関係者?」
「ああ。間違いないぜ。ゲオルグの目の形と瓜二つだ! 俺は一度見た奴の顔の特徴は覚えているからな!」
「アンタの頭、本当にどうなってるの」
「おい姉御! 俺を悪霊よりも化け物みたいな目で見るなよ!」
逃げ込んだ部屋に飾られていた肖像画の依頼人ゲオルグ。エルドリッジの悪霊を討伐した途端に出てきた少女の悪霊。一体何がどうなっているのか。
考え込んでいると、封鎖したドアが激しく動き出した。今にもドアをぶち破らんとする勢いで、ドガドガとドアが動く。
「やばい! 奴が入ってくるぞ!? リーダーどうするんだー!?」
「落ち着きなさい! イシェイル! あの子は遊んでいるのよ! 幽霊は壁をすり抜けられるんだから!」
その通りだと言わんばかりに、出入り口を抑える家具と一緒に部屋のドアが吹き飛んだ。そこには小さなナイフを持ったチビ雪に似た少女の霊が立っている。顔は青白く、口からは黒い血のようなものが溢れている。
「ネエ、ワタシト、アソボウ……イッショニ……アソボウ……」
「うわー!!! 来ないでくれー!!! お願いだー!!!」
「イシェイル! 落ち着いて! 私の後ろにいて!」
怖がるイシェイルがいると邪魔なので、後ろに引っ込まさせる。カールはファントムキラーの矢を慌てて装填して、タケルは魔導書を開いて霊魂溶解の準備を始める。
そんな警戒する私達を嘲笑うかのように、ニヤッと笑った少女がゆっくりと部屋に入ってきた。だが少女の動きはまるで機械のような、カタカタとした生き物ではないような動きを見せる。
ハッキリ言う、めっちゃ怖い。今にも悲鳴を上げそうだ。
極限状態の中で、震える声を必死に振り絞る。
「あなた、カテリーナね? そうなんでしょ?」
だけど私の問いにも反応をせず、チビ雪に似た少女の霊が近付いてくる。
「くそ! 近付くな! これでも喰らいやがれ!」
カールがファントムキラーの矢を少女の霊に向かって放つ。すると少女の霊は、近くの家具を操って矢の盾として防御した。
「おい…嘘だろ…」
悪霊が物を使って防御するなんて、いくらなんでもチート過ぎる。確かに強い力を持つ悪霊は霊力を使って物を動かす事はできる。いわゆるポルターガイストというやつだ。
でも霊は、自分を守るために物を操るほどの知能はないはず。霊魂からモンスター化したスキアーだって、私が使役する前は言葉を交わす事はできなかったぐらいだし。
このチビ雪に似た少女の霊、いやカテリーナの霊。やっぱり今までの悪霊と違う。
「アナタガ…アソンデ…クレルノ………キャハハハハはははハハ」
カテリーナが真っ黒な血反吐のようなものを吐き、目から血を流しながら笑った。
「姉御!? こいつはマジでヤバいぞ!?」
「わ、分かってるわよ! 早く次の矢を射って!」
「無駄だ! さっき見ただろ!? 矢を射っても防御されちまう! それに、あの容姿を見ちまうと」
あまりに怖すぎるカテリーナに、私もカールもビビりまくって立っていられなくなる。それを嘲笑うかのようにカテリーナは機械人形のようにカタカタとした動きをしたまま近付いてくる。
イシェイルだけでなく、私もカールも完全にビビり過ぎて動けなくなってしまう。
「チビ雪ちゃん! お願いだから止めてよ!」
「姉御の言う通りだ! こんな事するなんてらしくないぜ!?」
カテリーナがチビ雪に似ているせいで、二人して有り得ないことを口走ってしまった。恐怖に飲み込まれて錯乱、もしくは現実逃避をしてしまったのかもしれない。
一気にピンチに陥ったパーティ。このままだと全員カテリーナの悪霊に殺されてしまう。
そんな時だった、このピンチな状況を救ってくれたのはタケルだった。
「何やってる! みんなしっかりしろ!」
私達三人の不甲斐なさを見て、タケルが一人喝を入れる。姉であるイシェイルの持つオリハルコン配合ダガーを奪って手に取ると、ダガーをカテリーナに向かって投げた。
カテリーナはまた物を操って防御しようとしたが、咄嗟に判断したスキアーがイシェイルの影から複数の触手のようなものを鞭のように伸ばして、カテリーナが操る物体を打ち落とす。
「キアアアァあぁァアアぁああア」
タケルの投げたオリハルコン配合ダガーは、カテリーナに命中して奇声を上げて霧散して消えた。
「三人共、ちゃんとしてくれ! よく見ろ! あれはチビ雪さんじゃない! ただのモンスターだ! 僕は倒せる! だけどみんなの協力がないと倒す事はできない!」
「………ち、チビ雪ちゃんじゃない!?」
「そうだよ! あれはチビ雪さんじゃない! 僕よりもスノーさんが一番よく分かってるだろ!」
「…………そ…そうね。そうよね! あれはチビ雪ちゃんじゃない。私何やってるんだろ!」
タケルの鼓舞とも言える喝を入れられて、ようやく冷静さを取り戻す事ができた。
そう、あれはチビ雪じゃない。ただの哀れな少女の霊だ。
オリハルコン配合ダガーを握り直して立ち上がると、仮面を取ってカテリーナとの最後の戦いを決意する。




