100話 家族ごっこ
港町ワースに滞在してから一週間が過ぎた。この間、もちろん何事もなかったということもなく。
お尋ね者な上に、息子イザクを唆したとして、途中領主のハイドリッヒ・ミューレンが使用人と共に離れに怒鳴り込んで大変な騒ぎになった。
イザクが次の日の夜に、医者になりたい事を素直に話したことが原因だった。
当然領主ハイドリッヒは激怒して、私達を魔王グリテアに引き渡そうとしたのだが。イシェイルとカールがやる気満々で反抗しようとしたのを、私とチビ雪で必死に止める事態になり。
その後はイザクの必死の説得と、そもそも自分の息子が不良グループと共に犯罪行為を行うまで追い詰め、さらにそれを放置していたくせに何を今更と逆にリーティアに窘められ。
さらにそこへ、イザクの母テナー・ミューレンが間に入ってきて、意外にも私達を庇ってくれた。荒れ続ける息子をずっと心配していたテナーは、私達と出会ってから明らかにイザクが良い方へ変わった事を感じ取ってくれたようだ。
最終的に領主ハイドリッヒはイザクとテナーの必死の説得で、イザクの願いを条件付きで聞き入れる事になった。条件というのは、三年間で医者になれなかったら大人しく領主の跡継ぎをするというもの。イザクもそれを了承し、医学を学ぶために魔都市ガーデン・マノスに行く事になり、今私達はその見送りのため屋敷の門の前に立っている。
「父さん、行ってきます。俺の夢を聞いてくれてありがとう」
「…………はあ、全く仕方ないな。ここまで来たら私も応援しよう。だが、一度自分で決めた事を簡単に放り投げる事だけはするなよ」
「はい、父さん!」
「ちゃんと手紙出しなさいよ! 帰りたくなったらいつでも帰って来るのよ!」
「分かってるよ、母さん。人前で泣くなよ。みっともない」
親子水入らずで一時の別れを惜しんでいる。その後ろで私達が微笑ましく見ていると、イザクが挨拶をしてきた。
「改めてありがとうございました。おかげで大きな一歩を踏み出す事ができます」
「ええ、頑張ってね!」
「イザクさんなら必ず成功できます!」
「がんばれよ! 俺も応援してるぜ!」
各々がイザクを応援する声を掛けるが、イシェイルが余計な事を言い出す。
「ふむ、良い目をする様になったな。あの時、私に片手で首を絞められた奴とは思え…むぐ!?」
「さ、さあ早く行きなさい! ガーデン・マノスまでは遠いからね!」
慌ててイシェイルの口を抑えて、これ以上余計なことを喋らないようイザクを見送る。実は私達もイザクを一度ボコった事がバレないように。
「あははは! はい! もっといい目になって帰ってきます! では皆さん、行ってきます!」
専用の魔動車に乗って、イザクは屋敷を出発していった。車が見えなくなるまで見送った後、領主ハイドリッヒが話し掛けてきた。
「隠しても仕方ないからハッキリと言う。君達は魔王グリテア様から目を付けられているお尋ね者だ。できれば、すぐにでも魔都市クランレアドに引き渡したいのだが」
「あなた! それはしない約束ですよ!」
「テナー、最後まで話しを聞きなさい。…今後も離れは好きな様に使ってくれ。最初はふざけた連中だと思ったし、今でも少し思うが」
言葉を詰まらせた後、険しい表情を崩さないまま領主ハイドリッヒは続けた。
「少なくとも、あれから久しぶりに一家団欒でこの数日過ごす事ができた。それに関しては紛れもない事実だ。君達に礼を言う」
イザクはここ数年、ずっと離れで家族と別に過ごしてきた。両親とも顔が会えば手が出るほどの喧嘩になる事も、しばしばあったそうだ。
だけど騒動があった後、イザクは今日まで母屋で家族と久しぶりに暮らした。イザクも家族の前で素直になり、不良グループともきっぱりと縁を切った。
「私はもう、イザクが昔のように良い子になってくれただけで満足ですよ。息子を助けれくれてありがとうございました。困った事があれば何でも言ってくださいね」
「はい、ありがとうございます。でも私達はキッカケを作っただけで、元々イザクが強い意志を持ってたからだと思いますよ」
「うん、そうだな。私もいつまでも子供だと思っていたが。あいつはあいつなりに、自分で色々と考えていたんだな。
ワースにいる間は、表向きは私の監視下にある事にしておくが、自由に行動してくれて構わない」
「いいのですか? もしバレたら、あなたの立場が悪くなりませんか?」
「ふん、その時はその時だ。隠居して家族とひっそりと暮らすよ。地位や名声よりも大事な物を見つけたからね」
「あなた…」
どうやら変わったのはイザクだけじゃなかったようだ。
少しイザクの両親とも挨拶を交わしたあと、私達は離れに戻った。
離れといっても、六人全員が一人部屋を持てる間取りがある程の大きな離れだ。さすが領主の屋敷の敷地内に建てられただけの家をしている。
使用人を置く提案もされたが、それは落ち着かないので断った。ただイザクを救ってくれたお礼として、この離れは私達が無期限で使って構わないという。実質、港町ワースで私達の拠点の家となった。
離れに戻ってからは、全員リビングに集まって寛ぐ。
「まさか旅に出て、一軒家に住めることになるなんて思いもしなかったわ」
「しかも一人部屋まで持てて、もうここに住めますね!」
「それだと困るのだが、僕にはワセアの森を救うという目的が」
「タケル、それに関しては焦ってはダメよ。まだ堅造くんから何も連絡ないし」
「だけど姉御、ずっとここに居たら旅に出る気分じゃなくなるかもしれないぜ」
確かに十分な屋敷を持てた事で、このままだと根を張ってしまいそうなのは分かる。でも今は下手に動くわけには行かない。
それにしてもデックアールヴの森を抜けてから、魔王グリテアが何かしら動いてくるかと思っていたけど、特に何事もなく過ごせているのもある意味不気味だ。
「スノー様、絶対とは言い切れませんが因縁である私がいる以上、グリテアは簡単には手は出してこないと思います」
「あ、確かに言われてみれば。それなら最初からそう言ってくれれば、こんなにも警戒しなくても良かったのに」
「まだ確信がありませんからね。警戒するに越したことはないので、下手に安心する事を言わない方がいいと判断しました。しかし、これだけ時間が経っても何もして来ないとなれば、可能性は十分に高くなったかと」
「早く結論が出て欲しいですね。ずっと港町ワースにいる訳にもいかないですし」
全員がワースに釘付けにされている事に、だんだんと苛立ちを募らせていた。でも焦っても仕方ないので、一旦昼食の準備に取り掛かる。
「僕と姉さんは何をしたらいい?」
「料理は私がしますので、皆さんは好きに過ごしていてください」
「私は手伝います!」
「じゃあチビ雪さんはお願いしますね」
リーティアとチビ雪がキッチンに立ち、昼食を作ってくれることになった。タケルはいつものように読書を始め、カールは自分の部屋へと向かっていった。
「ん-、私はどうするかな」
ここで一人、暇を持て余してるダークエルフがいたので、丁度いいと言わんばかりに声をかける。
「ねえ、ちょっと外で汗を流してこない?」
「何をする気だ?」
「剣の稽古よ! せっかくだから付き合って!」
「いいだろう、日頃の鬱憤を晴らすいい機会だ!」
イシェイルを誘い、稽古の相手となってもらった。魔闘家と戦うのは初めてだし、少しワクワクしながら剣を握る。
「あなた防具は付けなくてもいいの? 斬られても知らないわよ」
「お前こそ防具を付けずに私の拳を受ければ、大事な体に風穴が開くぞ」
お互いに牽制し合いながら、模擬戦がスタートした。まあ風穴が開くのは嫌なので、一応ミーちゃんを装備したのは言うまでもない。
この模擬戦でイシェイルと初めて本格的に戦う事になったが、改めてイシェイルの凄さに気付かされる。こっちの剣が悉く空を斬り、時には指で剣を挟んで止める荒業までしてくる。
それに対して、イシェイルの素早い拳が何発も私の体にヒットする。そんな戦いが何戦も続いた。
十連敗したとこで、思わず途中で膝を付いてしまった。
「どうした? もう終いか?」
息を切らしているこっちに対して、イシェイルは息一つ切らしていない。力だけじゃなくて体力まで化け物ですか。
ミーちゃんのおかげでダメージ自体は軽微だけど、こんなに翻弄されるとこっちの体力が大幅に削られる。でもダメージが軽微なのは、たぶんこれでも手加減してくれてるからなんだろうな。デックアールヴの森で受けたイシェイルの正拳突きの威力は、こんなものじゃなかったし。
「はあ…はあ…悔しいけど、やっぱりアンタにはまだ敵わないみたいね」
「お前は、もう少し自分の剣の間合いを計れるようになった方がいい」
「なによ、いきなり師範気取り?」
「アドバイスしてやってるんだ。剣の方がリーチは長い。本来ならお前は、私の拳が届く前に攻撃ができるんだぞ」
イシェイルのアドバイスを聞いてハッとした。確かにイシェイルの拳を警戒するあまり、自分が得意とする間合いになっていなかったかも。
立ち上がると大きく深呼吸して、両手でしっかりと剣を握る。イシェイルも構えを取り、その瞬間に僅かに風が吹き込んだ。
先にスノーから動く。スピードの速いイシェイルに主導権は渡さない。少し前屈みになりながら、剣を横に向けた状態でイシェイルとの距離を一気に縮めた。
「やれやれ、私のアドバイスを聞いてなかったのか。また馬鹿の一つ覚えみたいに」
呆れたイシェイルが反撃を喰らわそうと、右の拳に力を入れて腰を落とした瞬間。イシェイルの間合いに入るギリギリで足を止め、体勢を限りなく落として低くする。
「な…」
イシェイルからは一瞬目の前からスノーが消えたように映り、慌てて後ろに下がって間合いを取ろうするが。スノーが左下から瞬時に斬撃を加える。
躱すのは不可能と一瞬で判断したイシェイルは咄嗟に風呪文で右の拳に刃となるカマイタチを乗せ、体勢を崩しながらスノーの剣に防御となる拳を叩き込んだ。
すんでのところで剣が弾かれたが、スノーは弾かれた勢いを利用して時計回りに回し蹴りをして、バランスを崩していたイシェイルの右足にヒットさせる。
「ぐっ…」
蹴りを受けて完全にバランスを崩したイシェイルは後ろに倒れ、そのままイシェイルの上に立ち剣先を首筋に突き立てた。
「はあ…はあ…ぜぇ……わ、私の勝ち!」
「チッ、私が剣をガードするとこまで読んでいたのか」
最後の最後に勝てたけど、全体では一勝十敗。でも手応えは十分に感じる模擬戦となった。
ちょっと悔しそうにするイシェイルに、剣を納めて手を差し伸べた。差し出された手を掴んで起き上がり、模擬戦は終了する。
「いい汗かけたわ! ありがとう! また今後もお願いね!」
「ふん! 暇だったら付き合ってやるよ!」
「いつでも暇じゃないの!」
「そ、そんな事はない! 私には仲間を救うという大事な使命が!」
「お二人とも、昼食の準備が整いました。早くいらしてください」
模擬戦の後にギャーギャーと二人で騒いでいたら、離れの玄関からリーティアの呼ぶ声が聞こえた。この光景は正に庭で遊ぶ子供二人と、それを呼ぶ母親のよう。
一家団欒を描いたような可笑しな雰囲気に、イシェイルと顔を突き合わせ、照れくさそうに離れへと戻った。




