第十話 (中編) オペラ座の魔術師
オペラ座当日の夕べ。
観劇ドレスが完成した。
全体的にクラシカルなデザインで、いかにもお姫さまのドレスって感じ。
白一色なんだけど袖のあたりはシフォン、スカートは光沢あるタフタって、部分ごとに生地を変えているから表情豊かだ。胸元は造花のスズランで埋め尽くされているから、露出してない。硝子ビーズが朝露みたいに輝いていた。
髪には、スズランの造花を咲かせたラリエットを飾り付ける。
乙女の清楚さそのものだ。
清楚でも、乙女でもないのに、鏡の中の自分が清楚な乙女でびっくりした。詐欺か、これ。
「オペラ座は真紅の壁紙だから、白がいちばん映えるのよ。真紅の壁紙の中、蝋燭の光に照らされる純白で、奥ゆかしさと印象深さを両立させてみました。コンセプトは『社交界デビュー』よ」
「こんな凝ったドレス……ディアモンさんは睡眠を取ってます?」
「造花は発注したものだから、それほど睡眠時間を削ったわけじゃないわ。それにいざとなったらアルケミラの雫があるし」
アルケミラの雫は、魔力を回復させる特効薬だ。
わたしは不要だけど、エグマリヌ嬢をパーティーメンバーにしていると不可欠である。
「ディアモンさん……栄養ドリンクを恒常的に使いだしたらヤバイですよ」
「そろそろ貸し馬車が来る時刻ね」
視線を逸らされた。
ディアモンさんって、イベントあるたびに新刊出すタイプだな。
王都が夕暮れに染まる中、貸し馬車がディアモンさんの家の前にやってくる。
わたしがオペラ座の建物を鑑賞したいってお願いしたから、開演よりずっと早く向かうことにしたのだ。
華やかに着飾ったわたしとディアモンさん、それからエスコート役にオンブルさんとクワルツさん。
完璧な布陣である。
完璧すぎて、目を盗んで抜け出す隙間が無いってこと以外は、文句のつけようがない。
箱馬車に揺られ、オペラ座に向かう。
「アタシの都合でお誘いしたけど、演目がお好きかしら?」
「吾輩はハッピーエンドなら何でも構わんし、オンブルは犬が死ぬ話じゃなかったら平気だ」
そうか。地雷が分かりやすいと、お誘いしやすくていいな。
「クワルトスくんもオペラ好きなら、誘えばよかったわ」
「吾輩、華やかな場所は好きだぞ。チケット取るのが面倒だから、滅多に行かんがな」
「お前が16歳の時に行ったきりだから、三年ぶりだな」
「そんなに前か。王立オペラ座はシャンデリアが見事らしいから、気になっていたのだが」
「クワルトス、綺麗だからってシャンデリアに乗るんじゃないぞ」
オンブルさんはすかさず釘を刺す。刺すっていうより、打ち付けるって口調だ。
「なんですか、怪盗のシャンデリアに対するこだわりは」
「ミヌレさん。こいつときたら小さい頃からシャンデリアに乗るの好きだったから、怪盗は関係ない。12歳で神学校にあるシャンデリアを制覇したよ」
そういやクワルツさんは以前、最近シャンデリアやってないから、シャンデリアやりたいって言ってたな。
子供の時からそうなのか。
「クワルトスくんにシャンデリアモチーフの怪盗衣装ってどうかしら? 肩から脇のあたりまで、黒シフォンの上にラインストーンをちりばめるの」
「最近、クワルトスの衣装がだんだん過激になっているんだが、そろそろ落ち着きがほしい」
「あらあら。クワルトスくんまだまだ若いから、攻めの姿勢でファッションを楽しんでほしいわ」
馬車内は和やかな空気だった。
ディアモンさんとオンブルさんが、すごく社交界って空気を醸している。大人っぽいな。見習おう。
「今度のミヌレちゃんの参内にも、付き添って頂きたいわね」
「私は参内できないよ。曾祖父が思想犯になって、逮捕される前に共和国に亡命した末裔だからね」
「よく入国の許可下りましたね」
思わず声を上げてしまった。
「父と祖父は下りなくて、やっと私がエクラン王国に入国できた。魔術に関して先進国だからね。どうしてもここに留学したかったんだよ」
「ひいおじいさまはよほど有名なテロリストなのかしら?」
ディアモンさんの口調ときたら、砂糖の量を問うような柔らかさだった。
「そこまで思い切ったことはしてないね。曾祖父は植物学者兼随筆家で『自然回帰論』を出版したけど、それが身分制否定に繋がるからって逮捕されかかっただけ」
検閲に引っかかって思想犯か。
エクラン王国では書籍や新聞の文章には検閲が入る。そこに引っかかれば訂正・削除、だけどあまりにも王家に対して不敬だった場合、思想犯牢獄にぶち込まれる。
身分制否定はそりゃ逮捕されるわな。
「曾祖父が寸前で逃げてくれたおかげで、私が共和国で産まれることが出来て幸いだったよ」
オンブルさんの笑顔に、ディアモンさんが首を傾げた。
「辛くはないのかしら? 共和国ってすべての国民に、参政と徴兵を科しているんでしょう?」
「参政も兵役も権利だよ。国民のひとりひとりが国政と戦争に関われるのは当然の権利だからね。私は兵役より留学を選んだけど、事が起これば武器を手に取るよ」
政治論はよく分からんな。
右から左に抜けていく……
オニクス先生曰く、どんなシステムも人間が関わった時点でクソ、らしいが。
でも鉱山奴隷から部隊長代行を務め、宮廷寵臣に上り詰めて、闇の教団副総帥になって、さらに罪人にまで堕ち、そのあとに教師になった先生だからこその結論だ。
人間がかかわったら全部クソなんて、十年と少ししか生きてないわたしが口にするには重すぎる結論だ。
この魔術が重視されてる国家は、わたしには生きやすい。
だけど自分が生きやすいからって、エクラン国を素直に良いと言い切れない。
プラティーヌ=オプシディエンヌというクソ要因もあるけど、わたしは世界を膚で感じてない。宮中の空気や、オンブルさんの共和国も、肌で感じ取りたい。
わたしは黙っているクワルツさんへ視線を動かす。
「クワルツさんは王党派でしたよね?」
「そうだが……政治的な議論はむかしオンブルと口論になったから、この手の話に嘴を容れるつもりはない」
だからさっきから黙っていたのか。
ま、棲み分けって大事だよな。
突然、箱馬車が止まった。
御者窓が開く。
「すみません、旦那さま方。通行止めがありましたから遠回りになります。お時間はよろしいですか?」
御者は完全に弱り果てていた。
「ああ、余裕ならたっぷりあるよ。安心してくれ。何か事故があったのか?」
「いんや、事故ではなく、また王妃さまの慈善です。むこうに廃兵院があるでしょう。高貴なお方がいらしているから、その一帯立ち入り禁止になりましてね」
「廃兵院? そこは凱旋通りの西側だろう? 通行規制が広すぎるんじゃないか」
眉を顰めながら言うオンブルさん。
「ええ。廃兵院から施療院まで慈善なさるそうですから」
「そうか。とにかくゆっくりでいい」
がらがらと箱馬車が遠回りを始める。
王妃さまの慈善活動で、王都の一部が通行規制されているのか。
「慈善活動とはいえ、ここまで通行規制されたら王都の交通がパンクしそうだな」
「この前も慈善で、孤児院を訪問していたわ。帝国から嫁いできたばかりなのに、宮廷を不在にするなんて……」
わたしは慈善活動して偉いなぁって思ってるけど、大人のひとたちは色々と思うことがあるらしい。
ふたりとも何か難しいこと考えていた。
政治はよく分からないけど、オンブルさんとディアモンさんの意見が対立してるのは分かる。その対立してるふたりが、揃って渋い顔をしてるってのは、王妃の慈善活動は道義的に良くても、政治的には良くないのでは?
かなり時間をかけてオペラ座へと辿り着く。
「あ、オペラ座が見えてきましたよ!」
オペラ座。
エクラン王国では舞台芸術の地位が高い。
国内には歌劇場なんていくつもあるけど、オペラ座と言えばこの王立オペラ座を指す。
魔術ランタンが開発されるずっと前から建っていた。光源が蝋燭ばかりだった時代からだから、五度の火災に見舞われ、そのたびに改築され、増築されて、色んな時代の建築様式が混ざり合っている。
歪なのに美しい。
綺想なるオペラ座だ。
贅を凝らした刺繍の紳士や脂粉はんなりした美女たちが、馬車から大階段へと上がっていく。ひとりひとりが主役みたいだ。
万彩の夢物語みたい。
一度網膜に映したら、永遠に忘れられない華やかさ。
クワルツさんにエスコートされて、オペラ座のボックス席に赴く。
ボックス席の扉ってドアノブ無いのね。チケットを持ってる人間だけが、特殊なカギを持ってる劇場従僕に開けてもらえるシステムになっている。
ここが貸し切りボックス席か。
扉を開くと、まず外套掛けと鏡。その奥にはワインレッドの椅子がむっつ、そして広がる舞台。
「これはまた浪漫がある。オペラ座のボックス席なんて、吾輩はじめてだ」
「わたしもはじめてです」
予知では入ったことあるんだよね。レトン監督生の実家が、ボックス席を年間契約してるから。
レトン監督生とサフィールさま攻略ルートだと、オペラ座のデートイベントがあるのだ。
ちなみにフォシルとロックさんの場合はサーカスイベント。
クワルツさんだとわたしの希望で、オペラかサーカスどっちか選べる。
ボックス席の中は、スチルの通りだ。だけど予知では椅子の座り心地は分からなかった。お尻が沈むまでタイムラグがあるくらい、みっしりふんわりしているの。柔らかさと硬さが両立していて、何時間でも座っていられそう。
やっぱり予知じゃ、五感フルってわけじゃないからね!
視覚重視だったもの。
たぶんわたしに視力が無かったから、見えることに焦がれに焦がれまくって視覚重視な予知になったんだろうな~
匂いは感じるの当然すぎて求めなかったから、予知に反映されなかった気がする。
でも空間の匂いも特別。
淑女のパルファン、紳士のオーデコロン。いろんな香りが、遠くから漂っている。それから、近くからも。
わたしは固まったまま、匂いを嗅ぐ。
「……」
「ミヌレさん?」
「いえ、オペラ座って何度も失火してるのに、まだ蝋燭たくさん使ってるんですね」
「光魔術だと、光の色合いが冷たくなっちゃうから、舞台の雰囲気が変わるんだよ。それに光の護符って、蝋燭の光と比べて影が濃いんだ。これは魔術の光って拡散性が少ないせいなんだけど、眼球に負担がかかるんだよ。その代わりにね、ほら、あそことか消火用に【濃霧】の護符が設置してある」
オンブルさんがイルカのかたちの置物を指さす。
設定資料集でも見たけど、どうやって使うのかな?
「オペラ座には魔術消防士が常駐しているし、緊急時は解除して、【濃霧】で消火するんだよ」
話していると、オペラが始まる。
けっこうな長丁場だ。
予知だとダイジェスト版だったからな。話の筋は知ってる。
男性不審で女庭師をしている男爵令嬢と、男爵の身分を偽っている詐欺師のコメディラブストーリーだった。
全員、嘘ついてるから、話の筋を知らなきゃ混乱するな。
オペラって、ネタバレされていないと楽しめないジャンルかもしれない。
どちらにせよ今のわたしは、楽しむ余裕はない。
一幕が終わる。
「素敵な衣装だったわね!」
「ヴァイオリンがよかったな。運指が素晴らしい」
ディアモンさんとオンブルさんが感想を言い合っている。クワルツさんはシャンデリアを眺めていた。
「ミヌレちゃん。飲み物を頂きに行く?」
「わたし、座ってます。靴がちょっと痛くて」
ほんとは痛くない。
だけどわたしはボックス席に残った。
ディアモンさんがいなくなったけど、クワルツさんとオンブルさんが残っている。
どうしようか思案していると、扉がノックされた。
劇場従僕が来訪者を知らせる。
扉の向こう側にいた来客は、クワルツさんちの納屋で見かけたエプロンドレスの女の子だ。今日は可愛らしいビーズ刺繍のケープを纏っているけど、絢爛豪華なオペラ座では悪目立ちする。
「メレ? どうした、こんなところまで」
小間使いの女の子はメレって名前か。
「若旦那さま。お戻り下さい。すぐ帰るようにって仰せつかったっス」
「吾輩は友人と観劇に来ているのだ。ここで帰るなどという非礼は出来んぞ」
「マダムのお呼びっス」
瞬間、クワルツさんの表情が固まった。
色素の薄い瞳で、わたしを一瞥する。
クワルツさんはただ遊びにきているわけじゃなくて、わたしの護衛って面もある。勝手に抜けられはしない。
「それでも今は外せん。どういう用件だ」
「こちらへ」
クワルツさんは小間使いのメレちゃんと一緒に、ボックス席から出ていく。
「マダムってどなたです?」
「あいつのひいばあさまだよ。すこぶるご健勝だ」
オンブルさんはあまりいい顔色じゃなかった。すこぶるって言い方にも少し苦みがあったし。
ひょっとしてクワルツさんのひいおばあさまのこと、苦手だったりするのかな。
ボックス席には、わたしとオンブルさんのふたりっきり。
魔術耐性のあるディアモンさんとクワルツさんは、席を外している。オンブルさんはオペラのプログラムへと視線を移した。
これは好機かもしれない。
「……いるんでしょう、オニクス先生」
暗がりの椅子へそっと囁きかけると、微かに詠唱が聞こえた。




