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流れゆく花に結刃を  作者: もりみつ
第2章 柳は緑、花は紅
16/20

柳は緑、花は紅 ~ 業と共に ~

目に留めてくださり、ありがとうございます。

内容にうまく寄り添えるようなサブタイトルが思いつかずとても悩んだ話です。


 


 広がるは闇 掴むは空虚

 

 耳を澄ませ 目を凝らし 心を砕いて探せども

 

 確かな答えは見つけられぬまま

 

 迷いながら 恐れながら

 

 刻一刻と変わりゆく 二度と訪れぬ刹那を繋ぐ

 

 誰かの痛みを知るたびに


無力な己の弱さを恨み

 

 不安と孤独の(うつつ)を歩む

 

 

 

 

 己の決めた在り方が 正しかったと思える時が

 

 いつしかこの行く末に


訪れてくれたならばと


迷い続ける心の救われる


その瞬間を

 

 ひとえに切に願いながら




****************




「そうだな、お前らは賢い。狡賢い」

 

 入隊して6日目、初めて休暇をもらった日、息抜きがてら町に出ていた清春と真光が古本屋の前を歩いていた時。行き交う者たちの談笑に混じり、聞き覚えのある声が聞こえてきた。声のする方に顔を向けると、その脇道に知っている後ろ姿を見つけ立ち止まる。


「そうやって俺には媚びへつらって、裏では偉そうに他者を蔑んで命令に従わせて」


 春も深まり、柔らかな風の心地よい昼下がりであったが、その場にだけは凍てつくように冷たい空気が流れる。天叢雲本部で入隊後毎日顔を合わせてきた少年、宝良の表情は見えないが、彼と向き合う2人の少年の顔からは明らかな動揺が読み取れた。


「いいご身分のお前らは周りの大人や俺がいない時は誰の目も気にする必要もないもんな? 自分たちは偉いんだという勘違いに拍車がかかって自由に傲慢に振舞っても誰にも咎められなくなって、さぞかし愉快だろうな」


「な、んなことねぇよ! 俺らが宝良のいないとこで幅を効かせようなんて、なあ?」


「ああ、俺たちはいつだって身分の低い奴らにも平等だ。ほら、今だってこれでみんなの分の菓子を買いに......」


「お前がこの前自慢してくれた小綺麗な懐紙入れとは違うみたいだな。その金は誰の金だ?」


 宝良よりも頭半分大きな2人の少年の顔は真っ青になり、何も言えなくなってしまう。

 出会ってまだ数日で、彼の性格をよく知っているわけではないが、その時の宝良の放つ雰囲気は、今まで清春たちが感じていたものと少なからず異なっていた。


「返して来い」


 少年2人は逃げるように駆け出し、宝良はそれを見届けると、踵を返して逆方向に歩いていった。その背中は先ほどまでの毅然としたものと異なり、何故か少し寂しそうで頼りないものに見えた。




****************




 その翌日の朝は本部から3つ隣の村、羽ヶ前村(はねがさきむら)の見廻りだった。塀から降りられなくなった子猫を助けたこと以外は特にこれといった仕事はなく、変わった情報を仕入れられることもないまま、昼前に任務を終えて本部へ戻った清春と真光は、昼九つを迎えるとともに東の建物の中央に位置する食堂へ来ていた。

 昼食の時間になると食堂へはまばらに隊員がやってくるが、昼休憩の時間は全体では定まっておらず、本部の外で昼食をとりそのまま任務を続けることも多いため、大人の腰の高さ程の仕切りで簡単に分けられている30余りの席がすべて埋まることはほとんどない。

 この日も肆の班の清春と真光の2名と宝良の他には、他の班の5名ほどが間隔を空けて2つに分かれ畳の席に座っているだけだった。

 1週間を共に過ごし、それなりに関わってきてはいたが、宝良のことはまだ深くは知らない。また、自分たちのことも多くは伝えることができていない。先日のこともあり、興味本位ではなく、これから共に戦う仲間として宝良のことが気になっていた清春と真光は彼のことをより知りたいと考え、2人で打ち合わせをしていた。慎重になりすぎる必要はないことは分かっていたが、宝良との距離を確実に縮める機会をつくりたいと思った。互いに目を合わせて頷き合い、先に席に着いていた宝良のもとへ歩み寄る。


「なあ、宝良」


「どうした?」


 清春が声をかけると、宝良は清春たちの方へ向き直り、初めて話した時と同じ落ち着いた声で返す。同じ歳のはずだが、清春たちの目には宝良は幾分大人びて見える。


「ちょっと訊いてもいいか?」


 少しの緊張を隠しきれないまま清春が確認を取り、そのぎこちなさから緊張を読み取りながらも穏やかに宝良が答える。


「構わねぇけど」


「食事中に悪いな、ありがとう。えっと......」


「宝良がここに......あ、宝良も蒸し寿司好きなのか?ってか、ここの食堂蒸し寿司頼めるのか!?」


「え?」


 清春の言葉に続いて口にしかけた質問の途中で予定外のことを問う真光の方を見た清春と、勢いのよい予想外の質問に目を丸くした宝良の声が重なる。そんな2人を気にも留めず金色の瞳を輝かせながら真光は続ける。真光は真っ直ぐに宝良の膳の上を見ていた。


「これ美味いよな?? こいつ、これが嫌いだとか抜かすんだぜ? この美味さが分からないとか損してるよな???」


 蒸し寿司は様々な具材を酢飯の上に乗せてせいろで蒸し上げた、温かいちらし寿司のような料理である。ここ和久国よりも少し東の地方が発祥の地だという説が有力らしいが、この地域においても決して珍しくはない料理だ。以前、好物の話をしていた時に真光が熱心に語っていたことを思い出した。その時を彷彿とさせる様子で、海老の赤、玉子の黄、インゲンの緑の鮮やかに映えている蒸し寿司のお椀に目を輝かせながら前のめりになって話す真光の袖を清春が引く。


「嫌いだとまでは言ってない。寿司が温かいことに違和感があるだけだ。......じゃなくて、何で蒸し寿司の話になってるんだよ」


 2人のやりとりを見て微笑ましく思い、しかし自分との違いを少し寂しくも感じ、その空気を壊さないようにと思案しながら宝良が口を開く。


「確かに美味いな。でも、別に苦手なやつがいてもいいんじゃないか? お前と俺にとっては美味い料理でも、食べ物の好みなんか人それぞれだろ」


 微かに笑みを浮かべながら穏やかに答える宝良にすべてには同意してもらえなかった真光は、少し拗ねたような様子で主張を続ける。彼の勢いに合わせ、背中に生える小ぶりの羽も大きく開く。


「そうだけど、いや、でも、これだけは譲れねぇ! 蒸し寿司は美味い! 宝良と俺の味覚が正しい!!」


「なんでそんなに躍起になってるんだよ」


「だって(うち)じゃ誰も同意してくれねぇじゃねぇか! 俺以外好んで食わねぇから天音も作ってくれねぇし」


 本気で怒ってはいないが、真光は口を尖らせる。偶然庵の家に暮らす5人と1羽の中で蒸し寿司が好きなのが真光だけだった。

清春たち兄妹が居候を初めてからの1年、庵の家で食事を中心となって作るのは天音だった。天音は器用で料理も上手い。献立を考えるのも殆ど天音で、人に平等に接する彼女は、好みの分かれるおかずは滅多に作らなかった。

時々、天音以外も料理はするが、清春と庵は簡単なものしか作れず、真光は不器用で作ろうと思ったものとはどこか別の物を作ってしまい、樹は火と刃物が苦手でできることが限られていた。そのため、真光はしばらく蒸し寿司を口にしていなかった。


「仲間を見つけて喜んで何が悪いんだよ。なあ宝良?」


「悪いとは言ってねぇよ。宝良、巻き込んですまない」


 清春と真光の様子を見て、宝良は少し笑いをこぼす。


「別に構わねぇよ。俺も好物が同じやつと話せるのは嬉しい。

お前本当に蒸し寿司が好きなんだな。好きなものを周りにも認めてもらいたい気持ちは確かに分かるけどな。でも、蒸し寿司自体の好みはそれぞれでも、お前が蒸し寿司が好きだってことを否定しないでいてもらえるならそれでいいんじゃないか?

 で、訊きたいことってそれか?」


「そうじゃないんだ。俺ら、せっかく同じ班になったのに、この7日間あんまりちゃんと話せてなかったと思って......これから一緒に行動することも増えるだろうし、もし差し支えがなかったら、お前がここに来た背景とか知りたいって思ったんだけど」


 一瞬和やかな雰囲気にもなったが、冷静に対応する宝良の前ではまだ少し緊張してしまう。慣れない相手と打ち解けるのが得意な人懐っこい真光の方が訊ねるのには適任であり、その予定だったのだが、第一声から話を逸らし始めたため今の流れとなり、自分が訊ねることにした清春は、改めて言葉を選びながら訊いてみた。


「そうか、それを訊くのにちょっと躊躇い気味だったのか。

 確かに訊きにくいよな。ここに居るのは複雑な事情がある者が多そうだし」


「それと、あと......。昨日町でお前のこと見かけて、気になって、声掛けようかとも思ったんだけど、できなくて、立ち聞きしてしまって......悪い」


 黙っているのも気が引け、この際に言ってしまおうと思い、言葉を順序立てられず歯切れ悪くも、昨日のことを口にする。

 躊躇いながら申し訳なさそうに話す清春の姿から、どの場面に居合わせたのかすぐに想像のついた宝良は一瞬動揺を見せるが、そこまで気にすることでもないという体を装い、変わらぬ口調で答える。


「お前ら、あれ見てたのか。状況が悪かっただけで、別にお前が謝ることは何もないだろ」


 宝良はむしろ人を脅してるようなところに話しかけられる方が気まずい、と付け加え、少し困ったように笑った。清春は宝良のことを冷静沈着で隙のない少しのことでは揺るがない人物だと思っていたが、こんな顔もするのか、と思いその表情を眺めてしまう。そのため会話が途切れ束の間の沈黙が流れる。真光もまた清春と同じように感じ黙って宝良を見ていた。


「あ、お前のことだけ訊くのは失礼だよな。良かったら俺らのことも聞いてくれないか?」


 沈黙も受け入れてくれてはいるが、何か話さなくてはという焦りが生まれ、清春は自分自身がここに来ることを選んだ理由を話し始める。見切り発車の話となってしまったが、宝良なら真剣に聞いてくれるだろうという予感は、なんとなくだが確信に近かった。

 清春の話が終わると、それに続いて真光も自分の話をする。お互いが天叢雲を知ったきっかけと清春たち、真光、庵のそれぞれの出会い、入隊を決めてからの今日までの出来事。2人分の話で四半刻が経ってしまったが、その間、宝良は食事の手を止め、静かに2人の話を聞いていた。そして、少しの間を置いて、心做しか寂しげに口を開いた。


「俺の理由は、お前らみたいな綺麗なもんじゃない。傲慢に聞こえて嫌な思いをさせるかもしれないから、正直ちょっと言い難い。けど、お前らの話聞いた後だし、話すな。――――――それで、嫌いになるなら嫌いになってくれ」


 昨日から時折見せられる、優等生の模範のようなものとは異なる宝良の表情には驚かされてばかりだが、自信のなさそうな宝良は初めて見る。清春も真光もすぐには何も返せなかった。宝良は落としていた視線を上げて2人の顔を見ると、覚悟を決めたように言葉を続ける。


 


 

「俺は、権力が嫌いだ」

 

 



 発せられた声は、冷たい響きを持っていた。それは先日、宝良の藩校の仲間だったという少年たちに向けられていたものに少し似ていたが、まったく同じではなく、冷たさの中に清春たちに聞いてもらおうとする丁寧さが含まれている。


「俺の家はそこそこの地位をもらえている武家で、生活に困ったことはない。食うために一生懸命な者、学びの機会も与えられない者も多い中、俺は随分贅沢をさせてもらってきた」


 それは宝良にとっては自虐の言葉に近かった。勉学に剣の稽古、その他の教養、努力と苦労を重ねて様々な技能を身に付けてきたが、それができる環境に生まれたこと自体、宝良にとっては贅沢過ぎて後ろめたい気持ちの根源に他ならなかった。家柄が良いというだけで偉そうに振舞っている周りの者たちと同じように見られるのが嫌で仕方なかった。しかし、実際に同じなのだと感じることも多々あり、余計に自己嫌悪に陥っていた。


「これまで、権力を盾に身勝手なことをやってる奴ら、偉そうに振舞ってる奴らを嫌になるほど見てきた。大人も子どもも変わらない。立場が自分より下だと思う者に対しては傲慢な態度をとり、自分より上だと思う者には媚びへつらう。自分の保身に必死で、他の者の気持ちを考えようともしない。権力を与えられた者の多くは他者を思い遣る心を失っているように感じていた。俺も含めて」


 宝良は軽く拳を握り、虚空を睨みつけている。忌々しそうに語るその表情からは、怒りと自嘲と悲しみと、他にも表しきれない複雑な感情が織り混ざっているのが読み取れた。その感情たちは年月を重ねる中で蔓のように絡み合って解けなくなり、彼自身の心を締め付けていた。


「藩校の中でもさんざん家柄や力の差から生じるいじめや差別を見てきた。正義感溢れる奴を気取りたいわけじゃねぇけど、見過ごすのは嫌で、首を突っ込んでは止めさせてきた。

 だがそれも俺の家の立場を利用して大人しくさせただけだ。大嫌いな権力に頼って」


 家柄、学力、技能の差から相手が言い返せないと分かって、安全な立場から言いくるめてきた。権力に任せて相手の行動を牽制してきた。誰の尊厳も考えずに、自尊心だけを守るために。


「結局独り善がりな正義を押し付けてるだけだった。分かってやりたい、助けてやりたい、って思うこと自体が上から目線だろ。本当の優しさなんて持てねぇんだ、俺には。

 ただの同情は嫌がられることも多い。本当の苦しみは実際に味わった奴しか分からねぇんだから、権力を持ってしまった時点で本当に立場の弱い誰かを思い遣ったりその気持ちに寄り添ったりすることは不可能だ」


 話しながら宝良は数年前のことを思い出していた。惨めになるからやめてほしいと、助けたつもりの相手に拒絶された日のことを。差し出した手を振り払われた時、痛かったのは、掌だったか、心だったか。

 もともと持って生まれたものも努力で身に付けたものも一緒くたにされて、何も与えられなかった者の気持ちが分かるはずないのに良い人ぶるなと、信じていた正しさを揺るがすには充分な言葉を突きつけられた。それ以来、自分の正義を疑いながら生きてきた。


「でも、理不尽に傷付けられる奴らを見過ごせなくて、見過ごすと俺の自尊心を保てない気がして、余計な口出しは止められないでいた。優等生ぶって立場を守り、偽善を押し付けてきた。だが、いくら止めても、いじめも差別もなくなることはなかった。

 闇雲(やみぐもり)と天叢雲について知ったのは最近のことだ。俺の周りには家柄や成績だけを見て取り入ろうとするやつや目の上のたんこぶ扱いするやつ、俺の本質を知らずに心酔するような態度をとるやつばかりじゃなく、自分の判断基準で、権力に頼ってしか誰かを救えない俺のような人間を慕ってくれる友人や後輩、認めてくれる先輩も少なからずいてくれた。その中の1人の両親が闇雲(やみぐもり)に誘われ、そいつを置いて帰ってこなくなってしまった。そいつは藩校でも一部の者から雑用係のような扱いを受けていて、近くに頼れる親戚もいなかった。俺は半ば強引にそいつを俺の家に招き入れた。これも父親に頼み権力に頼りやったことだ。そいつにとってそれがよかったのかどうかも分からない。それでも偽善を押し付けるしかできなかった。

それから人に訊いたり調べたりして、闇雲(やみぐもり)と天叢雲についての知識を得た。俺らはつくづく悲しい生き物だと思った。誰もがどこか自分勝手で、自分が良かれと思ってやってることでさえもいつの間にか誰かを傷付けているかもしれない」


何かを守るために誰かの何かを奪い、誰かの上に立とうとし、傷つけ合いを繰り返すだけで変わることのできない自分たちの身勝手で愚かな姿がいっそう悲しく思えた。相手の気持ちを理解できないまま、思い込みの正義の押し売りをする自分に対する苛立ちも大きくなっていた。自分の今の在り方には納得できない。だが、選択を間違えて救おうとした誰かに嫌われたとしても、何もしないで見捨てるような自分の信念に反することはできなかった。恵まれて生まれてしまった自分の手は汚れているようにも嘘だらけのようにも見えてしまう。たが、烏滸がましいのは重々承知の上で、求めてくれる可能性が僅かにでもあるのなら、差し伸べないという選択はできなかった。


「それでも、失敗しても後悔しても全部抱えて、俺の正しさは俺が信じて貫くしかない。今のままじゃ、次々と憎しみや恨みが生まれて復讐の連鎖が続くだけだろ。権力でねじ伏せるしか方法を知らねぇ俺だけど、自分と周りを変えたいと思った。

 誰かを守るためにとか優しい理由は持てねぇけど、俺は俺の信念を守るために、俺のためにここに入った。

 他者の気持ちもまともに分からない、結局は権力を盾にしないと動けない心の弱い奴が何を言ってるんだと思われるだろうけど、な」


 望んで権力を持って生まれたわけじゃない。それでも、こうして生まれたからには、それを背負って生きていくしかなかった。宝良にはずっと重荷だった。


「どこが傲慢なんだよ。嫌いになる理由もどこにもない」


 繕うことなくかけられた清春の言葉に、宝良は呆気に取られた表情になる。清春には宝良を庇っているつもりはなく、あまりにも自然に出てきた言葉だった。心底その想いを理解し受け止めたいと思い、真っ直ぐに宝良を見て紡いでいた。


闇雲(やみぐもり)のような奴らを生んでる側の、平気で他者を傷付ける立場の奴が自分のための軽い理由しか持たずに入って、上から目線の言葉を並べてるんだ。きっと立場だけで嫌われたり敬遠されたりするような生まれなのに、そんな薄っぺらい言葉をしっかりした意志や深い重い理由があって入ってきたお前らが聞いたら不愉快になるだろう?」


 大半がその立場を笠に着て生きていくような家系に生まれながら自分の出自に引け目を感じていた宝良はそう思われて当然だと思っていた。権力を理由に嫌われる運命なのだと頑なに思い込んでいた。しかし、それが理解できないとでも言いたげに、清春と真光は眉を顰める。


「お前の理由が軽くて、俺らのは重い? 立場が違えば考え方や理由は違って当たり前だし、その価値に優劣なんてあんのかよ。少なくとも俺には分かんねぇ」


「真光の言う通りだ。誰かが何かをする理由は、比較して優劣をつけられるものじゃない。決めたやつにとって大切な理由ならそれで充分だろ。それに、俺は宝良の理由はすごく立派なものだと思う」


「そうだよ! 権力を振りかざして自分を守ろうと勝手なことをやってる奴らと、立場の違う者のことも理解したいと思ってる宝良とは大違いだ。なんで権力があって技術も優れてて頭のいいお前が自分も勝手な奴らと同類だって考えるのか分かんねぇ」


「それに、宝良が自分を責めてる理由のほとんどは宝良の所為じゃないだろ。むしろ自分の立場を理解してそれと向き合っててすごいと思う。俺、身分とかそんなに気にしなくていい、人も妖も平和に関わってる限られた環境で守られるように生きてきた世間知らずだったからさ。この1年で少しは変わったつもりでいたけど、お前の話聞いて、もっと学びたいって思った」


「俺、宝良のこと冷静で真面目で大人びたやつだって思ってたけど、自分に厳しくなりすぎんなよ。お前の話聞く中でお前が悪いって感じるとこひとつもねぇし、ここでできた仲間がお前でめちゃくちゃ嬉しい。宝良と一緒ならできることが増える気がしてきた! だからこれ以上お前自分のこと悪く言うの禁止な」


 あまりにも真剣に抗議してくる清春と真光の言葉を、宝良はまた呆然として聞いていたが、やがて卑屈にになっている自分が馬鹿馬鹿しくなり、2人にそっと感謝した。


「そんな風に捉えられるとはな。お前らの真っ直ぐさがちょっと羨ましい。

 まだ俺には俺の考えは傲慢なものに思えるけど、それで誰かを救えるなら偽善で構わない。利用できるもんは権力だって何だって利用して、信じるものを貫いてやる」


 ずっと重荷だったもの。今度はそれを武器に変えてやるんだと、己の心に誓いを立てる。武士としての誓いを立てる場に食堂は複雑だが、等身大の自分で戦い続けようと、強く決意を固めていた。

 この時初めて、宝良自身、己の立場をそこまで悪くないかもしれないと感じていた。

 不意に窓から吹き込んだ風に繊細な黒髪が揺れる。その瞳は揺るぎなく前を見つめている。


「元から割り切ってたし、それで嫌われるのは構わない。でも、お前らみたいな理解してくれる奴が居てくれるのは大きな救いだ」


 周囲の他の音が聞こえなくなるくらい宝良の話に夢中になっていた清春と真光だったが、やがて周囲のものへと向ける意識を取り戻し始める。他の班の隊員はいつの間にか食事を終え、思い思いに静かに休んでいるようだった。厨房の調理や洗い物の音も今は落ち着いている。

 ふと宝良の膳へと視線を落とし、真光が少し慌てたように声を上げた。


「あっ」


 2人が見ると、真光はまた膳の上の蒸し寿司を見つめていた。大好物のそれを見る目は今度はとても悲しそうだった。


「冷めちまったな……、長話させて悪ぃ」


「いや、構わない。冷めても美味い」


 本気で心配する真光を見て2人は優しく目を細める。出来たての温もりはほとんど残っていないが、宝良はそっと蒸し寿司の入ったお椀に手を当てる。それを見て、真光は少し表情を緩め、また口を開く。


「母さんが生きてた頃、よく作ってくれてたんだ。父さんも蒸し寿司が好物で、特別な日の夕食は必ず蒸し寿司だった」


 真光の言葉は、家族と過ごした温かい日々を懐かしむような響きを含んでいた。彼にとっての蒸し寿司は唯の好物以上の意味を持つ料理だった。母の手作りのものを食べることはもう叶わないが、叶わないからこそ、それを見ると心を強く揺さぶられてしまう。


「そっか。思い入れがあるんだな」


「知らなかった。今度天音に作ってもらうよう頼んでみる」


 宝良だけでなく、清春もこの時初めて真光にとって蒸し寿司がただの好物ではなく想い入れの強い料理であることとその理由を知った。もっと早くから訊いていればよかったと少しだけ申し訳なく思う。後で天音に会ったら最初に伝えようと決め、また顔を宝良の方へと向ける。


「よかったら宝良もいつか食べに来ないか?」


「いいのか? 庵さんや弟もいるんだろ?」


「大丈夫。って、家主でもないのにおかしいか。

でも、庵さんは表立ってではないけど歓迎してくれるだろうし、樹は人見知りはするけどお客様が来るのは嬉しいみたいだから。それに、悔しいけど、天音とは双子で色々似てるはずなのに料理の腕だけは雲泥の差があるんだ。身内贔屓に聞こえるかもだけどあいつの料理は美味い。保証する」


「それは楽しみだな。その時は真光と一緒になってお前の妹と弟と、僭越ながら庵さんにも蒸し寿司の美味さを語らせてもらおうか」


 宝良が冗談混じりの発言をするのが意外で、しかしそんな一面を見せてくれたことが清春には嬉しかった。そんな2人のやりとりを見て、真光はいつもの無邪気な笑顔を作る。幼く見える満足そうな笑顔がいつも通り眩しい。

 人の気持ちを解す力を持つこの笑顔の生まれた過程、その裏に見え隠れする哀しみを思い遣りながらも、真光が今の真光で良かったと、清春は心の中で安堵の息をついた。それと同時に宝良の心にも本当の意味で少し近付けた気がして、今日この時間をとることができて良かったと心の底から思えていた。

 そのまま清春と真光も昼食を頼み、少しの間談笑が続く。迷わず選んだ真光に続き、この時ばかりは清春も珍しく蒸し寿司を頼んでみた。そのことを揶揄うように話す真光の表情はどこか嬉しそうで、宝良はさらにそれを揶揄いながらもこの時間をとても心地よく感じていた。

 

 3人分の蒸し寿司が揃った頃には食堂内に残るのは彼らだけとなっていた。雑談に一区切り着けると、それぞれが箸に手を伸ばす前に宝良は軽く居住まいを正して清春と真光を見る。


「なんか、大事なもんに気付けた気がする。ありがとな」


 先ほど胸に仕舞った感謝をやはり伝えておこうと思い直し、そう告げた宝良の言葉には、彼本来の取り繕わない温かさが滲み出ていた。



 

 


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