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結刃流花譚  作者: もりみつ
第2章 柳は緑、花は紅
13/20

柳は緑、花は紅 ~ 花冷えと灯火 ~


 

 

「先にお前らに案内しておきたいところがある」


 入隊試験の翌日、一度集められた清春たち6人は、揃うとすぐに天叢雲の隊長である近衛と副隊長を務めていると紹介された篁に連れられ大広間を後にする。昨日は一度も口を開かなかった篁の声からはずっしりとした重みが感じられた。

彼は右の額から目の下にかけて十字に切り裂かれた古傷を持ち、右目は見えないようだった。傷を負った際に失明したのか、他の理由があるのかは分からないが、その目は閉じられたまま閉じられたままとなっている。その目と十字の傷は小さな十字をもう一つ作り出していた。その傷は痛々しさを表すよりもずっと彼の貫禄を醸し出すものであった。

もう1名の今ここにはいない副隊長は篁よりも大柄であったが、篁も十分な上背があり、その背筋の伸びた立ち姿からは、近衛とはまた異なる威厳を感じる。腕にも数ヶ所古傷が残っており、多くの修羅場を潜り抜けて来たのであろうことは想像に難くない。

 そのような篁を先頭に、8名は建物の中を奥へ奥へと進んでいく。案内の間、近衛も篁も無言のままで、どこに向かうのだろうと清春たち6名は考えながら着いていく。その場の全員が厳粛な空気に包まれており、口を開くことは憚られた。

 

 建物を出て、春を彩る草花が慎ましやかに咲く広い敷地内を少しの距離歩き、北に見えてきた連なる鳥居をくぐり抜け、辿り着いたのは数多くの墓石の並ぶ開けた場所だった。緩やかな丘のようなその場所は見晴らしが良く、一番遠い墓石までしっかりと認識できた。そこに降り注ぐ陽射しは分け隔てなく丘の全体をを静かに温めていた。


「ここの隊員たちの墓地だ」


 風は穏やかに吹いている。墓石の前にはそれぞれ摘んだばかりのように思われる花が供えられており、ひとりひとりの眠る場所はひとつひとつが丁寧に管理されているようだった。


「これが全員分ではない。家族や身近な者の希望により別の場所で眠る者もいる」


 6名は目の前に広がる光景を目と心に焼き付けながら、不要な音を立てないよう注意深く聞いている。50は超えているであろう数の墓石の並ぶ墓地の空気は落ち着いているが、そこに眠る者たちのことを思うと、ひとりひとり心臓バクバクの中に鉛でも入っているかのように心が重い。

 清春も天音も真光も、身内を殺され、ここが生易しい覚悟で居ることのできる場所ではないことは分かっていたが、改めて現実を突き付けられ、ただ立ち尽くすことしかできなくなってしまう。

 失われたものの大きさに、漠然とした悲しさと遣る瀬なさ、そしてこれから向き合うものへの恐怖を感じていた。


 庵から聞いた話では、天叢雲は無闇に相手を攻撃することをよしとせず、相手の動きにいち早く気づき、双方の被害を最小限に止めるために動いている。可能な限り穏便に解決することを望んでいるはずだった。

 だがその過程には、命をかけて戦い、失われた者が今目で確認できるよりもさらに大勢いるのが現実だ。

 淡々と話し始めた篁の声は徐々に寂寥感を帯びていく。


 20年ほど前は、ここに眠るのは病死した者と老衰で亡くなった者の合わせて5名だったと知らされた。当時の天叢雲の隊員は全員で今の約半分の30名程度であったが、闇雲(やみぐもり)が行動を起こす頻度も比較的少なく、任務の中で誰かが命を落とすことはなかった。

 また、当時は現在よりも情報収集と見廻りに割くことのできる時間が多く、それが牽制にもなり、充分にとは言えずとも、ある程度の役割を果たせているように見えていた。

 しかし、世の中に蔓延る怨憎の感情はもっとずっと根深いものだった。それは底無しの沼のようでもあり、終わりのない闇色の空のようでもあり、何度でも生まれ直す輪廻転生の思想にも例えることができた。

 消えることなく次第に増幅していった感情が溢れ出すかのように、18年前、闇雲(やみぐもり)の動きが大きく変わった。


 ただ1人の復讐の芽はいつしか大きく成長し、その蔓は周囲のものを絡めとり、徐々に力を得てきていた。長年かけて集められた彼らの怨嗟は個人的な恨みを超え、自分たちを排除しのうのうと生きる者たち、ひいてはそのような者のいる世の中全体へと向けられていた。

 自分たちが受けた仕打ちと同じような理不尽を繰り返し、傷付け合うことを止めない罪深き者たちを一度根絶やしにするため、彼らは無差別に規模の大きな攻撃を仕掛け始めた。今の彼らはそうして、本当の痛みを知っている自分たちを中心によりよい国を作り直そうとしている。傷付いた者だけが誰かの痛みを分かり、誰もが平等に扱われる生きやすい国を築けるのだと信じている。

 彼らの動きが顕著になって以降、たったの十数年で墓の数が十層倍近くに増えたと聞かされた。それまでは命のやりとりをするようなことはなかったはずなのに、一層事の重大さが伝わってくる。


「可能な限り戦闘は避け、いつか和解できると信じやってきた。だが、平和に事を収めるには、犠牲を出し過ぎた。彼らとの柵はもう話し合いでどうにかできる状況にない。戦うことはもはや避けられん」


 闇雲(やみぐもり)の目的が果たされることを許す訳にはいかない。力と勢いをつけてきた彼らを、言葉だけで止めるのはもはや不可能となってしまった。

 しかし戦うことを選べば、天叢雲と闇雲(やみぐもり)双方の犠牲者はこれからも増え続けるだろう。そうすると、復讐へ執心する闇雲(やみぐもり)の思いも大きくなってしまうかもしれない。それでは本末転倒なのだが、戦わないことを選んでも彼らの思いは和らげられることはなく、取り返しのつかない事態となってしまう。見て見ぬふりに近い状況だ。

 彼らも被害者だ。それは忘れてはならない。だが、復讐を目論む者の背景すべてを気にかけていたら、本当に守るべきものが分からなくなってしまいそうになる。しかし、大衆を守るために彼らの心を蔑ろにするのでは解決にならない。


「不要な戦いを避けるという方針は今も変わらん。戦いたくないという綺麗事に聞こえるかもしれんが、それだけではなく、憎しみを深めないこと、新たな復讐の芽を生まないことは、本当の意味で彼らを止めるために必要不可欠だ。だが、目の前の何かを守るため、避けられん戦いもある」


 矛盾だらけで状況が厳しくとも、何がより良い方法なのかを見極めながら立ち向かうしかない。いくら望んでも、誰もを平等に救う方法などないのかもしれない。だが、諦めてしまえば、誰も救えない。

 生きているものの心は醜くもあり美しくもあり、矛盾した側面を持っているゆえに悲しい。自分を、誰かを守るため、傷付け合うことを止められない。

 大事なものが違えば、それを貫くため、状況によっては衝突を避けられない。自尊心を保つため、他の誰かを貶める者もいる。生きるため、やむを得ず、誰かから何かを奪うこともある。その根底にあるものが矮小な心であっても気高い心であっても、誰かと争う場面は生まれてしまう。そして持っている力の大きさが違えば、攻撃は一方的なものにもなってしまう。その中で怒りや憎しみが生まれるのはごく当たり前のことだ。闇雲(やみぐもり)を止めたところで、いつどこで他の者が別の復讐を始めてもおかしくない。一部の者を止められたところで、それは無意味なのかもしれない。それでも天叢雲は、この現状を諦め、誰かを見捨てることをよしとしなかった。

 血を流さずに和解するにはもう手遅れで、それでも新たな復讐の芽を生むことは許されず、生きて心を持つ以上逃れられない業の中で葛藤しながら足掻き続ける。


「この先、否応なく様々な任務に就くこととなるだろうが、近衛殿も仲間を死と隣り合わせの任務に送り出したいなどとは思っていない。だが、互いに望まなくともそれを命じられることになる。場合によっては相手の命を奪うことになるかもしれん。仲間を犠牲にせざるを得んかもしれん。それを心に刻み、もう一度考えろ」


 篁の言葉が重く深く彼らの心に問いかける。

 それでも尚、この道を選ぶのか―――――――

 

 合格した者に、もう一度考え直す機会を与える。

 これまでにはなかったことだが、それほどまでに彼らは入隊者の選出に慎重になっており、近衛の認めた合格者だからこそ、ひとりひとりのことを案じている。

 篁は6人の表情を一瞥し、仲間の眠る方へと視線を戻し、そのままゆっくりと空を仰いだ。

 もはや戦わずして闇雲(やみぐもり)の気持ちを沈められる状況ではなくなってしまった。もう何度も望まない殺生を繰り返してきた。

 これからもそれは続くだろう。しかし、これまで犠牲になった者のため、彼らの思いを無駄にしないためにも、諦めるわけにはいかない。いつか彼らが報われることを信じ、憎しみの連鎖が終わることを祈り、その意志を揺るがすことなく責務をまっとうする。そこに新たに足を踏み入れる者たちの将来は保証されない。訪れるかどうかも分からない“いつか”の礎となり散ってゆく者がほとんどだろう。


 説明を終えた篁は、並ぶ墓石に向かい、両手を合わせて深く目を閉じた。それを見ていた清春たちも篁に倣い両手を合わせる。

 そのまま静かに時が流れた。

 どこかで鶯が鳴くのが聞こえた。




****************



 

 戦う覚悟は全員が持っていた。理解して入隊を望んだはずだった。だが、それぞれの覚悟の中に、命を落とすかもしれないという自覚、仲間を失う悲しみを乗り越える強さが求められること、殺めたくない相手を殺めそれを背負うこととなる可能性があることへの理解、は含まれているか――――――。それでも尚、ここで生きることを望むか――――――。

 問う方にとっても問われる方にとっても酷な問だった。


 集合場所と時刻を告げられると、6名は散り散りになり、広い本部の中でそれぞれ場所を選び、各々の心と向き合っていた。

 清春と天音のいる中庭には小さな池があり、色とりどりの鯉が緩やかに泳いでいた。その淵では誰にも植えられずとも風に流され行き着いた場所に根を張り生きる蒲公英の花が揺れている。墓地にも降り注いでいた眩しすぎない陽射しはここも優しく照らしている。風は変わらず穏やかで、今のような心情でなければ微睡みを誘うような春の風景だった。





「天音、お前、入隊やめろよ」


 口を衝いて出た、何度も飲み込んできた言葉をどのように捉えられたか、清春は不安な気持ちで少し距離を置いて立つ天音を振り返り、自分と同じ色の瞳と視線を合わせる。

 ずっと共に育ってきた。天音の持つ正義感や責任感の強さは知っているつもりだ。彼女の思いは1年前から変わっていないだろう。だが、深い業の連鎖を天音まで背負い、命のやり取りをする必要はない。妹まで失いたくはなかった。器用な天音ならきっと他にできることがある。戦いに身を投じるのは自分だけで充分だ。そのような考えが強くなり声に出してしまった言葉に、天音の表情は一瞬揺らぎ、そして冷ややかなものへと変わる。


「なんで」


 その声にはまるで温度がなかった。


「お前がいなくなれば、樹が悲しむ」


 清春は目を逸らしそうになりながらも努めて平静を装い、真っ直ぐに天音を見たまま、真っ直ぐな言葉で返す。真摯でいるつもりなのに後ろめたい。僅かな動揺は察しの良い天音には伝わってしまっただろうと思い、気まずい気持ちを抱える。

 兄妹3人だけ残された後、これまでは離れることなく生活を送ってきたが、万が一のことがあり兄も姉もいなくなれば、樹が1人になってしまう。今は真光と庵がいてくれているが、彼らも天叢雲の一員だ。いつ何があるか分からない。仮に天音が安全な場所で樹を守りながら生きてくれたならば、妹と弟をこれ以上危険に晒さずに済むはずだ。どこにいたとしても、何かに巻き込まれてしまう可能性はないとは言いきれないが、少なくとも進んで危険に近付くことは避けられる。

 この考えは清春の心に以前よりあったものだが、天音の決めたことを否定したくないという思いから仕舞い込んでいた。天音の意思を尊重したかった。天音と真光と語り合った日はまだ記憶に強く残っている。完全にではなくとも、同じ気持ちを持っている。理解しているつもりだったから言うつもりはなかった、はずだった。

 自分たちの在り方を選ぶ過程の中に、樹に寂しい思いをさせたくないという気持ちも当然の重要事項として2人の間にあった。天叢雲への入隊は、それでも、申し訳ないと思いながらも、各々の心と向き合い決めたことだった。今更そのようなことを言われたところで納得できるわけもなく、天音は淡々と返し続ける。


「それは清春だって一緒だよね」


――――――その通りだ。


「もしものことがあって、俺ら2人ともいなくなったら樹はどうするんだ」


「じゃあ清春が辞めたら」


――――――そうするべきなのかもしれない、が、それは選べない。


「お前は自分が危なくなっても相手を斬れないだろ」


「清春はできるわけ」


――――――できない。


「............」


「清春が残って私が辞めないといけない理由はなに」


――――――俺の我儘だ、けど……


「それは......」


「私が妹だから? 私の方が弱いから?」


――――――妹だから、はあるかもしれない。天音ももう失いたくない肉親だ。体力に違いは出てきているかもしれないが、天音が劣っているとは考えたことはない。……意識的には。


「......そんなことは」


「じゃあどうして」


 感情の動きを表に出さないまま話す天音をなんとか説得するために言葉を探しながら伝えようとするが、天音が納得できる口先だけの理由を思いつかない。もう上手く取り繕うことはできそうにない。今になって、やはり危険に晒したくないと、誰かを傷付けることで傷付いてほしくないと、一方的に思ってしまっただけなのだから、認めてもらえないことは分かりきっていた。

 清春が次の言葉を紡ぐまでの間、清春と天音の間には重石を乗せたような沈黙が流れる。

 

 

 

「――――――お前は器用でいろんなことができる。ここにいなくたって、手を汚す可能性のある方法以外で樹を守りながら、樹の傍で普通の幸せな日常を過ごせるはずだ」


「お世辞はいらない」


やっと出てきた言葉も気の利いたものにはできなかった。天音の一言は氷柱のように突き刺さる。


「もちろん樹は大切。でもそれは清春もでしょう。自分は見過ごせないくせに、私には現状を見て見ぬふりして、のうのうと生きろって言うわけ。確かに体力や力では少しだけ清春より劣るかもしれない。大して役立てないかもしれない。だけど、私がそれをして平気だとでも」


 清春はさらに言葉を探す。しかしもうこれ以上出てこない。天音の口が達者だからだけではない。天音の言葉が、感情を殺しているはずなのにあまりにも切実で、自分の発言の軽さに後悔する。妹の命を守ることと妹の意思を尊重することは同時には成り立たず、伝えてしまった言葉は誇りについた隠した傷を深くしてしまっただけだった。


「昨日今日決めたことじゃない。それをあっさり辞めろって言うわけ。

 思ってたより危なそうだからって一度決めたことから逃げて、私の自尊心はどうなるの。私の意思はそんなに軽く見える? 1年間、一緒に積み上げてきたものは何だったの?

 清春は私を自分より劣ってる弱い庇護対象としか見てない。人の気持ちは無視して、清春1人で樹と私を守ることを義務だとでも思い込んでるの?」


 清春はもう天音を見ることができなくなっていた。そんなことは思っていないとは言い返せなかった。


「それ、優しさじゃなくて侮辱だよ」


 天音の言葉が温度を帯びた。悲しい響きだった。

 いつも傍にいて、対等な立場でいたかった清春に言われた言葉だからこそ、覚悟を軽んじられたようで心を引き裂かれるような思いがした。

双子はいつも同じ場所で、同じものを見聞きし学んできた。文武どちらも自ら望んで学び、一緒に成長してきたつもりだったが、妹である天音は兄のついでに学ばされているように周りからは見られていた。嫌がらずに真面目に取り組む姿を評価してもらうこともあったが、兄と比較されることには少しの寂しさがあった。また、武術に関しては、大きく劣ってはいないものの、兄を超えることはできず、心の片隅で悔しさを感じていた。対等でいたいのに、時々兄の付属品のように感じられてしまう自分が嫌だった。

清春が責任感が強く家族思いなのは知っている。優しさ故の不器用さを持ち合わせていることも分かっている。そんな清春を困らせたいわけではない。だが、天音も同じように家族を守りたいと思っている。持っている意思は同じくらい強いと思っている。僅かな体格と力の差はあれど、同じものを見て同じものを学びながら生きてきた、対等でありたいと考える相手に、一方的に守るべき対象とされるのは、自分を認めてもらえていないようで悔しい。


「私にだって守りたいものがある。大切にしたい思いがある。培ってきた誇りがある。きっかけは周りからもらったものかもしれないけど、私は自分の意思で今ここに立ってる。父さんたちや姉さんの影響があることは否定しないけど、それも全部引っ括めて決めたのは自分」


 微かに震えているが、凛とした声だった。

 

「清春の考えを否定したいわけじゃない。でも言わせて。

 私は清春とは対等でいたい」

 

 これ以上傷付けたくなくて、天音を安全な立場に戻そうとした。葛藤しながらも、その方がいいと思い、咄嗟に言葉を放ってしまった。しかしそれは天音の想いを踏みにじるような行動だったのだとはっきりと理解する。後ろめたさを心のどこかで感じていたのにも関わらず、そのことに気付けなかった自分の浅はかさを悔いる。



 

 

 

「悪い」


 一言、そう紡ぐのが精一杯だった。


「特別に許す。分かってもらえてたらそれでいい。生半可な気持ちじゃなくて、私は私の意思でここで生きていくことを選んだ。父さんや姉さんのためでも、清春の影響でもない。清春だってそうでしょ」


 無意識のうちに天音を自分よりも低く見ていたことは否定できない。劣っていると思ったことはないが、妹だから、という考えは常にあった。これから立場の違う者の気持ちも理解したいと願うのに、同じ環境で育ってきた誰よりも身近な存在を分かってやれていなかった。

 天音が誰に対しても平等で、困っている者は放っておけず、自分の信念を大切にする人間だということも、その天音が救えるかもしれない誰かを見捨てることなどできないということも知っていたはずなのに。自分と似ていて、それでも少し違う天音が、自分だけ安全な場所にいろと言われてどのように思うか、ある程度は想像できていたはずなのに。


「まあ、何かあっても相手の命まで奪えないだろうっていうのは事実だけど。でも、それも清春も同じでしょ」


 付け加えて、天音は笑う。

 深い反省の言葉は、双子という繋がりから生じる気恥しさから伝えられない。天音もそれを分かりながら言葉を選んでくれているようで、清春はそれに少し救われた。


「ごめん、ちょっと意地が悪かった。

 これまで何かを始める時も、何かを決める時も、褒めてもらえる時でさえも、清春のついでみたいで、どんな時も清春が半歩だけ前にいるような感覚で、正直羨ましかったし、悔しかった。私が姉だったらとか、私が男だったらとか、何度も考えたことがある。

 もっと自分らしく振る舞えたらよかったんだろうけど、双子だって他人の筈なのに、全部ではないけど清春の考えは分かってしまうから、このままじゃ駄目だって思いながらも、どう立ち回るのが正解か考えて差し障りのないように動くことを選んできた。だから気付かれなくて当然、自業自得だったのに」


 清春は天音の目を見ることができないまま首を横に振っていた。

 何も、とは思いたくないが、多くを分かっていなかった。

 いつも気持ちを汲んで先回りをしてくれる、誰よりも意思疎通のできる相手だと思い込んでいた。

 天音は本心を隠すのが上手い。だが、心の底には揺るがない信念を持ち、それに反することはしない。上手く折り合いをつけ、自分を隠して人を立てることができる。だが、自分もその対象であったとは思いもしなかった。天音が自分を殺して清春を立ててくれていたことにも天音が自分を妬んでいたことにも気付けなかった。いや、気付かないふりをして自分を守って保ってきたのかもしれない。兄らしいことをするどころか、天音の遠慮と気遣いに甘えていた。

 

「これからは“清春の双子の妹”だけじゃなくて、“時枝天音”として認めてもらえるように生きる。

 ずっと傍にいて、その姿を見てきて、清春は自分の意志を大切にしたいって思わせてくれた人の1人になってるんだから、この強情な性格は清春の所為でもあるんだから、もう止めないでね」


 そう言って天音はまた笑う。清春もつられて笑ってしまった。

 春の風が2人を包んだ。

 やはり彼女は人を立てるのが上手い。

 



双子という近い距離と、2人の性格だからこそ考えていたこと、それぞれの人柄について、思うように伝えられているか不安もありますが、きちんと文章にできていると嬉しいです。

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