107話 グルイヤール家
悪霊退治の依頼を受け、その日の夜に幽霊屋敷へと向かう事になった。一旦離れへと戻って、悪霊討伐の準備を始める。上手くいけば一気に三百万ミラが手に入る。是が非でも成功させたい。
だけどこの依頼、一つ大きな問題があった。
それは悪霊が何体いるのか分からないということ。依頼人ゲオルグの話しでは、幽霊屋敷では少なくても数十人の奴隷が殺されているという。つまり、どの霊魂が悪霊になっているのか分からない。もし何十体も幽霊が出て来たら、一つ一つを消し去るのは至難の業だ。
そこでクエストに向かう前に、幽霊屋敷について調べる事にした。領主のいる母屋へと訪れ、幽霊屋敷の事を聞き出す事にしたのだ。ゲオルグの話しでは、ハイドリッヒの屋敷にはワースについての書物が沢山保管されてるだろうという事だった。
「…………全く。何という事だ。ゲオルグの奴、焦りおってからに。あの屋敷の事については、魔王グリテア様に援護を打診しているというのに」
今私は、タケルとリーティアの二人を連れてワース領主のハイドリッヒの執務室に来ている。カールとイシェイルがいると色々と面倒そうなので、代わりにリーティアに来てもらったのだ。
そして幽霊屋敷の討伐依頼を受けた事を知ったハイドリッヒが、片手で頭を抱えるように深いため息を吐く。
「君達、今からでも遅くはない。依頼を辞退したまえ。あの依頼を受けた冒険者は、すでに何人も命を落としている。クエスト村で依頼を受けるのは自己責任ではあるが。
私は君達の全てを信用をしている訳ではないが、少なくともイザクを救ってくれた恩はある。みすみす見逃す事はできない」
ハイドリッヒの言葉を聞いて、今回の依頼が思っているよりも危険な事は難なく理解できた。だけど危険は覚悟の上。今までだって危険な状況というのは何度かあった。
ハイドリッヒの気遣いは有難いけど今後の旅を考えると、単に危険というだけで依頼を避ける訳にはいかない。
「ハイドリッヒさん、気を使って頂いてありがとうございます。でも私は辞退する気はありません。ゲオルグさんと会って分かりましたが、彼も相当に負い目を感じているのだと思います。
私達も冒険者、危険は覚悟の上です。あの屋敷について詳しく聞かせて頂けないでしょうか?」
「…………はぁ」
ハイドリッヒは再び大きな溜め息を吐くと、テーブルにある葉巻を加えて火を着けた。大きく吸って吐き出された煙に、匂いに敏感なタケルが咳き込んでしまう。
「仕方がない。だが私は責任は取れない。それだけは言っておく」
「ええ、それで構いません。あの屋敷について詳しくお聞かせください」
ハイドリッヒは立ち上がると、執務室にある大きな本棚から分厚い本を取って戻ってきた。本には、ワースの約三百年分の記録が書かれているという。
「確か幽霊屋敷の記録は…このページからだな。建てられたのは、今から約二百五十年前だ」
分厚い本を開いてこちらに見せながら、ハイドリッヒが説明してくれる。
まず今から二百五十年前の魔界は群雄割拠の時代、魔界の覇権を巡って次々に魔王を名乗る魔族が現れた。当時のワースは魔王グリテアの支配下ではなく、次々に支配者が入れ代わり立ち代わりといった感じだったらしい。この状態は魔界大革命まで続いたそう。
そんな時にワースで権力を持ち頭角を現したのが、幽霊屋敷を建てたエルドリッジ・グルイヤールという奴隷商人だった。
「エルドリッジはころころ変わるワースの支配者、言うなれば時の魔王を、圧倒的な財力に物を言わせて金で買収して抱き込んでいた。つまりエルドリッジがワースでの裏の支配者だったわけだ」
「なるほど、だから裸の王様同然の魔王達は、エルドリッジに何も言えなくなっていったのね」
「奴隷商として大成功を収める傍ら、気に入った顔の奴隷達を自分の召使いとして屋敷に招き入れていたようだな。まあ女子供はエルドリッジの…いや、これ以上は私の口からは言うまい」
「胸糞の悪い話しです。でもそれは、ゲオルグさんから聞いています。私が知りたいのは、エルドリッジが屋敷で行っていた蛮行の詳細です。あの屋敷で一体何があったのかを詳しく知りたいんです」
「結局は屋敷の中で行われていたことな上に、さっきも話した通りワースの支配者が安定しなかった事も相まって不明な点も多いのだ。だがこの記録によると、ここに写る少女が最初に連れてこられた奴隷のようだな」
ハイドリッヒは本のページをパラパラと捲ってから、当時の屋敷内で撮られたと思われる写真の載ったページを開いて見せてくれた。そこには酒池肉林を貪るエルドリッジとお抱えの妻数人、そして隅っこの方に写るボロボロの服を着た奴隷の少女が写っていた。
だけど、その少女の出で立ちを見て驚愕したのは私だけではなかった。
「スノー様。この少女、チビ雪さんにそっくりですね。偶然でしょうか」
「僕も驚いたよ。まさか同一人物じゃ」
「そんな訳ないわよ! チビ雪ちゃんはまだ十二歳だよ! 二百年以上前の写真に写ってる訳ないじゃん! でも、確かに元は奴隷の子だし何か関係があるのかも」
思わず取り乱してしまい、話しが中断してしまった。一旦落ち着いてから話しを再開する。
「ふむ、君達が連れている少女にそっくりの奴隷か。チビ雪という名前は、彼女の本名なのかな?」
「いえ、彼女の本当の名前は分かりません。私の母が裏で奴隷売買を行っていた闇商人から救った少女だと聞いてます。チビ雪という名前は、私がその場のノリで付けたもので」
「え? その場のノリってちょっと酷くないかな?」
「私もタケルさんに同意します。スノー様も知っての通り、名前は本当に大事なものなんですよ。もっと真剣に考えてあげてください」
「な、なんで今ガチ説教されるのよ!? ほ、本人だって気に入ってるんだからいいじゃない!」
「オホン! 話しの続きをしてもいいかな? 私も暇じゃないんだ」
私達が騒ぎ出したのを見て、ハイドリッヒがイラつき交じりの咳払いをしてきた。
ここで私は、気になったある質問をする。
「この奴隷の少女の名前は分かりますか?」
「ここに書いてある限りだと、カテリーナ・ヴァインツィアルとあるな。だが本名かどうかまでは分からない。屋敷に連れて来られてから付けられた名前かもしれんからな」
「奴隷に付ける名前にしては豪華過ぎる気がします。わざわざ姓を付けるとは思えませんが」
「だから可能性の話しをしているんだ! いちいち揚げ足取りをするな!」
リーティアの一言に、顔を真っ赤にして反論をするハイドリッヒ。そんな事で、いちいち腹を立てるのもどうかと思うけど。
とりあえずはリーティアにアイコンタクトをして、これ以上余計なことを言わないように合図を送った。リーティアも分かったように軽く頷く。
その後にも記録を確認したけど、チビ雪に似た奴隷の少女の事はそれ以上は詳しく分からなかった。他にもいくつかの写真が掲載されていたけど、カテリーナという少女が写っていたのはその一枚のみだった。
「スノーさん、今はこの少女の事はいいんじゃないかな? 問題なのは、あの屋敷にいたエルドリッジがどうなったかだよ」
タケルの言葉を聞いて、ハイドリッヒがさらにページを捲った。
「ふむ、エルドリッジは屋敷の地下室で倒れているのが発見されたらしい。今から約百年前のことだ。そして、そのまま息を引き取ったと。その後は息子のエバートが引き継ぐが、十数年後にエバートも屋敷の自室で倒れて絶命しているのが発見されたようだ。喉をバッサリと切られて」
「うわ…痛そう…」
「だけど自業自得だよ。散々奴隷たちを相手に好き勝手してきた報いだ」
「エバートを殺した犯人は分かったの?」
「一応捕まって処刑された。エバートの部下によるものだったが、詳しい動機は分からず仕舞いだった。まあ奴隷商などやっていれば、恨まれる事は当然あっただろうがな」
エバートには後継者がいなかったので、その後はグルイヤール家の近親の者が屋敷の主となったらしいけど、結局は数年おきにコロコロと主が変わったそうだ。それでも奴隷への遊興は相変わらず続いていたという。
「グルイヤール家ってワースの裏の支配者ではあったけどエルドリッジを皮切りに、そんなに主が変わるなんてグルイヤール家自体が呪われているような感じがするわね」
自分達が至福を肥やす為に、悪さをしていたしっぺ返しでも受けていたんだろうか。奴隷たちにやっていた蛮行を考えると同情の余地なしだけど、グルイヤール家に起こっていた出来事に少し気味の悪さを感じていた。
「転機が起こったのは誰もが知っての通り、魔界大革命だ。この時にワースは、ようやく魔王グリテア様の支配下になった。当然の如く、グルイヤール家は魔王グリテア様も買収しようとした。
だが、それが逆にグルイヤール家にとって命取りになった。浅知恵による薄っぺらい取引を持ち掛けたことで、魔王グリテア様の逆鱗に触れたのだ」
「グリテア………さ……ま……は、曲がりなりにも、かつての三大勢力の一角ですからね。簡単に淘汰されてしまった、それまでの名ばかりの魔王とは格が違ったという事でしょう」
「少し引っ掛かる言い方だが、全く持ってその通りだ。よく分かっているじゃないか」
「ええ、それほどでも」
うん、あなたが偉そうな態度を取っている相手も、実はその三大勢力の一角なんですよと。言いたいけど言えないウズウズした感情を堪えながら、話しの続きを聞いた。
グルイヤール家は魔王グリテアによって全ての財産を没収され、さらに屋敷内から大量の奴隷たちの遺体や骨が見つかった事で、魔王グリテアの命令で全員火あぶりの刑に処されたらしい。
「こうしてワースは、グルイヤール家から解放されたわけだ。全ては魔王グリテア様のおかげだ!」
何故か誇らしげにしているけど、あなたは何もしていないでしょ。
しかし、それにしてもこの領主。さっきからワースの事をあまり知らないような。
「一つ気になったんですけど、ハイドリッヒさんは何時からワースにいるのですか? 少なくとも四十年前まではグルイヤール家は存在していたんですよね。だったら」
「自慢じゃないが私は大都市ヴィントナーの出身でね。私がワースの領主に任命されたのは今から二十年前だ。だから正直なところ、私もワースの歴史については資料を見る限りの事しか知らないのだ」
偉そうに言うなし。
大体ヴィントナーは魔都市ガーデン・マノスと近かったから恩恵を受けただけで、あなたが生まれた時のヴィントナーって今ほど発展してないでしょうが。この領主を見てると、イザクが反抗したくなった気持ちも少し分かる気がする。
だけど私が生まれる前とはいえ、結構最近までこんな酷いことが当たり前のように行われていたんだ。少し気分が滅入って来てしまった。
「僕は魔王グリテアは好きではないが、グルイヤール家への制裁としては一定の評価はできるか」
「貴様! 魔王グリテア様に対して何と無礼な発言を!」
「ちょっとタケル! 領主の前でそんな言い方してはダメよ!」
「あ、ああ。申し訳ない」
タケルの軽い一言で、ハイドリッヒが激怒してしまった。慌てて仲裁に入って、ハイドリッヒを宥めた。
「しかしスノー様、となると屋敷に取り付いている悪霊はグルイヤール家の者でしょうか。死んで霊になった後も、遊興を楽しんでいるということですか」
「それで間違いなさそうだね。完全に僕の手で葬ってやる」
「私もグルイヤール家、おそらく初代領主のエルドリッジの悪霊ではないかと思っている。だが、こいつが中々手強くてね。だから屋敷には誰も近付かないようにしたのだが、ゲオルグの奴、余計なことを」
多くの奴隷の命を奪った殺戮者、エルドリッジとグルイヤール家の者達。普通に考えたら、そいつらが悪霊となって今も悪さをしていると考えるのが自然だ。
「ハイドリッヒさん、この記録書を少し借りてもいいでしょうか?」
「ん? 構わんが、ちゃんと返してくれよ」
「はい、ありがとうございます」
ハイドリッヒから記録書を借りて一通りの話しを聞いたあと、離れへと戻って武器を装備して幽霊屋敷へと向かう事になる。
思ってた以上に今回のクエスト、気を引き締めてかからないと痛い目を見そうな予感がプンプンとしてきた。




