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第九話 (後編) 物理最弱ヒロインは『ユニタウレ』へ進化する 



 呪文を唱える唇と、駆ける蹄を持つ肉体。

 わたしは未来の姿『夢魔の女王』の完全体に近づいている。それが良いことなのかそうでないのか分からないけど、とにかくこの束縛を打ち破れる。

 学院に戻ろう。

 駆ける瞬間、蹄が何かに引っ張られた。フォシルの投げ縄に、後ろ足を取られたんだ。


 まだ自由を奪うのか。


 一角半獣の蹄は、鋼より硬い。人間の頭に振り下ろせば、スイカみたいに中身をぶちまけられる。

 ブラックジャックで敗北の味が足りなかったなら、今度は蹄を喰らわせてやる。

   

 不意に、馬の嘶きが森に響いた。


「なにをしているんです」


 冷徹な問いかけが、夜に広がる。

 寮母さんの声だった。

 だけど、何故か、オニクス先生の声が、脳髄で反響する。


 

 ――私は殺意で人を殺したことなど一度もない――


 ――きみが最善手だと胸を張れるなら、それでいい――



 反響しているのは、先生から教わった言葉。

 フォシルの脳天を叩き割る結果は、わたしにとって最適解なのか?

 激昂や憎悪ではないのか?

 フォシルからは聞きださなくちゃいけないことがある。【封魔】の出どころ。それを聞き出す前に、わたしは頭を叩き割ろうとした。ただの感情で他人を殺そうとした。

 わたしは、未熟だ。 


 ――殺すことが最適なら殺せ――


 ――捕まえることが最適なら捕縛しろ――


 ――逃がすことが最適なら逃走を促せ――


 先生から教えられたことを酸素の代わりに呼吸して、肺に満たし、蹄をゆっくり地に付けた。

 

「フォシル御者補に【封魔】の護符をつけられ、監禁されたので反撃しています」


 わたしの首にかかった【封魔】が揺れた。

「監禁じゃない。隠れ家だ。ミヌレを守るためだから、仕方ないじゃないか!」

「うわっ!」

 フォシルがいきなり抱き着いてきやがった!

 わたしが振り払おうとしたと同時に、フォシルが吹っ飛んだ。

 え、何が起こったん?

 視力が戻ってないわたしは、状況が読み込めない。

 いや、わたしとフォシルの近くに大きな生き物がいる。月明りで輪郭が微かに分かるし、獣の強い匂いがする。

 一瞬、クワルツさんかと思ったけど、大きさが違う。これは馬だ。

 馬がフォシルを攻撃した?

 フォシルの馬の世話は随一だ。学院で飼われている馬が攻撃するはずない。

「こら、なにするんだ、ヴァンドノワール! やめろ!」

 へえ。『黒葡萄酒』って名前のお馬さんか。

 きっと青毛なんだ。

「どうしてヴァンドノワールが……!」

「ヴァンドノワールがわたくしをここまで連れてきたんですよ。厩舎から脱走して、わたくしを引っ張ってきたんです」


 青毛の馬が。

 寮母さんを。

 連れてきた。 


 ひとつひとつの言葉がパズルのピースみたいに、わたしの脳みそに填まる。

「もしかして、この子、オニクス先生の愛馬……?」

 顔を上げると、鼻づらが触れた。

 わたしは手を伸ばし、駿馬に抱き着く。

 ああ、間違いない。オニクス先生の愛馬だ。

「あなた、わたしを助けてくれたのね………」

 先生の愛馬には、二回しか会ったことがない。

 王都からの行き帰りした秋、それから冬の放牧場。この子を可愛がる先生の横にいた。それだけ。たったそれだけなのに、それでも覚えていてくれたんだ、わたしのこと。

「ヴァンドノワールは賢い馬です。オニクス教員が大事にしている相手の危機を悟って、わたくしに知らせたんでしょう」

 寮母さんが呟く。

 オニクス先生が大事にしている存在……

 わたしのこと、ウァンドノワールはそう認識してくれたのか。

「……ッ! なんでだよ! ウァンドノワール!」

「そこで理解できないのは、あなたが家畜にも劣る倫理観だからでしょうね」

 吐き捨てた冷たさは、さすが先生の実姉だ。

 いや、オニクス先生が繰り出す皮肉や侮蔑より、遥かに底冷えしている。先生はまだ嘲笑が根底にあって、相手を人間として扱っていた気がする。寮母さんときたら、まるでゴミでも見下ろす口調だ。

「たしかにオニクス教員は加害者ですが、あなたも同じですよ。フォシル御者補」

「違う、おれは……!」

「お黙りなさい!」

 鞭じみた裂帛だった。

 騒霊現象が引き起る。

 周囲の空気が音を立てて弾け、わたしに掛けられていた【封魔】の紐も千切れる。

 せき止められていた魔力が一気に流れ、わたしの四肢を、肺腑を、脾臓を、眼球を満たした。

 濃霧が晴れて、わたしの瞳に世界が映る。

 真夜中に閉ざされた闇の底だけど、月の光が細く届いている。

 見える。

 それに視える。

 霊視しているって自覚が出来たからなのか、寮母さんの不機嫌オーラが視える。わたしが騒霊現象を霊視しているんだ。

 ヴェール被ってんのに不機嫌なの伝わるなぁ~って思ってたけど、わたしが霊視してたんだな。

 視界に現実レイヤーと魔法レイヤーが重なっているのか。

 ふむ。意識すると魔法レイヤーをオンオフできるな。

 目を閉じると魔法レイヤーのみになる。

 お、便利、便利。

 能力がふたつもアプデされたぞ。

 ユニタウレ化と、霊視。

 ほくほくしていると、狼の遠吠えが近づいてきた。

 黒狼にライカンスロープしてるクワルツさんと、空飛ぶ絨毯に乗ってるディアモンさん。

 ふたりともわたしを目にした途端、飛びついてくる。

「どこ行ってたのよ、ミヌレちゃんっ!」

「ミヌレ一年生は、拉致監禁されていたようですよ。ディアモン魔術師。犯人はこの御者補です」 

 上品に吐き捨てるって難しいけど、寮母さんの口調はまさに品位が保たれた唾棄だった。

 全員の視線が、フォシルに集まる。

 わたしがこの手で、っていうか蹄でぶちのめしてもいいんだけど、エクラン王国は法治国家だ。

 第一ここは学院内だしな。

 血なまぐさい振る舞いは控えておくか。

「寮母さん。学院長と厩舎長に連絡をお願いします。処遇はそのおふたりに」

 








「この件は内々に片付けたい話です」

 深夜過ぎの学院長室に、学園長の声が厳めしく沈む。

 もちろんわたしの名誉のためだ。

 わたしだって痴情の縺れで誘拐されたなんて、好奇の目や心無いお悔やみにさらされたくない。

 フォシルくんの伯父さんである学院厩舎長は、深々と頭を下げる。頭を震わすたびに、冷や汗がばたばた落ちていた。

 最初はなんだかんだ言い訳していたが、わたしの擦り傷だらけの顔と泥だらけのドレス、そんでもって現場の足かせ付き縄で、余計なことは言わなくなった。ひたすら委縮している。

「もちろん内々にといっても、相応の処遇は求めますよ」

「当然です。こいつはよその遠いところへ出します。学院に二度と入らせません」

「今日中にですね」

「え、ええ。もちろんです」

 そうだぞ。二度と近寄るなよ。

 わたしは歯を剥き出しにして、フォシルを睨む。

 あとわたしの足元にいるクワルツさん(狼形態)も、フォシルに唸る。

「ところでフォシル御者補。ミヌレ一年生に使った【封魔】の護符。これは一体どこから手に入れたのですか?」

 学院長の手元には、小箱に収められた【封魔】の護符。

 赤く煌めく凶悪な護符だ。

「え、いぇ、その……」 

 観念したわりに歯切れが悪いぞ。

「この護符は、魔術師を無力化することが出来ます。一般には術式が公開されていないのですよ。どのような手段で手に入れたんですか?」

 厩舎長と学院長からの威圧。その重苦しさに耐えかねて、フォシルは口を開いた。

 

「監督生のプラティーヌ殿下です」

 

「………ぁアア?」

 発言が許されていないにも関わらず声をうっかり発してしまったけど、誰もわたしを咎めだてしなかった。全員が驚いているからだ。

 マジかよ。

 あのクソ王族、なんてことしくさったんだ。

「これが付ければミヌレが悪い魔法を使えなくなるからって、殿下が、俺に」

「フォシル御者補。それは真実でしょうね。この【封魔】の護符は、管理が厳しいものです。たとえ王族でさえ勝手に扱っていい代物ではないのですよ」

「ほんとです。つい先日、ブール・ド・ネージュを……殿下の騎馬を曳くお手伝いをした時に、じきじきにもらったんです」

 フォシルが嘘つく理由はない。

 こんなのがウソだったら、不敬罪で親類縁者みんな罰せられる。

「それは夕刻ですか?」

「夕食の前くらいです」

「では闇魔術【幻影】で、誰かが殿下に化けていた可能性がありますね」

 学院長はそう呟いた。

 可能性として視野に入れるというより、そういう結論に持っていきたいって感じだった。

 王族を告訴できねーしな。

「いえ、間違いなく殿下でした。ブール・ド・ネージュって牝馬は、殿下以外を跨らせない。おとなしそうで気性が荒いんです」

 フォシルは勢いよく喋った。

 その意見は御者補兼馬丁という己の仕事に裏打ちされていて、耳を貸すに値する。

 学院長もわたしと同じ感想を抱いたのか、少しばかり思案のために沈黙した。

「ではその事実は忘れ、新しい職場で励みなさい」 

 フォシルと厩舎長に退席を促された。

 学院長室には学院長と寮母さんとディアモンさん、それからわたしとクワルツさん(狼形態)だけが残る。

「厄介な話ですね」

 学院長の穏やかな口調からは、感情が排されていた。

「何者かが殿下に化けていたならば話は簡単です。世界鎮護の候補生を、他国が拉致しようとした話はありますからね。あのオニクス教員でも五度ありました。学院外でしたが」

「オニクス先生を拉致とか狂ってる……」

 あれはどうあがいたって、拉致できる生き物じゃないだろ。危険信号点滅させている外見だぞ。一見して分かる。

 たぶん拉致しようとした奴は、即座に報復受けて背後関係まで洗いざらい吐かせられたな。

「まさか学院内でこんなことが起きるとは思いませんでした」

「やはりアタシのアトリエで、教師がたをお招きして授業を……」

「それは目立ちます。世界鎮護の話は機密ですから、部外者に嗅ぎつけられたくありません」

「寮の方に護衛を増やす方針で……」

「人員手配は……」

「月から護衛が得意な魔術師を招聘して……」

「名目は個人教師という…」 

 

 学院長と寮母さん、それからディアモンさんがわたしの護衛を固めようと話し合っている。

 でもわたしの意識はそんなところにない。

 頭に浮かぶのは、白銀の姫君プラティーヌ殿下。

 ひょっとしてあのクソ王族、オプシディエンヌの弟子か。  

 そもそもオプシディエンヌの名前、最初に聞いたのプラティーヌ殿下からだったからな。

 去年の怪盗クワルツ・ド・ロッシュ騒動のときだ。わたしのせいで開かれた真夜中学級会。 



 ――オニクス。あなたも所詮、凡百の男だったのね――



 まるでオニクス先生を昔から知ってるような発言。



 ――オニクス教員って口づけるとき、情熱的に髪を撫でるでしょう――



 まるでオニクス先生と口づけたことがあるような発言。



 ………まさか。


 【幻影】は闇属性だから、日が沈んでからじゃないと使えない。だけど獣魔術【変化】の魔術は、理論だけは確立している。

 闇魔術【憑依】や【傀儡】もある。

 それにこの世界には、わたしの知らない魔術がまだまだたくさんある。



 魔女オプシディエンヌが、プラティーヌ姫そのもの。

 

 

 これならプラティーヌの姫君らしからぬ言動に、納得がいく。

 だけどこの仮説、致命的な点がある。 

 もしこれが真実だとしたら………


 オニクス先生は、わたしと幸せに生きるより、あの性根の悪いプラティーヌと心中したがってるってことだぞ!


 サイアクだ。 

 想像を絶する最悪さに、嘔吐が競り上がる。

 この仮説に最悪な点はいくつもあるけど、特に最悪なのがわたしが抱いている気持ちは、フォシルが先生に向けてる嫉妬そのものだし、わたしを監禁しやがった動機でもあるんだよな。

 なんで加害者の動機を、今ここで痛感させられなきゃいけないんだよ!

 

「ミヌレちゃん、もう大丈夫よ」

 優しく声を掛けられた。

 なんでかと思ったら、いつの間にか泣いて唇を噛んでいたみたいだ。

 目から涙が、唇からは血が、滴っている。

 ディアモンさんや寮母さんは、拉致監禁されたショックが遅ればせながらやってきた思っている。きっとクワルツさんもそう思ってるだろう。

 でも違う。

 そうじゃないんだ。

 わたしが苦しくて悔しくてやり切れないのは、フォシルのせいじゃない。

「ミヌレ一年生。事が終わって気が緩んだのでしょう。今日は客間で休みなさい」

 学院長も心なしか口調が優しい。

 与えられた配慮に、わたしは頭を下げた。




 ずっと思考がぐるぐると回って、終わらない。

 確固たる証拠もない。

 推測だけ。

 だけどプラティーヌ殿下は、魔女オプシディエンヌだ。

 それが正解だと、わたしの本能は強く強く鳴り響いていた。

 


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