106話 悪霊退治の依頼
「港湾組合の建物は、ここで間違いないわね」
幽霊屋敷の調査依頼のクエストを受注した翌日、カールとダークエルフ姉弟の三人を引き連れて依頼人のゲオルグがいる港湾組合の本部に訪れた。
私達の住んでいる屋敷から歩いて十分ほどで到着する程の距離にあり、港町ワースの海運を取り仕切る組織とあって、田舎町にしては領主の屋敷に引けを取らないほどの大きな三階建ての建物だ。
私達四人は正面の扉を開いて中へと入った。
「いらっしゃいませ。ご用件をお承ります」
ドアを開いて真正面に見えた受付に座る女性が、こちらの用件を聞いてきた。
「私達はクエスト村から依頼を受注した者です。ギルド長のゲオルグさんはいらっしゃいますか?」
「あ、スノー様ですね。ギルド長のゲオルグから受け賜わっております。どうぞ、こちらからご案内いたします」
椅子から立ち上がった受付のお姉さんは、受付から右手側にあるエレベーターのスイッチを押した。十秒程まったところでエレベーターが到着し、受付のお姉さんを先頭にエレベーターに乗り込んだ。
三階行きのボタンを押して、エレベーターの扉が閉まってゆっくりと上がる。
と、ここでイシェイルがとんでもない事を言い出した。
「これはあんまり好きではないな。ワセアの森の忌々しい地下施設を思い出す」
面倒事にならないように、今もまだダークエルフ姉弟の正体は隠している。
この一言に、当然受付のお姉さんが質問をしてきた。
「ワセアの森ですか? 聞いた事ない森ですね」
「ああ、そこは私達ダークエ…んむ!?」
「ワセアの森って、昔こいつの家の近くにあった森の事みたいですよ! 子供の時にお父さんに木に滑車で上り下りできるようにして貰ったら、木から落っこちた事があるらしくて! それでエレベーターが苦手みたいなんですよ!」
「ああ! なるほど、そういう事でしたか。もしご気分が優れないようでしたら、降りる時は階段をご利用ください」
「あ、ありがとうございます!」
そのままイシェイルの口を抑えたまま、エレベーターは無事三階へと到着し扉が開く。
「この廊下の一番奥の部屋がギルド長ゲオルグの部屋となっております。それでは私はこれで」
受付のお姉さんは深々と頭を下げて、エレベーターに乗ったまま一階へと降りていった。
そしてイシェイルが力づくで私の腕を振り解く。
「お前! どういうつもりだ!」
「こっちのセリフよ! アンタの正体は隠しているんだから余計なことを喋らないで!」
「だからと言って!」
「さっきのは姉さんが悪いよ。あんまりワセアの森の事を外部の者にポンポン喋るものじゃない」
「う………」
タケルから辛辣にツッコまれたイシェイルは、少し肩を落として黙り込んだ。本来、魔王グリテアが干渉してくる前から、ダークエルフは外部と距離を置いてきたはず。
外の世界に飛び出してから、どうにもイシェイルの方が警戒心が薄れているのか、それとも単に無頓着になっているのか。
しかし今は余計なことで騒いでいる場合ではない。廊下で騒いだせいで、何人かの者達が部屋から出てきて怪奇な目でこっちを見ている。
「ほら、早く行くわよ」
「あ、ああ。すまん」
余程タケルに注意されたのが堪えたのか、珍しくイシェイルが大人しく反応した。そして案内された一番奥にある部屋の前へと移動し、控えめにノックをする。
「どうぞ、お入りください」
ドアの向こうから聞こえた声を聞いて、ドアノブに手をかけてゆっくりとドアを開けた。
部屋に入ると出迎えたのは、スーツを着て身なりを整えた依頼人ゲオルグだった。見た目は思ったよりも老けた老人だ。
「お待ちしてました。どうぞ、お掛けになってください」
「ええ、それでは遠慮なく」
案内されたソファーに腰を落とすが、イシェイルとカールが左右から所狭しとソファーに座ってきた。
「ちょっと! 私をサンドウィッチにしないでよ!」
「仕方ないだろ! 詰めないと全員座れない!」
「いいよ、僕は後ろで立ってるから」
タケルはソファーの後ろに立ち、対面に座ったゲオルグと依頼についての話をすることになった。
「みっともないところを見せてしまって申し訳ありません」
「いえ、もっと大きなソファーを用意しないといけませんね。不便をおかけして申し訳ない」
「御託はいいから早く話しをしないか」
「こら! イシェイル失礼でしょ!」
一旦気を取り直して本題へと入る。
「では早速本題に入らせてください。クエスト村での依頼内容は、お化け屋敷の調査ということですけど」
話しを切り出すと、ゲオルグは両肘を太ももの上に置き、両手を合わせて口元を隠すように覆った。顔の上半分は難しい表情で、何を話そうか悩んでいるかのようだ。
「……はい。海沿いにある屋敷を調査してもらいたいのです」
件の屋敷は、ワースの中心街から北東にある、海沿いに建てられている屋敷だ。
私たちもワースを回ってた時にたまたま近くを通った時は、明らかに不気味な屋敷で近づこうと思わなかったほど。そのせいか、あの屋敷周辺は少し閑散としていた。だけど屋敷そのものは、領主の住む屋敷よりも大きな豪邸だった。
気になって領主の妻テナーにあの屋敷のことを聞いてみたら、少なくとも領主夫妻がワースに来てからは誰も住んでいないらしい。
「それに関して質問があるんですけど。本当に単なる調査でいいのですか? あの屋敷では何があったんです?」
「実は、あの屋敷はかつてワースの金持ち貴族だった者が住んでいた屋敷なんです。今から二百年は昔のことですが」
「そんな前の金持ちの家なのか。それが何で幽霊屋敷に?」
「はい。ワースは今でこそ港町となり、魔界が発展して貿易で栄えつつありますが…かつては奴隷の町だったんですよ」
私は歴史に疎いから、その辺のことはよく分からない。だけどそれは、ダークエルフ姉弟やカールも同じようだ。
奴隷の町とは一体どういうことだったんだろ。それに今回の依頼と因果関係があるのだろうか。
「ゲオルグさん。それが幽霊屋敷と何の関係が?」
「あの屋敷の初代主だった貴族は、奴隷売買を生業にして金と権力を手に入れたのです。特に東大陸から大勢の魔族が奴隷としてワースに連れてこられました。中には子供もたくさん。
そして屋敷には何人もの奴隷が召使いとして、こき使われていたと言われています」
「許せんな。その主が今も居たら、私が頭を粉々に砕いてやるのだが」
「そんな物騒なことを言ったらダメだよって言いたいけど、今回ばかりは姉さんに同意だよ」
魔王グリテアに支配されていたダークエルフ姉弟は、自分事のようにワナワナと体を震わせて怒りを滲ませる。
「……ワースの住民としてお恥ずかしい限りなのですが…さらにあの屋敷では、奴隷を遊興として拷問し何十人も、いえ…一説には何百人も犠牲になったと言われております…」
「そんな惨いことが」
「今そんなことをやったら極刑ものだよな!」
「はい。しかし当時はそれが当たり前だった。奴隷は労働力として重宝されたのもまた事実なのです。奴隷が廃止されたのも魔界大革命から十年ほど経っての事で最近ですから」
口元を隠しながら話していたゲオルグは、顔全体を両手で覆って下向きになる。よほど話したくないワースの黒歴史なのかもしれないな。
「しかしゲオルグさん。今の説明だと、今回の依頼と結びつきません。幽霊屋敷という根拠はあるのですか?」
「おい、姉御は何も聞いてなかったのか? たくさんの奴隷が殺されたって」
「だからって幽霊が出るって根拠にはならないでしょ。それに本当に出るにしても、そこまで分かってるなら調査の意味が分からないし」
「確かにスノーさんの言うとおりだね。ゲオルグ殿、何か隠しているのではないですか?」
両手で顔を覆って下を向いていたゲオルグは、タケルの質問を受けて顔を上げて手をどけてこっちを見てきた。
「はい。素直に話します。調査というのは表向きのことです。本当の依頼は、あの屋敷に出る悪霊を退治してほしいのです。
実は、幽霊屋敷は現在は私の所有になっています。あの不気味な屋敷を取り壊して、港湾をさらに発展させるために購入したのですが」
「もしかして、取り壊そうとしたら幽霊に邪魔されたと?」
「はい。最初はただの偶然だと思っていたのですが………」
一度言葉に詰まったゲオルグは、少し深呼吸してから再び口を開く。
「最初は怪我人が出たり、物が壊れたりする程度だったのですが。とうとう犠牲者が出てしまったのです。それから一人、また一人と。
さらにそれから屋敷の中から人影を見たという者が続出し、作業に携わる者が逃げ出す騒ぎにまで発展しました」
「マジかよ。幽霊一つで大きな問題になってるな」
調査依頼だけで三百万ミラの報酬は破格だと思っていたけど、予想以上に手強そうな依頼だという事がゲオルグの話しで伝わってきた。
「それで領主ハイドリッヒ様も問題視され、港湾の拡張計画は一旦中断されてしまいました。しかし、すでにワースの貿易能力は限界に来ているのです。魔王グリテア様は貿易にどんどん力を入れています。
屋敷を取り壊して港湾を拡張させなければ、東大陸から来る大きな船を停泊させることができない。今後も他の町に後れを取るばかりです。そのせいでワースの発展は阻害され、貿易港としても中途半端になっているのです」
「なるほど。私たちがワースに来た時に人口の割に町の規模が追い付いてないと思ってたけど、幽霊屋敷も原因のひとつだったのね」
港町ワースは発展が遅れ、すでに町の機能が限界を超えているという事は分かった。ゲオルグの話しでは、幽霊屋敷は港湾の拡張だけでなく周辺の町開発にまで支障をきたしているそうだ。
そして依頼人ゲオルグとの話しを聞いて、最終的な確認をすることになる。
「依頼の方、受けてくださいますでしょうか? 今頃になって何ですが…この依頼を受けられるのは、あなた方が初めてではありません。つまり非常に申し上げにくいのですが…」
「依頼を受けた冒険者も何人も犠牲になっているという事ですよね。まあ怖いと言えば本音ですが」
「バカなことを言うな! たかが悪霊如き、私の拳で粉砕してやる!」
「だから物理は効かないって言ってるでしょ! この脳筋!」
「なんだと! いい加減にしないと貴様の頭を粉々にするぞ!」
「あ、あの…」
イシェイルとくだらない喧嘩を始めてしまって、ゲオルグの困った視線に気付いて慌てて体裁を整える。
「こ、コホン! えっと、ゲオルグさん。報酬は三百万ミラで間違いありませんね?」
「え? ええ。約束通りの報酬を支払います」
「では契約成立ですね! 後は私達に任せてください!」
「あ、ありがとうございます! しかし、本当にお気を付けて。失敗しても構いませんから、あなた方の安全を最優先してください」
こうして久しぶりのクエストを受注する事になった。
でも…今回は、いつもツッコんでくれるチビ雪や、冷静な判断をしてくれるリーティアがいない。自分で言うのも何だけど、この四人で本当に大丈夫だろうか…。
一抹の不安が残りつつも本格的に幽霊退治へと乗り出す。




