乙女の扱いに気をつけよう。
やがて、そんな浮かれた空気も長くは続かなかった。
向こう側にいるマーヤは急に静かになる。
その代わりに聞こえてくるのは男の声。
『たっくもー、なんでこんな閉鎖空間に作るのかな?』
それはマーヤの悪戯の可能性もあるが、少年はそれを疑わなかった。
昔から一緒にいるからこそわかることだ。
マーヤは阿呆ぽいが、とにかく狡猾な奴だ。それは特に相手を翻弄するときによく発揮される。
この少年は身を持ってそれをよく理解している。
だからこれが罠ではなく向こう側にマーヤ以外に誰かがいることを確信する少年。
しかし、その誰かはマーヤの存在に気づいていないようだ。
おそらくマーヤはどこかで身を潜めているのだろう。
その少年の考察は案の定だった。
マーヤは金属製の扉から人の気配を察知し存在に気づかれる前に光の届かない狭い通路で身を潜めていた。
「この場所は長く続かないだろうな。このまま調査員に見つかるのが見え見えだ。碌に外の空気も吸えんし、タバコが吸える場所はこんな入口の出来損ないだけだし。何がデスウイルス様に認められるーだ。馬鹿馬鹿しい。 俺は畑仕事をしたくないから協力してるだけだっつーの。あの尼頭いかれてるよ」
男はかなり不満を抱えているようだ。
「ホント、やってられないっすよね?」
「君もわかるだろう? そもそも、そんな実在しているかわからない奴のためになんか…」
男は一服着こうとしているといつの間にか隣にいた細身で髪の短い茶髪の少女を見て少し困惑する。
そしてその少女の特殊な服装に気づいて、一目瞭然だが一応少女に質問を投げかける。
「君は調査員なのか?」
「『戦闘』調査員です」
ドヤ顔で答えるマーヤ。
男とマーヤは少しの間、無言のままお互いを見つめ合う。
「…ぶ、アハハハハアハ。 お前が噂の? 餓鬼じゃねーか。アハハ、面白い」
男は愉快そうに笑う。
しかし、マーヤはつられて笑うことはない。
「嬢ちゃん、ダメだよ変なところに入っちゃ、親が心配するぞ。ささっとおかえ、グッハ!」
マーヤと目線を合わせて話していた男の頭はいつの間にかマーヤの膝に衝突されていた。
「イッテエェェ!」
あまりに唐突な衝撃と痛覚によって頭を押さえながら床に伏せる男。
「おい、誰が餓鬼だ!。言って見ろオラ‼︎。あ〜ん?」
数分後。
ぼこぼこにされた男は正座でマーヤの前に座らせていた。
顔そこら中にアザができてしまった男は未だに状況を飲み込めずにいた。
「おい…」
「は、はい!」
「なんか言うことはないか?」
しばらくの沈黙の後、唐突に話をかけられた男は困惑する。
しかし、男は瞬時にマーヤが言いたいことを理解する。
そして自分の今までの人生を振り返る。
「…確かに、君のことを餓鬼と呼ぶのは間違いだと思う。俺の方がよっぽど餓鬼だ。幼い時から親の言うことを碌にも聞かないし、親孝行することなく両親亡くなった。日本が混沌に堕ちいても楽な方へ逃げた。それがやっと裏目に出たのか…。35歳にもなって情けない…」
男は悟ったような表情で目の前の勇敢な少女を見つめる。
まだ幼いのに自分と比較するのおこがましいくらいに立派に生きている彼女に尊敬をして、自分の不甲斐なさを心の中で嘆く。
しかし、彼は確かに今この瞬間心を入れ替わろうと決心した。
一人の少女のおかげで。
「はぁ? 何急に変なこと言ってんの? 馬鹿なの? お前は自分のやったことわかってる?」
蔑んだ目で男を見つめるマーヤ。
「ああ…、わかってる。どんな罰でも受けるよ」
男は、こんな幼くしてしっかりしている少女を侮ったことを深く反省する。
「そう、お前の罪は重い…。乙女の心を傷つけた罪はね!」
「えっ…?」
『えっ…?』
えっ…?
・・・。
あっ、そっかモノローグ!
男はマーヤの一言に目が点になり呆然としていた。
通話の向こうで話を聞いていた少年も唖然とする。
「私はこう見えても14歳だし、まだ成長期だから!」
どうやらマーヤは目の前の男が悪に加担しているかもしれないことを咎めていたのではなく。
単純に「餓鬼」と言われてショックを受けていたようだ。
マーヤは、判断力や戦闘のスキルは高いが、一番忘れてはならないのは、彼女はこれでも一人の女の子である。
確かに女性としての魅力は微塵といっても良いほどないが、一応、女の子である!