103話 感謝
夕食の準備ができたというのに、未だにスノーは姿を見せない。
心配になったチビ雪は、二階の一番奥にあるスノーの部屋へと向かった。
「スノーお姉さま。大丈夫ですか? 夕飯の用意ができましたよ? みんなリビングに集まってます」
ドアをノックをしながらチビ雪が呼びかけるが、部屋から反応がない。
「姉御の奴、部屋から出てこないのか?」
カールも二階に上がってきて、様子を見に来た。
「うん。ずっと元気なさそうだったし大丈夫かな。私も側近として、もう少しフォローしないといけなかったかも」
魔王グリテアと対立しかけた時に、何もしなかった事をチビ雪は後悔していた。
しょんぼりしながら下を向いたチビ雪に、カールが肩に手を置いて優しく語りかける。
「チビ雪ちゃんは悪くないさ! まさかあんな事態になるなんて誰も思わなかったし、それで言うなら仲間なのに姉御をフォローしなかった俺の責任だってある!」
カールの言葉に、チビ雪は少し気が楽になったのか笑顔を滲ませた。だがスノーが部屋から出てこないのは変わっていない。
「なんだ? リーダーはまだ部屋に閉じこもっているのか?」
イシェイルも心配して見に来たのか二階に上がってきた。
「ああ、完全に開かずの扉だよ」
「せっかく私が作った料理が冷めてしまう。リーダーを部屋から引きずり出すぞ」
「ちょっとイシェイルさん! 手荒な事は止めてください!」
チビ雪に止められながら、イシェイルはドアノブに手をかけた。すると鍵は掛かっておらず、あっさりとドアが開く。
「なんだ、扉は開くじゃないか」
まさか鍵が掛かっていないとは思っていなかったチビ雪とカールが固まった。
部屋は明かりが付いておらず、真っ暗になっている。
「ス、スノーお姉さま?」
チビ雪が声を掛けて恐る恐る部屋に入ると、そこには暗い部屋でベッドに横たわるスノーの姿が。
その顔は、どことなく安心して幸せそうな表情で、一定のリズムで寝息を立てていた。
「…………なあ、これただ寝てるだけじゃないのか?」
「ああ、俺にもそう見えるぜ」
「なんか…心配して損しました」
単に昼から寝ていただけだったと悟った三人は、スノーを起こして一階のリビングに連れていく事にしたのだが。
「面倒だ、私がこのまま連れて行く!」
そう言ったイシェイルは、なんとそのままスノーをお姫様抱っこしてベッドから持ち上げる。
「ええー!? イシェイルさん大胆ですね!」
「軽々と持ち上げてしまうなんて、美人なのにマジで凄い力持ちだな!」
二人の騒ぐ声を聞いて、ついにスノーが目を覚ました。
「……ん? 一体何がどうなって……」
寝ぼけているスノーに、お姫様抱っこをしているイシェイルが話し掛けた。
「やっと起きたか。みんな下で待っているぞ」
「え? …ええ!? 私何で抱えられてんの!? ちょ、ちょっと何これ!?」
「こら! 暴れるな! 落ちたら危ないだろ!」
「は、はい」
イシェイルに窘められスノーは大人しくなり、そのまま一階へと連れていかれる。顔は真っ赤にして、心臓の鼓動は早くなるばかりだった。
チビ雪とカールは、スノーがやけに大人しく言う事を聞いた事を不思議に思いながら後を付いて行った。
「リーダーを連れて来たぞ。これで準備は整ったな」
「あらまあ、王子様に抱えられた眠り姫の登場ですね」
「姉さん大胆だなー。僕には真似できないや」
「た、タケル!? じゃあやっぱりイシェイルなのね!? 早く降ろして! 恥ずかしいー!」
どうやらスノーは寝ぼけていたせいで、お姫様抱っこをしているのがイシェイルかタケルか分かっていなかったようだ。ようやく降ろしてもらい、チビ雪とカールも合流して全員揃っての夕食となる。
ところが自分の席に着いて食べようとした時。スノーはテーブルに並んだ料理を見て、いつもよりクオリティーが低いように感じた。
「リーティア、作ってもらっておいてあれだけど。今日は調子が悪いの?」
この一言に、その場にいた全員が口を閉ざした。可笑しな空気になったのを察知したスノーは、慌てて弁明するが。
「あ、気にしないで! なんかいつもより見た目が違ったから! 美味しければ一緒よね!」
本当はイシェイルが作ったのだが、当の本人は恥ずかしいのか気まずそうにして打ち明けようとしない。
しびれを切らしたチビ雪が、本当の事を話した。
「イシェイルさんが何時間も掛けて一生懸命作ったんですよ! スノーお姉さまへの感謝らしいです!」
「え!? イシェイルが料理を!? それに私への感謝って」
「な、何で言うんだ!? 黙っているつもりだったのに!」
「黙ってたら意味ないと思うぜ。感謝を伝えるなら、ここはしっかりと言っておかないとな!」
席から立ち上がって、今までに見た事ない慌てようでイシェイルが焦りまくっている。余程恥ずかしいのか、今までになく狼狽えてるのが表情と仕草で簡単に見て取れる。
そのイシェイルの手をよく見ると、両手の指にはいくつも傷バンが巻かれていた。ナイフで切った傷なんだろうけど、逆にそれが慣れない料理を一生懸命作ってくれたんだという事を如実に示していた。
「り、リーダーのおかげで我々は救われた。だから、少しでも…か、感謝を…ああもう! いいから早く食べてくれ!」
湯が沸騰するんじゃないかと思うぐらいに、イシェイルは首や耳まで真っ赤にしている。
「スノー様、早く頂きましょう。イシェイルさんも席に座ってください」
やっと場が落ち着いた所で手を合わせる。
「いただきます」
フォークを手に取ると、まずは一口。
「美味しい。イシェイルありがとう。凄く美味しいわ」
「そ、それは良かった。私も作った甲斐があったというものだ!」
「イシェイルさん、本当に美味しいです! 初めて作ったとは思えないですよ!」
「ああ! いくらでも食べれるな!」
「うわー! もうみんな黙って食べてくれー!!」
嬉しいのか恥ずかしいのか、イシェイルは終始慌てまくっていて、自分の料理を食べる暇がない状態になっている。
「そ、それに私一人で作ったんじゃない。リーティアに教えてもらったおかげだ」
「あら、私は手順を説明していただけで、作ったのは全てイシェイルさんですよ」
「姉さん、本当に凄いよ。初めて作ってこれだけ美味しい物作れるんだから」
「な、タケルお前まで…」
褒め殺しを受けて、とうとうイシェイルがショート寸前になってしまった。これ以上はイシェイルが本当に気絶してしまいそうなので、みんな話題を変える事に。
「ところで姉御、なんか元気なさそうだったけど大丈夫なのか?」
「あー元気がない訳じゃないけど、何というか、自分でもモヤモヤするところがあったというか」
「スノーお姉さまを追い詰めてしまったんなら、私にも責任があります。今後はもっとフォローできるよう頑張りますね」
「ありがとうチビ雪ちゃん。私の事は心配しなくても大丈夫よ」
自分の覚悟の甘さを今回の件で痛感してしまったのを、まだ少し引きずっていた。というより自信を失っていた。本当に旅に出たぐらいで、私がいずれ魔王としてやっていけるのかと。
いっそのこと、このまま行方をくらまして自由奔放に生きた方が楽なんじゃないかとさえ思ってしまう。
「スノー様、自分一人で抱え込む事ではありませんよ。全知全能の神でもない限り、一人で出来る事なんて限られています。それは私とて同じです」
「リーダー、私も今後はお前を全力でサポートする。それがせめてもの恩返しになるからな」
「ああ! 俺もとことん付き合うぜ! たとえ旅が終わって姉御が魔王に戻ってもな!」
何だろう、みんなの言葉は凄く嬉しいものだけど、それ以上に突き刺さるものがあった。少し考えた末に、どうやら私は大事なことを忘れていたみたいだ。
初めから私一人なんて何もできない。旅に出たのは私自身を成長させる事も目的だったけど、それ以上に一緒に来てくれる仲間と出会ったこと。その存在が大きかったんだ。
私は、一体何を思い上がっていたんだろう。
「みんな、ありがとう。これからもよろしくお願いします」
食べる手を止めて、みんなに頭を下げた。
「よ、よせよ姉御! らしくないぜ!」
「そうですよ! いつも通り魔王らしくないままでいてください!」
「チビ雪さん、それはディスってますよ」
「ええー!? そんなつもりじゃ!」
「リーダーが変だと、こっちまで調子が狂う。今日はいつも通りに盛り上がろうじゃないか!」
「イシェイルさんに賛成だー! パーッとやろうぜ!」
みんなの気遣いに笑顔になりながら、目の前にある料理を堪能した。
ただ、その中で一人気まずそうに、さっきから一言も発さずにモジモジしている男が一人。
「タケル、そう云えばお前もリーダーに感謝を伝えるとか言ってなかったか?」
「あ、ああ! そうなんだけど。なんかタイミングを逃してしまって」
「いや、お礼とかいいからね! 私一人じゃどうにもならなかったし!」
「い、いや! それでも救って貰った事に変わりはない! こ、これを受け取ってくれないか!」
意を決したタケルが差し出してきたのは、金色に輝くブレスレット。
「え? これを私に?」
「そ、そうだ! これはフェアリーティアーズと言うんだ! ブレスレットの中は空洞になって、中にはワセアの神木が数百年に一度だけ落とすと云われる、ワセアの結晶を砕いたものが入っている!」
「我々ダークエルフの間では、ワセアの結晶は別名・妖精の涙と言ってな。それを持つ者には、一生の幸運が舞い降りると信じられている」
「なるほど、だからフェアリーティアーズなのですね」
ダークエルフ姉弟の話しに、リーティアも興味津々のようだ。
「長寿のダークエルフでもフェアリーティアーズを拾えるのは、一生に一度あるかないかの代物なんだ。落ちたフェアリーティアーズは数時間で土に還り、ワセアの神木に再び吸収されてしまうと言われてる。
だから運良く見つけた者は、そうやってアクセサリーなどにして肌身離さず持ち歩くんだ」
「私でも見た事ないフェアリーティアーズをタケルが拾った時は、流石に嫉妬を隠し切れなかったな」
「姉さん、本当に悔しそうだったもんね」
「ちょっと待って! そ、そんな貴重な物を!? 大袈裟すぎるよ! これは受け取れないわ!」
「いや、受け取ってくれ! 僕にできる最大限の気持ちだ!」
「リーダー、それはタケルが誠心誠意作った物だ。受け取ってやってくれ!」
そこまで言われたら、せっかく作ってくれた物を受け取らない訳にもいかない。恐る恐るタケルからフェアリーティアーズを受け取ると、右の手首にフェアリーティアーズを付けた。
手首に付けた瞬間、ブレスレットに刻まれている文字が白く光り、右手首にしっかりとフィットする。
「あ、ありがとうタケル! こんな貴重な物を! 大事にする!」
「う、うん! 喜んでもらえて良かったよ!」
「タケルさん、なんか赤くなってませんか?」
「え? いや、そんな事はないよ! ちょっと緊張しただけだ!」
「緊張ねー! タケル、お前もしかして!」
「うわー! カールは何を想像してるんだ! 僕は純粋に感謝の気持ちを伝えたかっただけだー!」
離れでの宴は夜遅くまで続き、仲間全員での楽しい時間が続いた。
今日だけは、みんなと過ごせる大事な時間を噛み締めるように、一緒に居られる事を心の底から感謝していた。




