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第九話 (前編) 物理最弱ヒロインは『ユニタウレ』へ進化する 



 頭を殴ったら死ぬかな。


 罪悪感はどのくらいだろう。

 ラピス・ラジュリさんと戦ったときを思い出す。

 味方をうっかり殺したら辛いけど、敵なら平気。

 うん、そこまで引きずらないな。

 

 実のところ、おとなしく囚われのお姫さまやってるのも手段のひとつだ。

 わたしが姿を消せば、ディアモンさんたちは必死に探す。

 【探知】や【遠視】に引っかからないわたしを探すには、ディアモンさんがクワルツさんを呼ぶのが手っ取り早い。クワルツさんが嗅覚で探せば、それほど難しくない。

 問題はそれがどれだけかかるかってことだ。

 これはフォシルの単独犯じゃない。

 【封魔】の護符が出てきた以上、裏にオプシディエンヌか、それと同じくらい厄介な魔術師がいるのは確実。

 下手に時間を浪費すれば、わたしはそいつに誘拐か殺害される可能性がある。

 もしディアモンさんかクワルツさん以外の救助者がやってきても、わたしは信用できない。賢者同盟が一枚岩ではないからだ。そいつに誘拐される可能性もある。


 やはり自力脱出だ。


 脳内で脱出計画を試行し、準備して、再検討。

 それを繰り返しているうちに、気温がゆるやかに冷えてくる。春の日暮れはまだ寒い。 


 足音が聞こえてきた。

 フォシルが、戻ってくる。

 扉を開けられる軋み、そして鍵を掛けられる響き。鍵はどこだ。

 音の位置からして、ポケットに入れたか?


「ミヌレ。ブリオッシュを持ってきた。食べよう」

 この香りは学院の食堂のブリオッシュだ。小麦よりもバターが大量に入っていて、芳醇な香りが漂っている。

 でもわたしは首を横に振る。

「ジュースも飲むか?」

「……」

 そっぽ向く。

 フォシルから飲ませてもらうんだったら、オニクス先生の足跡に溜まった泥水を啜った方がマシだな。

「ミヌレ。今はこんなのしか用意できないけど、大人になったらもっと稼げるようになる。伯父さんみたいな厩舎長になれば、ドレスだって靴だって好きなの買ってやれる。あ、ミヌレは珍しい石とか虫の方が好きだったよな。俺が探してきてやるよ」

「……」

 へえ。一応、わたしが好きなものを理解していたのか。

「ミヌレ。俺はおまえが好きなんだ」

「……」

 知ってる。

 そんなこと言われなくても、とっくに知ってる。

 わたしは予知で何度も視たもの。

 攻略キャラにつきEDは三種類。フォシルはわたしの選択肢で、職を変えてくれる。

 わたしが都会に住みたかったら厩舎長まで出世してくれるし、田舎を望めば故郷の近くの土地で馬牧場主になる。そしてわたしが成績が飛びぬけて良くて宮廷魔術師になったら、フォシルは主夫になってくれるんだ。

 ここまで自分を変えてくれる攻略キャラは、フォシルだけだ。

 他の奴らは、自分の職業を変えねぇもん。

 特にロックさんだぞ。攻略END迎えても、あいつは勝手に冒険に出るからな。

 しかしこの監禁イベントというか、ヤンデレイベントは予想外だったな。予知では発生しなかったし。

「レトン監督生やロックさんには、文句つけるだけだったのに」

「そりゃ……あのふたりなら、仕方ないだろ。ひょろよわ監督生は魔術に詳しいし、冒険者のにーちゃんは強そうだし。でもあの教師はおかしいだろ。誰がどう見たって!」

 先生の悪態は耳に入れたくない。

 カマユー猊下やサフィールさまみたいに実際に被害があったなら兎も角、フォシルは先生がどんな罪を犯したか理解してないのに責めてる。

 わたしはオニクス先生がどのくらい罪深いか知ってる。

 それを何も知らないフォシルから教えてもらおうなんて思わない。

「……フォシルくんと夜中に虫取りしたの、覚えてます?」

「当たり前だろ」

 ずっと前、夜間外出して、光の護符の素材を採取しに行ったんだよな。夜光蛾と湧き水。夜行蛾がいっぱい取れるとこに、案内してもらった。

 フォシルは厩舎で働いてる。重労働が終わったあと、わたしに付き合ってくれた。

 それには、すごく感謝していたのに。


 どうして友人じゃダメだったんだろう。

 でも答えは分かってる。

 わたしが先生じゃないとダメで、フォシルはわたしでないとダメってこと。どうしようもない。


「……もう寝ます。休ませて」

「そ、そうか」

「フォシルくん。寝る前に、この足かせだけ取ってください。こすれて、痛い」

「あ、ああ」

 生皮の足かせを緩めるため、わたしの足元に屈む。

 足かせが緩められた。

 わたしはスカート下から、武器を取り出す。

 砂を詰め込んだストッキングを、思いっきりフォシルの頭に叩きつけた。


 ざりっと砂の音が微かに鳴り、フォシルが倒れる。


 ブラックジャックだ。

 今のわたしには腕力も魔力も無いから、遠心力を使わせてもらった。ストッキングの先端に床に散らばっていた砂を詰め、縛って、振り下ろす。非力なわたしの一撃でも、遠心力というバフがつく。

 

 わたしは手探りでフォシルのポケットから、鍵を引っ張り出す。

 ドアを開けて飛び出した。

 やった、外だ!

 馬の気配はないってことは荷馬車で来たわけじゃない。

 でも春の柔らかな地面には、わたしを誘拐したときの轍が残っている。これを辿れば学院に戻れるはずだ。

 素足の感触だけで轍をたどっていく。


「ミヌレ!」


 背後から響く、フォシルの叫び。

 クソ、もう気絶から回復したのかよ!

 手加減するんじゃなかった!

 

「待てよ! こんな森の中、逃げたって迷うだけだ」

「いえ、学院に辿り着けます。だってここ、学院の私有林でしょう」

  

 わたしは轍を踏んで走りながら、推理を口にした。


「仕事中のフォシルくんが、抜け出してもすぐ戻れる距離。わたしを運ぶときだけ遠回りして、長距離だと勘違いさせた。でも帰りは早く戻れる。ここに荷馬車がないのも、歩いて帰れる距離だからです!」 

   

 フォシルからの反論はない。

 やったね、推理当たってんじゃん。フォシルくんは使用人だから、仕事中に休憩を取るといっても長時間は難しい。学院から離れている場所じゃない。

 彼方から微かに遠吠えが響いてきた。

 あれは、クワルツさんの遠吠えだ。

「クワルツさんッ! ここです! わたしはここです!」

 喉が裂けてもいい。とにかく叫ぶ。

 クワルツさんの鼓膜に届くように。

 瞬間、スカートが灌木に引っかかった。足元が滑る。春の柔らかな泥が、わたしを滑らせた。

「ぎゃふっ!」

 起き上がろうとした途端、フォシルに手首を掴まれた。反射的にブラックジャックを振り回す。

 だけど躱されて、奪われた。

 やっぱり接近戦は、不意打ちじゃないと分が悪い。

「離せ、離せっ!」

「ミヌレ、泥だらけじゃないか。ほら、戻るぞ。身体洗ってやる」 

「クソ! 絶対お断りだッ!」

 暴れるけど、引きずられる。

 わたしの膚を洗っていいのは、オニクス先生とエグマリヌ嬢だけだ!

 わたしで18禁妄想してやがる野郎に、身体を洗われてたまるか!

 絶対に抵抗してやる。

 だけど物理最弱な腕力じゃ、どうしようもならない。一角獣化さえすれば、こんなやつ、一発なのに!

 


 ――やはり人間の状態でも、経絡が活性化しているな――


 ――人間の姿でも獣の姿でも、魔力消耗しているぞ――



 脳裏に過る先生の声。

 雪の大山脈で温泉に入ったとき、先生はわたしが獣形でも人間でも魔力消耗しているって言っていた。

 なのに、どういうことだ?

 わたしは今、人間の状態だ。

 

 この【封魔】が、わたしの魔力を封じ切れていないのか。

 わたしの魔力は無限に近しい。

 護符の性能を凌駕しているかもしれない。ただ一角獣になれるだけの魔力は、せき止められている。

 

 なら、魔力を完全に閉じたら?


 獣も人も、『虚』だ。

 魔力を完全に閉じれば、わたしは『実』の姿になるはずだ。

 真実の姿。


 わたしは時間の果で出会った、未来の自分のことを思い出す。

 永久回廊の主『夢魔の女王』。

 上半身は人の姿、下半身からは一角獣と人魚だった。

 あの姿の一歩手前をイメージする。

  

 わたしは身体に巡っている経絡を、意識して閉じる。閉じる感覚は分かる。一度、クワルツさんに経絡締めをくらって気絶したことがあるからだ。あの締められた感覚だ。

 息を止めるような苦しさがある。意識まで閉ざされそうだった。

 

 魔力の供給が、完全に途切れた肉体が、ゆっくりと変化していく。

 腹から下が蠢動し、下肢の輪郭が震えた。

 変わる。

 変わっていく。

 わたしの輪郭が膨れて揺らいで、搾られ冴えて研ぎ澄まされていく。


「ミヌレ、なんだ、その化け物………」


 スカートの下はケンタウロス状態だった。

 馬ではなく、一角獣の下半身を持つケンタウロス。一角獣だからユニタウロスかな。いや、女性形だから『ユニタウレ』になるのか。


 一角半獣ユニタウレ。



「これが、わたしの本当の姿ですよ」




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