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結刃流花譚  作者: もりみつ
序章 あさきゆめみし
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あさきゆめみし

以前より書き溜めていた作品を、加筆修正しながら掲載していきたいと思います。表現力に至らない点が多々あることと思いますが、読んでくださった方に何かが伝わる作品とできると嬉しいです。







 流れる時 移ろう季節

 

 儚くも揺るぎない この世の理


それにしたがい 万物は変わりゆく


時に優しく 時に無慈悲に


美しきものも 哀しきものも


すべてはいつか 終わりを迎える

 



平等か 不平等か

 

望みの外で 与えられてしまった命




まるで四季の花の如く まるで蛍の光の如く


まるで流れる星の如く まるで溶けゆく雪の如く


泡沫の夢 刹那の輝き


ひとえに消えゆくことを定められ


受け入れるために痛めた心





変わらないものもあってほしいと


微かで確かな願いを抱え


不器用なまま呼吸を続ける




どうかせめて


 本当に大切なものを見落としてしまわぬように


 自分自身の信念に嘘偽りなく生きてゆけるように






*****************






 平穏な日常が崩壊した夜にはあまりにも不釣り合いな、残酷なほどに綺麗な天満月が辺りを照らしていた。


 静寂に包まれる夜四つ。

 まだ幼さの残る顔立ちの少年は歯を食いしばり、泣き続ける弟の柔らかい手を握り、その弟を護るように後ろから着いてくる妹の姿を確認しながら、月明かりだけを頼りに、生き延びるために、必死で走る。


 本来ならば、今頃は住み慣れた家の中で穏やかなひとときを思い思いに過ごしている時間帯のはずだった。

 夢であってほしいと願うが、現実味を帯びた肌に突き刺さる空気の冷たさや服にこびりついた血の匂いが、そうではないことを物語っていた。

建物の支えとなっていた柱も壁も壊され、大小様々な木片の散乱する道場の床に横たわり息をしていない両親の姿、怒りと悲しみに満ちた表情で刀を構え自分よりも一回り大きな男と対峙する姉の姿が頭から離れない。



 鬱蒼とした山の中をどれだけ走ったか分からない。傷だらけのはずだが、どこが痛いのかも分からない。満身創痍の身体を無理矢理動かし、今いる場所がどこかも、どこへ向かうべきかも分からないまま、弟と妹だけでも助けたいという祈りにも似た願いを胸に走り続ける。

 四方八方に草木の生い茂る、道とは呼び難い道を進む。3人の足音と身体が葉や枝に擦れる音だけが響き続けていた。やがてその静けさの中に微かな流水の音が聞こえ始めた。向かう方角も定かではないまま前へと進むにつれてそれは徐々に大きくなり、その音が間近で生まれていると感じると同時に急に視界が開ける。

 幾重にも重なって見えていた草木の葉も枝も視界の後方へと消え、続いていた地面が途絶え、その先に広がる崖の下には大きめの舟が一艘やや余裕を持って進むことができる程の幅の川が流れていた。夜の色を映す深さの分からないその流れは激しく、形のはっきりとは見えない大きな岩にぶつかる水が、絶えず飛沫を上げていた。

対岸に渡る術は見当たらない。立ち止まったまま、左右何方に進むべきか、景色を見比べ元来た道を振り返り、轟く水音を背中で聞きながら逡巡していると、走ってきた方の草木の間を動くひとつの人影が見えた。

 追手が来たのかと思い瞬時緊張が高まるが、遠目に見える相手の背格好は村を襲った者とは違っていた。

息を殺したまま、人影の様子を窺う。辺りを見回し、何かを探しているように見える。こちらの存在には気付いていないようだった。

 その動向を窺うことに神経を集中させていると、すぐ側で、少年の体の芯を一瞬にして冷やすような、地面の崩れる小さな音がした。それと共に隣で不安げに動きを止めていた弟の頭が後方へと揺らぎ、視界から消えた。


 手を離していたことを後悔したのが先か、身体が動いたのが先かは分からない。咄嗟に振り向き、再び視界に捉えた弟を真っ直ぐに見据える。今まで注意を払い続けてきた周りのすべてには一切目もくれず、激しい水音を響かせ続ける川の方へと精一杯手を伸ばし、落ちていくその細い手首を掴む。

 聞こえていた音のすべてが遠ざかり、一瞬時の流れが緩やかになったかのように感じながら、崖から身を乗り出した状態で、束の間沈んでいくような感覚を覚える。続いて崖の端に両膝を着き、その瞬間、衝撃が走る。僅かに遅れて腕にも大きな振動を受けるが、弟の手首を掴んだ手に込めた力は決して緩めない。弟の背には、本人の意思とは関係なく、普段は意図的に仕舞っている片側だけの小さな濡烏色の翼が現れていた。制御できなくなった本人が気付いているかは定かではないが、翼のある右側に重心が偏り、不安定な状態で静止する。

 間に合ったことに安堵する余裕はなく、もう一方の手も伸ばし、恐怖に満ちた真紅の瞳で縋るように見上げる弟の手を、さらに必死になって掴む。

一連の動作の間に、手を差し伸べられることのなかった小石が轟音を立てる闇の中に吸い込まれていった。


 夢中になって動いたその後の行動は何も考えることができておらず、弟の方へと重心が偏り、崖の淵は微かな音を立てながら少しずつ崩れ続け、今にも一緒に落ちてしまいそうな姿勢のまま動くことができないでいたが、妹が背後から服の紐を掴み引き止めてくれていた。

重力と妹に前後から引かれ、既に傷だらけの身体には相当な負荷がかかっていたが、少年は歯を食いしばり、ただ、弟を助けることだけを考える。振り返って姿を確認する余裕はないが、同じことを考えているであろう妹の手には強く力が込められ、必死になって引き上げようとしているのが伝わってくる。

しかし、長時間耐えることのできる体勢ではない。引き上げるどころか、妹1人で兄と弟の2人分の体重を支え続けるのは不可能だ。妹は何か掴めるものがないかと自分の周囲を見回すが、手の届く範囲には掴むとすぐに根から抜けてしまいそうな繊細な草花が生えているのみだった。

このような状況で見るのでなければ美しく映るのであろう月明かりを浴びて揺れる花韮も、今はとても心許ない。

 お兄ちゃん、とか細く弟が呟く。妹にまでは聞こえているかどうか分からない、消えてしまいそうな声だった。少年は微かに微笑み返すだけで精一杯だった。


 少年も、妹も、これ以上失わないために何か手段はないかと考えを巡らせるが、絶体絶命の状況で、何も思いつかないまま、弟が降ってくるのを待っているかのような激しい流れの方へと少しずつ一緒に引き摺られていく。

なんとか留まろうと膝にもう一度力を込めるが、限界となる。手は離さないまま3人揃って崖から滑り落ち、絶望の淵へと飲み込まれかけたところで、艶のある漆黒が落ち行く先の闇色の川を覆い隠すように川上から流れてきた。


 闇の川に飲まれる運命を覚悟した3人だったが、それが現実となることはなかった。柔らかな衝撃が走り、不思議な感覚と共に重量に逆らって身体が浮き、夜空がほんの少し近付いたかと思うと、すぐにまた離れ、静止する。また視界が傾き、優しく転がされるように、ほんのりと温かい漆黒の上を移動する。それは一瞬だったようにも、ゆったりとした時間だったようにも感じた。


 漆黒の塊から緩やかに下ろされると、草と土の香りがすぐ傍に感じられた。草の上に横たわった状態で瞬きをした両目に元の崖の上の景色が映し出されると、感覚が現実に引き戻された。

彼らを飲み込もうとした流水の轟音は轟き続けているが、周囲に生い茂る草花や木々の姿は先ほどまでと比べ幾許か穏やかに見えていた。同じ体験をした弟と妹も、少年と少し異なる角度で草の上に横たわった状態で、呆然として少年の方を見ていた。

 状況を正確に把握できていないまま、生き物であるなら漆黒の塊にお礼を言うべきかと思い、少年が身体を起こして振り返ると、ほこには大きな影が佇み、その傍らにはその半分程の身長の、人らしき者が立っていた。背後の月明かりで輪郭は見て取れるものの、表情はよく見えない。


 相手が静かに近付いてくると、その素性も分からないのに何故か少しの安心感が生まれ、そこで清春の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

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